ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

レインメーカー (4) CC見学とマルチテナント型

»

 「ではみなさん」シオリが一礼して、うやうやしくドアを示した。「業務セクションに移動しましょう。ご案内は、わたくし近藤シオリが務めさせていただきまーす」
 全員が席を立ったが、宇都だけはぶすっとした顔で動こうとしなかった。吉村が何か言ったが、宇都は「お前に任せる」とか何とか言い、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
 会議室を出たところで、桑畑が「ちょっと別件があるから」と言い残していなくなってしまった。シオリの提案を渡りに船とばかりに了承したのは、自分の都合もあったのか、とイズミは納得した。
 業務セクションは、会議室のあるオフィスエリアとは別のフロアにあるので、一行は階段で3 階分を降りた。なぜエレベーターを使わないのか、というイズミの内心の疑問を読み取ったように、シオリが理由を説明した。
 「この時間帯だとエレベーターの競争率が激しいんです。4 階にある何かの会社で集荷があるらしくて、なかなか上がってこないんですよね。ひどいときだと、1 階で誰かがずっと扉を手で押さえてたりするんで。あたしは割り切って階段使うようにしてます。健康にもいいですしね。あ、ここです」
 業務セクションは、左右に無機質なドアが並んだフロアだった。ドアには「G 社業務CC」とか「U 社OB ルーム」などのプレートが出ている。
 シオリが足を止めたのは「YT 社CC」のドアの前だった。イズミたちに少し待っているように言い、ID カードでドアロックを解除すると、するりと中に入っていく。待つほどのこともなく戻ってくると、フェイスシールドの前に人差し指を立てて静粛を合図してから手招きした。
 ドアの向こうはロッカールームだった。ストックルームも兼ねているようで、「パンフレット2021 年秋 タイプ別」などと紙が貼られた段ボールが隅に積まれている。分別用のダストボックスと、オフィスグリコのコーナーもあった。
 シオリはキャビネットの一つを開けると、プラスチックのカゴを取り出し、イズミたちに差し出した。
 「ここから先は、個人スマホ、携帯は持ち込み不可なので、持ってる人はここに入れてください。IC レコーダーとか、とにかく何か記録できるモノ全部です」
 イズミと田代は、それぞれスマートフォンをカゴに入れた。カゴをキャビネットに戻すと、シオリはその先のドアを開けた。
 着信音が鳴り響き、ひっきりなしに会話が飛び交い、人が走り回っている......そんな想像とは真逆の光景だった。6 席ずつ4 列にブースが並び、8 割ほどにオペレータが座っていた。その大半が女性だ。通話中なのは半数ほどで、みな落ち着いた様子でPC を操作しながらヘッドセットに話しかけている。
 SV 席に座っていた女性に手を挙げて挨拶すると、シオリは壁際のスペースにイズミたちを誘導した。
 「このCC では」シオリは室内を示した。「某旅行会社のお客様対応業務をやっています。実際の受付業務は旅行代理店などで行うので、ここでは受付はせず、パンフに載ってるプランの説明だったり、ツアーの空き状況の確認、店舗の案内などが主業務です。ツアーの申込だと勘違いされてかけてくる方には、近隣の代理店に転送することもあります。SV に話はしてあるので、通話中のオペさんの背後から、<コールくん>の操作を見てみてください。ただし、私語は厳禁でお願いします。メモも禁止です。何か質問があれば、あたしを呼んで訊いてください」
 イズミは一番近くのブースに歩み寄った。20 代前半ぐらいの若い女性で、ブリーチした金髪に目立つピアス、魔女のかぎ爪のようなネイル、ピンク系のトレーナーとデニムパンツだ。モニタの上には「7406 青木」のネームプレートがポップクリップで留めてある。オペレータはちらりとイズミに目をやったが、特に気にする様子もなく、通話を続けた。
 「......はい、そのツアーでしたらGo To トラベルの対象となります......紙と電子、両方で......そうですね、時期にもよりますが、早割特典も付きます......はい、そうです、二ヶ月より前の予約ですが。夏休みのご予定を早めに決められるのであれば......」
 外見からは想像もできない、丁寧かつ明瞭なトークだった。通話しながら、両手はキーボードとマウスを操作し、ブラウザとPDF、Excel を切り替えて、必要な情報を読み取っている。
 「......かしこまりました。それでは飯能付近の代理店から、折り返しのお電話をするよう伝えておきます。おそれいりますが、お客様の連絡先をちょうだいできますか......はい、お願いします」
 オペレータがウィンドウを切り替え、ブラウザがアクティブになった。人の気配を感じて横を向くと、シオリが隣に来ていて、イズミに囁いた。
 「<コールくん>に入力しますよ」
 イズミは身を乗り出してブラウザを見た。確かに<コールくん>と表示されている。オペレータは通話を続けながら、手慣れた様子でフォームに入力を開始した。フォームを見たイズミは内心でため息をついた。
 「どうですか」シオリが苦笑しながら訊いた。「プロから見て」
 「そうですね......」
 プロと呼ばれたことに対する是非はさておき、何と答えていいものか迷い、イズミはもう一度モニタを見た。

