P38.新組織(6) [小説:CIA京都支店2]
初回:2020/06/17
Mi7滋賀営業所の山村クレハが、新規事業の調査の為、警視庁公安部の源静香という人物と面会した。その時は、城島丈太郎と共にCIA京都支店の川伊(P子の偽名)に成りすましていたが、見事に追い返されてしまった。しかし、それも浅倉南の作戦に含まれていたのだった。浅倉南は、クレハと二人でP子の名刺に仕込んだ発信機を頼りに、再び源静香に会いに行こうとしていたのだった。
13.お好み焼き屋
「さて、会いに行くわよ」
浅倉南はパソコンを閉じると、立ち上がった。パソコンには、クレハがP子に成りすまして渡した名刺に仕込んだ発信機によって、源静香の現在地が表示されていた。
「昼前には到着できるかしら」
クレハは社用車を運転しながら、独り言のようにつぶやいた。助手席には浅倉南が乗り込んでいた。Mi7滋賀営業所から京都に抜けるには、国道1号線沿いに、逢坂山から四宮、三条通を経て御池通りに出る。通常であればこのルートは渋滞が激しいので到着時刻が読めない。しかし今日は比較的順調で、ナビゲーションシステムの予測到着時刻通りに到着できたのだった。御池通りに出てすぐの所にある、地下駐車場に車を滑り込ませた。
二人は地下駐車場から地上に出た。まだ昼前だった。浅倉南はスマホを取り出し、源静香の現在地を再確認した。
「まだ、動いてないわね」
浅倉南はクレハを促して、出入り口が見渡せる場所まで移動した。
「出てくるかしら」
クレハが心配そうに問いかけた。浅倉南は無言だったが、スマホに表示された赤い『と金』が動き出したことを確認すると、クレハに笑顔を向けた。
「あなた、いつの間にターゲットのアイコンを変えたの?」
「その方が判りやすいかなって思って...」
浅倉南は、ターゲットの源静香を思い浮かべると、クスっと笑った。
しばらくすると、源静香が出てきた。彼を挟むように男性が2人付いていた。
「ガードマン?」
「たぶん、SPね。でも、そんな話は聞いてなかったんだけど」
浅倉南とクレハは、少し距離を取って後をつけた。しばらく歩くと、裏路地にある、1軒のお好み焼き屋に入っていった。
「どうするの?」
「入っちゃいましょう」
浅倉南はそういうと、『テイクアウトオンリー』と書かれた張り紙を横目に、店に入っていった。
14.好まざる人物
店に入ると、入り口近くに一人の男性が座っていた。先ほどのSPの一人だった。もう一人は一番奥のカウンター席に座っていた。店主は居ない様だった。入り口近くの男性が立ちあがった。が、何も言わない。単なる女性客が二人で入ってきたのかもしれないので、無理に追い返すわけにもいかなかったのだろう。奥に座っていた男性が、座ったまま話しかけてきた。
「今、店主が不在でね。少し時間がかかりそうなんだ」
少し困ったと言った口調で言った。もちろん、諦めて帰りなさいという意味だった。
「そうね。困りましたね」
浅倉南とクレハは笑顔のまま、そのまま奥に進んでいった。先ほど話しかけてきた男性も、今度は立ち上がった。
「実は、源静香さんにお話があるんです。会わせて頂けますか?」
入り口からは見えなかったが、奥まで進むと座敷の様な小部屋があることが判った。残念ながらふすまで中まで見えなかったが、浅倉南は奥の人物にも聞こえるようにストレートに聞いてみた。
「通してあげて下さい」
奥の部屋から、声が聞こえた。二人に立ちふさがるように立っていた男性が、少し端に寄った。
「失礼します」
浅倉南がそう言ってから、ふすまをゆっくりと開けた。鉄板のテーブルをはさんで、奥に源静香が座っている。
「あら、お久しぶりです」
源静香の対角線上に、こちらに背を向けて座っていた女性が、振り返りながら浅倉南とクレハに挨拶した。
その女性は、P子だった。
「...」
さすがに浅倉南は笑顔を崩さず、会釈した。しかし、挨拶を返せなかった。クレハは、声を出さなかっただけましだが、思わず手を口元に当ててしまっていた。
源静香は、少し上機嫌で、手元の名刺を見ながら、P子を二人に紹介した。
「えーと、こちら、Mi7滋賀営業所の浅倉南さんです。そちらは、たしか、CIA京都の方だったかな?」
源静香は、クレハの方を見ながらそう言った。
今度ばかりは、浅倉南から笑顔が消えた。クレハは昨日名刺交換しているので問題ないが、本物の浅倉南は、本物の自分の名刺しか持ってきていない。しかも、どう名乗ればよいのか、まったく思いつかなかった。
浅倉南としては、スパイ能力がCIA京都よりも上であることを見せつけて、サプライズ的にMi7滋賀を売り込もうとしていた。これでは単なる間抜けじゃないか?
