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【小説 しょっぱいマネージャー】第二話 桜子のセクハラ、パワハラ論

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「えっ!?」

 雄一は思いもよらない言葉に絶句した。

「有馬。本当なのか?」

 福島課長が雄一の方を向いた。
 雄一は大きく首を振った。

「暴力? そんなことした覚えはない! 言いがかりはやめろ!」

 雄一は声を荒げて否定した。
 それを松永は流してこう言った。

「彼、藤澤さんはこのまま黙って退職を受理して頂ければ、暴力の件は訴えないと仰っています」
「福島課長......」

 雄一は訴えるという言葉で縮み上がってしまった。
 助けを求めるように福島課長の方を向いた。

「やってないんだったら、堂々としてろ。だがな、何か心当たりがあるんだったら......」
「俺は......」

 やってない。

 そう言おうとした時、扉が開いた。

「遅くなってすいません」
 
 桜子は入って来るなり、頭を下げた。

「おお、来たか」

 福島課長がホッとしたような顔で、彼女を出迎えた。
 桜子は走って来たのか多少息が荒い。
 白いワイシャツに垂れた黒くて長い髪が呼吸で上下している。
 切れ長の目が松永を捉えた。

「はじめまして、ログアウトの......」
「あ、結構です」

 松永の名刺を制すると、こう言った。

「うちは去る者は追わず来る者は拒まず、です。藤澤に伝えてください。うちの社長が退職願は受理しましたと」


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 松永が帰り、会議室に残された三人は今後のことについて話し合っていた。

「安田さん、いいんですか!? このまま黙って引き下がって」

 雄一は声を荒げて桜子に抗議した。
 だが、内心は訴えられることは無くなったと思いホッとしてもいた。
 桜子の一言で先程の会は終了した。
 彼女はタクシーで自社に移動中、電話で社長にこの件を話した。
 社長は「OK」と返事したそうだ。

「俺を飛び越えて社長と話を付けちゃったのかよ」

 福島課長が目を丸くし驚いた様子でそう言った。

「はい。課長が私にどうすればいいか相談したから、私なりに答えを出しました」
「相変わらず仕事が早いな」
「あんな輩と話すのに時間を使うのは無駄ですから」

 福島課長は鼻からため息をつき、口の端を上げ「やれやれ」と苦笑した。

「......ということで、有馬君。もう藤澤君はうちの人間じゃないから。彼の家に行って仕返しとかしないでね」
「畜生......」

 膝に乗せた両の拳を握りしめ呻く。
 この世に、ないがしろにされるほど腹が立つことは無い。

「その様子だと反省してないね。君は彼に暴力を振るったんでしょ? 訴えられずに辞めてもらえただけでもありがたいと思いなさい」
「暴力なんて振るってないですよ! 安田さんまであの輩の口車に乗せられてどうするんですか! 俺はやってない! 俺の目を見てください!」

 雄一は真剣な眼差しで桜子を見据えた。
 それに応えるように桜子はその瞳の奥を覗き込もうとした。

「濁った目だわ」
「ズコーッ」

 散々溜めといてこれか。
 雄一は80年代ギャグマンガのキャラの様にズッコケた。

「よぉく自分の胸に手を当ててごらんなさいな。彼に何をしたのか......」
「本当にいい迷惑だぜ。俺は上司としてあいつに色々教えて来たんだ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない」
「セクハラ、パワハラっていうのはさ、相手がそう感じれば、そういうことになるんだよ」

 相手の感じ方次第。
 そう指摘された雄一は、藤澤との一週間を振り返った。
 自分が忙しい時、あいつが質問にやって来た。
 その時、「何度も同じ質問するな」と言った記憶がある。
 あいつは嫌な顔をした。
 研修用のプログラムを作らせて出来が悪かった時、やり直しと称して残業を命じたことがある。
 あいつは嫌な顔をした。
 昨日指示したことと今日指示したことが変わったとあいつから指摘された時、痛いところを突かれて「誰にでも間違いはある」とごまかした。
 あいつは嫌な顔をした。
 定時後に帰宅したあいつに、分からないことがあるからと夜遅くに電話した。
 あいつは低くて暗い声で応えていた。
 いつも指示待ち状態のあいつに「自分から動け」とはっぱをかけた。
 仲良くなろうと無理やり飲みに誘った。
 飲み屋で自分の苦労話を延々と聞かせた。
 私用で休む理由を訊いた。
 あいつから表情が無くなっていった。

(......そんなの普通にあることだろうがっ)