myCallImage-1.png

 2003 年に導入された、ということだが、UI のデザインは数世代前に作成されたとしか思えなかった。ムダに大きいコーポレートロゴイメージ、立体的なボタン、一目でMS ゴシックだとわかるフォント、これ見よがしなエンボス処理が施された画像による矢印アイコンなど。正直に表現することが許されるのであれば「ダサい」と言うしかないデザインだ。
 23 インチのワイドモニタなのに、アプリケーションが表示されているのは、画面の半分ほどしかない。どうやら解像度がXGA のモニタサイズに合わせてあるようだ。おまけに使っているブラウザはInternet Explorer だった。タスクバーにはEdge やChrome のアイコンもあるので他のブラウザがインストールされていない、というわけではない。それなのにわざわざ来年にサポート終了となるブラウザを使っているのは、アプリケーションが最新ブラウザに対応していないからだろうか。
 田代がシオリを手招きしなかったら、イズミは率直な感想を口にするところだった。呼ばれたシオリの後を追って、イズミも田代が見ているオペレータの後ろに移動した。
 「この入力項目ですが」田代は小声で言いながら画面を指した。「グリーンのボックスの氏名とか住所あたりが共通の項目で、下のブルーのボックスのツアーコードやツアー名は、この業務特有の項目ということですか」
 「いい質問ですね」シオリは嬉しそうに頷いた。「そうです。このCC は旅行の業務なので、そういった項目があります」
 田代も深く頷いたが、イズミには何が「いい質問」なのかわかっていなかった。
 「このグレーにしてあるのは、この業務では使わない項目ということですか」
 「その通りです」
 「非表示にはできないんですか」
 「してくれるといいんですけどね」シオリはそう言いながら、黙って立っている吉村をちらりと見た。「何度か要望上げてるんですが、それはできないらしくて」
 「そうなんですか?」
 田代が訊くと、吉村は「俺に訊くな」と言わんばかりに肩をすくめた。
 「できない、と聞いてますがね」
 「でも」田代は画面を指した。「このブルーのボックスは、他の業務では表示されていないんですよね」
 「ですね」
 「だったら項目単位の表示制御だって、できないことはないと思いますが」
 吉村は露骨に顔をしかめた。
 「ここでそんな話をされても即答できないですよ」
 言外に、面倒くさい質問をするな、と匂わせているような口調だった。実際に知識がないのではなく、この場ではアンタッチャブルなので場所を変えろ、と言いたいのがわかった。田代にもそれはわかったようで、反論しようとしたが、吉村は顔を背けた。
 「とにかく稼働中のCC でする話じゃないでしょう。戻ってから宇都さんに訊いてもらった方が」
 面倒なことを上司に丸投げしたんだな、とイズミは内心で苦笑したが、次の瞬間、あることに気付いた。
 入社初日にエントランスで発生した小さな騒乱の際、ドア越しに聞こえた、来訪者をなだめるような男性の声。その話し方が、吉村のそれと酷似している。記憶を手繰ってみると声も同じだ。そういえばシステムがどうの、と言っていた。あのとき応対していたのは吉村だったのか。
 確認する方法は一つしかないが、それこそ、この場ですることではないだろう。そもそも大した出来事ではない。あの後、誰からも何の説明もないことだけは気になるが。そのうち機会があれば訊いてみよう、とイズミは脳裏にメモして、田代に注意を向け直した。
 田代の顔は険しかった。年少者にぞんざいにあしらわれた、と不満に思っているのがわかる。イズミは密かに危惧した。田代のような性格の人物は、自分の存在を主張するという理由で、反論のための反論をすることがある。だが、業務の邪魔になってはいけない、と気付いたのか、田代は渋々頷くと、シオリに話しかけた。
 「すいませんが、この<コールくん>の画面のハードコピーをもらえますか」
 それを聞いた吉村が何か言いかけたが、シオリはあっさり頷いた。
 「入力されてない画面なら大丈夫ですよ。OP 席だとプリンタがつながってないんで、ちょっと待っててください」
