【小説 愛しのマリナ】第十三話 勇者はHPが3回復した!
開発会議の席で、荒川リーダーが全体のスケジュールについて話した。
「皆さんのプログラミングと単体テストのスケジュールが遅れています。来週の結合テスト開始に向けて土日を潰して頑張っていただきます」
これで土日出勤決定だ。
響子は友達と旅に行くと言っているし、さて慶太は、娘の希優羅をどうしようかと途方に暮れた。
「あの、今週の土日は休ませていただけないでしょうか?」
おずおずと堀井が手を上げる。
「えっ? なんで?」
「あの......前から言ってたと思うんですが、入院してる父を見舞わないと行けなくて......」
「えっ? 再来週かと思ってた」
慶太は荒川の目が泳いでいるのを見て、嘘を付いていると分かった。
「堀井さんの機能は結合テストのスケジュールだと二日目になるので、結合テストの一日目は単体テストの続きをすれば間に合うと思いますよ」
田中が助け舟を出す。
「ダメだ。何かあって、結合テストに間に合わなかったらどうするんですか!」
荒川は一歩も引く様子が無い。
「堀井さん、こっちで残りの単体テスト、土日でやりますよ」
慶太が手を上げた。
それを見た荒川は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「君はまず自分の作ってるものを完成させてから、そういう発言をしてほしいな」
「大丈夫です。今の進捗率ならうちの森本の手が空いて来ています。森本に任せようと思ってます」
本来ならこう言った調整事は、荒川が主になって行うのだが、柔軟性が無いというか融通が利かない男なので、結局はこういう場を設けてもメンバーどうしで話し合って決めるような形になっていた。
「いいんですか?」
堀井が申し訳なさそうに訊く。
「大丈夫ですよ。困った時は助け合わないと。あとで単体テスト仕様書を見せてください」
「だめだだめだ、もし単体テストでバグが分かった時は堀井さんじゃないと改修できないだろ」
「そこまではいいんじゃないんですか? 一旦テストは終わらせて、改修は来週月曜に回せば。午前中で終わりますよ。堀井さんだってそんなボコボコバグが出るようないい加減なもの作ってないですよ」
年配の田中も、助けに入ってくれた。
メンバー内で孤立した荒川は、しぶしぶ慶太の案を受け入れることにした。
受け入れたものの、慶太が自分を差し置いてスケジュールの舵取りをし、それに賛同するメンバーが出てきていることに荒川は苛立ちを感じているようだ。
会議の席を離れる時、荒川は小さく舌打ちをしたのを、慶太は見た。
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「驚いたよ、客の要望を毎日取り入れてたら、そりゃ改修も毎日入るわな」
食後のお茶を飲み干すと、田中は溜息を吐いた。
慶太と、堀井、田中は職場近くの定食屋にいた。
三人でランチをするのはこれが初めてである。
先程の会議で、三人にまとまりが出てきたのもあり、誰が声を掛けるともなく三人で集まることになったのである。
堀井がお茶を啜った後、こう言った。
「設計のとりまとめって、誰もやってないんでしょうかね? なんか上の方も混乱してるのかな」
「まあ、どこかで区切りはつけるんだけど。実装できなかった分は結合テストやりながら改修していくんだろうな」
田中は疲れたように言った。
「さっきは、ありがとう。あの荒川さんに提案するなんて勇気あるね」
と、田中は褒めてもくれた。
慶太は素直に嬉しかった。
HP※が3は回復したと思った。
「大沢さん、先程は、ありがとうございました」
堀井が先ほどの礼を言った。
HPが3は回復したと思った。
「いえいえ、こういうことは助け合わないと。チームなんですから」
「大沢さんの方がリーダーに向いてるんじゃないですか? 皆のこと考えて調整を考えてくれるし」
「いやぁ、僕なんてまだまだですよ。将来的にはPMになって、自分のチームは楽しく仕事できるようにしたいって夢はありますけど」
「へぇ......若いのにエライねえ」
慶太は少しHPが回復したり、褒められたりで、気持ちが少し明るくなった。
「荒川さん、内心、メンバーが仲良くしてるの良く思ってないでしょうね」
田中がため息を吐いた。
「何で、私たちが仲良くしたり、協力し合ってるのを見ると、それを止めさせようとするんでしょうね」
堀井が不思議そうな顔をして言った。
「自分に自信が無いんじゃないかな。だから力で抑えようとするっていうか。僕らが協力し合って意見するようになることを恐れてるんじゃないの」