 雄一は新人の顔を思い出せば思い出すほど、腹立たしい気持ちが湧いて来るのだった。
 数々の現場で非常識な目に遭って来た自分は、理不尽だと思いながら反論しつつもそれが仕事だと思っていた。
 雄一は自分が悪いなんて思わない。
 順応しないあいつが悪いと思っている。
 だが、退職代行で辞めるという常識を持つ藤澤と、それが非常識だと思う雄一の心は、どこまで行っても平行線を辿るのだろう。
 それが分かっていても、腹が立つ。
 雄一の思考は留まることが無かった。

「いてぇ!」

 左肩に激痛が走った。
 桜子の右拳が彼の左肩にめり込んでいた。
 肩パン行為を福島課長は指摘する事無く見守っている。

「目、覚めた?」

 桜子は目を細めにっこりと笑っている。

「は、はい......」

 肩をさすりながら頷いた。
 腰をひねり、引手をしっかり取ったスナップが効いた正拳突きだ。
 目が覚めない訳が無い。

「おいおい、有馬、今のはパワハラですって訴えるべきなんじゃないか?」

 福島課長がニヤニヤしながら言った。

(確かに周りから見たらパワハラだ......。だけど、俺はこの人の鉄拳を暴力だとかパワハラだとは思ったことが無い)

 雄一は目の前のファイターを見つめた。

「あっ!」

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「そんなことも出来ねぇのかよ。勉強しろよっ!」
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 数日前、雄一はその言葉と共に、遅くまで残って仕事する藤澤の背中を力強くバンと叩いた。

「分かった?」

 桜子の言いたかった意味が身をもって分かった。
 雄一はかつて桜子から内ももにフォークを突き立てられたり、往復ビンタをされて来た。
 だが、それは指導の一環、気合注入として彼は受け取っていた。
 つまり、桜子を師と仰ぐ雄一と雄一を弟子として扱う桜子という二人の関係性があるからこそ、この肩パンは暴力とはならないのだった。

「関係がまだ成熟してない内は、言動や行為には気を付けることね」
「はい......」

 納得は出来た。
 だが、覆水盆に返らずの諺通り、雄一と藤澤の関係はもう壊れて元通りにはならなかった。

「藤澤のことは分かりました。ですが、俺の仕事はどうなるんですか? リーダーやるだけでも大変なのにあいつがやってた移行プログラムまで......」

 雄一は頭を抱えた。
 やっと仕事を覚えて来た新人がこれから忙しくなるであろう時期に抜けられてはたまらない。
 雄一の見立ててでは藤澤は強情なところもあったが中々筋は良かった。
 成長すれば自分やプロジェクトにとっても戦力になると踏んでいたのだ。

「そこは、何とか人がいないか探してみよう」

 福島課長がそう言って雄一を慰めた。
 だが、それは気休めにしかならなかった。
 この人不足の時代にそう簡単に適任者が見つかるとは思えなかったからだ。

ブルルル

 胸ポケットに入れたスマホが振動した。
 桂子からのLINEメッセージだ。
 雄一は二人に向き直った。

「すいません、進捗会議がそろそろ始まるんで今から現場に戻ります」
「ああ、気をつけてな。タクシーのレシートは貰って来いよ」
「はい」

 返事しながら桜子の横を通り過ぎるタイミングで、彼女の肩に手を置きこう言った。

「ありがとうございました」

 瞬間、目の前が真っ暗になり星が舞った。

「それはセクハラ!」


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「お疲れさん」
「ありがとうございます」

 桜子は福島課長から缶コーヒーを受け取った。
 パシュッとやってゴクッと一口飲む。
 苦味と甘みが口の中に広がった。

「すまんな、忙しいときに」

 福島課長もパシュッとやった。

「まったく本当に勘弁して下さいよ。仕事中にこんなことで呼ぶなんて」
「こんなことってお前......有馬にとっては......」
「彼にとっては今回のことは勉強になったでしょう。私にとってはどうでもいいけど」
「どうでもいいって言いながら、わざわざ来てくれたのはどこのどいつだよ」

 福島課長が眉を下げ目を細めた。

「まぁ、そうですね」

 桜子は「フッ」と笑うと、カバンからタブレットを取り出した。

「あのログアウトって会社、怪しいですよ」

 桜子はお気に入りに登録されている同社のページを開いて見せた。
 黒地に赤の明朝体で同社の名前「ログアウト」と記載されている。
 それ以外は何も無いシンプルなページだ。
 社名をタップすると、紹介ページが出て来た。

