Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

アイデアを殺す方法を殺す方法

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月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年6月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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入社して1年もたつと、いろんなアイデアが出てくるが、なかなか採用されない。多くの人がアイデアを殺す方法をたくさん知っているからだ。今月は、そんな「アイデアを殺す方法」を殺す方法を紹介する。きっと役に立つだろう。

●アイデアを殺す20の方法

若い人がアイデアを出すが採用されない。よくある話である。採用されなかったアイデアをもとに、会社を辞めて起業した人もいる。ただし、自己資金だけで起業できる人はまれだろう。資金を得るためには投資家にアイデアを説明し、説得する必要がある。結局、どこに行っても自分のアイデアを採用してもらうために苦労することになる。

実は、新しいアイデアに対する反論(アイデアを殺す方法)にはいくつかのパターンがある。そこで「アイデアを殺す方法」に対する反論をあらかじめ考えておけば、少なくとも第1ラウンドは有利に戦えるだろう。

筆者は「アイデアを殺す20の方法」という文章を発見した。さらに調べたら、さまざまなバリエーションがあるようだ。内容も少しずつ違うので出典は示さない。興味のある人は自分で調べてみて欲しい。

今回は、筆者が知っている中で特に重要なものを紹介する。正直に言うと、筆者はこれらの台詞を言われたことも言ったこともある。言ったことは後悔しているが「もう二度と言わない」と言い切る自信はない。つい言ってしまう言葉だからだ。

読者の皆さんもこういうことを言われる可能性があると覚悟しておいた方がいい。そして、言われたら即座に反論できるように今から訓練しておこう。また、決して自分からは言わないように心がけて欲しい。つい言ってしまったらフォローを忘れずに。

●「できないだろう」 

とにかく否定から入る。上司が言うこともあるし、上司のアイデアをつぶす部下が言うこともある。この場合「できるかできないか、やってみないと分からない」と言うのが定番の反論だ。しかし「やってみないと分からない」というのはあまり賢い反論ではない。「とにかくやってみる」は戦略として幼稚だからだ。運が良ければ成功するが、普通は玉砕するのがオチだ。

効果的な反論としては「なぜできないと考えるのですか」「できない要因でもっとも大きいものは何でしょう」あたりが良いだろう。もうちょっと柔らかく反論したければ「『できない』というのは『今のままではできない』という意味ですね」はどうだろう。

●それは前にやった 

「できないだろう」と決めつけられたあとに反論すると「実は前にもやったことがあって失敗したんだ」と言われる。「前にやったことを、今度やっても失敗する」というのは決して間違ってはいない。しかし、失敗するのは同じ状況で同じ内容のことを実行した場合の話だ。

そこで、前の状況と、前の内容のうち、いずれか一方でも違うことを示せば反論になる。「前は代理店経由でしたが、今度は直販を行います」「前回はローエンド製品を使って展開しましたが、今回はハイエンド製品で展開します」あるいは「以前はインターネットが普及していませんでしたが、現在はほぼ100%の顧客が使っています」といった具合だ。「それでは、前に失敗した理由は何だったと思われますか」と言うのも効果的だ。アイデアを否定されたら、別のアイデアを相手に出させよう。

●今まで成功したことはない 

「前とは事情が違います」という反論の次に来るのがこれだ。「前にやった」の発展系でもある。「今までいろいろ形を変えてやってきて駄目だったのだから、今度も駄目に違いない」という意味だ。

反論としては「まだ試していないことがあります」だ。今まで試したことが、可能性のすべてではないはずだ。まだ気付いていない方法があるかもしれない。おそらく「どうせ駄目だ」と言わるだろうから、「なぜ駄目だと考えるのですか」と続けよう。ここでも相手に新しいアイデアを引き出させるのがポイントだ。

●今のままでいいじゃないか 

しつこく食い下がるとこう言われる。現状維持は楽かもしれないが、進歩もない。特にIT業界で進歩がないというのは、会社が消滅するくらい危険なことである。ルイス・キャロルの小説「鏡の国のアリス」には「同じ場所にとどまるためには、必死で走らなきゃいけない」というシーンがある。まるでIT業界のことを意味しているようである。マイクロソフトのように、OSでひとり勝ちしている会社でも常に変化を求めているくらいだ。

