Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

ITスキルの学習手順

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年11月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

 なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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 IT業界に入って最初の課題は、膨大な略語の意味を覚えることだろう。しかし、それはスタートポイントにすぎない。今月は、ITエンジニアの学習ステップを紹介する。

●技術の習得レベル

 コンピュータ技術について、多くの人から言われることがある。「略語が多すぎる」と。特に多いのは、3文字略語である。3文字略語を表す「TLA(Three-Letter-Acronym:3文字の頭文字)」という略語まであるくらいだ。最近は4文字略語や5文字略語まで現れた。同じ略語で異なる意味の単語もあり、IT業界での会話は混乱の極みにある。しかし、略語を覚えるのはIT学習の入口にすぎない。一人前のエンジニアになるのは、さらに多くの学習が必要だ。

 通常、学習結果は3つの段階を経て習得される。まず理論として理解している「知識(ナレッジ)」、次に意識的に実践できる「技能(スキル)」、そして現実の世界に応用する「ソリューション」である。

●1. 知識(ナレッジ)

 新しい技術を修得するとき、最初の仕事は個々の技術要素を暗記することである。多くの略語の意味を暗記して、設定の意味を理解し、操作手順を覚える。知識を習得すると、たとえば「共有フォルダに対してSalesグローバルグループとAdministratorsローカルグループの両方がフルコントロールのアクセス許可を持つように設定してください」といわれて正しく構成できる。Windowsの知識(ナレッジ)のない人にとっては意味不明だろうが、知識があれば理解できるし設定もできる。

 知識を習得した状態は、自動車整備工で言えば、整備マニュアルに従って作業ができるレベルだ。基本的な作業はできるものの、どんなときにどんな部品を交換すれば良いかの判断はできない。先輩の監督が必要な「見習工」だ。

●2. 技能(スキル)

 次のステップは、知識を技能として身につけることだ。技能があれば「営業部員とシステム管理者だけが自由にファイルの作成や削除ができるようにしたい」と言われて適切な機能を使って正しい設定が行える。高い技能を持つエンジニアは、利用可能な機能が複数あれば、追加の質問をして最適なものを選ぶ力も持っているだろう。

 先に、「営業部員とシステム管理者だけが自由にファイルの作成や削除ができるようにしたい」と書いたが、実際のIT顧客は「営業部員だけが自由にファイルの作成や削除ができるようにしたい」と言い、システム管理者の話は出ないかもしれない。顧客の立場に立った要望から、実際の運用に必要な手順にまで落とし込むのも1つの技能である。

 技能を習得した人は、専門用語ではなく日常用語で会話できる。日常用語はあいまいさを含むため、厳密な技術用語に変換する能力も必要だ。さまざまな認定技術者資格試験も技能習熟度の検査を目標としている。

 技能を習得したエンジニアは、自動車整備工で言えば「エンジン音がおかしいので見て欲しい」という要望に応えられるレベルだ。具体的にどのパーツのどこが問題かを指摘しなくても、印象を伝えるだけで目的が達成できる。一般的なエンジニアには、このレベルが期待されるだろう。

 1970年代には、「プログラマ定年30歳」という説があった。1980年代には35歳になっていたように思うが、90年代には40歳まで上昇した。この説は流布された初期の段階から否定されているし、米国では40歳はもちろん50歳を超える現役プログラマも珍しくない。米国の「プログラマ」は、日本でいう「SE(システムエンジニア)」の一部を含むので同列には論じられないが決して若者だけの職業ではない。

 ただし単なるウソとして片付けるのも早計である。「プログラマ定年」の真意は「知識(ナレッジ)だけで通用するエンジニアの定年」という意味だ。見習い工でいられるレベルはせいぜい30歳、技術が高度化しても40歳まで見習い工では少々問題がある。逆に、技能を身につけていればエンジニア寿命はぐっと伸びて、定年まで勤める人も珍しくない。

●3. ソリューション

 IT業界で実際に顧客から求められるのは、ITでどこまでできるかを見極めて、ITでできない部分を明らかにし、現実的な解決策を提案することだ。求められるのは「何ができる」に加えて「何ができないか」「何に向いているか」「何に向いていないか」だ。

 顧客の問題解決に直結する「解決策」を、「ソリューション(解決策)」と呼ぶ。ここ十数年、IT業界では「ソリューション」という言葉が流行している。カタカナ用語は略語に続くIT業界の悪弊だが、他に適当な言葉がないのであえて使う。

