なめられないITスペシャリストになろう

コンサルスキル補完計画(1)

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 大げさなタイトルでたいへん失礼します。

 前回までの数回で、コンサルタントという仕事で直面する修羅場について紹介してきました。そして、コンサルティングの基礎スキルが不足している新人コンサルタントや、技術者からの転身者を待ちかまえる、不愉快でストレスフルな現実についても紹介しました。

 今回から数回で、このコンサルティング基礎スキルの習得をどのようにするべきかについて筆者の考えを書いていきたいと思います。なお、「コンサルティング基礎スキル」というのでは少し長いので、以下では必要に応じて、「コンサルスキル」と略すことにします。

 結論からいうと、IT技術者はITについての知見をうまく利用して、効率良くコンサルスキルを補完するべきだ、というのが筆者の考えです。そのための具体的な手段のひとつとしてMALT体系というものも提案しています。今回はMALT体系を考えはじめるにいたった背景までを説明したいと思います。

◆2つのスキルがなければ戦えない

 前回も説明したように、コンサルティングを行うためには2つのスキルが必要です。コンサルスキルと専門スキルです。「コンサルスキル」はコンサルタントとして活動するための基礎スキルで、課題を分析し解決方法を見つけそれを効果的に提示するという一連のことを実施するのに必要なスキルです。このスキルはどんな分野のコンサルティングをするにしても必要です。

 もう1つの「専門スキル」は、コンサルティングの対象となる分野についての高度な知識です。ITコンサルタントをするためには、ITに関する高度な専門知識が必要になります。これら2つのスキルのどちらが欠けても、コンサルタントとして1人前の仕事はできません。

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2つのスキルがないと戦えない

◆コンサルスキルの習得は試練の道 

 システム開発で十分な技術知識と経験を積んだIT技術者は、ITに関する専門知識は十分であっても、大抵の場合コンサルスキルのほうが十分ではありません。

 コンサルスキルといっても、結局のところは相手の話を聞いて、課題を整理し、ドキュメントを作って相手に提示して合意してもらうといったことですから、普通のビジネスマンにとっても必要とされる、あれば望ましいスキルです。ただし、コンサルタントの場合、プロフェッショナルとしての対価をもらえるように、これらのスキルに特化した訓練がされているというところが違っています。ドキュメントの作成ひとつとってみても、相手に分かりやすく伝わり、かつ納得してもらえるかという観点からの要求が、システム開発で作られるようなドキュメントに比べて、ずっと高いものになってきます。

 システム開発を普通に進めてきた人がコンサルタントに転身したときには、この不足しているコンサルスキルを後追いで身に付けていく必要があります。戦える、つまりコンサルティングで対価を得られるレベルになるまでは、かなりの時間かけて経験を積む必要があります。

 十分なスキルが身につくまでの間は、かなり厳しい指導に耐える必要があります。最初のうちは、誰にレビューをしてもらっても「全然ダメだ」とコメントをされ、散々にだめ出しをされるのが普通です。いろいろなレビュワーからいろいろな指摘を受けて混乱しながらも、その中から少しずつ身に付けていくというプロセスを経ます。

 前回説明したように、ここで会社によっては、できない相手をとことん叩きのめす肉食ワールドが展開します。この過程は、非常に厳しくストレスも多いために、コンサルタントに転身したIT技術者の中には嫌気がさしてしまって、諦めてしまう人まで出てきます。

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コンサルスキル習得の道のり

◆そんな指導方法しかないのか

 前回までの肉食系の上司の指導の仕方を読んで、皆さんはどうお感じになったでしょうか?

 コンサルタントという単語を聞いたときに受ける、知的な職業のイメージとは違う印象を持った方も多いのではないでしょうか。筆者は正直「もう少しなんとかならないものか?」と思いました。

 MALT体系を考えはじめたきっかけは、IT技術者からの転身者が、ほんの少し経験のある程度のコンサルタントに良いように叩かれているのを見るに見かねたからです。正直なところ、わたしが連想したのは、一昔前の中学校や高校の運動部の指導スタイルです。

