【小説 パパはゲームプログラマー】第二十五話 勇者の国5
二階建ての建物の屋根から見上げる夜空には、沢山の星が輝いていた。
まるで、宝石を散りばめたかの様だ。
「綺麗ね」
「はい」
僕の真横に座るジェニ姫が、穏やかな声でそう言う。
月明りに照らされた彼女の白銀の髪は、ため息が出るほど美しく白く輝いていた。
群青色の闇の中で白い面《おもて》がクッキリと映えている。
こんなに綺麗な人が僕と一緒に旅をしてくれてるなんて、本当にありがたいことだ。
「いつまでも敬語使うのやめなさいよ」
「ですが......」
「私はもう姫じゃない。だから君と私にはもう上下関係なんてないの。そうね......一緒に戦って来た仲間......でも今、一緒に住んでるから、その......」
ふくれっ面が可愛いなと思ってたら急にうつむき、口数が少なくなってみたり。
マリナと違って喜怒哀楽が激しい。
そういうところが同世代の女の子って感じだなあ。
「僕はグランとマリクを倒したら、ディオ王を王に迎え、ジェニ姫もまた、姫として迎えます」
アフォン・エスターク家を再興させる。
復讐を終えた僕の最後の仕事がそれだった。
「君はその後、どうするの?」
「僕はマリナと一緒にどこか静かな場所で、死ぬまでそこで暮らします」
「私はどうなるのよ?」
「え?」
ジェニ姫のサファイアブルーの大きな瞳の中に僕が映り込んでいる。
その瞳が潤んでいるせいもあってか、サファイアブルーの中で僕は波打っていた。
「私はどうなるのかって訊いてるの? 君の復讐が終わったら、はい、さよなら、なの?」
「いいえ、そんなことはありません。僕もたまには城を訪ねます」
「もうっ! そういうことを言ってるんじゃないよ!」
白い面《おもて》に朱が差し、怒りを露わにするジェニ姫。
今日の彼女は、僕の横に座ってみたり、仕事と関係ない話をしてみたり、いつもと様子が違うなあ。
「ジェニ姫」
「何よ」
「僕はそろそろ行動に移そうと思います」
僕の言葉にジェニ姫は両肩をビクリとさせた。
この国に来て三ヶ月が経とうとしていた。
ゲームが売れたおかげで、資金も集まったし、仲間も増えて来た。(あの爺さんが実は街の有力者だったりして、そこから人的ネットワークが広がったのは運が良かった)
店の地下にはアジトが出来た。(集会を開いたり、武器庫として使用)
そこで反乱の準備が着々と進んでいた。
地下のアジトから、反乱軍の幹部の家には直通のトンネルを通し常に連絡が秘密裏に行えるようにしてある。
そして、アジトからグランの城へ続くトンネルも開通しつつあった。
グランに不満を持つ一部の親衛隊の買収も進んでいる。
「一週間以内に、復讐を完遂させます」
僕はジェニ姫の目を真っすぐ見て、そう宣言した。
グランにとどめを刺した後は、その勢いでブーコック市も制圧しマリクも倒す。
今までのパターンと違う、二連続復讐。
これで世界は本当に平和になるはず。
「ダメだよ」
ジェニ姫が否定する。
「何故です?」
「今はまだ危険すぎる。これじゃ、勝てないわ」
振り返ってみれば、僕はジェニ姫の言うとおりにしていたら良かったのかもしれない。
僕は焦り過ぎていたんだと思う。
だけど、僕は今すぐにでもマリナを取り戻したかったんだ。
早く取り戻さないと......
焦る理由。
僕はまだそういった経験が無いからモヤモヤしてるんだ。(キスもまだだ)
いくらマリナが魔法でグランに惚れてるからといって、そういう関係にならないとは限らないだろ。
ある夜から、グランの腕に抱かれるマリナが夢に出てくるようになった。(肝心のところは経験がないのでモヤモヤしてる)
その夢は毎晩続く。
もう、僕は居ても立っても居られなくなって来たんだ。
マリナの初めての人は僕だ。
懊悩する僕をしり目に、ジェニ姫は月を見たまま語り出した。
~~~~~~~~~
黒い流れ星が落ちる時、魔王がこの大陸に降り立つだろう。
同時に救世主も誕生する。
救世主は6人の使徒を引き連れ、魔王を倒すだろう。
~~~~~~~~~
僕が子供の頃、マリナが話してくれたこの国の伝説。
魔王がグランだとするなら、僕が救世主。
旅の途中で、僕とジェニ姫はそう仮説を立てた。
それは、グランに対して非力な僕らの、希望の拠り所でもあったんだ。
「いつもみたいにカンストメンバーは見つかったの?」
「いいえ。だけど、反乱の前日にギルドに行けば、いるはずです! 今まで通りなら!」
ジェニ姫は眉根を寄せ、僕の言葉を否定するかの様に首を横に振った。
「今回はカンストメンバー一人だけじゃない。今までのカンストメンバーも全部を揃えないと」
タケルの国で蛮勇を振るってくれた戦士グルポ。
コブチャの国で疫病と治癒魔法のマッチポンプを演じてくれた治癒魔法使いミナージュ。
チナツの国で最強の召喚獣デーモンを召喚してくれた召喚魔法使いクシカツ。
ソウニンの国で豪快な手刀を披露したマスタツ。
これで4人。
あとの二人は、この国にいるのだろうか?
