あなたの体験談を元に、前向きにおしゃべりしませんか?

小説「わたしのみらい」―奇跡のイメージ

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 あるエンジニアの歩み方を小説として連載しています。初回の物語はこちら、前回の物語はこちらです。

 「じゃあ、変な質問をするようだけど、ちょっと想像してみて欲しいんだ。もし、明日の朝起きたら、今の問題がすべて解決していて、何でも思いどおりになっているとしよう。どうなっていたらうれしいと思う?」

 「何でも思いどおりになっているとしたらですか? そうですね。まず、転籍がなくなっていたらうれしいですね」

 「そりゃあ、転籍がなくなっていたらうれしいよね。でも、転籍の話はもう起きてしまったことだし、過去の出来事は変えようがない。過去は変えられないけど、未来なら変えられるよ。発想を未来に傾けてごらん。もし、今の問題がすべて解決して、何でも理想どおりになっているとしたら、どうなっているとうれしいだろう?」

 「そうですね……どういう形で働いているかはともかく、今までは自分の意思に関係なく、上司に言われてやらされる仕事が多かったので、できることなら自分の仕事は自分で決めたいんです。好きな仕事だけを選んでやりたい。そうすれば、もっと集中して、夢中になって仕事ができるんじゃないかと思います。後は、お客さんから喜んでもらいたいです。『近藤さんにプログラムを作ってもらってよかった』って言って欲しいなと思います」

 「それを現実にするためには、どんな手段が考えられそう? 最初の一歩でもかまわないよ」

 「手段ですか?……今は、よく分かりません」

 「本当は分かっているんじゃない? 今、できるかできないかを考えているでしょう? 朝起きたら、何でも理想どおりになっているんだよ。たとえ話でいいんだよ。『例えば……』に続く言葉を考えてごらん」

 「例えば――ボクのような考え方でもいいと言ってくれている企業を探す。他には――そうですね――、家族もいますし、現実的ではありませんが――独立する。あと何があるかな? 神谷さんの会社に入れてもらう」

 「僕の会社に? ははは、まあいいだろう。もし、その中でもっともワクワクすることを選ぶとしたらどれにする?」

 タケシは迷った。

 (今から転職先を探しても、またこの1カ月間の繰り返しかもしれない。独立するって言っても、何をどうしたらいいのかわからない。神谷さんの会社に入れてくれたらラッキーだな)

 「また、できるか、できないかを考えているでしょう? あ、僕の会社には今、人は足りているからね、念のため」

 すべてを見透かされているようだった。

 できるか、できないかを考えなくていいんだったら、独立することにしようか。でも、どうしても現実を考えてしまう。

 「さて、どうしたい?」

 「できるか、できないかは関係ないんですよね。じゃあ、独立することにします」

 「オーケー。じゃあ、独立して、プログラムを作ってワクワクしている自分を想像してごらん。どうやってそうなったかは考えなくていい。独立してうまくいっているところを想像すればいいよ」

 「想像っていうのが、いまいちよくわからないんですが……」

 「想像っていうのは、頭の中でイメージすることさ。じゃあ、少し練習してみよう。例えば、今日の朝ごはんは何を食べたの? それを思い出してごらん。目の前に、食卓の映像なんかが浮かんでこない?」

 そういわれると、朝に立ち寄ったファストフードのセットメニューが目の前に思い浮かんだ。

 「そう、その感じ。それがイメージ。そのときの匂いを思い出してごらん。おいしそうなにおいがするでしょう?」

 おいしそうはハンバーガーのにおいがしてきた。

 「何か聞こえているものはある?」

 店員が「いらっしゃいませ~」とレジの方で接客している声が聞こえる。

 「想像っていうのは、そういうことさ。じゃあ、独立して、プログラムを作ってワクワクしている自分を想像してごらん。どんな場所で、どんな仕事をしているのか? お客さんは誰なのか? その仕事をしているとどんな気分になるのかを想像してみるんだ。そうだな、独立して仕事がうまく行っている人を今までテレビで観たことはないかい?」

