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P30.人事一課監察係(5) [小説:CIA京都支店]

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初回:2020/01/22

登場人物

これまでのあらすじ

 CiA京都支店に人事一課監察係の大河内という人物が現れた。P子とデバイス開発室の室長と佐倉課長が独自調査の為雲隠れし、城島丈太郎と浅倉南と佐倉課長が別に独自調査を行うことになった。

11.東京出張

 P子は支店長の許可を得て、東京にあるCiA日本法人本社(以下本店)まで出かける事にした。デバイス開発室の室長は役に立ちそうになかったので通常業務に戻って頂いた。代わりに佐倉課長を持っていくことにした。
 P子は本店に行くのは初めてだった。米国本社にはスパイ研修の初日に行ったことがあったのに、日本法人へ行くのが初めてと言うのも変な話だが、本店、支店というだけでほとんど独立した組織だった。なので、今回の監察係の行動は腑に落ちなかった。

『本店まで行って、どうするの?』

 新幹線で移動中のP子に、佐倉課長が問いかけてきた。

 佐倉課長は『Raspberry Pi 4 Model B/4GB』を自分で購入して、デバイス開発室室長宛に送りつけた。メモリ4GBで、CPUやUSB,ネットワークも高速化されたが、電源要件も5V 3.0Aとなり、電源入力コネクター形状もUSB type Cに変更されている。ビデオ出力もmicro HDMIが2つ搭載され、LANポートの配置なども変更されている為従来のケースが使えなくなっていたので、一式をセットで購入していた。

 京都から東京まで行く場合『のぞみ』を利用するが、佐倉課長が同行する場合、窓側席を確保しておきたい。今ではほとんどがN700系なので、窓側席(A席,E席)であればコンセントが使える。佐倉課長もバッテリ駆動よりACアダプタ駆動の方が声に張りがあった。

 本店に行くと言っても時間的な制約はなかったので、あえて混雑している車両を選ぶ必要はない。そういう意味では、新大阪発の臨時列車が狙い目だ。290号~430号台ののぞみがそれに該当する。

「そうですね、まだ何も考えてませんけど、正面から入ろうと思っています」

『まあ、CiA本店に夜中に忍び込むわけにもいかないものね』

「それに何かを盗むとか調べるとかいう事じゃないので...」

『もしかして、人事一課長に直接会いに行くとか?』

「今回のケースなら、その方が手っ取り早いかなって...」

『でも、調査対象者がいきなり会いたいって言っても会えないんじゃない?』

「じゃ、他にいいアイデアってある?」

『まあ、当たって砕けろの精神でいいんじゃない?』

「砕けるのは避けたいですけどね」

 CiA日本法人本社は、東京ビッグサイトからほど近い場所にあった。新幹線で品川駅で下車してJR山手線の大崎で乗り換えて、りんかい線「国際展示場」駅で下車することになる。P子も、東京ビッグサイトの展示会に何度も足を運んだこともあるが、こんなに近い場所にあるのに本店には一度も行ったことがない。

 P子としては、本当に正面から突撃しても会ってもらえるとは思っていなかった。かといって他に手段が無かったので突撃するしかなかった。

『ねえ、キャリア採用の面接とか言って会えない?』

 佐倉課長の提案はある意味的を得ていた。が、普通は書類選考が先だろう。今日行って今日面接なんてありえない。

『実は、今日、面接予定の女性がいて、その面接開始時刻を 30分遅らせてもらえるように人事部からメールが来たように偽装しといたの。だから、なりすましで面接できるわよ』

「佐倉課長も無茶しますね」

 P子は、佐倉課長の為にラズパイケースにピッタリの冷却ファンをプレゼントしようと思った。

12.面接

 P子は少し緊張していた。SESの『顔合わせ』なら何度も行っていたが、何の準備もなく企業の面接を受けるという事は今までに無かったからだ。

 今回の面接は一般社員としての面接だった。P子もそうだったが、スパイとしての採用なら米国本社で行われるし、何より身元調査が半端なかった。京都支店もそうだが、自給自足(つまり、会社として利益を上げつつスパイ活動を行う)なので、一般社員も不定期ではあるが採用していた。

