常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第十話 プロジェクトはみんなでやるもの!?

»

「おい、森本は何で帰って行ったんだ?」

 荒川は慶太に問い掛けた。
 進捗率が80%になった進捗管理システムの画面を見せた。

「すごいじゃないか、80%って」

 そう言うと、まだ疑うのかsvnにチェックインされた森本のソースを見て本当にそのくらいの分量を作っているのか確認しようとした。

「ちゃんと作れてるみたいだ。ちょっと微調整して、明日から単体テストって感じだな」

 荒川は一緒にソースを見た慶太に、こう言った。

「あの森本ってやつ、ボーっとしてるけど意外にやるな」

 荒川は改めて驚いたような顔をした。
 慶太は森本の能力に嫉妬した。
 自分があれほど四苦八苦して今のところやっと全体の二割程度が終わろうとしているところなのに、森本はもうコーディングをほとんど終えようとしていた。

「才能があるのか......」

 慶太は本来、森本の能力を喜ぶべき立場なのだが、ここにきて嫉妬の感情が湧いてきていた。
 努力だけなら人一倍してきたと自負しているが、そこは並程度の能力だった慶太である。
 勤務態度がすこぶる悪く、どこか仕事も上の空という森本のほうが能力が高いとあっては、自分のメンツ丸潰れある。
 それだけならいいが、荒川が森本に目を掛けだしているのも気になる。

「後輩が頑張ってるんだから、頑張ってくださいよ。あなたも」

 まるで当てつけのように森本を引き合いに出し、嫌らしく慶太にはっぱを掛けてくる。
 今日の朝、スケジュールのことで言い合いになったことを、まだ根に持っているのだ。
 

 慶太は、どうもJAVAというものに慣れない。
 クラスとか言う概念は何となくわかる。
 ただJAVAの場合、文法が分かっただけでは使い物にならないようだ。
 その周辺を支えるフレームワークの使い方、カスタムタグの使い方、MVCモデルが何なのか、CSSやJavaScript、JSPそれらを含めて理解しないと物が作れない。
 例えば、単純にgetterとsetterメソッドが無かったから動かないという初歩的なことに気付くまでに、たっぷり一時間悩んだこともあった。
 だが森本は、悩む様子が一切無かった。
 慶太が慌ただしくネットで調べたり、田中や堀井に訊いたりしている横で、黙って黙々と作業を進めていた。
 逆に慶太が森本から教わることまであった。
 持って生れた能力の違いを見せつけられていた。
 慶太は打ちひしがれていた。
 そんな気分では仕事がはかどらず、気持ちを切り替えるために二十一時を回った頃、店じまいすることに決めた。

 帰り際、慶太は今日の進捗を入れることにした。
 正直な慶太は、前任者が入力した進捗率50%を見直し20%としたが、これを見た荒川はやはり怒り出した。

「前の人が50%なんだから、今日あなたが作業した分を足して、50%より進んでなきゃおかしいでしょう!」
「前の人の私が作業量を見直したらせいぜい10%くらいでした。だから今日、私が進めた分の10%を足しても20%くらいですよ」
「もともと50%だったんだから、そのままにしといてもらっていいんだよ!」

 荒川が言うには明日の全体進捗でプログラム作業の進捗について訊かれるのだそうだ。
 その際、進捗率が下がっていると、プロジェクトマネージャーから色々と問い詰められるらしい。
 プロジェクトマネージャーとは、親会社のグローバルソフト興業の社員だとのことだった。
 作業量を見誤ったと報告すると、管理能力をプロジェクトマネージャーに疑われるのでそれは避けたいとのことだった。

「いいんですか? そんなんで。素直に今の状態を報告して頂いた方が私としては状況が上に伝わって、チームとしても助けを受け易くなると思うんですが......」

 慶太はちょって出しゃばりすぎたかな、とは思ったが自分にとってもチームにそうなってくれた方がいいと思い提案してみた。

「まだ入って数日で知った風なことを言わないでくれるかな。こっちにはこっちの事情があるんだよ。君は前の人の作業を引き継いだんだから。そのまま続けてくれりゃいいんだよ」

 慶太は聞く耳を持たず、一方的にまくし立てる荒川と、このまま話すのも時間の無駄と思い、

「じゃ、今日は50%のままにしておきますよ」と言い、帰ろうとした。
「ちょっと待て、それじゃ先週の進捗から何も進んでないみたいに見えるじゃないか」
「だって、全体で50%も進んでないですもん」
「今日ちょっとロジックのところやったんだろ? だったら55%位にしとけよ」

 まったく話にならないと思ったが、ちょっとでも進んでるように見せないと荒川も全体進捗でこうやって問い詰められるのだろう。

(案外、この人も苦労してるんだな......)

