【小説 パパはゲームプログラマー】第二十六話 姫のラブソング1
僕はカーテンの間から差し込む朝日で、目を覚ました。
窓の外から音楽が聴こえて来る。
カーテンをスライドさせ、窓を開ける。
黒ずくめの親衛隊が二列に並び、行進している。
それぞれの手に楽器を持っている。
「グラン王様、おめでとうございます!」
「王様、末永くお幸せに!」
そうだ。
今日はグランの結婚式だ。
彼はマリナを諦めて、どんな相手と結婚したんだろう?
「あ、起きてたんだ! 朝ごはん出来てるよ」
ジェニ姫の爽やかな声に、僕は振り返った。
朝食後、城の前にある大広場に行く。
沢山の人が集まっていた。
高らかに、ラッパが鳴り出した。
歓声が止む。
城の5階あたりのベランダから現れたのは、グランと......
「マリナ!」
僕は叫ばずにはいられなかった。
何で彼女がグランと......
何かの間違いだ!
よじ登れるわけなんて無いのに、足が自然と城壁に向かって動き出した。
マリナ、君は騙されてるんだ!
目を覚まさせてあげなければ!
「落ち着いて!」
ジェニ姫が両手を広げ、僕の行く手を遮る。
白銀の髪がなびく。
遊ぶ毛先が陽光を受けキラキラと輝く。
綺麗だ。
何て、思ってる場合じゃない。
「どいてください!」
「いやだ!」
僕は無言でジェニ姫の肩を掴み、脇に押しやろうとした。
だが、彼女は僕の手を振り払い、キッと睨みつけた。
瞬間、僕は暗闇の中に無数の星を見た。
その華奢な体の、どこにそんな力があるのか、そう思えるほどのビンタだった。
「目を覚ましなさい!」
確かに、ここには沢山の親衛隊がいる。
何か騒ぎを起こせば、取り押さえられ暴行され監獄に放り込まれるだろう。
ジェニ姫が言うには、マリナは魔法を掛けられていてそのせいでグランに心を奪われているだけらしい。
なら、少し安心した。
僕らは宿屋に戻り、冷静にこれから復讐のための計画を話し合った。
数か月後、僕はグランに返り討ちにされ、生死の境をさまよっていた。
計算外のソウニンの裏切りにより、ジェニ姫が殺されたのは痛かった。
僕だけが何とかグランの間に辿り着いた。
だけど、この有様だった。
「死ね」
無慈悲なグランの冷たい声が大広間に響く。
世界が暗転した。
◇
僕はカーテンの間から差し込む朝日で、目を覚ました。
窓の外から音楽が聴こえて来る。
今日はグランの結婚式だ。
「天気が悪いから行かない方がいいよ」
ジェニ姫が朝食の途中でそう言う。
「そうですか?」
雲一つ無い晴天だが......
「昼から悪くなるらしいよ」
「いや、行きましょう。グランの城の様子が見たい」
それに、マリナがお妃でないことを確認したい。(そんなこと絶対ないと思うけど)
数時間後、マリナの花嫁姿を見た僕はグランを倒そうと城に向かって走り出していた。
ドスッ!
