Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

聞き上手

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2007年7月号)をお求めください。もっと面白いはずです。なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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 この号が出るころには、新入社員の方も現場に配属になっているだろうか。今月は、配属先での心構えについての話である。

●質問は新人の特権である

 新入社員は仕事ができない。いや、これは「頭が悪い」とか「能力が低い」といっているのではない。単に「仕事を教わっていない」という意味だ。

 「教わっていないから分かりません」と開き直るのは良くない。しかし「教わっていないから教えてください」といえば、たいていの先輩社員は何らかの対応をしてくれるはずだ。分からないことは何でも聞いてみよう。それが新入社員の特権である。

 学生と社会人では、価値観が大きく違う。学生の本分は基礎知識を習得することだ。すべての課題は自分のためにある。勉強をしなくて困るのは自分であって、誰か他の人ではない。

 一方、社会人の存在価値は、他人の役に立つことだ。収入や、自分自身の満足を得ることは結果に過ぎない。目的は社会や顧客に対して価値を提供することだ。

 顧客が直面している課題があって、それを解決しなければならない状況があったとする。あなたはその課題の解決方法が分からない。そのような場合は、迷わず誰かの助けを借りるべきである。自分で調べていたのでは、顧客にもっと迷惑をかけてしまうし、それは会社(これも他人だ)の損失になる。

 「何でも人に聞かずに、自分で調べなさい」と、先輩社員はいうだろう。しかし、それは新入社員の成長を願っていっているのではない。本来知っておくべき知識まで質問されたら、自分の時間がなくなってしまう。先輩社員は、自分の時間を節約するために、後輩に早く一人前になって欲しいのである。

 逆にいうと、一部の専門家だけが知っていれば十分な知識については、全員が知る必要はない。ある程度大きな会社の場合、会社の業務に関わるすべての知識を網羅している人など誰もいない。自分で調べることも大事だが、人に聞くことはもっと大事なのである。

●よい「質問の仕方」

 質問の仕方にはコツがある。以前にも書いたが、絶対やってはいけないのは「初歩的な質問ですが」という前置きだ。

 本当に「初歩的な質問」なら、自分で調べられるはずである。たいていの場合「初歩的な質問」に答えるには高度な知識が必要になる。答えられなければ、後輩から「初歩的な質問にも答えられない人間」というレッテルが貼られてしまう。先輩に恥をかかせてはいけない。嫌いな先輩をいじめるとき以外は、この言葉を使ってはいけない。

 よい質問は、何が分からないのか明確に表明することである。しかし、それはおそらく無理だ。何が分からないのか明確にできれば、その質問の半分は解決している。何が分からないかも分からずに質問する人は多いだろう。

 そこで、質問するときは自分が「やったこと」を申告しよう。どの本のどの部分を読んだのか。どのWebサイトをどう検索してどこを読んだのか。また、どういう操作をして、どういう結果が出たのか。こうしたことを列挙すると質問にも答えてもらいやすい。

 質問をする相手にも注意したい。入社2、3年目の先輩は、新入社員と年齢も近いため気軽に質問しやすいだろう。しかし筆者の経験では、入社2年目の社員が新入社員の質問に正しく答えられる可能性は半分程度である。多くの場合は一緒に正解を考えてもらうことになる。先輩社員の勉強にもなるのだが、あまり時間を割いてもらうわけにもいかない。

 先輩社員が忙しそうだったら(たぶん忙しいだろう)、ヒントだけをもらって自分で調べてみよう。もちろん、結果は必ず報告すること。こうすれば、先輩の時間の消費を最小限に抑えて結果を得ることができ、先輩社員の役にも立つ。しかも、問題の解決手順が理解できるので、自分で調べる技能も修得できる。筆者も後輩によくやる方法である。

 結果の報告は必ずしよう。先輩からすると、せっかくアドバイスを与えたのに、報告がないとがっかりする。ぜひ報告して欲しい。

●よい「コミュニケーション」

 質問者と回答者は、良好なコミュニケーションを築く必要があるのは当然だ。残念ながら、コミュニケーションを苦手とするエンジニアは多い。また、何を考えているのか分からないと敬遠される人もいる。

 筆者自身も、攻撃的なコミュニケーションでずいぶん失敗した経験がある。電子メールなどのオンラインコミュニケーションでは、特に厳しい表現になってしまうことが多い。

 コミュニケーションを良好に保つためには、社交的な性格も必要なければ、巧みな話術も必要ない。いくつかの方法を機械的に適用するだけで劇的に改善される。筆者が常に心がけているのは「否定文を使わない」である。実際にやってみよう。

「そんな説明では、分からないじゃないですか」

「もう少し具体的に説明してもらえますか」

 かなり違う印象を受けたのではないだろうか。

 冒頭の「教わっていないから分かりません」ではなく「教わっていないから教えてください」と言え、というのも同じことだ。どの言い換えも、心の中で思っていることは変わらない。単に言葉を変えただけである。この程度のことで無駄な衝突を防げる。

