P36.新組織(4) [小説:CIA京都支店2]
初回:2020/05/20
Mi7滋賀営業所の矢沢所長が、山村クレハに新規事業の調査を依頼したのと時を同じくして、CIA京都支店長からその新規顧客の獲得を横取りするという案件を受けたP子は、デバイス開発室で、室長代理の早坂から、追跡装置を受け取っていたのだった。
9.丈太郎の戦略
P子は、デバイス開発室の早坂から、浅倉南の行動を追跡するための装置を受け取った。
「さて、どうやって...」
「ちわーす。早坂さん、います~?」
いきなり城島丈太郎が、デバイス開発室に入ってきた。
「うわ、P子先輩、いらっしゃったんですか?」
丈太郎は、P子を見つけると一歩後づさりしながら言った。
「何も逃げなくてもいいでしょ」
丈太郎は、苦笑いを浮かべながら、後ろにいた早坂の方まで近づいていった。
「城島君、また何か物色しに来たんかね」
「何か面白いものがあればってね」
丈太郎は、再びP子の方を見た。何か持っているのを見つけると、
「P子先輩、何かいいものを借りたんですか?」
と言ってきた。
「極秘任務よ」
P子は少しおどけた感じで、そう言った。スパイ的には本当に極秘任務だったが、一般社員の早坂が聞けば、(あなたには教えてあげない)という表現に聞こえた。
P子は、今回の任務に丈太郎を巻き込むつもりは無かった。丈太郎は、浅倉南や山村クレハと面識もあるため、今回の『横取り作戦』にはP子が最初に感じたように難色を示す可能性があったからだ。
「P子先輩、任務内容はいいんで、そのブツだけでも見せてくださいよ」
「盗聴機能付きの追跡装置なんて見せたら、何するか判っちゃうじゃない?」
「って、作戦内容も言ってるようなもんでしょ」
P子も丈太郎も笑った。巻き込むつもりは無かったが、ここで会ったが100年目、思いっきり巻き込んでやろうとP子は思った。
「で、誰を追跡するんですか?」
「Mi7の浅倉南さんよ」
「じゃ、僕も手伝いますよ...。あ、ちょっと待ってください」
丈太郎が携帯を取り出した。(「もしもし、あ、今は...ちょっと待って」)
「誰?」
「Mi7のクレハさんからです」
「あなた、盗聴されてるんじゃない?」
タイミングが良すぎる。そう思ったが、とりあえず要件を聞く様に丈太郎を即した。
(「はい、明日、良いですよ。じゃあ、場所と時間は...はい後で」
「会う約束できました」
丈太郎は携帯を切るとP子に向かって、にやけた笑顔でそういった。
(「クレハさんか~まあ、取っ掛かりとしてはそこから攻めるのも有りか」)
P子は先ほど早坂から受け取った追跡装置を丈太郎に預けた。
10.プチデート
翌日、丈太郎はクレハが指定した待ち合わせの場所に、5分前に到着した。P子と待ち合わせる場合は、10分前には行くことにしていた。なぜならP子は、いつも5分前に来るからだ。
「これじゃ、待ち合わせの時間の意味がないじゃない?」
P子はそういうが、丈太郎としては、女性を待たせるのは気が引ける。P子はP子で、女性だからって遅刻するのが許されるなんて甘ったれていると思っている。ただ、そういう二人の場合、どちらが早く来るかの競争みたいになってしまう事がある。
丈太郎が来た時には、クレハはまだ来ていなかった。丈太郎は少し安心したが(まあ、そんなもんだろ)と考えていた。2、3分も待っただろうか、クレハが現れた。待ち合わせ時間のほんの少し前だった。
「ごめん~待った?」
「いや、今来たところだよ」
「え~5分前には来てたじゃない?」
「え?」
「南先輩にいっつも言われてるの。誰かと待ち合わせをする場合は、先に行って安全確保しておきなさいって」
「安全確保...って?」
「敵のスナイパーが潜んでいないか...、近くに爆発物が設置されていないか...とかね」
