P26.人事一課監察係(1) [小説:CIA京都支店]
初回:2019/11/27
白井産業の社長が退陣し、Mi6本部から代わりの社長が派遣されてきた。社長の不正が公になる前に解決したことで、山村紅葉(クレハ)が連絡係から正式なスパイとして任命されることになった。
逆に、城島丈太郎が白井産業に侵入したときには何の証拠も持ち帰れなかったが、クレハが金塊を残しておいてくれたため、P子達も不正の状況を把握することが出来たのだった。
1.監察官
白井産業の社長が退陣した。Mi6本部から代わりの社長が派遣されてきた。白井産業は株式公開をしていなかったが、Mi6本部はいくつかの関係会社や個人を通じて経営権を行使できる立場だった。今回の一件は世間に公開されることは無かった。ただ、日本とイギリスの友好関係を継続するという事で、Mi6は白井社長が金の不正取引で得た利益を日本に還元した。もちろん、裏金なのでそのまま隠密裏に返還されたので、日本政府としても感謝していたのだった。
今回の働きによって山村紅葉(クレハ)は連絡係から正式なスパイとして任命されることになった。それは、事前に浅倉南と矢沢部長との『口約束』で決められていたが、そんな約束がなかったとしても十分に評価されていた。
問題は、CiA京都支店の城島丈太郎の方だった。白井産業に二度も侵入したが何の成果も持ち帰れなかった。一応、金の延べ棒を持ち帰ることが出来て、白井社長の金の密輸とヨソノシステム社長の『金のフロアパネル』との関連性が判ったが、それもクレハが残してくれたからだった。
つまり、本来は成果がなかったという事と、クレハの温情が逆にMi7との何らかの繋がりがあるのではないかと言う疑念を抱かせる結果になってしまった。スパイも刑事と同じく疑う事から始める商売なので、一度疑念を抱かせると監視対象にされてしまう。好むと好まざるにかかわらず...
白井産業へ派遣されるはずだった丈太郎は、まだ派遣先が決まっていなかったので毎日の様に京都支店に通勤していた。社内でも請負業務があるのでシステム開発の仕事はあったが、それ程忙しい業務ではなかった。所が一向に新しい派遣先が決まらなかった。営業担当であるP子は、派遣先の事情をよく把握しているので適材適所に社員を素早く派遣してきたが、今回の丈太郎に関してはなぜか派遣先が決まらなかった。
薄々だが丈太郎はP子がワザと派遣先を決めてこないのだと思っていた。もちろん、P子はそんなそぶりは見せていなかったが派遣先が決まらないのは、P子の判断と言うより上からの圧力ではないかと疑っていた。
それを確かめるにも、P子自体が派遣先で常駐している為、会う機会もなかった。
その日も丈太郎は社内で開発業務を行っていたが、ふと見ると通路の向こう側を京都支店長と見知らぬ男性が二人で歩いており、そのまま来客用会議室に入っていった。
「大河内君が自ら乗り込んでくるとは、何事かね」
丈太郎がビクッとして振り返ると、後ろにデバイス開発室のミスター"Q"が立っていた。
「知り合いですか?」
「昔ちょっとね。彼は本店(日本法人)の人事一課監察係の人間だよ」
「人事部の人が何をしに?」
「んー人事部の人というとそうだが、監察係は我々の不正を監視するのが役割だから」
「スパイのスパイですか?」
「ま、そんなところかね」
ミスター"Q"は、来客用会議室に向けていた視線を、別の人物に向けなおした。そこには同じように来客用会議室を見つめている早坂さんの姿があった。
丈太郎は、監察係の大河内という人物が気になった。誰かを監視するのが目的だとすれば、Mi7のクレハとの関係が怪しまれているのは自分ではないのか?
そんな心配そうな姿を見て、ミスター"Q"が一言追加した。
「普通、監察係は隠密に調査を進めるから、こうやって直接支店長に会いに来るという事は君の件とは無関係だと思うよ」
2.調査対象
来客用会議室から京都支店長が顔を半分だけ出して、丈太郎を見つけて言った。
「ちょっと丈太郎君。部屋まで来てちょんまげ」
丈太郎とミスター"Q"が顔を見合わせた。
(「大丈夫だよ...きっと...たぶん」)とミスター"Q"が小声で丈太郎にささやいた。
(「全然フォローになってませんけど」)と丈太郎も小声で返答した。
丈太郎が来客用会議室に入ると、先ほど来られた『大河内さん』が奥の1人掛けソファーに座っていた。そして京都支店長が手前の2人掛けソファーに腰かけていたので、丈太郎は京都支店長の横のソファーに座った。
「何の御用でしょうか?」
丈太郎は横に座っている京都支店長に向かって問いかけた。問いかけてみたものの問いかける先を間違えたかもと思った。聞くなら向かいに座っている『大河内さん』だろう。そしてちらっと『大河内さん』の方を見た。
「実は君に協力してもらいたいことがあるんだ」
「は?」
丈太郎は意外な協力要請に面食らった。
「川伊さんが、Mi7と内通しているという噂があって君に監視してもらいたいんだ」
「私が、川伊先輩をスパイしろと?」
丈太郎は明らかに敵意を込めた表情で言った。
「おいおい、言葉遣いには気を付けてもらわんと困るよ。このお方をどなたと心得とるか」
京都支店長が横やりを入れてきた。ただし相変わらず本気か冗談か...