 常に肯定文で表現するように心がけていると性格も穏やかになるということもあるだろうが、それは本質的な問題ではない。

 もう1つ、効果的な方法がある。これは筆者も実践できていないため、練習中である。それは、相手の主張に対して「なるほど、XXXなんですね」と繰り返すことだ。

 効果は2つある。1つは、相手の意見を要約することで、問題点が明確になることだ。要約が違っていれば、相手は否定するだろう。もう1つは、相手を安心させることだ。

 こっちは共感したわけでも同意したわけでもないが、単に繰り返すだけで共感したと思ってもらえる。単なるテクニックだと分かっていても、その効果は変わらない。

 お世辞だと思っていても、言われればうれしいものだ。普通は回答する側が使うテクニックだが、質問する側が、得られた回答に対して使うのも効果的だ。

 最後にもう1つ。対話中は他の作業をやめて、相手の目を見て話すことである。当たり前のことだが重要だ。作業をしながら話の相手をされるのは気持ちのいいものではない。

 以上3点、今日から実践する努力をして欲しい。

●「ほめる」技術

 ほめることやおだてることは意外に重要だ。質問に答えてもらったら、その回答についてほめてあげて欲しい。次回も質問に答えてくれるはずだ。

 よく「上司は部下をほめろ」「先輩は後輩をほめろ」というが、部下や後輩が、上司や先輩をほめるのも大切だ。ただし、ほめるときは具体的に事実を述べること。後輩が先輩に「いまのは良かったですよ」といっても嫌味なだけだ。

 子どもが描いた絵をほめるとき「上手だね」で納得するのは小学校低学年まで。それ以上は、どこがどう上手なのかを具体的に指摘しなければいけないそうだ。

 新入社員は、仕事の上では小学校1年生。単にほめられただけで満足するかもしれない。しかし先輩社員や上司はそうではない。

 今年担当した某社の新入社員研修でのことである。その会社では、毎日学習レポートを提出する。筆者の担当講義のあと、提出されたレポートにこう書いてあった。「たとえ話が豊富で、非常に分かりやすい講義だった」。

 お世辞も入っているのだろうが、言われた筆者は素直に喜んだ。ポイントは「分かりやすい」の理由が書いてあることだ。「良かった」「ためになった」だけでは、ちょっと嘘くさい。お世辞でもうれしいが、そのうれしさは大きくない。

 何が良かったのかが書いてあると、信憑性が高まり、うれしさも倍増である。ほめられても、講義内容が変わるわけではないが、気分は良い。というわけで、息子や娘ほどの年齢の新入社員にあしらわれて喜んでいる次第である。

 ほめるのが難しければ、まずは感謝の意を表明してみよう。慣れてきたら、どこが自分の役に立ったのかを具体的に指摘する。それには内容を理解していないと難しい。

 ほめるところが見つからない場合は、理解度が低いと思ってよい。落語「子ほめ」では、「若く見られると人は喜ぶ」と聞いて、生まれたての赤ん坊にこう言ってしまった。

どう見ても、まだ生まれてないみたいや。

 故桂枝雀氏の「枝雀寄席」(朝日放送)による。演者や流派によってバリエーションはあるが、上方落語では概ね同じ。江戸落語は全く違うオチ(下げ)になるそうだ。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakugo15.htm

■□■Web版のためのあとがき■□■

 コミュニケーションはテクニックである。そう言い切るのは間違っているにしても、テクニックが重要な地位を占めることには間違いない。

 結局のところ、会話の中で相手がどんな気持ちでいるかは無関係である。重要なことは、どんな言葉を発したのか、どんな表情をしたのか、どんな態度をしたのか、である。つまり外見だけが問題なのだ。

 本文では「否定文を使わない方が良い」と書いた。これは質問される側にも成り立つ真理である。例を挙げよう。

誤「そんな質問の仕方じゃ、誰も答えられないじゃないか」

正「別の表現で説明してよ」

 少し柔らかになったが、これで質問した側が納得するとは思えない。別の表現って何だろう、という疑問がわいてくるからだ。ここで、もう1つ重要なテクニックが読み取れる。

「注意するときは具体的に指摘する」

 この場合「現在の状況が分かるように説明してくれれば答えられると思う」「使っていたOSとそのバージョンが分かれば答えられると思う」と言われれば、質問する方も表現を変えてくるだろう。「そんな質問」では、質問者を萎縮させるだけである。

 疑問文、特に反語の意味の疑問文も使うべきではない。以前、講習会のアンケートに書かれたことがある。

「そんな説明で分かると思っているのですか」

 さすがに、ここまでひどいことを書かれることはあまり多くない。かなりショックを受ける内容だが、どう改善していいのかまったく分からない。

 具体的な指摘であれば感謝もするが、これでは不快感だけが残ってしまう。もしそれが目的であれば実に効果的な悪口である。ぜひ覚えておいてほしい。

「悪口は、反語を使って、具体的な欠点は書かない」

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