 以前、独立して仕事が軌道に乗っている若手社長がテレビで紹介されていたことを思い出した。その社長と、自分を置き換えてみることにした。

 「今、何している?」

 「モニタの前で、プログラムを作っています」

 「今そこは、何年後ぐらいなの」

 「う~ん、そうですね~。3年後ぐらいかな?」

 「どんなプログラムを作っているの?」

 「そこまではよく分かりませんが、顧客から頼まれたプログラムを作っているみたいです。Webのシステムかな?」

 「Webのシステムを作っているんだね? 今、どんな気分で作っているの?」

 「そうですね。なんだか心から楽しんでいるというか、胸の奥のほうから満たされているような感じがします。自分で仕切っている……みたいな」

 「顧客からはどんな評価をされているの?」

 「そうですね。喜んでいただいているようです。細かいところまでよく気がついてくれるって」

 「そう、それはよかったね」

 深呼吸した。とてもいい気分だった。

 「今、イメージの中で、近藤君は独立をして、軌道に乗り始めていると思う。自信に溢れているかもしれないね。今、そこにいる近藤君から、3年前に悩んでいた近藤君にアドバイスすることができるとしたら、どんなアドバイスをしてあげたい? 何から始めたらそこにたどり着けるのか、教えてあげてくれないかな?」

 (独立して理想の仕事をしているこの状況から、悩んでいる自分にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスをするだろう? 勇気をもって、一歩踏み出して欲しいとアドバイスしたいな)

 「勇気を持って、一歩踏み出せって言ってあげたいです。それと、今できることから、何か始めてごらんって言ってあげたいです」

 「わかった。本当にありがとう。では、イメージするのはここで終わりにしよう。お疲れさま」

 小学生の頃、タケシは宇宙飛行士になりたかった。ブラウン管のテレビに映し出される青い地球の映像を見て「あの、広い宇宙から青い地球を眺めたら、どんな気分なんだろう?……」と、目を閉じて、まるで本当に宇宙飛行士のように宇宙空間を浮遊していることをイメージするだけでワクワクしたことを思い出していた。とにかく、自由だった。

 久しぶりの感覚は、何だか懐かしく、何だか新しかった。この自由な空間をいつから忘れてしまったのだろう? 今なら、「宇宙飛行士になれるのは日本の中でもわずか数名だ」などと、すぐに現実を考えてしまう。サラリーマンになってから今まで、いつも現実しか考えてこなかった。ワクワクすることなど忘れて、「しなければならない」という言葉が口癖になっていた。小学生の頃のボクが36歳のボクを見たら、どう思うのだろう?

 「ここまで話してみて、どう?」

 穏やかな神谷の顔つきが、なんだか変わったような気がした。

 「そうですね今まで、悪いことが続いていたので、最悪の状況ばかり考えていて、自分がうまくいっている未来なんて想像したことがなかったので、なんだか新鮮でした。でも、現実を考えれば、独立がそう簡単に実現するなんて思えませんし、確かにイメージすることでテンションは上がりますが、正直なことを言えば……単に空想していても、あまり意味がないことのようにも思います。第一、独立するにしても何から始めたらいいのかわからないので、とても不安です」

 「それはそうだろうね。僕もここまでくるまでにはそういう時期があったから、その気持ちはよく分かるよ」

 今は経営者になっている神谷も同じような時期を過ごしていたと聞いて、少し安心した。

 「そう言えば、この間のコーヒーショップの別れ際に、ボクが転職した後のことを聞きたがっていたね。今日は、今まで何をしてきたかを話してあげるよ。

 スタットシステムズを辞めて、僕は小さなソフト開発会社に入ったんだ。その会社の社長と面談したとき、技術力を生かしてくれと言われてね。これからもプログラムが作れると思うとうれしかった。

