請負での開発しか経験していない筆者が、クラウドに迫る!!

実在しない人間関係、行方知れずのサーバ

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■雲の中の知性

 あなたはキーボードとディスプレイを使って、自然言語を用いた対話をしている。

 対話相手の顔は、あなたには見えない。あくまでもディスプレイ上に表示される言葉が、対話相手との唯一の接点である。対話相手が、仮にあなたの言葉に自動応答する機械だったとして、あなたがそれを機械と認識できなかった場合、すなわち人間と機械との区別ができなかった場合、対話相手の機械は人工知能を有しているとみなせる。

 これは、計算機科学の父 アラン・チューリングが1950年に発表した論文『Computing Machinery and Intelligence(計算する機械と知性)』の中で考案した、人工知能を判定するためのテストで「チューリングテスト」と呼ばれている。

 このテストを用いて人工知能を完全に立証できるか、という観点においては、さまざまな議論がなされているが、このテストを人間側に視点を移して考えた場合、非常に興味深い事実が浮かび上がる。

 人間は、優れた知性を持った機械とディスプレイ越しに対話した場合、その相手を機械と認識することができないのである。

クラウド化する人間関係

 わたしは日々、Twitterを通じてさまざまな人々とコミュニケーションを取っている。中には一度も顔を合わせたことはなくても、大事な友人であると思っている人もいる(一方的な片思いかもしれないが)。前述のチューリングテストを例にとると、これらの友人の中の1人が、本当に実在する人間であると証明することは不可能である。わたしの悩みに的確なアドバイスをくれるフォロワーが、実は高度なアルゴリズムで実装されたbotである可能性は捨てきれないのである。

 仮に、わたしが最も大切な友人であると認識している1人のフォロワーが、精巧なAIであり、わたしはそれに気づいていないと仮定してみよう。その事実は、何かわたしにとって不都合をもたらすだろうか?

 ある朝、わたしは目覚めとともにTwitter上に「おはよう」とつぶやく。彼はそれに答えて「おはよう」と返してくれる。Twitter上のいたるところで繰り広げられる、ありふれた光景だ。

 仕事中、ある技術的な課題に直面したわたしは、その問題をつぶやいてみる。彼は、それに対する適切な回答を示すURLをつぶやいてくれる。わたしはそれに感謝を述べ、技術的な課題を克服する。

 帰宅時、彼が夕食に関する話題をつぶやいている。わたしはそれに対して、オススメのレストラン情報をつぶやき返す。

 これらのやり取りがすべて、AIを相手としたコミュニケーションであったとして、いったい何が問題なのだろう。ましてや、わたしは彼をAIではなく、実在する人間であると認識してコミュニケーションしているのである。

 いざ、わたしが彼に会いたいと提案し、彼から「実は自分は人間ではない」と告白されたのなら、それはとてつもない衝撃をわたしにもたらすだろう。だが、あくまでTwitter上だけの付き合いに留める限りにおいて、対話相手が実在する人間ではないという事実は、わたしに不利益をもたらすことはないし、わたしが彼の実在を疑わない限り、心地良い「人間関係」が今後も続いていくことだろう。

 この「相手の実在を問わない」という観点は、クラウドコンピューティングのある種の本質であるといえる。

あなたのデータはどこへ行った?

 クラウドコンピューティングの本質は、コンピュータを「所有する」のではなく、「利用する」というところにある。コンピュータをネットを介して利用するのであれば、わたしたちのデータがどこに格納されているかなど知る必要はない。

 あなたは、新たに自社のシステムをクラウド化することにしたとしよう。

 ある日、クラウドベンダを訪れたあなたは、ベンダからサービスに対する丁寧な説明を聞き、データセンターを見学させてもらう。

 データセンター内部は、まるで未来の宇宙基地のようだ。広大な敷地の中で、地平線の果てまでラックが立ち並び、その中に格納されたブレードが青や緑の鮮やかなLEDを明滅させている。ベンダは、あなたに囁く。

 「明日から、お客様のデータはこのセンターで万全のセキュリティ体制で保護されます!」

 あなたは契約書にサインし、自社のデータをベンダに委ねた。

 あなたは自社でブラウザを介し、昨日契約したクラウドサービスに接続して顧客情報を参照する。あなたは心踊らせ想像するだろう。ああ、我が社の顧客データは、あの幻想的で未来的な、素晴らしいセンターのどこかにあるHDDに記録されているのだ。

 しかし、残念なことにベンダはあなたから預かったデータを、地球の裏側にある並列化された安価なPCサーバに格納していた。安価なPCサーバは故障も多く、頻繁に部品を交換せねばならないので、各種部品はラックにマジックテープで貼りつけてある。それはちっとも幻想的ではないし、未来的な光景ではない。

 この事実は、あなたにどのような不都合をもたらすだろうか?

 あなたのデータが、万全のセキュリティと、多重化されたバックアップ体制で厳重に保証されている限りにおいて、それがどこに記録・保存されているかなど、まったく問題ではない。

 クラウドコンピューティングにおいて、実在する機械がどのようになっているか、など意識する必要はない。利用者の主観にとって、チューリングテストで示されているとおり、適切なレスポンスが遅滞なく届けられるのであれば、あなたのデータがどこにあるかなど、意識しても意味がないのだ。

 これらの事実は、クラウドコンピューティングのメリットであると同時に、人々から抵抗感が拭えない要因でもあるように思う。

 誰だって自分のデータは、幻想的で未来的な「素晴らしいデータセンター」に保存されることを望むに決まっているのだから。

■次回予告

 クラウドの仕組みを物語風にご紹介。

 「とあるエージェントプログラムの冒険日記(仮)」

 お楽しみに!!

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