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書籍「超ヒマ社会をつくる」を読んでみた。ヒマつぶしは忙しい【第31回】

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ありがとうございます。平岡麻奈です。暑い日が続いていますが、皆様体調には十分お気を付けください。常々私が気にかけていることのひとつとして、『気を付けて』と言葉を添えるという習慣があります。これは、例えば出かける前に『気を付けてね』と声を掛けられるだけで、事故が少なくなるという話を昔聞いたことがあり、実際に肌で感じるからです。それは家族かもしれませんし、一緒に働く誰かでも構いません。誰かしらに気に掛けて貰えると実感することって、意外と日常に影響しやすいものです。

新しい生活様式が定着しつつあります。マスクが主流ですが、個人的にはフェイスシールドにすごく興味があります。近未来といいますか、SF映画に出てきそうな宇宙服を連想してしまいます。いっそのこと、ヘルメットのように被ってしまえば、皆の顔が見れるのにな、なんて思いながら。やっぱり笑顔は見たいし、喜怒哀楽を感じたい。化粧をしなくて楽だけど、化粧をしたい。ないものねだり、失ったら欲しくなる。一年前のことを綺麗に忘れたわけではありません。きっと元のように戻るはず、いや戻れないかも。そんな諦めと期待が入り交じります。過去の生活を全て消し去るには勿体ない。寧ろ、消し去る必要性はないかとも思います。例えば、空港を利用する方が減っているという事実から、今後の見通しが立たないとなるけれども、一切空港を利用しないという流れになるかと言えばそうではない。国内・海外問わず、今身を置いている場所以外にも素敵な場所があり、世界が広いことを知っているからこそ、どうすれば良いかという気持ちが湧き出るのではないでしょうか。今こそ未来を意識する必要があるかと思います。連日の浴び続ける情報の波で、見えなくなっているもの。時々立ち止まって考えてみます。エンジニアライフコラム「平岡麻奈のちょっと一息」の第31回は、何を夢見て、何を実現しようと試みていたかを思い出し、未来へと繋げる1冊を紹介します。

超ヒマ社会.jpg

超ヒマ社会をつくる
【著】中村 伊知哉
https://www.amazon.co.jp/dp/4847097998/







本書は、著者の「履歴書であり、マニフェストでもある」と説いています。これまで実現してきたこと、これから実現したいことがぎっしり詰まっています。「自分で自分の超ヒマ社会を、想像して、創造してほしい。」と語りかけ、読み手に夢を与えてくれる。AIやロボットが代表する技術の大群が『超ヒマ社会』を生み出し、「超テックが仕事を奪う」未来。どうしようと悩んでいても仕方がない。本書を読めば、「どうするか?」を追求する癖が身につき、一歩二歩と先を歩きたくなる。フェイスシールドを近未来だと感じるように、日常と未来を重ね合わせること、結構楽しくなります。

・『ヒマになっても、ヒマつぶしのために人は仕事する。その仕事で報酬を得られなくても、生産に寄与する行為を続ける。本人が仕事と思っていても、周りから見れば遊んでいる、そんなことを大勢するだろう。』(,超テック戦略 1割しか働かない未来 P,50)

・『AIが仕事を奪ってくれる。ぼくらは彼らに仕事を委ねてやる。だからといってボーっと生きることは多分なくて、代わりの仕事がわらわらと生まれてくる。空いた時間にすべきことがエンタメにしろ創作にしろ恋愛にしろ、ぎっしり現れてくる。超ヒマ社会は忙しい。』(,超テック戦略 1割しか働かない未来 P,59)