僕の脇腹に冷たくて硬い物が挿入されている。
親衛隊の繰り出した槍が、僕を貫いていた。
赤い肉と血と白い脂を絡ませた銀色の先端が、僕からゆっくり引き抜かれる。
激痛の中、僕は死んだ。
◇
僕はカーテンの間から差し込む朝日で、目を覚ました。
グランの結婚式でマリナと最悪な再会を果たす。
ゲームで一発当て、反乱軍を率いてグランの城に攻め込む。
だが、仲間の中に裏切り者が現れ、軍は壊滅する。
混乱の中、僕は何者かに命を奪われた。
◇
◇
◇
遂に、僕とジェニ姫はグランの間に足を踏み入れた。
他の仲間たちはここに辿り着く前に戦死した。
「好き勝手やってくれたな」
全身エメラルドグリーンの甲冑(材質は何なのか分からないがかなりの防御力を持っていそうなことは見ただけで分かる)で身を固めたグランの声が、ドーム型の屋根に反射して大広間に響き渡る。
「おや?」
グランの後ろに、紫色のローブ姿。
小柄で童顔、目は全てを見透かしたかの様に不自然に澄んでいる。
「マリク......」
僕は彼の名を呼んでいた。
だが、賢者マリクは聞こえていないのか何の反応も示さなかった。
奥の扉が開く。
「グラン様!」
マリナの声だ。
僕は会えない間、何度もその声を耳奥で再生させていた。
だが、今、僕の耳朶を打つその声は、僕の名を呼んではいなかった。
「なんだ? 俺のことが心配なのか?」
「はい」
甲冑姿のグランに寄りそうマリナは、僕のことなど眼中に無い様だ。
兜からのぞくグランの目を、うっとり見つめている。
「マリナ! 僕だよ! ケンタだよ!」
僕は自分のことを指差し、その存在をアピールした。
だけど、彼女はまるで何かにとりつかれたかの様にグランの二の腕を掴んだまま恍惚とした表情を浮かべている。
ジェニ姫が狼狽する僕の前に立ち、言う。
「マリク、やっとあなたの作りたがっていた『惚れ薬』が出来たみたいね」
「ジェニ姫、久しぶりです」
グランとマリナから少し離れた場所にたたずむマリクは、慇懃に頭を下げた。
「子供の頃からあなたは、私の姉、ジェスのことが好きだった」
「懐かしい思い出です」
「でも姉さんには好きな人がいた。あなたは、そんな姉さんを惚れさせるために城の庭の片隅で惚れ薬を作ってたのよねぇ......」
「恥ずかしい限りです」
二人の間に、場違いな懐かしい雰囲気が漂う。
その雰囲気を、ジェニ姫は自ら断ち切る様にこう言った。
「姉さんが死んだからって、マリナさんで試すなんて迷惑なこと、やめてよね」
僕は冷静なマリクの顔に、一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだのを見た。
「何をつまんないことを話してやがる。ケンタ、マリナは俺の物だ。残念だったな」
グランはそう言うや否や、自らの唇をマリナの唇に重ねた。
その行為が、号砲となった。
「やめろぉおおおおお!」
僕は細身の剣(ユルフンに作らせた特注)をグランに向け、突進する。
Lv.1849
スキル :商才、怒りの覚醒
攻撃力 : 958
防御力 :524
HP : 682
MP : 0
素早さ :758
知力 : 1043
運 : 231
賢者マリクがスキル『能力監視《キャパシティーモニター》』を発動したのか、僕のステータスが空中に浮かぶ。
グラン王国の地下で見つけたガチャ(この世に7つあるうちの一つ)で、引き当てた『怒りの覚醒』が発動し、僕のステータスは見る見る上昇して行った。
それは、僕の命(つまりHP)を削りながら他のパラメータに振り分ける行為そのものだった。
グランは、その腕の中からマリナを振りほどくと、突進する僕を盾で防ごうとした。
僕の細身の剣と、グランの盾がぶつかり合い、双方反動で後ろに下がる。
グランは背中に担いでいる大剣を鞘から引き抜き、僕の頭上に振り下ろす。
それを、僕はすかさず腰に刺したもう一本の細身の剣で受け止める。
「へぇ」
グランが感心したかの様に声を上げる。
僕の成長に驚いている様だ。
『怒りの覚醒』のお陰で、戦闘中に次々と新しいスキルに目覚め、それが発動されて行く。
マリクが僕とグランの戦いを見て、満足そうに頷く。
命(HP)を削りながらそう長くは戦えない。
自分の命と引き換えに、敵を殺す。
まさにそんなスキルだった。
それを知ってか、ジェニ姫が援護に入ってくれる。
だが、カンストのグランに次第に僕らは押され始めた。
僕らの戦いを見物しているマリクが、眉をへの字に下げ落胆の表情を浮かべる。
マリクの態度が変わる度に、空間が歪むというか、世界の色が混ざり合い、一点に集中するかの様な無重力感を感じる。
「あっ!」
疲労困憊のジェニ姫が指先から放つ、無数の氷のつぶてがグランの剣にはじかれる。
それがマリクの方に放射される。
ドスドスドス!
