【小説 パパはゲームプログラマー】第十二話 僧侶の国2
次の日。
僕はもう一度、神殿に向かった。
人垣の後ろから、コブチャの『奇跡』を観察する。
若い男と若い女のカップルが現れた。
コブチャの方に向かって行く。
その女は足を怪我している。
「おや?」
昨日は老婆と少女の組み合わせだった。
「どうした?」
マツヲが不思議そうに問い掛ける。
コブチャはいつものように、手かざしして傷を治す。
「僕の予想が外れた」
「え?」
「昨日と同じ人が出てくると思ったら、違った」
「どういうことだ?」
「サクラを使ってると思ったんだ」
商売でよく使う『偽の客』だ。
恥ずかしながら、僕もタピオカミルクティー屋をやっている時、一人雇ってた。
その偽客にタピオカミルクティーを買ってもらい、美味い、美味いと店の前で叫んでもらったんだ。
もちろん、本当に売れ出したら、その人には報酬を渡して辞めてもらったけどね。
「なるほど。じゃ、コブチャとグルになっている奴がいると思ったんだな」
「うん」
マツヲと話しているうちに、恒例のメインイベント『蘇生』が始まった。
祭壇の死体は小さな子供だった。
昨日は若い男だったのに。
一週間後。
「ゲホゲホ......」
僕が一週間前にギルドで雇った男が戻って来た。
「大丈夫ですか?」
「この様を見れば分かるだろ!? 大丈夫なわけじゃないだろ!」
口から血を飛ばしながら抗議して来た。
彼の身体は本当にボロボロで、リンチでも受けたのだろうかあちこち殴られた跡がある。
「どいて」
シヲリが彼に駆け寄り、手をかざす。
「大回復《ビッグリカバリ》」
男の傷が治って行く。
「ありがとう」
そう言うと、男は僕の目の前に手を出し報酬を欲しがった。
「その前に、コブチャ教で知ったことを話してください」
「ケチな奴だな」
僕はこの男(タブという名前だ)にギルドを通して、コブチャ教に潜入して情報を仕入れてくるように依頼した。
タブは金に困っていたようで前金として10万エン受け取り、教団に潜入して来てくれた。
「まったくヒドイところだったぜ」
「どんなところがですか?」
「まず、『敬意を表したもの』という名のお布施を払えない者は、修行と称して強制労働させられる」
コブチャの地下帝国作りや、経営する弁当屋、その他、色々な仕事をやらされる。
「修業とはよく言ったもんだ」
マツヲが感心したように言う。
「あとは、ありがたい教祖様の髪の毛を高値で買わされる」
「おえ!」
シヲリが気持ち悪そうに口を抑える。
「恐ろしいのは、教祖の言うことを聞かないと、地獄に落ちると言われるんだ。逆に言うことを聞くと天国に行き、来世で必ず幸せになれるらしい。それを皆、真に受けて修行とお布施に励んでる」
この男、タブは洗脳されなかった。
僕達が予備知識を与えておいたからだ。
「私達のお父さんとお母さんはいたの?」
「ああ、それらしい人を見た。ただ、教団内でかなり上の方らしくて、コブチャの後ろにいつも控えていた」
「ああ......」
シヲリが手で顔を覆った。
シクシクと泣いている。
その震える肩を、マツヲが優しく撫でている。
この兄妹の両親は、コブチャ教に入ってしまった。
『奇跡』に魅入られてしまったのだ。
僕はコブチャに復讐したい。
そして、この兄妹は両親を取り戻したい。
僕と二人の利害が一致したんだ。
だから、金を出し合い、タブを雇って教団内に潜入させたんだ。
タブは教団での生活に耐えられなくなり、逃げ出そうとした。
途中で見つかってしまい、崖から飛び降りるように指示された。
自殺と見せ掛けるために。
運良く、岩壁から突き出た木の枝に引っ掛かって助かったそうだ。
「これも教団のご加護かな」
彼は皮肉を言っているつもりだろうが、その目は怒っていた。
彼も僕らの仲間に加わった。
一ヶ月後。
南の国だけで、とある病気が流行していた。
国民の8割がこの病気に掛かった。
だけど、僕とその仲間達はこの病気に掛からなかった。
死に至ることはなかったけど、全身がだるくなり高熱が出る。
風邪の強力バージョンみたいな症状がずっと続く。
街はそのせいで活動を停止した。
「コブチャ様、病気を治してください」
「お願いします!」
信者達がコブチャがいる城に押し掛けている。
だけど、彼からの反応は何もない。
「おい! こんな時に何やってるんだ! 高いお布施を払ってるんだぞ! いつもの手かざしで治してくれ」
病気に掛かった子供を抱えた男が、大きな声で訴える。
だけど、城からは何の反応も無い。
少し離れた場所で、僕はその様子を見ていた。
僕はこうなることが予測出来ていた。
コブチャにこの病気は治せない。
何故なら、この病気は神でも無いのに、神を名乗ったコブチャへの天罰なのだから。
「やはり、暴動が起きたか」
マツヲが僕にそう言った。
「うん」
僕は頷いた。
教団の権威は失墜した。
病気を治せないコブチャに苛立った信者達が城の中へと攻めて行った。
