いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

縄で縛る。

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■Ahfさんのコラムをよんで共感した。

 Ahfさんの書かれたコラム、仕事なんかしなくていいじゃないが非常に良かった。私自身、仕事が嫌いだ。会議中はまじめな顔をしているが、心では鼻をほじってほげーっとしてる。そもそも、最近、仕事ほど信用できないものは無いと思っている。ただし、この話をしだすと長くなるのでまたの機会に。

 このコラムに共感された方は多いのではないかと思う。昭和の頃は仕事でイケイケなノリだっが、最近のネットを見ると、仕事に疲れている人も多い。また、会社と社員とのトラブルが話題に上がることも増えた。そんな世相を反映したコラムだったと思う。

■で、なぜ縄か。

 私は、仕事とは縄だと考える。社会というリスクに満ちたフィールドで生きていくための、命綱だ。そして、その身にしっかりと結び付けておく必要がある。仕事がある以上、ある程度の収入は保障される。そして、業務に身をゆだねていく必要がある。

 そして、業務時間のことを拘束時間という。そう。私たちは拘束されているのだ。この拘束が厳しければ、縄で縛られているような苦痛を感じるはずだ。ごくまれに、それを快感と感じる人もいるが、そういう人は、俗に”変態”と呼ばれる。業務に拘束されて喜ぶ人は、ワーカーホリック(仕事中毒者)と呼ばれる。これも常識的に考えれば変態、というより迷惑だ。

 仕事と縄。そういうところが似ていると思った。自分たちをリスクから守ってくれる反面、拘束が厳しければ、動けなくなって逆にリスクが高まる。そのバランス感覚が大事だ。

■Ahfさんは縛られていたのだろう。

 Ahfさんのコラムを読んで感じたのが、すごく縛られてるという雰囲気だ。キュウキュウと音がするくらいにきつく縛られている情況が、リアルに思い浮かぶ。きっと、そんな状況に一石を投じたくて書いたコラムなのだろう。そんなところに共感できた。

 拘束も時間だけでなく、精神的なものにも及ぶ。Ahfさんは、エンジニアライフに自分の意見を発信するような積極的な方だ。こういう行動力や積極性のある人ほど、仕事における拘束を苦痛に感じると思う。拘束が積極性や自由な発想を圧迫するからだ。

■さぁ、解き放て

 ただし、解き放つのは欲望ではない。本当の自分とか、そんな胡散臭いものでもない。ただほっとけばたれ流れてくるだけのものだ。解き放つのはそんなものでいい。AhfさんのコラムでGoogeの事例が挙げられているが、これを日本の企業でやったらどうなるだろうか。きっと、「疲れたー」とか「眠い」、「ダルイ」など、最初はそんなのしか出ないだろう。

 最初は出てくる汚いもの。それはリハビリみたいなものだ。「だりー」、「眠い」、「疲れたー」が無限に出る訳でもない。誰かがそんな状況を退屈に感じて、何かをやろうと言い出すはずだ。それがGoogleの狙いなのかもしれない。

 いまの経営者に、こういうものの見方をする余裕があるだろうか。仕事の拘束がキツイというのは、経営層のエゴの強さの表れだ。エゴが強いと、自分だけが正しいと思い込んでしまう。社員をどこか信用できなかったり、認められなくなってしまう。

 業務の拘束を緩めるのは、社員に対する投資のようなものだ。その投資が活きるような環境を作れる会社が、今後勝ち残っていくのかもしれない。

Comment(1)

コメント

オレンジ

そうですね。
今の企業は縄で絞め過ぎてたり、締め付けてる期間が長くなってたりすることが少なくないのではないか、そう思います。
多くのエンジニアが疲弊している一要因ではないかなと。
これを少しでも緩めることは各々の企業において試す価値があると思います。

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