「僕が救世主なら、きっと彼らは現れてくれます!」
だけど、反乱前日にギルドに行っても、カンストメンバーは誰一人いなかったんだ。
僕は混乱した。
混乱の後には激しい落胆が僕を襲った。
地下のアジトでは、皆、勝利を確信し前祝とばかりに酒を酌み交わしていた。
「ケンタ! 明るい未来が待ってるよな!」
「うん......」
反乱軍の幹部達が目を輝かせながら僕に酒をすすめてくる。
死と隣り合わせの彼らは、希望を追い掛けることで恐怖を振り払っていた。
僕にはその気持ちが痛いほど分かる。
だから、この場にいることが辛かった。
一人、屋根の上に座り夜空の星を眺める。
「いい?」
天窓から小さな銀色の頭がヒョコッと出て来た。
「はい」
ジェニ姫が僕の隣に座る。
「いよいよね」
「はい」
「その様子だと、見つから無かったみたいね」
僕は無言で頷いた。
「今からでも遅くない。多数の犠牲を出す前に中止するのもありだよ」
「それは......」
出来ない。
僕はもうマリナと誓いのキスを交わすと決めたんだ。
結婚式の続きをするんだ。
そうすれば魔法も解けるはずだ。
ジェニ姫がじっと僕を見ている。
桜色の唇をグッと噛み締めている。
返事をしない僕に、何か沢山のことを言いたいのだろうけど我慢している様だ。
そんな彼女が息を吸い、
「復讐なんかやめて、私と一緒に、どこかでずっと一緒に暮らそう」
白銀の髪に包まれた白い面《おもて》は真っ赤に染まっていた。
「そ、それって......」
「もう、女の子に言わせるつもり!?」
ジェニ姫が僕を拳でポコポコ殴ってくる。
それはまるで、ジャレついて来るかの様だ。
彼女のペースに持っていかれそうだ。
それもいいなと思ったけど、僕はマリナを裏切れない。
「僕は救世主じゃありませんでした。だけど......」
「分かってる」
ジェニ姫は真っすぐ僕を見つめた。
その顔は全てを分かり切ったような笑顔だった。
!?
僕の唇に、この世の物とは思えないほど柔らかくて暖かい感触が伝わる。
ちょっと湿っていて、まるで極上の果実の様だ。
「それでも、私が君を守ってあげる」
僕の唇から、唇を離したジェニ姫はそう言った。
月だけが二人を見守ってた。
そして、翌日。
どの顔にも緊張の色が浮かんでいた。
皆、無言で武器と防具を装備している。
地下アジトには、金属が触れ合うガシャガシャという音だけが響いていた。
決死の戦いを前にして、皆、無言だった。
リーダーである僕もいつも以上に緊張していた。
「大丈夫」
ジェニ姫が僕の隣で囁く。
緊張でいつの間にか握り締めていた拳を、彼女の細い指が優しくほどく。
手を繋いでくれた。
暖かい手の平が、僕の汗ばんだ手の平に触れる。
「ありがとう」
「あ!」
「ん?」
「やっと敬語じゃなくなった」
ジェニ姫の笑顔はこれまで見たどの笑顔よりも、明るくて美しかった。
まるでこれから二人でデートにでも行く、そう錯覚してしまうほどだ。
いかん、いかん。
グランへの復讐を果たし、マリナを取り戻す。
僕は気を取り直した。
だが、僕はこの数時間後、瀕死の状態に陥っていた。
「この程度で、この俺に復讐しようなんざ一億年早い」
僕の腹を踏みつける全身甲冑姿のグラン。
暗い闇を宿した瞳で僕を見下ろしている。
僕は今、まったく動けない。
四肢をズタズタに切り刻まれ、仰向けでいるしか無かった。
不思議と痛みを感じない。
脳が激痛を感じることを拒否しているかのようだ。
僕は死を意識し始めていた。
反乱軍は今や壊滅した。
城の正面から突入するAチームと、地下からトンネルを通り城の内部に侵入するBチームによる挟み撃ち攻撃。
当初は内通していた親衛隊とのタッグで、反乱軍がグラン軍を押す形になっていた。
だが、思わぬ助っ人がグラン側に存在した。
ソウニンだった。
彼女は僕らの元を離れ、どういう経緯か分からないがグラン側に再び味方していた。
素早さがずば抜けている彼女を止められる者はいなかった。
拳に鉄の爪を装着したソウニンは舞踏するかの様に、多数の反乱軍の肉をえぐり切り裂いて行った。
血の花びらの中を舞うソウニンの動きを止めたのが、ジェニ姫だった。
ジェニ姫の不意を突いた氷の魔法で足を固められたソウニン。
だが、武闘家は両の手を組み合わせて『気の球』を発することで下半身が使えずとも応戦して来た。
反乱軍はそれに戸惑いつつも、ジェニ姫の魔法による連撃で、息を吹き返し総攻撃とばかりに氷の彫像となった武闘家に襲い掛かった。
一番の難敵を倒し、僕らはグランの間に辿り着いた。
だが、被害は甚大で残る反乱軍は10人もいなかった。
明らかな劣勢。
グラン自ら大剣を持つ。
そして、無慈悲に残りの手練れ達を一刀両断のもと一掃して行く。
そして、今。
瀕死の僕と、その数メートル離れた場所にいるジェニ姫のみ。
カンストメンバーがいないとこの有様だ。
「死ぬ前にいいものを見せてやろう」
グランは僕らを置いて一旦、奥に引き下がった。
一体何をしに行ったのか?
