これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act06 よくあること

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  シャワーを浴びて、現場に戻ったのが0時少し前。軽い引き継ぎを終えて、草薙さんと私が入れ替わる。

 「明日……ああ、もう今日か。俺は他の現場があるんで来るのは難しそうだが応援を呼んである。あと、おまえのPCにプロジェクト管理ソフトの他、思案中のメモやもろもろのひな形も入れておいた。すまないが、あと頼むな」

 草薙さんはそう言い残して、現場から離れた。期限となる納品日まで、残り24日。

  真夜中。ほとんど誰もいなくなったころ。私は本格的にWBSを眺め始めた。

 貸与されたPCから開いたWBSは、あまりにも無残な状態だった。小日程レベルのWBSは所々、80%~90%で進ちょくを止めている。80%という進ちょくも、感覚的なものにしか見えない。その上、2カ月も期限超過しているのに、担当すら割り当てられていないタスクもある。

 「これは……散々だわ」

 また、日々取られているバックアップファイルを見ると、同じタスクが進ちょく100%になった時期もあった。これでは何度もやり直しが入り、全量が見えない状態となりかねない。それは作業者の心も折れるし、管理者は進ちょくの把握もできないだろう。

 手始めに、Excelで書かれている元のWBSから新たに計画を立てるために転記を始める。そして、ひととおり書き終えただけの状態で「リソースグラフ」を表示する。いつまでも終わらないタスクの上に仕様変更で載せられたタスクが重なってしまい、リソースグラフが真っ赤に表示されている。

 「努力や根性でどうにかなるレベルではないわね……」

 目の前の現実にため息を漏らしつつ、もう一度ガントチャートに画面を戻してプリンタから印刷する。A3の用紙に吐き出されたそのガントチャートに、赤ペンでタスクの関係線を書き込んでいく。頭の中で整理するときには、赤ペン片手にあれこれ思案するのが私の性に合っているらしい。

 先行タスクを行っていなければ、後工程タスクは行えない。もちろん設計が終わっていないのに製造を始めることはできないし、テストシナリオやデータがなければシナリオテストは行えない。分かりやすく言えば、設計図がないまま家を建ててしまうようなものだけれど、目の前の形骸化してしまったWBSにはそういう状態のタスクが散見された。

 「本当はこのタスク線の短さじゃ、厳しいんだけど……」

 どんなにやりくりしても、期限に間に合わない状態だということをあらためて確認する。やはりお客さまと、どうにか納得してもらえる落としどころを模索しなければならなそうだ。交渉して、タスクの優先順位を洗い直し、当面の期間内に実現する範囲を限定化・明確化すること。その交渉に赴くためにも、WBSは書かねばならない……。

 矛盾しているが、追い詰められたプロジェクトなんて、こんなことだらけだ。私は、製造メンバーに昼間書いてもらったスキルマトリクスを取り出して、リソースの再配分を行っていく。可能な限り、今までのWBSから読み取った「関わったことがあると思われる機能」であり、スキルにマッチしているタスクに割り当てるようにした。

 当然、割り当てられないタスクもあるが、そこは仮置きのA、Bとする。あれこれと推敲しているうちに、気が付いたらもう10時間が経過していた。

 「今、作れるのはこのくらいの粒度ね。あとは杉野PMと詰めて……。と、その前にルールだけは置いとかなきゃね」

 草薙さんが置いていってくれたひな形(資料集)のフォルダを開き、「WBS運用ルール(たたき台)」のみWBSと同じディレクトリに置いた。運用ルールで縛らなければ、定量的な進ちょく管理はできない。ルールの配置と周知を忘れてしまうと、せっかく作り直してもまたすぐに形骸化してしまう。いわば、これが肝だ。


  不意に私の携帯が鳴る。作業に没頭していた私は、誰からの着信かを確認することなく、ハンズフリーのボタンを押した。

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