【小説 しょっぱいマネージャー】第三話 PM公開処刑
プロジェクトの元請け会社「サガス・インフォメーション」が入居するビルに雄一は戻った。
急ぎ、会議室へ向かう。
週一回の進捗会議は騒然としていた。
雄一の代わりに進捗会議に出ていた桂子のメッセージ通りの状況だった。
会議卓を挟んで参加メンバーは各チームのリーダーと、プロジェクトマネージャーの野平部長。
「開発環境が用意出来ていないって一体どういうことですか!?」
リアル系チームのリーダー池江が野平部長を叱責している。
雄一は5月のGW明けからこのプロジェクトに配属された。
わずか一カ月ほどだが、プロジェクトの人間関係も分かって来ていた。
この池江、彼はプロジェクト内で最も声がでかい。
元ラグビー部という感じの浅黒くごつい体をしている。
「環境については、インフラに......」
タジタジになった野平部長は助けを求めるように、インフラチームのリーダーである田原に目を向けた。
「まだ開発サーバが搬入されてませんよ」
グレイのスーツにオールバックの田原は、向かいに座る野平部長にメガネレンズを通して冷たい視線を送った。
「どうして?」
「我々は業務からの要件を聴いて開発サーバの台数とスペックは見積もりました。サーバが来てないのは野平部長が顧客承認を貰ってないからじゃないですか?」
「あっ、そうだったっけ?」
「忘れてたんですか?」
バツの悪そうに野平部長は俯いた。
「おいおい、大丈夫かよ。これからサーバを発注してインフラで設定してもらってって......、一体いつから開発が出来るんだよ。そろそろ今月の中旬から開発メンバーも入って来るんだぞ。そいつら遊ばせる金何てねーぞ」
池江がデカい手のひらを木製の卓にバンバン打ち付けた。
その振動が伝わった野平部長はビクリと肩を揺らした。
雄一はこれらのやり取りを観察しながら、こう思った。
(野平部長......相当ヤバいな。藤澤みたいに辞めるっていうんじゃないだろうな)
雄一が進捗会議に参加したのは今回を含め4回目だ。
過去に参加した会議全てにおいて、野平部長は自身の不備からこういった責め苦を受けていた。
初めて目にした時はまるで公開処刑だと思った。
そして、今回は特に酷い。
「......すいません。私の管理不行き届きで。開発サーバの件に関してはなるべく早く手配出来るように善処いたします。皆さんはスケジュールに遅れが出ないように前さばき出来る作業があればそれに取り掛かって頂きたく......」
薄くなった頭髪に汗をにじませながら苦し気に一音一音発するように野平部長は話した。
「あの......なるべくとか、善処とか、曖昧な表現じゃなく具体的な対応と期限を話してもらえませんか」
それを遮るように池江は言った。
野平部長は即答出来なかった。
どうやら返事に窮しているようで、会議卓に置かれた資料を見つめたままだ。
何か発言しようとするポーズだけは辛うじて取っている。
「バッチチームや移行チームはどうなんですか?」
原田がバッチチームのリーダーである谷中と、雄一の方に目を向けた。
もはや議事進行係りの野平部長を通さず、メンバーだけで話をするようになっていた。
「うちは開発環境が出来るまで、メンバーの端末に仮想のLinux環境を作ってテストします。とりあえずシェルとORACLEが使えれば開発は出来るんで」
谷中は40代半ばといった感じの白髪交じりの中年だ。
薬指には指輪があるし、前に飲み会で高校生になる娘がいるとか言ってた。
「あんたらはいいよな。特別なツールもアプリケーションサーバも必要無いしな。あと本数も少ないし」
「本数とかツールは関係ないでしょ!」
谷中はキッと池江を睨んだが、背が小さいのでガタイがデカい池江を見上げる形になっている。
そして、
「要はロジックが難しいかどうかじゃない!」
全員にそう訴えた。
彼は怒ると言葉遣いが変わる。
「有馬さんは?」
田原に水を向けられた雄一はこう言った。
「移行チームとしてはバッチチームと同じで、シェルとORACLEが動く環境さえあれば取りあえずは事足ります」
雄一は野平部長からの視線を感じた。
ホッとしたような顔をしている。