「そんなことないのにね。みんなでやれば、久米さんチームみたいに無茶な残業せずに帰れるのに」
田中と堀井の会話を聞きながら、慶太は思い出していた。
清掃員の外山が言っていた、
「ニコニコして、皆と一緒に仲良く仕事してた印象だなあ」
昔の荒川と今の荒川の違いが、慶太は気になっていた。
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ランチを終え、職場に戻ると森本が席に着いていた。
まだ昼休みということもあって、パソコンを起動はしているがeclipseなどは起動せず、漫画雑誌を読んでいる。
その森本に慶太は明るい感じで声を掛けた。
「すまん、森本、今週土日出てもらいたいんだ」
すると森本はこう言った。
「僕は土日休みますんで」
「土日のどちらか片方でも出れないか?」
慶太は当てが外れたことで、田中と堀井の悲しむ顔と、荒川の邪悪な笑顔が脳裏に浮かび、じりじりとした不安を感じた。
「いやあー、ちょっと用事があってムリっすね」
森本は無表情で答えた。
用事と言われては、深く突っ込めないところもある。
慶太だって、個人的な用事があったとすれば深く詮索されたくない。
しかし、森本に関しては用事や体調不良が多すぎる。
きっと何か事情があるのではないかと思っていた。
「何か、おまえ体調悪くてよく休むじゃないか? 大変なことでもあるのか?」
「気にしないでください。ほんとにただの私用ですから」
「だけど......」
慶太のことをしつこいと思ったのか、森本はキッと鋭い視線を向け、
「休みすぎだとか何だとか言われても、僕はちゃんと仕事していますよ。見て下さい、ちゃんと自分の担当分は今週中にキチンと終わらせる予定です。平日休むならともかく、土日休みは当然取っていいはずです」
「森本......」
自分の分はしっかりやっているのだから、それ以外の自分の名前が記載されていない仕事はやる必要はない。
この男が言っていることは確かに正論だった。
だが、慶太は何か引っかかった。
森本の考えも正しいとは思う。
しかし、それは現実の世界では非常に当てはまらない考えだった。
沢山の人間と関わって働く。
その場にいる人、いない人含め、何らかの関わりを持って。
当然、中には自分が簡単に出来ることが、出来ない人だっているし、逆の場合もある。
そんな人を見て、自分さえ良ければOKという考えを貫くか、それとも、その人に手を差し伸べるか、どうするかが重要だった。
慶太はこの狭い業界の中で、長く仕事を続けたいなら、自分の時間を多少削ってでも、人を助けることを選ぶのが、得策だと思っていた。
そのことを、今の森本に話したところで、聞く耳を持たないだろう。
自分の考え方と真逆の森本の考え方は、いくら話し合っても平行線を辿ると思われた。
真里菜と響子の考え方が違うように。
だが、
荒川があんなリーダーだからこそ、終わらない改修が続くからこそ、才能のある森本の存在が、今後、絶対必要になってくると思った。
確かに、森本に対する嫉妬の気持ちはまだある。
だけど、それと仕事は別である。この仕事を終わらせないといけないと、慶太は考えている。
だから、森本を仕事に向かわせる必要がある。
そう考えた時、慶太は森本を説得させるなら、もっと別の方法が必要だと思った。
だが、その方法はすぐには思い付かなかった。
仕方なく、慶太は諦めて席に戻ろうとしたとき、スマホが鳴った。
「おい、問題起こしたって本当か!?」
社長からだった。
つづく
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※ヒットポイント。ドラクエで言うところの体力。0になると死ぬ。
コメント
和
私は慶太さんよりも森本君の考え方の方が好きです。
湯二
和さん。
いつも読んでいただき、コメントありがとうございます。
確かにこの主人公の考え方は、とても非効率だと私も思っています。
実際に働きすぎて、夫婦仲が悪くなっています。
私も、森本の考え方の方が、自分の時間がもてるし、だらだら残業して疲れることもないので、良いと思っています。
誰かが誰かを助けるといったことは、リーダーやマネージャーが調整することであって、この主人公がやる立場か?っていう突っ込みもあります。
ただ、正しい考え方が、現場ごとに異なるというのもあり、この辺りが現実の難しいところです。
この小説の舞台の場合、主人公がそういう考えでないと話が進まないのと、一見わかりやすくて正義っぽいので、便宜上そういう感じにしています。
ご了承くださいm(__)m