 技能を習得しても適切なソリューションを提供できるとは限らない。ソリューションには、異なる技術の組み合わせやITに頼らない仕組みの提案も必要になるからだ。提案するソリューションによっては顧客の意図は反映しているものの、最初の依頼内容とは全く変わってしまう場合がある。

 たとえば、「ノートPCに保存したファイルを暗号化したい」という要望があったとする。適切な技能があれば、暗号化機能の導入を提案するだろう。それは1つのソリューションではある。しかし、別の人はノートPC内のファイルを暗号化するのではなく、そもそもノートPCにファイルを残さない方式を提案するかもしれない(*1)。ファイルが流出しないのなら暗号化の必要もない。顧客の言葉の裏を想像し、真意を導くことも重要だ。

 ソリューションが提案できるレベルは、自動車整備工というより整備工場の社長さんだ。気になるところは直してくれるが、それだけではなく「この使い方だったら、所有するより個人リースの方が得だ」とか、場合によっては「車は持たず、必要なときにタクシーを使った方がいいのでは」といった提案をしてくれる。工場は儲からないかもしれないが、信頼を勝ち取ることで他の顧客を紹介してもらいやすい。結果としてビジネスが広がるし、仕事の面白さの幅も広がる。技能工として一生を終わるのも悪い人生ではないが、ソリューション提案ができれば世界を変えることもできる。チャレンジしてみるのも悪くない。

 昔の個人商店主は、ソリューション提案のできる人が多かった。近所に住んでいるので、自分の利益だけを考えていると居づらいということもあっただろうが、「自分が正しいと思う提案をする」というプライドもあったのだろう。ソリューション提案の対極は「御用聞き営業」だ。「顧客の求めるものしか提供しない」という悪い意味だが、それは本物の御用聞きに失礼である。優れた御用聞きは、隠れた要望を発見し、適切なソリューションを提案する。

 机上の学習で、ソリューション提案能力まで身につけるのは難しいため、実際に顧客に会うことが重要だ。しかし、幸い現代はインターネット上に数多くの事例が紹介されている。顧客と接する機会が少なくても、Webサイトを検索すればある程度は参考にはなる例が発見できるだろう。

●思考と暗記

 ソリューションは、顧客の状況から自分で考えた意見である。一方、知識や技能は決まったものであり、暗記が中心となる。世の中には、どういうわけか暗記学習よりも思考の方が高尚だと思っている人がいる。そのため、基本的なIT要素知識の習得が不十分なうちに、ソリューション提案に走ってしまう人がいる。その方が「格好いい」からだ。しかし、知識と技能の裏付けのないソリューション提案はたいてい失敗する。「机上の空論」というやつだ。

 暗記学習のレベルで留まっていては将来がない。しかし、知識のない考えでは強固なソリューションは構築できない。知識と思考は、車の両輪であることをよく理解して欲しい。

 論語にも、こうある。

学びて思わざればすなわち罔(くら)し、思いて学ばざればすなわち殆(あや)うし

 学ぶだけで思考しなければ自分のものとはならない。自分の頭で思うだけで知識を学ばなければ、危なっかしい。

(*1)いわゆる「シンクライアント」であるが、本題からそれるので詳細は説明しない。

■□■Web版のためのあとがき■□■

 どんなに高度な知的活動も、最初は暗記から始まる。暗記学習を嫌う人も多いが、最低限の暗記知識がないと次のステップに進めない。

 大森一樹監督の映画「さよならの女たち」では、斉藤由貴演じる主人公が宝塚歌劇団を扱う雑誌編集部で働くシーンがある。最初の仕事は宝塚の女優の名前とあだ名を覚えることだった。筆者は「ツレちゃん」が鳳蘭で、汀夏子がジュンちゃんだということくらいしか分からないが(古くてすみません)、これでは記事は書けない。

 そういえば、今年の新人研修の受講レポートに「単語カードを作って暗記する」と書いた人が何人かいた。また、ネットワークのOSI参照モデルの階層を覚えるのに「アプトデネブ」と唱えていた人もいた(アプリケーション層、プレゼンテーション層、トランスポート層、データリンク層、ネットワーク層、物理層)。単語カードや語呂合わせは、暗記のための暗記になるので筆者はあまり好きではないが、それでも覚えないよりはずっといい。

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