本当は藤澤が抜けたことで移行プログラムの開発はスケジュール通りいくか怪しい状況になっている。
だがこのタイミングでそれを切り出すのは、野平部長にとって酷な話だと思った。
弱っている人間をさらに叩くことを雄一は躊躇したのだ。
これで野平部長は雄一と谷中という二人には許された訳だ。
「野平さん、安心してる場合じゃないでしょ。大幅に遅れているAIチームの進捗はどうなってるんですか? あの連中はこの会議にいつになったら参加するんですか?」
池江の言葉で野平部長は再び身体を固くした。
マッチングエンジンであるAIはこのプロジェクトの核となる技術だった。
その開発を担当しているのは『シロッコ』という会社で、業界では知る人ぞ知るAI技術に定評があるベンチャー企業だった。
(そういえば、名前だけで一度も見たことが無いな)
現在、雄一はシーバード社の結婚情報サービスシステムのリプレースプロジェクトに参画していた。
雄一は現行システムから新システムへ本番データを移行するチームのリーダーを担っている。
プロジェクトの構成としては、その他にリアル、バッチ、インフラ、AIと各チームが存在する。
サガス・インフォメーションを元請けにして、それぞれ別の会社がチームを担っていた。
顧客であるシーバード社はインターネットサービスを展開するニッホン国のIT企業である。
同社は市場、証券、トラベル、銀行事業といったオンラインの金融事業を行う傍ら、ニッホン国の少子化対策という政府の後押しもあり昨年から結婚情報サービス事業も手掛けるようになった。
結婚情報サービスというのは一言で言うと、会員登録した男女を引き合わせて成婚まで導くサービスのことである。
その中核を担う情報システムは、結婚したいと考えている男女の個人情報データを扱っている。
データによるマッチングを行い、男女ともに合意が取れれば連絡を取り合って最終的には直接出会うという流れをサポートするのがシステムの役割だった。
だが、現在提供しているシステムがすこぶる使いにくいと、相談員や会員からクレームが大量に来ていた。
登録したデータを基にしたマッチングは、男女ともに納得がいかない物ばかりだった。
例えば、エンジニアを希望していない女性に、エンジニアの男性がマッチングされたりといったお粗末な事例もあった。
文字ベースで使いにくいインタフェースは華やかさに欠けるし、スケジューリングシステムにも致命的なバグがあった。
例えば、一度出会って断った異性が再びマッチングされてくるなど言語道断な動きをしてくる。
それもこれも政府の助成金目当てに急ごしらえしたシステムがボロを出したという当然の成り行きだった。
シーバード社の社長の一声でこの悪評高いシステムの刷新が計画された。
プロジェクトの背景としては上記のとおりである。
そしてこのプロジェクトの一番の目玉がAIの導入である。
現在は内部ロジックで趣味、年齢、職業などの登録データを基にルールベースで双方が希望する相手をマッチングさせている。
その部分の精度を上げる--それがAI導入の目的だった。
会員同士のメールでのやり取りやボイスチャットでの音声記録など様々なデータをAIに学習させることでAI自身を成長させ高度なカウンセラーを作る。
AIによる成婚ということを売りにしようとしていた。
「彼らとは、メール進捗でやり取りするという契約になっています......」
「けっ、AIだか何だか知らんが希少価値が高いからって殿様商売しやがって。そのAIとやらの開発が遅れてる時点でそいつらのたかが知れてるぜ」
池江は腕を組んで溜息をついた。
「野平部長、話を戻しますが開発サーバの搬入を待っている間、前さばき出来る作業をやってはおきます。が、期間によってはそれでも間が持たないと思います。あらかじめ顧客にはリスケジュールを打診しておいてください」
田原の発言に池江も「そうだそうだ」と同調して来た。
「う、うむ。だが、リスケはもう時期的に厳しいかもしれない。顧客の方でプレスリリースも株主への通知もしたそうなんだ」
「おいおい、あんたがプロジェクトの状況を説明しないからこんなことになったんだろ。何とかしろよ」
ガタッ!
