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【小説 愛しのマリナ】第十四話 漫画家志望

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「何言ってるんですか!? ちゃんと仕事してるし揉め事も起こしてませんよ」

 電話越しに社長の怒鳴り声を聞いた慶太は、ウンザリした。
 大方、荒川のやつがクレームを入れたのだろう。
 荒川は自分のやり方を無視して、開発メンバーと協力して作業を進める慶太の姿が気に食わないのだ。


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 社長は、作業場所の対面にあるコーヒーショップ「ベロッチェ」で慶太を待っていた。
 喫煙コーナーでタバコを吸いながら、スマホをいじっている。

「すいません、お待たせしました」

 慶太が声を掛けると、開口一番、

「おい、大丈夫なんだろうな!?」

 疑うと言うよりは、不安そうな顔つきで問い掛けて来た。

「こっちが大丈夫かって、訊きたいですよ」

 慶太は注文したカフェオレを一口飲むと、深々と溜息をついた。

「おまえがまじめに仕事しないって、連絡着てるんだぞ」
「そういう嘘を信じてるんですか!?」

 慶太は、社長に荒川のことや、今日までのことを話した。

「なるほど、あの荒川ってリーダーのやつがお前のことを嫌っててそういうことを言ってるんだな」
「まったく、社長まで僕のことを疑ってたんですか?」
「いや、ま、そうじゃないって思ったから、こうやって確認に来たんだ」

 言い訳じみているが、社長の不安げな表情を見れば、慶太を疑っていたというより心配していたという感じがする。
 社長としても、これ以上クレームが付いては適わないと思っているのだろう。
 用心深くなっているのだ。
 それにしても、荒川はよっぽど慶太のことを嫌っているようだ。
 荒川にしてみれば慶太は、着任早々スケジュールのことで文句を言い、他のメンバーの作業調整まで自分を差し置いてやっている。
 確かに入って来たばかりの人間がそれをやってしまっては、荒川のメンツも丸潰れである。
 荒川リーダーには荒川リーダーのやり方があり、そこを尊重すべきところを、真面目で優しい慶太は全て良かれと思ってやってしまっている。
 慶太よりの考えをすれば慶太が善だし、荒川寄りの考え方をすれば荒川が善になる。
 つまるところ、どちらが善かなんて、分からない。
 だが、どっちが多数かで力関係が決まる。
 今は慶太の方に人が集まって来てチーム内で力を付けつつある。
 ただ、森本一人どちらの派閥にも付いていないが。
 荒川はそれが嫌でしょうがないから、慶太に何かとセコい嫌がらせをしているのだろう。
 慶太を切れば済む話だが、荒川にしても、この時期にメンバーを減らすのは得策ではないと思い慶太を切らずに残すという苦渋の決断をしているのだ。

「それにして、あいつ、森本のやつは、変わったやつですね」
「何をもって?」
「あいつは、すごいプログラミングの才能があるんですよ」
「ほう、いいじゃないか」
「真面目に時間を掛けてやっているこっちが嫉妬するくらいですよ。ぼんやりしてるくせに一教えたら十知るみたいな感じです。ただ......」
「ただ、なんだ?」
「勤務態度が悪すぎるんです。一日おきに休む。遅刻はするしで」
「ふむ。あいつは自分の担当分はこなせているのか?」
「それが、こなせてるから腹が立つんですよ」
「いいことじゃないか。作業効率がいいってことだろ」

 社長はいかにも経営者らしい感想を言った。
 だが、慶太は腹が立っていたし、嫉妬していた。
 自分が幾ら真面目にやっても、森本はちょっとした努力で追いついてしまうのである。
 プログラミングの才能があるとしたら、森本はちょうどそれを持って生れて来たのだろう。
 皮肉だが森本は仕事への志は無いが、常人離れしたエンジニアの才能を持っているのである。
 反対に慶太は仕事への志はあるが、その才能は凡人程度だったのである。

「社長は森本が才能あるって見抜いて採用しましたか?」
「いや。面接で話したら面白そうな奴だったから採用した」
「どんなところが面白かったんですか?」
「あいつ、絵描くっていうか、漫画描くの趣味らしいんだよ」
「へえ」
「ほら、全然売れなかったノートの助も、マスコットキャラを作れば売れるかもしれんじゃないか」
「......はあ」
「あいつに描いてもらおうと思ってな。そのマスコットを」

 この社長はまだあのソフトを売ろうと思っているのか。
 全社員が派遣で出稼ぎに行く原因となった赤字ソフトを。

(今どき時間割管理機能くらい、フリーソフトでもあるし、スマホのアプリでもあるだろうに)
(しかも、マスコットキャラ作っただけでそんな売れるわけないだろ)

 この夢みがちで少年のような心を持った経営者を、慶太は心の中で毒づいた。

「あっ」

 慶太の頭の中に、閃いたときに良く見掛ける電球マークが飛び出してきた。

「どうした」

 慶太はピンときたのだ。
 何で森本は毎日、服の袖を汚してくるのか?
 何でシールみたいなのを、背広にくっ付けてくるのか?
 
(漫画を描いているからだ。
 服のシミは墨汁で、シールはスクリーントーン(※1)なんだ。
 毎日早く帰ったり休んだりするのは、漫画を描くためなんじゃないか?)

