ordinary -何てことない- 普通のエンジニアが書くコラム。

仕事で泣けてきたことの意味

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みなさま、おはようございます。Kyonです。

昨年後半からずーーーっと忙しくしています。忙しい理由は、炎上気味な案件を2つ抱えているから。それぞれ、毛色の違う案件で、システム開発視点も思想がかなり違うので、日々アタマの切替が必要で大変です。

さて、そんな忙しい中、ちょっとした出来事の中でおきた話での気付きからコラムを書くことにしました。

大前提として、仕事とはいえ、健康が第一です。あなたがツラい・キツいと感じたら、それはツラい・キツい事象に違いがないので、しかるべき対処をしましょう。「他の人だったら大丈夫かも」とか「自分が弱いから」とかそういうことは関係ありません、あなたがどう感じているのかが大事ですべてです。誰か信頼できる人に相談したり、必要に応じて病院にかかったり、休んだりしてください。

大前提を説明したので、本文にどうぞ。

仕事で泣くことは必ずしも悪いことじゃない

先日、ある打ち合わせで説明していたところ、じわっと涙が滲んできました。

いろいろ思うところはあるのですが、ただ最後に感じたのは「仕事で泣くことって必ずしも悪いことではないんじゃないか」ということ。

人によっては「泣けば済むと思うな」とか「泣かれたらどうしようもないから困る」とか「泣いてる暇があったら〇〇をしろ」とか「泣いても何も解決しないからムダだ」等など、そう言う人がいるかもしれません。でも、私はそうは思わないです。

私が「仕事で泣くことって必ずしも悪いことではないんじゃないか」と感じる理由は「仕事で泣くこと」ってまあ普通の状態ではないという意味で、自分自身に矢印を向けて、「自分はどう感じているのか?」を考えるチャンスになると感じるからです。

私の事象で考えた場合、「仕事で泣けてきた意味」が2つあると感じています。

自分に対する思いがあるから

アスリートが何かの試合や大会でのインタビューで涙を流している様子を見たことがあるかと思います。その時によく聞くワードは「プライド」「不甲斐ない」「悔しい」があると思います。(もちろん内容によっては「嬉しい」「褒めたい」という感情もあるのは承知しています。)

これらのワードはどちらかというと自分自身に向かっていて、自分自身に対して何かしらの思いがあるのだと考えました。

私の事象では「もっと自分でもできることはあったのに、なんでできなかったのか」という悔しい思いが強かったのです。普段の仕事でも多少の悔しいという思いはあって、それがコップに入っていたとしたら、量が急激に増えて、溢れ出たというイメージです。

悔しいと思うということは、自分はできるかもしれないと感じていて、それって自分に可能性があると感じているということ。「可能性がある」と思えるって、すごくいいことじゃないかと思ったのです。

身体からのアラートだから

もう一つは、自分の身体からアラートが上がったということ。

仕事をするという、割と平常運転の活動において、涙が出てくるという事象はおそらく異常事態です。平常運転の時に泣けてくるということはまず無いから。自分の身体なんだから、その異常事態に対処しなければいけないのです。

私の場合、正直疲れているのを騙しだまし過ごしてきたという自覚がありました。炎上気味な案件で、かつハードめな要求が飛び交っているので、それなりに残業時間も増えていて、休日でも仕事のことがアタマをよぎるレベルでした。

なので、まずは休むことにしました。ちょうど新しいメンバーが入ってきたタイミングでもあるので、しっかり情報を引き継いだ上で、少し休みました。また、原因となっているミーティングからは少し距離を取ることで関係者と調整しました。あるミーティングが私のタスクに大きな影響を及ぼしていることが分かっているためです。

仕事で泣けてきたことの意味

自分が体験したことから、自分なりに深堀りしてみました。

これは私の場合なので、ケースバイケースなのですが、どういう意味があるのかを考えてみることもいいのかなと思います。

また、親しい間柄の同僚や知人と、仕事で泣けてきた経験やその時どういうことがあったのか等を話して、自分なりの意味や対処方法を見つけてみるのも、いいかもしれません。

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