「池江さん、野平部長を責めるのはやめましょう!」
気付けば雄一は立ち上がっていた。
意外な人物に注意された池江は目を白黒させていた。
「これじゃプロジェクトが進まないですよ。リスケが無理なら皆で出来ることを考えましょうや」
「じゃ、有馬さんには何かいい案があるんですか? 開発環境が無いのに開発する方法があるんでしょうか?」
池江も負けじと言い返して来た。
「それは......」
勢いに任せて立ち上がっては見たが、特に名案は無かった。
ただ、何も出来ずリンチされる野平部長を見ていられなくなったのだ。
このままだと野平部長は辞めてしまう。
それは自分の元から逃げて行った藤澤の姿とも重なった。
自分が直接の原因となり彼が去って行った今、雄一の中に後味の悪いものしか残っていなかった。
何とか出来なかったのだろうかと、時間を置いた今だからこそ思う。
野平部長がいなくなるということは、ここにいる全員そういう思いをすることになる。
「ちょっと、野平さん、大丈夫!?」
谷中の甲高い声がする方を向くと、そこには机に突っ伏す野平部長の姿があった。
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翌日の朝9時。
「安田様、ようこそいらっしゃいました」
革張りのソファに座る桜子を見て、松永は丁寧にお辞儀した。
「どうぞ」
茶髪を後ろに縛った群青色のワンピースを着た細い女がお茶を持って来た。
「あなたから連絡があった時はビックリしましたよ。まさか、昨日の今日で来てくれるなんてね。しかもあれほど冷たい対応をしたあなたが」
「すいません」
「いえいえ、謝ることは無いんですよ。私たちは辞めたい人の味方です」
眉を下げ弱り切った桜子に、松永は励ますように言った。
ここは退職代行業者ログアウトの事務所。
都心の雑居ビルの二階にある狭く簡素な室内だった。
「私がいるからには大丈夫です。安田さんは上司に会わずに退職を完全完了させることが出来ます」
「はい」
安心したようにニッコリ笑って応える。
「対策を練るにあたって質問させてください。安田さんは今の会社の何が不満なんですか?」
「......上司が、私にいつもセクハラしてくるんです」
「ほう、どんな?」
「例えば......『安田は独身だから夜遅くまで仕事しても大丈夫だよな』とか言ってくるんです」
「なるほど」
松永は桜子の話をメモを録りながら聴いている。
「上司というのは、昨日、会議室でお見掛けした福島課長の事ですか?」
「はい。そうです」
「安田さんは福島課長からのその言葉を聴いてどう感じたんですか?」
「まったく無神経だと思いました。私は独身ですが、だからって何で夜遅くまで大丈夫だという話になるのか意味が分かりませんでした」
「意味が分からない、というのは?」
「結婚してて家族がいる人はそりゃ急いで帰って食事の準備をしたり、子供がいればその迎えに行く必要があると思います。独身には確かにそれはありません。ですが、私にだって帰ってやることはあります。趣味のホットヨガにも行きたいしデートだって行きたいです。帰ってやることがある点では独身も既婚も平等なはずでその内容に優劣は無いはずです。だから、私だけが夜遅くまで大丈夫という理論が聞き捨てならなかったんです」
「ふむ」
松永は顎に手を当て桜子の履歴書をじっと見ている。
「言いたいことは分かりました。安田さんの一番伝えたいことはそこなんでしょう。ですが、ちょっとインパクトが弱い。もう一つ何かありませんか? 例えば手を触れられたとか」
「......そうですね。確か、誰もいない事務所で二人きりになった時、頑張れよって肩を叩かれたことがあります。それも何度か」
「嫌だと思いましたか?」
「う~ん、励ましてるんだなと思ってそんなには......」
「いや、安田さん、あなたが本当に会社を辞めたいならその部分は推していくべきですよ。身体への接触は一番の理由になる」
「そうなんですか」
困惑の表情を浮かべる桜子に発破をかけるように松永はこう言った。
「その線でもっと色々とエピソードを考えましょう」
つづく
コメント
VBA使い
バツ「が」悪そうに野平部長は「俯」いた
→「俯」は、湯二さんなら漢字を使うかな?って思って。
業界で「は知」る人ぞ知る
インターネットサービスを展開する「ニッホン国」のIT企業である。
桜子さんが一番
今週の桜子さんは演技とわかっててもカワイイw
湯二
VBA使いさん。
コメントと校正ありがとうございます。
今回は結構ハズイ間違いが多かったな。。。
すいません、書いてる本人の癖まで気にして頂き。
しかも、国というか話の設定まで間違う様なミスしてました。
これが、一回書いた後、二、三回と読んで見つけられないともう自分では見つけられません。
頭に筋書きがあるからすんなり行っちゃうんですよね。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>今週の桜子さんは演技とわかっててもカワイイw
ファンが一人でもいてくれたらそれで幸せです。