 そう思った慶太は、社長にこう言った。

「社長、謎が解けました」
「なんだ? 事件解決か?」


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「森本、おまえ漫画描いているな。なんで隠してた?」
「いや、別に隠してたつもりは無いですよ」

 森本は顔を背け、眉間にしわを寄せ黙り込んだ。
 慶太は職場に戻ると、周りに人がいなくなったのを見計らって、森本に問い掛けた。

「隠すことないだろ? 俺はこの年でキン消し(※2)を集めるのが趣味だぜ」

 慶太としては場を和ますためのギャグのつもりだったが、返って逆効果だった。
 森本の表情は更にに険しくなった。

(この年でデビューも出来ず、それに甘んじて会社員をしている自分を恥じているようだ)

 慶太はそう思った。
 大人気漫画「ギャング・ギャング」を連載中のジェーン戸越は、デビューが高校一年生だったと雑誌で読んだことがある。
 初投稿がいきなりデビュー作になり、そのまま連載になった。
 そんな才能の塊と比較すると、自分の才能がいかに矮小か思い知らされるのだろう。

「なんで、そんなこと知ってるんですか?」
「社長からお前が漫画を描くことを趣味にしてるって聞いたんだ。言ってくれればいいのに。そしたら色々と気を回してやれたのに」
「気を回すってどういうことですか?」
「例えば漫画の締め切りがあって早く帰りたい時は、仕事の調整してやるよ」
「ほんとですか!?」

 森本が気色ばんだ表情した。
 慶太が森本のこんな表情を見たのは初めてである。

「ああ、俺だって子供がいるから早く帰りたい日や、休みたい日だってある。そんな時は逆に、お前に、俺の仕事をお願いするかもしれん」
「はい......」

 森本は少し落胆したようだった。

「おいおい、そこはお互い様だろ。おまえばっかり好きなことは出来ないぞ」
「わかりました」

 森本は小さく頷いた。

「お互い、仕事以外の色んなものを抱えているんだ。それもキチンとこなしたうえでの人生だよ。仕事ばっかりじゃつまらないだろ?」
「大沢さん」
「何だ?」
「僕は今週中に、自分の分を終わらせます。」
「だから?」
「僕は、ちゃんと土日休みます」
「はあ?」
「よろしくお願いします」
「お前に、堀井さんの分の単体テストをお願いしたいんだよ」
「それは、私の分じゃないでしょう。僕は関係ないですよ。遅れた分は自分で取り戻してください」
「手伝おうっていう気はないのかよ」
「手伝ってほしかったら事前に言ってくださいよ。さっき大沢さんも言ってたじゃないですか。お互い調整しながらやろうって。でも急に言われたら出来ないですよ。こっちも予定があるので」

(こいつむかつく......)

 森本の言い分ももっともな部分があった。
 もともと森本がこういう人間だとは知っていたのだから、事前に土日出勤のことを伝えておくべきだったのである。
 慶太は拳を握り締めた。眉間に浮いた青筋がピクついてるのを感じた。
 確かに、慶太の分が遅れているのは慶太のプログラミングが遅いせいもある。そして単体テストが遅れているのも堀井のせいでもある。
 たが頻発する設計の手戻りもあり、リーダーの荒川があの体たらくだし、プロジェクト全体としての問題もある。
 個人個人の問題にすることは乱暴である。
 それを察することもなく、ぬけぬけと自分の権利ばかり主張してくるこの男に怒りを感じていた。

(響子みたいだ......)

 不意に慶太は自分の妻と森本が重なった。
 慶太の意見を聞かず、自分の主張を押し通そうとする妻と、やることはやったから帰ってもいいべ、と主張する森本の考えとが、慶太の頭で一致した。

 だが、森本を説得することが出来ると、慶太は思っている。
 そのカギは、漫画だ。
 慶太は意を決して、森本に提案した。

「お前の漫画を見せてみろ」
「え?」


つづく

 ※1:人物や背景や建物に貼り付けて、陰影や奥行きを見せたりする画材のこと。
  トーンにはさまざまな種類がある。
  例えば焼けた肌を表したい時や、人物に影を付けたい時は、61番のスクリーントーンを使う。
  
 ※2:名作キン肉マンのキャラクターを消しゴムにした塩ビ人形。80年代キッズだった大人は眺めるだけでノスタルジーに浸れる。ちなみに字は消せない。

Comment(4)

コメント

迷子

個人的にはどうも回を重ねるごとに好感度が落ちていく主人公だなあ
今回の話については、森本の言い分ももっともな部分があったというか、森本の言い分にしかもっともな部分がないというか…
後輩の土日出勤を安請け合いして、そうなった事情説明すらろくに森川にしてないとか、奥さんのことについては主人公自身も仕事にすぐ逃げて奥さんの言い分聞いてないだろとか、主人公自身もそれなりに自分勝手なのに、自身の身勝手な部分は自覚してなさそうに見えます


※での注釈は※1とか※2とかってナンバリングして、本文外のあとがき部分にまとめるほうが読みやすいかもしれません。本文中に挟むのはテンポ悪く感じました。

湯二

迷子さん、読んでいただきありがとうございます。

主人公嫌われてますね。
そう、仕事に逃げている、ここポイントです。

注釈の件は、修正しました。
確かに整理されて読みやすいです。

匿名

個人的には、Press Enterさんのコラムと同じくらい
湯二さんの投稿が楽しみです

湯二

匿名さん、コメントありがとうございます。
また、読んでいただきありがとうございます。

>個人的には、Press Enterさんのコラムと同じくらい
>湯二さんの投稿が楽しみです

光栄です。

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