【小説 パパはゲームプログラマー】第十一話 僧侶の国1
南の国の真ん中にある神殿。
そこで、私は週に一回の集会を開いていました。
「さあ、怪我をしたところを私に見せなさい」
私は怯えている少女にそう言いました。
母親に付き添われた少女は恐る恐る私の前に、傷付いた右足を差し出しました。
パックリと割れた赤い傷口が痛々しい。
野犬に襲われた時に出来た傷だそうです。
私は少女の足に手をかざしました。
「おおっ! 見る見る傷が治って行く!」
母親が喜びの声を上げています。
「コブチャ様。ありがとうございます」
すっかり元気になった少女は私にお礼を言ってくれました。
そして、母親が私に『敬意を表したもの』を手渡してくれました。
「私達も、コブチャ教に入ります」
「どうぞ、どうぞ」
私は彼女達の手を取り、笑顔で応えました。
「私もお願いします!」
「私も!」
「俺も!」
病や怪我に苦しむ人達が私に懇願して来ます。
「皆! 騙されるな! こいつがやっていることはただの治癒魔法だ。奇跡なんかじゃない」
一人の荒くれ者が私の奇跡を信じていないようです。
「おやおや、これはこれは。私のところにこうして来たのも何かの縁です。何かお困りですか?」
荒くれ者は、シャツ一枚にボロボロのズボンという恰好でした。
「ふざけるな! 貴様が嘘の奇跡を起こして、信者を増やしているのはお見通しなんだぞ!」
「またまた、ご冗談を......。私が起こしているのは奇跡です。魔法の類ではありませんから、だから詠唱する必要もないし、MPも消費しません」
事実、手かざしだけで先ほどの少女の傷を治して見せました。
「くっ......だが、しかし......」
「信じられませんか? ならば信じさせて見せましょう。あれを持って来なさい」
私は信者に命じて、死体を持ってこさせました。
昨日、病気で死んだ老人の死体です。
「この老人の家族の願いで、今日の夜、蘇生させる予定でした。ですが、今、皆さんの前で奇跡を起こして見せましょう」
祭壇に置かれた老人の死体に、私は手をかざしました。
祭壇と老人は光に包まれました。
「おお? ここは?」
老人は半身を起こし、辺りをキョロキョロと見渡しています。
「おじいちゃーん!」
「おお! 我が孫、我が娘よ!」
家族が駆け寄り、暖かい雰囲気に包まれました。
周りで見ていた人も拍手し始めました。
「どうですか?」
私は荒くれ者に尋ねました。
「本物の奇跡だ」
「でしょう?」
男と私の間に理解の輪が出来ました。
「現代の治癒魔法では人を生き返らせたり、欠損した部位を復活させることは不可能です。ですが、私は神に選ばれた人間です。だから治癒魔法を越えた奇跡を起こせるのです」
荒くれ者は泣きながらこう言いました。
「私も入信させてください!」
「もちろん。歓迎します」
更に拍手が激しくなりました。
「人を蘇らせるなんて出来るわけないだろ」
城に戻った私はソファに寝転がりました。
「しかし、皆まんまと騙されてますよね」
先程の荒くれ者の男。
この男は私の側近のシーザー。
「死体の役も毎回はしんどいです」
そう言ったのは、さっき蘇らせた設定の老人。
彼は執事のカショ。
「私、足にグロい傷作りたくない」
足に傷を持つ少女の役。
私の娘(妾に産ませた)、モモ。
その横には、母親役のサエ(モモの母親、つまり私の妾)。
「今日だけで500人も信者が出来たんだからいいじゃないか」
◇◇
東の国を後にした僕は、草原の中を歩いていた。
南の国へ入った。
地図によると、このまままっすぐ進むとコブチャがいる領地に辿り着くようだ。
地平線に沈みゆく夕陽がすごく綺麗だ。
何て、悠長なことを言っていられない事態が数分後、発生した。
「グゲゲゲ!」
僕の目の前にゴブリンが現れた。
だけどたったの一匹だ。
僕でもなんとかなりそうだ。
「とりゃあ!」
銅の剣で先手必勝!
クリティカルヒット!
一撃でゴブリンに致命傷を与えることが出来た。
「グエグエ!」
這うようにして逃げて行く。
「ふう......」
ホッとした。
魔王討伐のパーティにいた頃から戦闘は苦手だ。
そんな僕は雑用係だった。
パーティの皆が休むためのテントを張ったり、食材を採ってきて料理を作ったり。
後、疲れたメンバーをマッサージしたり、皆が寝ている間にモンスターが来ないか見張ったり......
う~ん。
我ながら働き者だったな。
そんな僕が平民に落とされた上に、結婚相手を寝取られるなんて!(いや、マリナに限って、グランに寝取られることなんて無いはず!)
世の中間違ってる。
僕は広い草原の中、夕日に照らされながら、復讐の炎を燃やしていた。
ドドドド......
遠くから音が聞こえる。
地面を踏み鳴らす音、そして土煙。
「げっ!」
10匹くらいのゴブリンが僕に向かってくる。
「うわぁ~!」
絶叫と共に僕は無我夢中で逃げる。
ゴブリンが追い掛けてくる。
「ひっ!」
草に足を取られた僕は、顔面から地面に倒れた。
ゴブリンが襲い掛かる。
やばい!