 と、慶太は少しだけ同情したが、次の言葉でその同情も吹き飛んだ。

「それにしても大沢さん、生産性低いですよね。後輩の森本君は80%まで進んでるのに。どっちの機能も難易度に差は無いんだがなあ......」

 慶太はその言葉にイラっとは来たが、同時に森本に対しての嫉妬心も煽られた。

 ここで「あいつは出来るやつなんで」と言おうものなら自分であの男の才能を認めることになると思った。
 入社五年目の先輩の立場としては、入社一年目の人間に負けるわけにはいかないという意地もあった。
 だが実際はこうして結果が出ているのだし、事実周りの評価も森本に軍配が上がっていた。
 慶太はこの荒川とのやり取りにも疲れていたが、森本に自分が仕事で負けているという事実の方にも、さらに打ちひしがれ疲れを感じていた。
 

----------------------------------------------------------------

 帰ろうと電車を待つ慶太の背中を誰かがポン、と叩いた。
 振り返ると、真里菜がそこに立っていた。
 慶太は一気に先程の疲労が吹き飛ぶのを感じた。

「あっ、やっぱり大沢君だー! 奇遇だねえ」
「上田さん......何でここに?」
「今の現場からちょっと離れたデータセンタで仕事だったんだ。大沢君の現場の近くだったね。そう言えば」

 冷たい風が真里菜の白い頬を掠めて、黒い髪をふわりとはためかせた。

「壮行会以来だね。元気してた?」

 真里菜は少し顔を赤らめ、訊いてきた。

「はあ......元気ですって言えばウソになりますね」

 あえて真里菜の気を引くために、まどろっこしい言い方を慶太はした。

「あっ、分かった。森本のやつが仕事しないんでしょう」
「それが全くの逆で、森本は仕事ができるやつだということが分かってしまって......」
「えっ......あいつ仕事全然してなかったよ。私と同じプロジェクトの時」

 それは壮行会の時にも真里菜から聞かされていた。
 森本は前のプロジェクトを、勤怠が悪いということで首になっているのだ。

「あいつは仕事をしないけど、させたら滅茶苦茶出来るやつなんですよ。しないだけなんです」
「えっ、そうなの?」
「上田さんのところに居た時、あいつプログラムとかさせましたか? 雑用ばかりさせてましたか?」
「えーっとね、余りに勤怠が悪いからスケジュール割り当てても予定通りいかないじゃない。だから、途中から雑用係にしたの。コピー取りとか、あと簡単なテストとかね。もうその頃はクビが決まってたから、あいつも好きなように休んでたけどね」
「そうなんですか」

 慶太は内心勿体無いことをしたものだな、と思った。

「まあ、うちのプロジェクトは、その時そんなに忙しくなかったから、森本みたいのがいても大丈夫だったんだけどね」

 ひらひらと小さな雪が舞い降りて来た。
 その小さな雪が真里菜の長いまつ毛に乗っかった。

「あっ、そういえば、シェルのツールを一個作らせたんだ。それは三日掛かるかと思ったけど、一日で終わらせてたからすごい早いなと思った。しかもテストも含めてね」
「それどんなシェルですか?」
「本番環境にある全サーバにアクセスして、キーワードとなる文字列があるファイルを全部ダウンロードするシェル。なんか特定のエラーコードを指定してそのエラーが吐かれてるファイルをいっぺんに取れるから便利なんだ。いちいち何十台もアクセスしてダウンロードするの面倒だから。」
「へえ、確かに便利そうですね」
「でしょ? 仕様は私が考えたんだけどね」

 真里菜は得意げな顔をして言った。

「森本は、仕様を聞いてすぐに理解してましたか?」
「うーん、分かったような分かってないような。なんか上の空だったから、ホントに聞いてるのか疑わしかったけどね。まあ出来たものを見て、酷かったら怒ってやろうと思ったけど。だけど、予想に反してしっかりしたものをキチンと作って来たの。質問もしてこなかったし一発で理解してたんだね、きっと。そう考えると新人にしては大したものよね」

(なるほど、その頃から片鱗はあったのか)

 慶太は森本の能力の高さを改めて認識した。

「あいつ、そんなに出来るやつなんだ。でも、出来るやつだったとしても、もう一緒に仕事したくないなー」

 真里菜はまつ毛に付いた雪を払いながら言った。

「何でですか?」
「だって、勤務態度が悪いもん。ちゃんとやらせたら結果を出すんだろうけどさ。一緒に働いてるって感じがしないんだよね。自分さえよければいいっていう感じがして」
「そうですか」
「だって、プロジェクトってみんなでやるものじゃない。それを一人が滅茶苦茶能力高くて仕事出来たからって、結局は全体から見たらたかが知れてるからね。他は手伝ってほしいくらい忙しいのに、そんなの見向きもせずに帰っちゃう奴と何て仕事したくないよ」

 そう言うと、真里菜は一息つくと付け足した。

「私は大沢君みたいに、不器用でも皆と仲良く夜遅くまで仕事して終わらせる人がいいな。あと、周りを気にして手伝ってくれたりするでしょ。自分のこと後回しにして。まあ、効率とか考えるとどうかな? とは思うこともあるけど。そこはいいところだと思うよ」

 不器用という言葉が引っ掛かったが、慶太は悪い気はしなかった。
 日中は森本の能力の高さに嫉妬したせいで、自分が嫌になっていたが、真里菜の励ましで少し元気が出てきた。
 そして、思わず真里菜と響子を比較している自分がいた。

つづく

Comment(2)

コメント

匿名

-真里菜は少し顔を赤らめたながら訊いてきた

誤記では無いでしょうか

救いがなさそうだったストーリーがどこに着地するか楽しみにしてます

湯二

匿名さん。
コメントと、指摘ありがとうございます。
あと、読んでいただきありがとうございます。
うまく着地できるかどうか……お時間許す限りお付き合いください。

コメントを投稿する