 よってたかって、上級生が新入部員の指導をするパターンです。何度か試合を経験した程度の上級生に、「腰が入っていない」とか「手打ちになっている」とか、それらしい言葉で指導されるのですが、少しくらい経験がある程度では、たいした指導はできません。さらに上級生の先輩に見てもらうと、「全然ダメだ」と言われて、指導内容ごとひっくりかえされてやり直しになるのがオチです。結局の所、新入部員はいろいろ言われて混乱しながらも、練習を繰り返して体で覚える中で基本スキルを身に付けていくことになります。

 コンサルタントのスキル指導の様子もこれと変わらないように見えました。何度か実務を経験した程度の先輩コンサルタントに、「So What?ができていない」とか「MECEじゃない」とか、それらしい言葉で指導されるのですが、少しくらい経験がある程度では、たいした指導はできません。さらに上級のコンサルタントに見てもらうと、「全然ダメだ」と言われて、指導内容ごとひっくりかえされてやり直しになるのがオチです。結局の所、新人コンサルタントはいろいろ言われて混乱しながらも、実践を繰り返して基本のコンサルスキルを身に付けていくことになります。

 読者の中には、コンサルティング会社では、いわゆる「ロジカル・シンキング」を使った体系的な教育がされているのではないかと思われた方がいるかも知れません。それは確かにその通りです。

 実際に、わたしもいくつかのコンサルティング会社で行われている新人教育について調べましたが、「ロジカル・シンキング」をベースとしたトレーニングをしている会社は多いようです。会社によっては、これに加えて「仮説検証型」とか「ゼロベース思考」といったものを取り入れている場合もあります。しかし、いずれにしてもこれらは基礎中の基礎であって、そこからコンサルスキルを身に付けるにはかなりの時間がかかります。現場で使えるレベルのノウハウは、何年もかけて経験の中から見つけ出す必要があるのです。その過程で行われるのが、上で説明した一昔前の運動部的指導です。

◆コンサルスキル補完計画

 誰もがこんな指導に付き合わなければコンサルタントにはなれないのでしょうか?

 筆者にはとてもそうは思えませんでした。上で説明したような指導方法は、ストレスが多い割に効率の悪い方法です。このような指導しかできない原因は、コンサルスキルに含まれるノウハウが十分形式化されていないからではないかと考えました。「ロジカル・シンキング」は、ノウハウのひとつを形式化したものではありますが、それでは全然足りないのです。この定式化が進めば、コンサルスキルをより効率的に獲得することが可能になるはずです。

 そこで筆者が思い立ったのが、IT分野の知見を使って、IT技術者に不足しているコンサルスキルを急速に補完しようという「計画」です。

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コンサルスキル補完計画

 IT分野の知見が有効と考えられるのは、ノウハウを形式化するという点で最も進んでいるのがIT分野だからです。本屋に行けば一目瞭然ですが、IT分野では他の分野を圧倒するほどさまざまなノウハウが公開され共有されています。

 しかも、主要なものは理論として洗練されています。たとえば、オブジェクト指向という技術だけとってみても、登場した当初はとても難解で、ごく一部の優れたエンジニアにしか使いこなせないものでした。しかし、現在ではUMLといった標準の表記方法が整備され、デザインパターンのようなノウハウも整理され共有されています。そして、さらにそれを効率的に学習するノウハウや適用するためのノウハウが、雑誌やWebの記事などで発信されています。オブジェクト指向は広いIT分野のひとつのトピックスにすぎません。通信プロトコルからセキュリティ、プログラミング言語、ミドルウェア、OS、などなど膨大なIT技術要素の高度なノウハウが少し探せば手に入る状態になっています。

 このような背景があるために、IT分野では自ら調べたり勉強することで、かなりの知識を身に付けていくことができます。他の職業であれば、「体で覚えろ」という指導しかできないさまざまなノウハウを獲得できるのです。もちろん、実際のシステム開発を経験しなければ得られない知見も多数ありますが、形式化された知識から始められるのは、経験だけでスキルを磨くよりも格段に効率的です。

 ロジカル・シンキングの解説書が多数出版されているとはいえ、コンサルスキルに関するノウハウの展開は、IT分野に比べるとずっと規模の小さなものです。そして、IT分野ではその広い範囲の知識を定式化するためにいろいろな手法が使われています。これらの手法の中から、コンサルスキルの定式化に使えるものを選んで活用することで、IT技術者に不足しているコンサルスキルを急速に補完できるはずだというのが筆者の考えです。