こんなところで殺されるとは!
「グエ!」
「ギャッ!」
ゴブリンが次々倒れて行く。
矢が降り注ぐ。
顔を上げると、目の前の丘の上から馬に乗ったアーチャーが弓を放っている。
ゴブリン達は退散していった。
「大丈夫か?」
馬から降りて来たアーチャーの男が僕に問い掛ける。
「はっ、はい」
「この辺は夜になるとモンスターが多く出現する。一人で出歩くなんて命とりだぞ」
「すいません......」
僕は南の国に向かっていることを彼に話した。
「変わった奴だな。あんな国に行きたいなんて。ま、いいや。今日は俺の家に泊まれ」
その男はマツヲという名前だった。
年齢は20歳。
端正な顔立ちで眼鏡をかけている。
細身で馬に乗る姿がカッコいい。
「あ、お兄ちゃん。おかえり」
「おう」
「その人は?」
「ゴブリンに襲われてた旅の人だ」
マツヲは妹と会話している。
「はじめまして。シヲリです」
マツヲの妹で16歳。
僕と同年代。
栗色の髪が小さな白い顔を包んでいる。
目が大きくて猫みたいで可愛いな。
「あら、顔に傷が......」
シヲリが僕の顔に手をかざす。
「小回復《スモールリカバリ》」
彼女がそう唱えると、僕の傷がみるみる治って行った。
「ありがとうございます」
「いえいえ、私、治癒魔法使いなの。傷付いた人を治す。これは私の義務であり運命です」
「なるほど」
コブチャにこの娘の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。
「ま、この国では治癒魔法は『奇跡』とやらに比べて一段下に見られてるがな」
マツヲがため息をつく。
『奇跡』
それは一体なんなのか?
「『奇跡』っていうのは、南の国を治めているコブチャが使うスキルのことよ」
シヲリがため息とともにそう言った。
「コブチャが......あの男が......」
「知ってるの?」
「い、いや......」
僕は首を振った。
「彼はこの国の領主であるとともに、この国で流行ってる『コブチャ教』の教祖なの」
おお、そんな地位に収まっていたのか。
「で、コブチャは『奇跡』っていうインチキを使って、信者を増やしていってるのよ」
インチキ......
コブチャらしいな。
パーティで一緒に戦ってた時も、僕以外のメンバーえこひいきしてた。
手かざしで人々の傷を治したり、死者を蘇らせるところを披露し、信者を集めているらしい。
そして、多数の信者から『敬意を表したもの』、つまり金を巻き上げているそうだ。
コブチャは多額の税金と『敬意を表したもの』を国民から、吸い取り私腹を肥やしていた。
「コブチャはただの治癒魔法使いよ。その治癒魔法を『奇跡』っぽく見せてるだけなのよね。私はあの人を許せない......。だってお父さんとお母さんを......」
「おい、シヲリ。その辺にしとけ」
愚痴るシヲリをマツヲがたしなめた。
「すまんな。愚痴に付き合わせてしまって。兎に角、この国には大したものは無い。用事が済んだらさっさと帰れ」
「はい」
僕はマツヲにそう言われ、首を縦に振った。
翌日。
マツヲに神殿に連れて行ってもらった。
「お前も変わった奴だな。シヲリの話を聞いて興味を持つなんて」
「はい。商売に興味があるので」
「商売、か。確かにそうかもな」
沢山の人だかりが神殿の周りに出来ている。
僕はその後方から、その様子を見ていた。
「おおー! 神様!」
神殿の暗がりの奥から男が現れた。
コブチャだ。
小さな目に曲がった鼻。
への字の口。
意地悪そうな顔は変わってない。
「さ、皆さん。今日も降臨しましたよ」
拍手が起きた。
老婆に連れられた少女が足を引きずりながら、コブチャの前に現れた。
少女の足には痛々しい傷があった。
コブチャは少女の足に手をかざした。
見る見る傷が治って行く。
シヲリが言っていた様に、コブチャは手かざしだけしかしていない。
なのに傷が治った。
魔法で傷を治すなら詠唱する必要がある。
だが、コブチャの口元は全然動いていなかった。
「これが『奇跡』か......」
僕は目を疑った。
そして、若い男の死体が運ばれて来た。
祭壇の上に置かれる。
「おお!」
コブチャが手をかざすと、さっきまで死体だった男は蘇生した。
歓声が起きる。
皆、我も我もとコブチャに群がる。
「これで、今日だけで500人くらいが信者になったわけだ」
マツヲがため息をついた。
「すごいな......」
マツヲが驚いた顔で僕を見る。
「好きにしろ。俺は止めたからな」
つづく
コメント
桜子さんが一番
次はなんの商売をするのやら、、、宗教の国だから「ツボ」「線香」など売るかな。
VBA使い
コブチャにこの娘の爪の「垢」を煎じて
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
あっと驚きの、予想もつかない商売をします。
湯二
VBA使いさん。
校正、コメントありがとうございます。
修正しました。