油断していたマリクが氷の連撃に射抜かれる。
紫のローブがズタズタになり、射抜かれたところから血を吹き出す。
ダメージがいかほどのものかは分からないが、偶然の一撃が賢者にヒットした。
出血の具合から、そこそこのダメージを与えたかのように思える。
「きゃっ!」
その紅蓮の血をジェニ姫は大量に浴びた。
彼女の白い面《おもて》、白銀の髪、白いローブが赤く染まる。
彼女の空気に触れている粘膜(眼球や口腔)までも、余さず赤く塗りつぶされていた。
それに驚き一瞬手を止めた僕は、グランの一撃を受け息絶えた。
◇
ケンタは私が何度軌道修正しようとしても、間違った方向に進もうとする。
「いい加減、何度目?」
そう問い詰めると、キョトンとした顔で私を見つめて来る。
普通の顔のくせして、何か可愛いから、むかつく。
またいつもの朝が始まった。
グランの結婚式当日の朝。
窓から見える親衛隊の行進を私はもう何度も見た。
冷静に数えてみると、8回目。
そうか、意外に少ないのかな。
比べる物が無いから分からないよ。
つまり、私は7度死んだことになる。
『死に戻りの無限ループ』
私はこの自分の身に起き始めた現象をそう呼ぶことにした。
この現象は以下の通りだ。
私が死ぬと、グランの結婚式当日の朝に戻る。
生まれた日に戻るとかじゃないんだ。
それが、初めてループした時に思った率直な感想だった。
死ぬ前、前世って言った方がいいかな。
その頃の記憶はしっかり残っている。
例えば、一回目。
私はマリクの血を盛大に浴びたことを覚えている。
真っ赤に染まった私は、しばらく身動きが取れなかった。
気付いたら、ケンタはグランに切り裂かれ死んでいた。
その直後、私もグランに切られて死んだんだけどね。
死んだって思った時、世界が暗転した。
一瞬だったかもしれないけど、永遠に近い長さだったかもしれない。
どれくらい時間が経ったか分からない。
眠りから目が覚めた時、眠っていた時間を感じないのと同じように、私は目が覚めたのだから。
私はグランの結婚式当日にループしていた。
その後も、死ぬ度に同じ景色からスタートする。
私は死ぬ前の記憶を積み重ねて行く。
これは何かのスキルなのだろうか?
だとしたら、何がきっかけで目覚めたのだろうか?
この世界における、スキルに目覚める条件は以下の通りだ。
ガチャを引いた時。(何が身に着くか分からない。獲得確率100%)
親からの遺伝。(親のスキルを受け継ぐ場合がある。獲得確率50%)
異性との接触。(そういうこと? キスだけでも? 分からん......獲得確率1%)
※『世界スキル概説論』より
3つ目のは、頭の中で想像するとちょっとドキドキする。
そう言えば、私はマリクの血を浴びていた時、そんな嫌な気持ちじゃなかった。
どこか官能的というか......。
やだ。
もしかしたら、私、血を通してマリクと間接的に......。
まぁ、少女の豊かな想像力はとどまるところを知らないわけでして。
「じゃ、ジェニ姫。そろそろ行きましょう」
ケンタが元気いっぱいに、私を誘ってくる。
彼はグランの結婚式に行きたいと、さっきから、いや、何回ループしても言ってくる。
つまり、この世界で死に戻りをしているのは私だけだということだ。
そして、ケンタは再びグランに殺されるという過ちを......。
それを軌道修正してあげられるのは、この私だけだ。
つづく
コメント
桜子さんが一番
おお、「戻り」のスキルはそっちでしたか!!
VBA使い
敵を道「連」れにする。
→あと、自滅する→敵を道連れにするだと分かりにくいです。
怒りの覚醒で敵を倒すも、自分もHPが無くなって相打ちになるってこと?
私が何度「も」軌道修正しようとしても
→「も」がない方がしっくりきます
冷静に数えてみると、4回目。
→前話までで1回、今話で5回なので、6回目では?
(今話の途中の◇だけ2つを入れると、8回?)
要は、セーブ…いや、スナップショットスキルですな
湯二
桜子さんが一番さん。
そっちじゃないかも!
(そのうち分かる)
湯二
VBA使いさん。
コメント、校正ありがとうございます。
>怒りの覚醒で敵を倒すも、自分もHPが無くなって相打ちになるってこと?
[自分の命と引き換えに、敵を殺す。]に修正してみました。
>(今話の途中の◇だけ2つを入れると、8回?)
◇もカントに入れてください。
>スナップショットスキル
バックアップの静止点。