それを確認して僕はマツヲの家に帰って来た。
「しかし、何の罪も無い信者を巻き込んでしまって、何だか後味が悪いな」
マツヲが腕を組んで考え込んでいる。
「あら、皆の目を覚まさせるにはこれくらいの荒療治が必要なんじゃないかしら」
シヲリはサッパリした様子で、兄を励ましていた。
「俺は、あいつらに復讐出来れば、どんな形でもいい」
タブは拳を握り締めている。
「よし。そろそろあれを登場させよう」
僕はシヲリに目をやった。
彼女は頷き、部屋の奥へ向かった。
そして、木箱を携え戻って来た。
箱を開けると、中には沢山の小さな石が入っていた。
『病気の特効薬』
木箱にはそう書かれた紙が貼ってある。
『病気に悩んでる人、是非、僕のところに来てください。治して見せます。 ルキ』
僕はそんな張り紙を街中に貼って回った。
「あの~」
「はい」
早速、僕の作った『診療所』に人が来た。
診療所と言っても、粗末な掘立小屋だんだけどね。
「うちの子を看てもらってよろしいでしょうか?」
「はい」
僕は母親に抱かれた子供を受け取ると、布団の上に寝かせた。
子供は5歳くらいの女の子だ。
熱があるし、体がきつそうだ。
明らかに、今流行している病気に罹っている。
「これを飲んで」
僕は『病気の特効薬』である石をすりつぶした粉を、その子に飲まそうとした。
「そんなもので治るんですか?」
母親が心配そうに声を上げる。
「疑うんですか? あなたは他に手を尽くしたけどどうしようもなくなったから、ここに来たのでしょう? コブチャじゃ治せないから有名でもない僕のところに来たのでしょう?」
強い調子でそう言うと、母親は泣きながら頷いた。
「僕を信じてください」
女の子はむせながら粉をのんだ。
「ママ、お腹空いた!」
数分後、女の子は元気になった。
「おお! 奇跡だわ!」
「いえ、奇跡ではありません! 治癒魔法という医学で治して見せたのです」
その母親の口コミで、僕の診療所には連日沢山の人が来た。
人々は僕の医療で治癒していった。
医療費として、お金もたくさん入って来た。
皆、感謝の言葉を述べ、コブチャ教に疑いを持ち始めた。
ただ、脱会となるとリンチを受けるため、皆、抜けれないでいた。
何人か組んで暴動を起こしたが、力及ばず鎮圧されたそうだ。
「コブチャの周りには屈強な兵や親衛隊がいますからね」
僕の診療所は、悩める人達が集まる場所になっていた。
僕を中心としたコミュニティが出来て行った。
「僕が知っているコブチャのことを話しましょう」
僕は彼の正体を話した。
パーティにいたころの悪行を。
旅の途中で、名も知らぬ村を襲い、略奪を繰り返したこと。
噂が流れることを恐れ、村ごと火で消滅させた。
自らを英雄だと奢ったパーティのメンバー達を、コブチャは治癒魔法で援護していた。
「暴走止められなかった僕も悪いんです」
「いや、ケンタさんは、悪くない。あなたはパーティの奴らに利用されただけだ。それに、あなたは私達を助けてくれた! あなたこそ、私たちの教祖様だ」
皆が僕を見て手を合わせる。
僕は申し訳なく思った。
だって、この病気を広めたのは、僕を中心とした仲間達の仕業なのだから。
「皆さん、僕はコブチャに復讐しようと思ってます! そのためにこの国に来ました!」
皆、力を貸すと言ってくれた。
僕は本当のことを言おうか迷ったが、マツヲとシヲリとタブの視線を感じて、やめて置いた。
つづく
コメント
桜子さんが一番
なるほどw、病気のマッチポンプw。。。僕は心がピュアだからそんなの思いつかなかったよ。
foo
家族が宗教にドハマりして家庭崩壊という、地味にリアリティがあってエグいネタからの、伝染病の流行という急転直下か。
> 南の国だけで、とある病気が流行していた。
> 国民の8割がこの病気に掛かった。
> だけど、僕とその仲間達はこの病気に掛からなかった。
ただ、ケンタがこの国に来た後にタイミングよく伝染病が流行り、しかもそれについてケンタ達は対策を持っていたということは、
この「神を名乗ったコブチャへの天罰」には、何か裏がある予感がする。今度は果たして何があったのやら……?
VBA使い
人々は僕の医療で治癒して「い」った。
地下帝国作り
→ペリカ。。。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>病気のマッチポンプ
ケンタは割と腹黒いのです。
湯二
fooさん。
コメントありがとうございます。
>宗教
北野武監督の教祖誕生っていう映画、これを参考にして話を作りました。
>伝染病
これは、ペストが流行って教会の権威が失墜したっていう歴史を参考にしました。
>タイミングよく伝染病が流行り
ケンタは本当は悪い奴だと私は思っています。
湯二
VBA使いさん。
校正、コメントありがとうございます。
>ペリカ
どうも、カイジというか、自分が慣れ親しんだものがにじみ出てきます。