アンチ・クラウドコンピューティング~企業にとってクラウドはどこまで有用なのか~
■ここであえて、クラウドに異議を唱えてみる
これまで、このコラムではIT市場における雇用の問題を除いて、「歓迎すべき新しい潮流」というスタンスでクラウドコンピューティングを扱ってきた。しかし、物事にはすべて陰陽2つの側面がある。そこで今回は、クラウドをあえて否定的な視点でとらえ、わたしたちがこの新しいテクノロジーへの理解を深めるための一助としたいと思う。
■コストの観点
クラウドコンピューティングの利用により、企業のITにおけるコストが大幅にダウンする、というメリットがある。
- 保守運用にかかるコストの低減
- ソフトウェア・ハードウェアの非資産化
- サービスベンダによって提供されるサービスを利用することによる導入コストの低減
企業運営に必要不可欠な最低限のITシステムは、すでにほとんどの企業に導入されていると考えられる。そのため、今後各企業が負担するITコストは、既存システムの保守・運用、およびシステム刷新時の導入コストと考えて良いと思う。
では企業にとって、クラウド利用によるコストメリットは、どこまで享受できるだろうか。
クラウドサービスを利用する場合、そのほとんどが利用状況に応じた従量課金制となる。ユーザー数に応じた課金、利用時間に応じた課金など、いくつかの種類があるものの、クラウドサービスの利用料金は、企業の固定費となる。
一方、クラウドサービスを利用しない企業にとって、ITシステムのランニングコストはどうなるだろう。
日本国内における企業の90%は、中小企業である。その中には、自前の情報システム部門を有さないところも少なくない。システム導入後、数年が経過して安定稼働し、拡張の必要性のないシステムについては、ベンダと保守契約を結ばずに運用されているものも多いだろう。事実、わたしが担当した顧客にも、保守契約は不要と判断された例が多い。そういった企業にとって、システムの保守という観点におけるランニングコストは、本当に負担になっているだろうか?
資産の問題はどうだろう。
自前のシステムを稼働させるためのサーバ。そしてシステムを利用するためのクライアント端末。こういったものが、企業の固定資産となる。しかし、クライアント端末はクラウドサービスを利用する場合でも必要な資産である。すなわち、クラウド利用によって不要となる資産は、サーバのみと考えられる。これも、中小企業においては安価なPCサーバである例が多い。
こういった事例を考えていくと、システム刷新を当面予定していないような中小企業にとって、クラウド利用によるコストメリットはどこまで企業負担を低減するだろう。そしてその低減されたコストは、クラウドサービスの利用料を大幅に上回るだろうか。
■スケーラビリティの観点
クラウドコンピューティングは、サービスベンダが提供するあり余る計算資源、そして高度な分散処理を用いた圧倒的なスケーラビリティが最大のメリットである。
企業は、常時最大負荷を想定したシステムを運用する必要などなく、閑散期や繁忙期など、その状況に応じて利用方法を柔軟に変更することで、安価で効率よくスケーラビリティを確保できる。
しかし、さきほども論じたとおり、国内企業の90%は中小企業である。
大規模なデータ処理を必要とする業務を持つならまだしも、国内の多くの企業にとって、本当に「スケーラビリティ」という観点は自社システムをクラウドへ移行させる動機となるほどのメリットといえるだろうか。
■サービスレベルの観点
ITシステムにおける重要な観点の1つに「可用性」というものがある。システムは、必要なときに正しく動作しなければ意味がない。システム面で最も重視されるべきは、稼働率と、障害時の復旧時間の問題である。
クラウドベンダの多くは、顧客とSLA(サービス品質保証契約)を結ぶ。その多くにおいて、保証するシステム稼働率は99.9%である。つまり1カ月におけるシステムのダウンタイムは、40~50分以内であるということだ。
数字だけをとらえれば、かなり信頼できる稼働率であるといえる。
しかし、いくらシステム稼動率99.9%を保証していたとして、繁忙期の日中にシステムが40分間ダウンしたとしたら、どうなるだろうか。
クラウドベンダはこの結果について、何も保証などしない。なぜなら、99.9%の稼働率は確保しているのだから、契約上は何も問題はない。
自社で運用しているシステムならば、その業務特性に応じて、ある程度の負荷が想定できる。そのため、システムの利用を安定させるために、いわゆる「運用でカバー」が可能となる。しかしクラウドサービスは、利用している顧客の事情など一切考慮しない。99.9%の稼働率を保証していさえすれば、システムが停止するのが業務上必要不可欠な時間帯であるかどうかなど、関係がないのである。
こういったクラウド独自のサービスレベルは、企業にとって許容できるのだろうか。
■システム更新の観点
クラウドコンピューティングでは、システムの更新をユーザーが意識する必要がない。
ソフトウェアにセキュリティ上の欠陥が発見され、その更新プログラムを適用する必要が生じた場合、ユーザー自らが更新プログラムの適用作業を行う必要などなく、すべてサービス提供者が行ってくれる。これは、システムの運用という観点において非常に利便性が高いように思われる。
では、ベンダが新しい機能を実装し、それによってシステムの利用方法が変更となる場合はどうか。
ユーザーが望むと望まざるとにかかわらず、システムには機能拡張や機能改善の更新がつきものだ。そしてそういった機能の変化が、利用企業の業務にインパクトを与えるようなものであった場合、それは許容できるのだろうか。
■クラウドは「銀の弾丸」ではない
これまで見てきた問題以外にも、「データが分散される問題」「データの所在が分からない問題」「企業情報を他社に委ねる問題」など、クラウドにはさまざまな留意点がある。
クラウドコンピューティングは、肥大化するITシステムに疲弊する企業を救う、福音であるかのように喧伝されている。しかし、すべての物事には必ず陰の側面がある。利用によるメリットとデメリットを適切に検討し、導入すべきか否かを決定する必要があるという点では、今まで現れては消えた、さまざまな技術と同様である。
ITの開発現場ではしばしば、山積みとなった課題を解決するアイデアや技術を、「銀の弾丸」と呼ぶ。そしてそういった「銀の弾丸」に対して必ず発せられる言葉がある。
「狼男を打つ銀の弾丸など存在しない」
わたしたちは決してそれを忘れてはいけない。