クレハは笑顔でそういった。丈太郎には本気か冗談か判らなかった。
「所で...」
丈太郎は、クレハをまじまじと見つめた。パステル調の薄い青色のワンピースに、超ショートカット。この前会った時は、セミロングの爽やか系だったのに、髪型だけ見ればボーイッシュ、服装だけ見ればどこかのお嬢様風になっていた。
「似合ってる?」
クレハが、笑顔で問いかけた。
「いや、髪型が思い切った事になってるな~って。美容院で切ってもらったの?」
「ふふ。美容院じゃカットは出来ないのよ。ヘアサロンか理容店、または床屋ね。でも今回は自分でカットしたのよ」
「自分で?」
「そう。ハサミで右側を切ったらバランスが悪くって、左を切ったらバランスが悪くって、いつの間にか短くなっちゃった」
「でも、似合ってるよ」
「良かった」
クレハはそう言うと、1回転して見せた。髪の毛とスカートが同時にふわっと浮き上がった。
「でも、切った髪が服に着いたりして、後片付けが大変だったんじゃない」
「大丈夫よ。服は全部脱いで、お風呂場で切ってたから...あ~今エッチな想像したでしょ」
クレハは笑顔のまま、丈太郎がバツの悪そうな顔をしているのを眺めていた。
11.源静香
丈太郎とクレハは歩きながら、他愛もない話をしていた。喫茶店にでも入るのかと思っていたが、大きなビルに入っていった。入り口近くとエレベーターホール前に、それぞれ警備員らしき人が立っていた。
クレハは受付と思われる場所に向かった。そこには誰も居なかった。
「不在かな?」
丈太郎がそう言うと、クレハは左上に視線を移しながら、右手の人差し指を丈太郎にだけ見える程度に動かして指差した。
「あっちが監視カメラで、こっちがセンサーね」
クレハが言い終わると同時に、受付スペースの後方の扉が開いて一人の女性が出てきた。
「あの、源静香さんにお会いしたいんですけど」
「失礼ですけど、お約束されていますか?」
受付嬢と思われるその女性は、端末を見ながら確認していた。
「いえ、でもCIAの川伊が来たと言って頂ければ、会って頂けると思います」
クレハがP子の通り名である『川伊』を名乗った事に驚いたが、丈太郎は表情一つ変えなかった。受付嬢は、電話をかけ二言、三言話し終わると、『VISITOR』と書かれたカードを手元の装置の上に置いて、再び端末操作を行った。そして、そのカードを二人に手渡した。
「7階までお越しください。左手突き当りになります」
一人目の警備員の横を通り抜け、入門ゲートにカードをかざすと、緑色に光りゲートが開いた。そしてエレベータホールの警備員の横を通り過ぎた。
丈太郎がボタンを押したが、反応が無かった。
「こうするのよ」
クレハはボタンの横にあるカードサイズの白枠に、先ほどのカードをかざした。すると上りボタンが光った。
「まあ、エレベーターに乗る時は他の人と一緒だから余り意味ないと思うんだけど、降りる階に一緒の人がいる可能性は絞られるから、それなりにセキュリティ効果があるみたい。監視カメラも作動してるしね」
クレハの説明によると、このビルのシステムは広告もかねて採用されているだけで、大阪や東京などの高層ビルでの採用がターゲットだそうだ。
エレベーターの中にもカードサイズの白枠があり、カードをかざすと7階のボタンが光った。他の階のボタンを押しても反応しなかった。
エレベーターを降り、左手に進むと突き当たりに扉があった。近づいてみると、すぐ横に呼び出し電話があったので呼び出してみた。女性の声で反応があり、入室許可が出た。通された部屋でしばらく待つことになった。
ここまで丈太郎には何のことかさっぱりわからなかった。
「お待たせしました。私が源静香です」
現れたのは、将棋の駒の様な顔をしたおじさんだった。