ただし、本当に「今のままでもいい」という場合もある。下手に変化させると、現在の優位な立場まで失ってしまうこともあり得る。それでも変化させるべきだという意見もあるし、「壊れていないものを直すな」ということわざもある。どうすべきかは高度な経営判断だ。

もっとも、一介の若手社員が何を言っても、会社が倒産に至るようなことはないだろう。責任を取るのは上司だ。無責任なアイデアを出せるのは若者の特権である。無茶な発言は良くないが、信念があるのなら勇気を持って主張しよう。

●この国では無理(この業界では無理)

オリジナルは「この業界では無理」だが、筆者がよく見聞きするのは「日本では無理」だ。ITのトレンドは、多くの場合米国から始まる。そして「米国では……だから日本でも……」と主張する人が出てくる。すると「日本では…だから無理」という人が必ず登場する。どちらの立場も一方的である。すぐに「…では」と言う人を「デワのかみ」と呼ぶそうだ。本連載でも「米国では」という文が多く登場しているので、人のことは言えないが、無条件に受け入れたり否定したりはしていないつもりだ。

現実にはどうか。米国のトレンドは「日本では無理」と言われながらも、数年後は日本に上陸する場合が多い。ただし、完全に同じ形ではないし、上陸しないものもある。「米国では」「日本では」のどちらの「デワのカミ」も正しくない。

「日本では無理だ」に対する反論も、他の反論が応用できる。「現在の日本では無理だという意味ですね」と確認すれば否定されることはないだろう。次に、将来の日本の変化を考えれば良い。例えばインターネット。日本の電話回線の料金体系は従量制しかないので、インターネットを使ったサービスは普及しないと言われていた。今でも電話料金は完全な固定料金契約はできない。しかし、ADSLや光ファイバによるインターネット常時接続が普及したため、電話回線はインターネットの主役から退いた。

米国のトレンドのなかでも、日本に影響していないものももちろんある。米国の高速道路は無料か、あるいは数ドル程度だが、日本では休日割引でも1000円だ。無料になるという現実的な話は聞いたことがない。

反論するときは適当な仮説を立てて考えよう。「もしこうなるとしたら」という前提を明確にすればアイデアも受け入れてもらいやすい。「そんな仮説は成り立たない」と否定されても、後で状況が変わったときに再検討がしやすい。

●アイデアを殺す方法のワーストワン 

「アイデアを殺す方法」の多くは、アイデアを生かすヒントが隠れている。アイデアを殺す方法に対する反論を考えることで、より良いアイデアに育てることができるだろう。

いくつか紹介したが、実は筆者自身が一番よく言ってしまうのは「それは前にやった」だ。うっかり言ってしまったら、続けて「だから、前にやったときと今は何が違うか考えよう」と言うことにしている。「歴史は繰り返す」と言うが、本当は繰り返しの歴史などなく、どこかが変わっているものだ。米国の小説家マーク・トウェインはこう言った。

歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む
The past does not repeat itself, but it rhymes.

■□■Web版のためのあとがき■□■

この連載では、毎回締めの言葉を書いている。自分で作った言葉もあれば引用もある。引用で筆者がもっとも気に入っているのは「歴史は繰り返さないが韻を踏む」である。

IT業界に登場する技術の大半は1960年代までに考案されたものである。今流行の「クラウド」だって、1961年にマサチューセッツ工科大学(MIT)創立100周年記念講演で、ジョン・マッカーシーが構想を語っている。

しかし、1960年代にクラウドが流行することはなかった。多くの人が利用できるほど大規模なネットワーク環境など存在していなかった。リソースを有効配分するための仮想化技術も未熟だった(仮想OS環境が商用OSとして提供されたのは1960年代半ば)。

Amazon.comが、Amazon Web Servicesを開始したのが2002年。この時「クラウドサービスは1960年代に失敗しているから駄目ですよ」という意見もあったに違いない。しかし実際には大成功を収めた。ネットワークと仮想化の技術が成熟し、Webベースのアプリケーションを利用することに慣れた人が増えたためだ。

もちろん「今度も失敗する」可能性は十分にある。失敗の原因を分析し、当時と現在の違いを明らかにすることが重要である。

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