「それくらいの事で心を乱すとは...若者の教育が出来てないんじゃないんですか?」
大河内監察官は、京都支店長を叱責するような口ぶりで言い放った。「いや~参った参った」と京都支店長は笑いながら答えた。大河内監察官は(いくら言っても無駄だな)というそぶりを見せて、もう一度丈太郎の方を向きながら言った。
「で、出来るかね」
丈太郎は少し考えた。と言ってもP子先輩に気づかれないようにスパイするなんて難しすぎる。この大河内監察官は、そのあたりの事を理解しているのだろうか?
「でも、川伊先輩をスパイするなんて、自身がありません」
「できるかできないかではなく、やるかやらないかだよ」
京都支店長がいつになく真面目な口調で言った。
丈太郎は「MAJORですか?」と問いかけたが、京都支店長は「ピクシス司令官のつもりだったんだが」と言った。(※1)そのやり取りを聞いていた大河内監察官は、半分諦めた表情をしていた。
「仕事なんですよね。判りました。やりますが何をすればよろしいんでしょうか?」
「ただ、尾行して変わったことがあれば報告してくれればいい」
「それだけ?」
「それだけ」
「それだけ?」
京都支店長が最後に加わったので、2人して顔を見合わせた。と言っても監察官とお友達になった覚えはなかった。
3.目的と手段
「所で、本気で川伊君が情報漏洩させていると考えてるの?」
京都支店長が大河内監察官にタメ口で問いかけた。年齢的には京都支店長が上だが、大河内監察官はキャリアなので地方の支店長レベルよりは上になる。ただ、京都支店は少し特殊らしく、日本法人や米国本部からも一目置かれていた。それは立地が原因なのか支店長が原因なのかは明確ではなかった。
「本気でなければ、わざわざ来ないでしょう」
「でも、普通なら隠密行動が好きな監察官が、わざわざ支店まで乗り込んで来れば、噂が広がってすぐにばれるでしょ?」
「...」
「それが狙いか?」
丈太郎には京都支店長が何を言っているのか判らなかった。つまり、大河内監察官の狙いが判らなかった。
それを悟ったのか、京都支店長は丈太郎に説明した。
「要するに、噂が広まれば情報漏洩している人物が焦ってシッポを出すかもしれない...と。川伊君が犯人だなんて思っていないってことだよ。それどころか、対象人物の目星も付いていないってことだ」
「...」
「なるほど。京都支店の人間かどうかも判らないってことか」
「憶測はそこまでとして、丈太郎君。先ほどの件はお願いしたからね」
「噂だけなら、もう十分じゃないんですか?」
「川伊君には別の調査が入っているという事か」
京都支店長が独り言のように言った。京都支店長がまともな事ばかり言うので、丈太郎としては奇妙に感じた。
大河内監察官が帰った後、京都支店長は丈太郎を部屋に待たせておいて、電話をかけた。
「やあ室長。ちょっと来客用会議室まで来てくれるかな。ああ、そう、その通り、その件だよ。ああ、え?、ダメだよ。そうそう。いや違うって。ああ、ちょっと待ってよ。え、ああ、仕方ないな。じゃ明日朝で。」
京都支店長が丈太郎に向き直って一言言った。
「今日はもういいよ。川伊君の尾行は明日からでいいから。明日の朝一番にここに来てね」
丈太郎は、その足でデバイス開発室の室長であるミスター"Q"に会いに行った。デバイス開発室に室長は居なかった。普段出張などもないため大抵は部屋にいる人だったが、どこに行ったか丈太郎には見当もつかなかった。
「会社に来ていることは確かなのに...」
丈太郎は、今現在の仕事を切のいい所まで仕上げる必要があったので、システム開発部まで戻ることにした。
≪つづく≫
======= <<注釈>>=======
※1 できるかできないかではなく、やるかやらないかだよ
このセリフ自体は、出所不明ですが、色々な所で使われている名言だと思います。
丈太郎君の言う所の「MAJOR」とは野球漫画の事で、京都支店長が言う所のピクシス司令官とは、進撃の巨人に出てくる司令官の事です。
コメント
匿名
> クレハの温情が逆にMi7との~
あれ?増えた?
ちゃとらん
実は、クレハや浅倉南は、Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)という表向きは一般企業の社員なんです。
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/07/post.html#v0
でも、本部がMi6なので、人事交流とか色々とあって、ややこしいんです。
これは、完全に設定ミスです。
# 素直に、Mi6の人間としておくべきでした。