◆ITコンサルタントへの道

 ここで話を一旦、最初に戻します。ITに関する課題を解決するという仕事であるITコンサルタントをするためには、2種類の知識が必要です。ひとつがコンサルスキル、もう一つがITの高度な専門知識です。

 コンサルタントを目指す方は、ぜひ先にしっかりとしたITスキルを身に付けて欲しいと思います。専門家として振る舞えるだけの十分なITの知識を持たないままコンサルタントを目指しても、高いバリューを提供できるITコンサルタントという目標にはたどり着くのはかえって遅くなると思います。

 コンサルスキルは、技術力とは無関係に身に付けることができるもので、ある意味、「紙と口で稼ぐ」という側面を持ちます。それだけでコンサルティングができている気になってしまって、技術をしっかり身に付けるという、地道な努力の必要な困難な活動に取り組むのを怠ってしまうと、結局、後工程の技術者に迷惑をかけるだけの仕事しかできなくなってしまいます。

 IT以外の専門知識を持っているのなら話は別ですが、ITコンサルタントを名乗る以上は、しっかりした技術ベースを身に付けていることが必須だと筆者は思います。

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ITコンサルタントへの道

 IT技術者の場合には、コンサルタントに転身する必要すらありません。ITの定式化のノウハウを使えば、日々の活動にコンサルティングのテクニックを取り込んで、普通に仕事を進める中で獲得できるからです。

 これを現実にするために筆者が提案しているのが「MALT体系」です。MALTは、Modeling As Logical Thinkingの略で、「モルト」と読みます。筆者が出会った多くの優秀なコンサルタント、ビジネスマン、研究者のワークスタイルを解析し、それをIT技術者の馴染みのある概念を使ってまとめなおした一群の思考テクニック体系です。コンサルスキルのすべてを網羅したとか、これだけ知っていれば十分であるとかいう主張するつもりはまったくありませんが、習得をする近道にはなるはずです。

 このコラムでも折に触れてMALT体系の紹介をしていくつもりですが、まとまった内容を知りたい方は是非、以前このコラムで宣伝した本をご覧下さい。以下のレビューでは「ITスキルが高い人ほど読みやすい」と評されています。

http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/07/13/logical/index.html

 なお、念のために書いておくと、コンサルタントを行うには、スキルだけでは十分ではありません。マインドセットが合う人と合わない人が明らかにいます(このテーマはまた別の機会に書きます)。ですので、筆者は、必ずしもコンサルタントへの転身はお勧めしません。しかし、コンサルスキルは非常に有用なもので、どのような職業でも活用することができます。

 筆者としては、MALT体系を広めることで、ひとりでも多くのIT技術者を戦略・企画のコンサルタントと互角に渡り合えるようにしたいと思っています。上で紹介した本はその最初の一歩です。次回は、その先にある真の狙いを明らかにしていきたいと思います。

Comment(4)

コメント

「紙と口で稼げる」だけはやめていただけませんか?
それで、どれだけの現場のどれだけの技術者が苦労をし、ケツをぬぐい、フォローし、挙げ句切り捨てられたか解りませんので。
私には、その系列のコンサルタントは「詐欺師」だとしか思えません。

がるさん、
林です。

コメントありがとうございます。
書き方が悪くて、それを推奨しているようにとられてしまいましたね。

> 私には、その系列のコンサルタントは「詐欺師」だとしか思えません。

私も同感です。
そういう「詐欺師」にはいなくなってほしい。そのためには、彼らのポジションをまっとうなエンジニアが占められるようにならないといけない。そのためにどうすればよいのか。
というのが本コラムのテーマです。
※さすがに言い回しはまずかった気がしていますので、微調整するつもりです。

かねたけ@IT自分研

こんばんは。編集部の金武です。

がるさん、ご指摘ありがとうございます。
林さんのコメントにもありますとおり、微調整を反映させました。
どうぞよろしくお願いします。

さばんな

過去の記事ですが、コンサルスキルがなくて悩んでいるITエンジニアの私にとってとても興味深い内容でしたのでコメントさせていただきます。

下記の記事のリンクが切れてしまっていますが、書籍の名前を教えていただけますでしょうか?
または、今の時点でおすすめの本があれば教えていただきたいです。
よろしければお願いします。

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以前このコラムで宣伝した本をご覧下さい。以下のレビューでは「ITスキルが高い人ほど読みやすい」と評されています。

http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/07/13/logical/index.html

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