 新卒採用の場合は、まとめて面接を行うのが一般的だが、キャリア採用の場合は不定期なので今日の面接も彼女一人だけだった。佐倉課長の調査によると、人事一課長は在籍しているらしいので同席する確率が高いと思われた。

「所で、なりすまし女性のプロフィールを見せて頂けます?」

『あなたのスマホに送るわね』

 P子はプロフィールを頭に叩き込むと、本店の受付で面接の予定であることを告げた。

「えーと、城島裕子様ですね。そちらのエレベーターで、8階の801会議室までお願いします」

 P子は8階まで登ると801会議室のドアをノックした。

「はい、お入りください」

「失礼いたします」

 会議室の中には3名の面接官が待っていた。P子の記憶では、人事一課長は向かって左側、写真で見ただけなので自信がないけど一番右側はたしか技術部長だったはず。真ん中の人は知らなかったが、営業課長かもしれない。

「まず、自己紹介をお願いします」

 真ん中の人が言った。

 P子はなりすまし女性のプロフィールに、やや脚色を付けて自己紹介を行った。営業事務志望と書かれていたが、CiA本店でも京都支店と同じくSES契約によるSE派遣が表稼業だったので、そういう営業補助職的な才能があることをアピールした。

「なるほど、良く判りました。では弊社を選ばれた理由と、前職をなぜ辞めようと思われたかをお聞かせください」

 当然、この質問は予期していた。新卒と違いキャリア採用の場合、転職理由によっては同じように転職を繰り返すのではないかと考えるからだ。

「前職でも営業事務でしたが、営業の人数に比べて事務員の数が少なく長時間勤務が常態化していました。作業の効率化の検討やツールの導入、アウトソーシングの検討なども勧めましたが、変化を好まない会社の風土の為、なかなか理解して頂けませんでした。また、事務職と言うだけで私たちの提案は聞いてもいただけませんでした。私は御社の変化を恐れないチャレンジ精神と営業事務という範囲に捕らわれない環境で、キャリアアップが実現できるのではないかと考えた次第です」

 今度は一番右側の技術部長が質問してきた。

「所で、うちが変化を恐れないチャレンジ精神旺盛な会社って、どこで知ったの?あなたの言うキャリアアップなんて、うちでなくても出来るんじゃ?」

(「ああ、圧迫面接か?真ん中の人が『良い人』で技術部長が『悪い人』役なんだ」)とP子は思った。

「最近はSNSや口コミサイトなどで会社を辞めた人や現役の人などの意見が聞けます。もちろん御社の良い面、悪い面が書かれていますし、それらがすべて事実かどうかわかりませんが、私には御社がチャレンジ精神旺盛な会社だと感じました。御社で働いている姿を想像すると本当にワクワクしてきた事を今でも鮮明に思い出すことが出来ます」

「別の会社でも同じことを言ってるんじゃないのかね」

「違います、と言っても信用して頂けないなら仕方ありませんが、御社が第一希望であり他社には履歴書も送付していません」

「もういい。君はこの会社には転職してこないだろう」

 向かって一番左側に座っていた人事一課長が、初めて口を開いた。

「なあ、川伊君。それとも京都支店の通り名である『P子ちゃん』って呼ぶべきかね」

 面接官が一斉に人事一課長の方を向いた。

「バレましたか...」

「バレちゃったね」

 今まで真剣な表情だった人事一課長が、笑顔で話しかけてきた。

「困った茶番だね。本物の面接予定者は...暗殺しちゃった?」

「物騒な事を言わないでください。面接時間を30分遅らせただけです」

 人事一課長は、技術部長と真ん中の面接官を見ながら「もう一回お願いします」とだけ言った。もちろん、本物の面接の事だ。二人ともやれやれと言った表情で顔を見合わせていたが、技術部長の方も先ほどまでの厳しい態度から一転して、人懐っこい笑顔で真ん中の面接官と談笑していた。

「と言う事で面接をやり直すんで...その後で時間を取ってあげるよ」

 P子はデバイス開発室の室長が話していた人事一課長とのギャップに少し戸惑っていたのだった。

≪つづく≫

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