僕はほんの少しの間、生き長らえたことで少し気が緩んだ。
「うぐっ!」
と、同時に脳が覚醒し激痛が身体中を走り抜ける。
だが、少しすると痛みが和らいでいった。
「ジェニ姫......」
僕の少し離れた場所にいるジェニ姫が、小声で唱和している。
治癒魔法だ。
彼女が遠隔で僕の身体を癒してくれている。
あまり得意では無い治癒魔法を、残り少ないMPを使って、一生懸命僕のために。
僕の頬に涙が伝う。
私が君を守ってあげる。
そう聴こえた気がした。
その声は、グランの醜い笑い声でかき消された。
「はははははははははっ! 見ろ! マリナは俺のものだ! お前の愛した女はこの通りだ!」
奥から現れたグランの腕の中にはマリナが抱かれていた。
かつて僕にだけ見せてくれた慈愛と恋に溺れたかの様な表情を、今はグランに見せていた。
彼女はグランの中で体の向きを変えた。
二人の顔が向かい合う。
「やめろー!」
僕は体を起こした。
「やめて! ケンタ! もう逃げて!」
ジェニ姫が叫ぶ。
彼女の治癒魔法のお陰でここから逃げ出すだけのHPはある。
だけど......
僕はグランとマリナの間に割って入らなければ、狂ってしまう。
「あああああああああ!」
僕の手に握られているのは細身の剣ただ一つ。
こんな装備で勝てるわけないと分かっていても突進せざるを得ない。
「ははは! この女の身体にはな、もう既に......」
グランがマリナのお腹の辺りを指差す。
僕の足が意志と反してピタリと止まる。
そんな......
「俺の国を乱した報いを受けろ!」
グランの両手持ち大剣が、茫然とする僕に振り下ろされる。
今度こそ、死ぬ。
ドチュッ!
目の前で白いローブがはためいている。
それが真っ赤に染まって行く。
「ジェニ姫......」
左肩から右わき腹まで斜めに切られた彼女は、それでも両手を左右に広げ胸を張ったまま直立していた。
「けっ! お前は今頃、俺の前にのこのこ現れて何しに来た! 婚約破棄されたんだから、お前は用無し!」
崩れ行くジェニ姫をグランは口汚く罵った。
「ジェニ姫!」
彼女は僕の腕の中に倒れ込んだ。
「言ったでしょ。守ってあげるって」
彼女の桜色の唇から血が零れる。
白い面《おもて》に赤い筋が出来た。
「何で、そんなにしてまで僕のことを......」
「一緒に旅して楽しかった。これからもずっと一緒に......」
ジェニ姫はもはや意識が朦朧としていて僕の問いにまともに応えられない。
過去のことが走馬灯の様に脳裏を駆け巡っているのか。
「マリナさんに対して一生懸命な君を見てると、こんな人に愛されたら私は幸せになれるかなあって思ってた。そしたら、いつの間にか、理由ははっきりと......分からないけど、君のこと」
大好きだったよ。ケンタ君。
過去形にしないでくれ!
彼女は最後に笑顔を見せて、息絶えた。
「おおおおおおお!」
僕は、かつてこれほどの怒りを感じたことが無い。
目の前の諸悪の権化を殺す。
最後の力を振り絞り、魔王に切り掛かる。
「火事場のバカ力か」
グランは僕を嘲笑した。
その直後放たれた閃光の様な一撃を、もちろん非力な僕はかわすことも出来ず、まともに受けた。
ジェニ姫の横に倒れる。
最後の力を振り絞り彼女の手を握りしめようとしたところで、僕は死んだ。
勇者の国編 おわり
コメント
VBA使い
居ても「立」っても居られなくなって来たんだ。
蛮勇を振「る」ってくれた
あらら、負けちゃいましたか
ジェニ姫がサオリみたいな人じゃなかったのがせめてもの救い
桜子さんが一番
スーパーサイヤ人みたいに死の淵からよみがえることによりパワーアップしていくのかと思ったよ。
湯二
VBA使いさん。
コメント、校正ありがとうごあいます。
>負けちゃい
最終回じゃありません。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>スーパーサイヤ人
7つ集めても蘇りません。