  退職を完全代行!
  もう二度と会いたくない上司に、弊社のプロフェッショナルが対応します。
  辞めたいのに引き止められる......
  辞めると言ったら嫌がらせを受けた......
  有給消化はきちんとしたい......
  兎に角、上司が怖い......
  私たちにお任せください!
  明るい未来のために一緒に一歩を踏み出しましょう。

「こういう業者って最近、増えて来たな」

 福島課長が感心するように言った。
 別のタブレットで、ログアウトとは別の代行業者のホームページを開いている。
 ログアウトほど簡素では無いそのページには、代行で辞めることに対する美辞麗句が並べ立てられている。
 桜子は苦笑せざるを得なかった。
 だが、本気で悩んでいる人間はこれに縋るしかないことも何となく分かってはいた。
 と同時にこの手の業者が広まることを危惧してもいた。
 自分も仕事で思い悩んだ時はあるが、上司の顔を思い出しては辞めることを何度も思いとどまった。
 逆に言えば上司の顔を見なければ辞めることはそれほど苦じゃなかったということになる。
 つまり、代行が横行するということは辞めることに対して敷居が下がるということを意味していた。
 同時に一人の人間が辞めることを繰り返すのが容易いことも意味していた。
 桜子はこう考えていた。
 行きつく先は、孤独な沢山の人間の誕生とこの業界への何某かの悪影響だと。

「見てください。ここ」

 桜子が指差した先は、料金プランのページだった。
 シンプルにこう書かれている。

  退職代行コンサルティングプラン 3,000円~

「安いな」

 福島課長が目を丸くしている。
 それもそのはず、他社の相場が30,000から50,000円であるのに対し、ログアウトは0一つ少ない三千円からだ。

「新人の藤澤君にも出せる額ではありますよね。ただ......」
「『~』ってのが気にはなるな」

 二人は頷きあった。
 twitterや掲示板そしてブログなどで同社の評判を調べた。
 悪評は無く、良い評判しかない。

「他社の場合、悪評も結構書かれてます。でもログアウトはそういうのを意図的にコントロールというか駆除してるんでしょうね」

 桜子はゴクリとコーヒーを一口を飲んだ。

「つまり、闇代行業者の鴨にされたって訳か」

 福島課長の言葉に、桜子は無言で頷いた。

「藤澤君は我が社に一瞬でも縁があった人間です。それに有馬君の部下だった。そんな人間が酷い目に合うのを見過ごす訳には行きません」
「だからって、もうどうしようもないだろ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、です」
「言いたいことは分かってるよ。だがな、お前には自分の仕事があるだろ」

 福島課長は桜子の次の言葉を恐れ、後ずさりした。
 だが、無情にも彼女はこう言った。

「私も会社を辞めます」

つづく

Comment(10)

コメント

桜子さんが一番

もう桜子さんは特命係長○○みたいになってますやんw

VBA使い

「自分から動け」とはっぱをかけた。


一体どっちが主人公なんだw

foo

今回は桜子が松永を非弁行為でとっちめるのがオチかと思ったら、ログアウトという会社そのものがブラック臭いでござるの巻。
藤澤を毒牙にかけたログアウトは、果たしてどういう形でその落とし前を桜子に付けさせられるのやら。

匿名

誤字ありましたので。
×せざる負えない
○せざるを得ない

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>特命係長
ドラマ観てたな~。
エンディングテーマの浜辺でのタバコの吸い方がカッコよかった。
ドラマではお色気シーンがあったけど、サイトの性質上、ここではありません。

湯二

VBA使いさん。


校正ありがとうございます。

鍵カッコの位置が間違っているのに気づくのに時間が掛かってしまいました。
日本語って難しい!

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>非弁行為
初めて聴く言葉なので調べてみました。
なるほど、無知でした。
ログアウトは合法的に藤澤君をカタに嵌めて行く予定です。
ご期待ください。

湯二

匿名さん。


校正ありがとうございます。
誤用を修正させていただきました。

匿名

雄一くん、昭和30~40年代生まれのオッサンみたいなセンスの持ち主ですな。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


>昭和30~40年代生まれのオッサン
働き方改革とワークライフバランスのこの時代に古い考え方です。
根性論とか徹夜で頑張るとかいう時代は終わって来ているのでしょう。
最近働いていてそう思います。
特に、二十代の若い世代はやることやったらさっさと帰る(うちの職場だけか??)ので、オッサンはそういう点は見習うべきかと。。。


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