AI化による超ヒマ社会を見据える為には、「働き方革命」よりも「遊び方革命」に重みを持たせる必要性があると示しています。AIには特化・専門型と汎用型があり、既存のAIは「特化・専門型」にあたります。今後、何にでも対応できる「汎用型」が登場し、機械が人の能力を上回るとなれば、誰も経験したことのない「予見不可能」な事態。変化したくなくても変化せざるを得ない時代が来るなら、もういっそのこと変化を楽しんじゃおう!という気持ち。仕事をしてくれてありがとうと感謝して、AIに働いて貰える世界を空想する。そして『人類、課題はヒマつぶしである。』という言葉に内心ギクリとする。今でさえ、いかにヒマな時間を有意義に使っているかで人生の充実さは変動すると感じます。「ほとんどの人がちょっとだけ、ちょっとずつ働いている」未来。なんだか、やりたいことが沸々と湧き出てきませんか。

『創造的と周りから見られているのに、自分は創造的と思っていない縮こまりに通じるところがある。自分の持ち物を認識しないで閉じこもるクセというか。空気の問題だ。空気を換えたい。換気扇を回せ。』(3,超スポーツ戦略 情報社会のスポーツをつくる P,174)

本書では「縮み指向」と称し、何か悪いことが起きてしまった時に「今はやめておいておいた方がいい」という安全志向。私自身も自覚があり、読み進めていく上でも当てはまる事柄が多かったように感じます。これは国の特長としても紹介され、日本は「創造的で安全な国」だからこそ、その反面、「不安を感じている国」となるのかもしれません。これは大きなことだけではなく、一個人の中でも見受けられます。例えば得意としていることがあっても、なかなか表立って表現出来なかったり。「幕末、京の都、慶事の前触れとばかりに『ええじゃないか』と大衆が踊り巡った、そんなやみくもな元気が欲しい」という著者の気持ちに共感を覚えました。そういう気持ちが広がっていけば、「縮む空気」を吹き飛ばせるはずです。

『変化への対応力が重要となる。変化に対応した場数が値打ちを持つ。どれだけ多くの仕事を経たか。どれだけの波乱を経たか。どれだけ転換したか。どれだけ移動したか。どれだけ泣き笑いしたか。』(4,超教育戦略 AI教育が世界の壁を壊す! P,191)

一週間、一カ月だけでもガラッと生活が変わる時があります。もしかすると、その変化は今日訪れるかもしれません。急に生活の拠点を変えなければいけなくなるかもしれませんし、大切な存在を失うかもしれません。自分の全てが奪われたように感じる喪失感、そんな日を12日とズルズル引きずっていけば、なかなか変化できません。寧ろ変化しないことを正当化する時もあるでしょう。そんな人生も素敵かもしれません、貫く人生。ちょっと憧れたりします。意外と、落ち着いて見える人ほど壮絶な人生を歩んでいたりする。「変化に次ぐ変化で波乱万丈」、語れる経験が豊富な人生もまた素敵。

2030年の都市はどうなる。昭和40年代の少年雑誌には21世紀の都市が毎週のように空想されていた。とはいえ、イメージはいつも同じで、腕時計テレビ電話、ロボット執事、エアカー。ウルトラマンセブン、地球防衛軍極東基地特殊部隊ウルトラ整備隊のアイヌ隊員がダンを呼んだ腕時計テレビ電話は2008年にLG電子が発売した。だが、エアカーはまだドで実験が行われている段階。2030年には飛び交っているかな。』(5,超特区戦略 令和の出島をつくる P,286)

思い出してみました、ふと10年前のことを。色々なことが更新されています。最初は不安に感じていたことでも、流れに乗って私達は生きています。タブレットが会社全体に導入されました。こんなの使いこなせるはずがないじゃないか!と、突き放していると思いきや、数か月後には皆悠々と使いこなしている。誰かが想像した世界を生きているのなら、こうありたいと想像することは無駄じゃないと感じます。例えそれが、今現在見込みがなさそうに見えても、エアカーなんて飛び交うはずがないと思っていたとしても、飛び交うエアカーを夢見る人が多ければ多いほど実現は早まるのではないでしょうか。沢山想像して、ワクワクして、変化を楽しむ。超ヒマ社会を満喫できるまで生きていたい。

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