 それから、ある大きな企業の情報システム部に常駐するようになったんだけど、これがもう最悪でね。思うようなプログラムも作れなかったし、毎日が顧客からのプレッシャーやストレスで本当に大変だった。心身ともに疲れてしまってね。プログラムを作りたいという意欲すらなくなってしまったんだ。

 そこで、心と体が壊れそうになるぐらいつらい思いをするのなら、『もう会社に頼るのはやめよう』『何かに依存して生きるのはやめよう』と思って独立したんだ。もちろん、今の近藤君のように、自信なんてまるでなかった。どちらかといえば、必要に駆られて……という感じのほうが近いかな。

 僕が独立したころは、ちょうどブログが流行りだす少し前でね。インターネットでホームページを作る会社が増えてきていたけれど、気軽に更新できないような時期だったんだ。そこで、ホームページを気軽に更新できるシステムを作ったんだ。

 まだ、メールマガジンなどもそれほど発行されていなかったから、どのようにホームページを作ったらいいか、どんな情報を発信したら、ホームページを通じて顧客と出会うことができるのかを、自分で作ったホームページ更新システムで試しながら、情報発信していったんだ。今ではさすがに少なくなったけれど、当時はWebに商品を載せれば儲かると思ってホームページを立ち上げては見たもの、全然アクセスがなくて、困っていた中小企業の人が多かったからね。その人たちに僕が発信した情報が受け入れられ、仕事が増えていったってわけ。それから、情報発信のコンサルティングやホームページの更新システムで事業が拡大して、今に至っているんだ。

 もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではないけどね。でも、今となってみれば、すべていい体験になったと思う。

 今では、あのとき、顧客からプレッシャーをかけられて毎日がストレスだらけだったことにも感謝しているんだ。そんなことがなければ独立しようなんて思わなかっただろうし、今のように自分の意思で仕事をするという環境も手に入っていなかったと思うからね。

 『ピンチはチャンス』なんて、最近、なんだか交通安全の標語みたいに軽い言葉になっているけど、これは、ウソじゃないと思う。ピンチが自分に降りかかってきたとき、普通なら「ついてないな~」ぐらいで、結局何もしないで終わっちゃう。

 でも、これは僕が今まで体験してきた中で思うことなんだけど、ピンチは新たな何かを始めるための「変化のお知らせ」のようなものだと考えるようになった。ピンチを他人のせいや社会のせいにしないで、そこに向き合ってみる。それを超えたときに、仕事や、考え方の大きな変化が起こることが本当に多かった。だから、最近ではピンチがあまり怖くなくなったんだ。もちろん、ピンチはつらいけどね。でも、それを乗り越えたときに見る景色は、まるで、登山をしているときに、山を登りきる瞬間に急に視界が開けるような、そんなすがすがしさすら感じるよ。

 近藤君は今、色々と悩んでいるよね。そして、これまで転職活動をしてきて、誰かや何かに合わせたままでは、自分がやりたい仕事ができないということはよく分かったと思う。

 そこで、今、近藤君の身の回りで起きていることは、なんらかの「お知らせ」と考えてみてはどうだろう?

 さっき未来をイメージしたときに、できる/できないはさておき、独立することを選んだよね?そこで、起業も選択肢の1つとして考えてみてはどうだろう? そうは言っても、もちろん、不安だと思うけどね。その気持ちはよくわかる。僕もそうだったから。

 ピーター・ドラッカーという人は、こんな言葉を残している。

 「自らの未来をつくることにはリスクが伴う。しかしながら、自ら未来をつくろうとしないほうが、リスクは大きい」「明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命」 P.F. ドラッカー ダイヤモンド社

 自分のやりたい仕事をしていくためには、自分の道は自分で切り開く必要がある。今成功しているように見える人だって、誰もが最初からうまくいっていたわけではないということを考えてみて欲しい。現実から目をそらさず、他人のせいにしないで、目の前のできることから行動してきたからこそ、つかんだんだと思う。

