大企業って潰れてええんでないかい?
■でかけりゃいいってもんじゃない
大企業を見ていて最近、思う。組織自体を制御しきれなくなってきたんじゃないだろうか。規模を大きくしたり、市場を広げるために奔走したはいいが、自分たちの器を越えてでかくしてしまったのかもしれない。
入れものに例えるなら、横幅ばっかり広げて、深さがない。一見大きいが、深さがないので中身が少ないような状態だ。つまり、企業が大きい割に養える社員数が少なかったり、持ってる技術やノウハウが貧弱だからだ。
■実質、大企業でもつぶれることはある
大企業が潰れることは少ないように見える。しかし、「実質つぶれた」ような事例はよく見る。大企業の合併がそうだと思う。2つの会社が1つになる。これって実質、1社つぶれてるということにならないだろうか。
また、不採算部門を売っ払ったり子会社化するなど、いろいろな手で数字上黒字にしているが、トータル的に見たらどうなのだろう。黒字は出してても実質は衰退、なんてこともありうる。
■穏便にたたむという選択肢
ごまかさないと維持できないなら、いっそつぶしたらどうだろう。フラフラで死にそうな企業を強引に生かすより、手順を踏んで後腐れなく消滅させる。企業の持つノウハウや特許、技術などの資産を適切に整理して、きちんと終焉を迎える。数年かけて整理をすれば問題なさそうな気がします。
きちんとつぶれる際、企業を維持できなくなった理由を徹底的に解析して、世の中に公開したら、それなりに社会的に利益もある。継続を前提としなければ、適切な不祥事の追究だってしやすいかもしれない。
■大企業がつぶれることの意味
大企業でもつぶれることには、社会的に重要な意味がある。でかくてもつぶれるということを知らしめることで、働く人に適度な緊張感を与えられる。既存勢力を解き放つことで、新興勢力を活気付けられる。
確かに、大企業の持つブランド力は重要だ。しかし、それに頼りすぎると新しいものは育たない。つぶれることもあるという前提に立って、国は制度を整えてはどうだろうか。
滅びを意識しなくなった時、人は考えなくなる。大企業でも、つぶれることがあると社会的に認知されれば、自分の立場に安穏とあぐらをかく人も、きっと減るだろう。
終わりというネガティブな一面にも、重要な意味はあると思う。