「まあ、立ち話もなんだから座りなさい」
P子は、すっと立ち上がると、源静香側のテーブルに座りなおした。手前に、浅倉南とクレハが座った。P子はお好み焼きのメニューを少し離れて座っている二人の前に置いた。
「それで、私に話があるって?」
源静香は、先ほどまでの笑顔から一転、真顔で浅倉南に問いかけてきた。
Mi7滋賀営業所の浅倉南と名乗っているP子が、横から口を出してきた。
私達としましては、源様のお手伝いをお受けしたいと思っております。CIA京都さんも、そのおつもりなんでしょうけど、譲るつもりはありません。
「おいおい、女同士の喧嘩か?」
源静香は、笑顔に戻り二人をたしなめる様に言った。といっても、喧嘩を吹っ掛けてきたのは、Mi7滋賀営業所の浅倉南と名乗っているP子の方であり、本物の浅倉南は、この先をどのように展開させればよいのか、決めかねていた。このまま引き下がって、偽物の浅倉南が注文を取り付けることが出来たとして、そのままMi7滋賀営業所と契約することになるのか?それとも、直前に『実は私が本物のCIA京都の川伊です』と言い出しかねない。
「私達、CIA京都としても、一歩も譲るつもりはありません」
横からクレハが強い口調で言い放った。
「お嬢さん、昨日と打って変わって強気だね」
源静香は、ますます上機嫌になってきた。
「理事官、お食事が届きました」
入り口近くで待機していたSPが、ふすま越しに声をかけてきた。源静香とP子の前に、仕出し弁当が置かれた。
「お先に...」
源静香は、浅倉南とクレハに遠慮なしに、お弁当を食べだした。P子も遠慮気味に食べだした。
(「おいしそうなお弁当。私達にはお好み焼きを勧めたのに...」)とクレハが心の中で愚痴った。(「でも、今から仕出し弁当を注文しても、すぐには来ないわよ」)と浅倉南はクレハが考えているであろう愚痴を想像しながら、心の中でなだめていた。
「で、どうする?」
源静香は食べながら、3人を順番に見て言った。
「じゃあ、こういうのはどうだろうね。Mi7滋賀さんとCIA京都さんで、共同で社団法人を立ち上げて、そこで受注して適切に再委託すればいいんじゃない?」
源静香が提案した。
「私達は、それで構いません」
偽物の浅倉南が、即答した。
本物の浅倉南とクレハが、顔を見合わせて少し悩んだ。
「ただし、そちらに優先的に委託する代わり、職員の退職後の受け入れもお願いしたいんだがな」
(「要するに、委託先と言う名の天下り先を用意しろと言う事か」)浅倉南も、表街道ばかりを歩いてきたわけではないので、他人の事を非難できる立場ではなかったが、少なくとも、私利私欲で動いたことは無かったという自負があった。
「判りました。私達も、それで構いません」
本物の浅倉南は冷静に答えた。
======= ≪つづく≫ =======