 正直に言えば、僕は、誰にでも起業を勧めるわけじゃない。安定に生活することだって、家族を持っていれば当然の欲求だし、人はそれぞれいろんな生き方があるから、それはそれでいいと思う。だけど、今の近藤君のように大きな挫折を味わった時、本当に悩んで、それでもどうにか変えたいという人にとって、起業という選択肢は決して悪いものじゃないし、今はまだわからないかもしれないけれど、近い将来、自分の人生を自分で舵取りしていくのはとても楽しいということに気づく日が来ると思う。

 近藤君が、一歩踏み出してみるのなら、僕はキミをサポートしてあげたいと思う。だけど、急に独立なんて言ってもすぐには決意できないだろう。近藤君は結婚しているのかい?」

 「はい、保育園の子供も一人います。」

 「そうか、ちょうどかわいい時期だよね。それなら、なおさら不安だろう。奥さんの同意も必要だ。きっと、親御さんへの報告もいるよね。それはともかく、まず、近藤君の意思が重要だ」

 「分かりました。今すぐにっていうのも無理なので、しばらく時間をいただけませんか?」

 「もちろんさ。結論を先延ばしにするのは、悩みをずっとひきずることになるからあまりいいことではない。いつ、結論を出す?」

 「そうですね……1週間考えてみたいと思います。」

 「わかったよ。1週間十分に考えてごらん。そうだな、頭で考えようとすると損得計算を始めてしまうし、不安なこともたくさん出てくるだろう。重大な決断こそ、できるかできないかではなく、自分の本心に問いかけてみて欲しい。自分を信じ、自分の直感を信じて欲しい」

 「分かりました」

 「せっかく居酒屋に来たのに、全然ビールを飲んでいなかったね。冷えたビールで乾杯しなおそう。よし、じゃあ、この後は難しいことは忘れて、楽しく飲もうじゃないか!」

 タケシは、少しだけ明るい未来があるような気がしていた。

 これは物語です。話の展開上、特定の個人、企業、商品名等を連想させる表現が場合によってはあるかもしれません。 いずれの場合においても、それらを批判、非難、中傷するものではございません。主人公が成長する過程で起こりうる思考や体験を再現するものとして、ご理解 いただければ幸いです。

Comment(2)

コメント

おはようございます。って、タケシくんにはもう女房子どもがいるんですかっ。これはエライコッチャ。生活を守りつつ、食わせつつ、新事業ベンチャーって、なかなか敷居が高いですねえ。

 まあ、嫁がいて協力してくれるのなら「すまないが、経理やってくれ」とか拝み倒せるかも知れませんが、子どもがまだ乳幼児ですと、まだまだお嫁さん大変そうですねえ。まあ、1人より2人、の方が何かと便利でしょうけどもね。

 ここでベンチャーを興したとして、倒すべき競業他社がどれほどあって、どの顧客層に、何を販売するか、どれだけの利益を見込んでいるのかという「目論見書」まで書かないといけませんねえ。僕はメビック扇町(大阪市のインキュベーションセンター)で、どれだけ「目論見書」について悩んだか。

 タケシ君に、信用や、貯金はいくらぐらいあって、銀行から幾ら借りられるかという最初のハードルが待っていると思います。次いで、お嫁さんの大反対に遭うかも知れない。安定志向ですからね。「アンタの夢のために、アタシがどれだけ苦労しなきゃなんないの」とか言われそう。

 夢を実現しようとするのはリスキーだが、夢さえ見ないのはもっとリスキーだ。ということを、今回竹内さんに教えてもらいました。では~。

田所さん、いつもコメントありがとうございます。
また、貴重な体験をご紹介いただきましてありがとうございます。
最初は何がなんだかわからずに、不安ですよね。
家族の了解(説得?)も大変です。
それをどのようにクリアしていくのか。今後もタケシを応援してくださいね。

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