 シオリはSV 席まで歩いていくと、SV に何か話してモニタを指した。SV がキーをいくつか叩き、壁際の複合機が小さく唸る。シオリは礼を言って、プリントアウトを取ると、田代とイズミに一枚ずつ渡した。
 「それ」吉村が言った。「社外に持ち出さないでくださいね。画面のスクショだって、著作権あるんですから」
 田代が嘲るように短く笑ったが、何か言う前に、シオリが見学者たちに合図した。
 「次に行きますよ」
 シオリはSV に会釈してから、ドアの方に歩き出した。イズミは慌てて後を追った。
 「次のCC でまた同じことやるのは面倒なので」シオリはキャビネットを一瞥して言った。「お預かりしたスマホ類はこのままにしときますね」
 YT 社CC を出た一行は、そのまま廊下の反対側の「W 社通販CC」に入った。同じようなロッカールームを抜けると、先ほどよりも小さな部屋だった。
 「ここは」壁際に移動しながらシオリは説明した。「サプリとか酵素とかお茶なんかの健康食品の通信販売のCC です。ここでも<コールくん>を使って業務をしています」
 先ほどのCC とは異なり、こちらはほぼ全員が通話中だった。近くのオペレータの画面を覗き込んだイズミは、ようやく田代の質問の意図がわかった。画面の上半分が氏名や電話番号などの個人情報項目であるのはYT 社CC と同じだが、下半分の項目は商品コード、数量、お届け希望日と異なっている。
 「これURL というか、コンテキストルートは同じみたいですね」田代がプリントアウトを見ながらシオリに訊いた。「一つのシステムを、いくつもの業務が使っているからマルチテナント型、ということですか」
 「ピンポーン」シオリは親指を立ててみせた。「そういうことなんです」
 「DB も一つですか」
 「DB?」
 「データベースです」
 「さあ」シオリは可愛らしく首を傾げると、吉村に笑いかけた。「どうなんですか」
 今度は吉村も「知らん」とは言わなかった。
 「さっき説明した通りDB は複数のサーバに分散してます。そういう意味なら......」
 「物理的な話ではなくて」田代が遮った。「この<コールくん>のユーザはどうですか。業務毎にユーザがあるんですか? それもわからないですか?」
 「ユーザは一つです」
 「なるほど」田代は腕を組んだ。「テーブルが業務毎に分かれてるんでしょうか」
 「そこまではちょっと......」
 咳払いが聞こえた。大きくはなかったが、他人の咳には誰もが敏感になっているので、全員が動きを止め、音の発生源に目を向けた。男性のSV が顔をしかめて人差し指を立てている。シオリがぺこりと頭を下げると、SV は仕方なさそうに頷き、さっさと出ていけ、とでも言うようにドアを指した。
 「では」シオリは苦笑しながらイズミたちに言った。「これ以上、議論が白熱する前に次に行きましょう。次は<コールくん>を使っていないCC です。静粛ですよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 さらに2 つのCC を見学し、一行が会議室に戻ってきたのは、午前11 時40 分過ぎだった。宇都は巨体を投げ出すように座り、スマートフォンをいじっていたが、イズミたちが戻ってくるのを見ると、形ばかり姿勢を正した。
 「遅かったですね」宇都はシオリに言った。「どこを見てきたんですか」
 シオリが訪問したCC を説明している間に、イズミたちは元の席に座った。
 「さてと」宇都がイズミと田代を睨むように見た。「実際に<コールくん>を見たということなので、マルチテナント型の意味がわかったと思っていいですかね。何か質問ありますか」
 「はい」田代が勢いよく手を挙げた。「<コールくん>のDB は一つということですが、間違いないですか?」
 「ああ、DB ね。間違いないです」
 「テーブル構造はどうなってるんですか」
 「どうなってるとは?」
 「業務毎にテーブルが用意されているのか、ということです」
 「なんでそんなことが知りたいんですか」
 「保守を引き継ぐためです」
 業務毎にテーブルが存在しているなら、新しいCC が増えるたびに誰かがテーブルを作成することになる。自動で作成されるのか、DBA(データベース管理者)が手動で作成しているのか、保守を行うのであれば知っておかなければならない。田代はそう説明した。
 「さてね」宇都は天井を見つめた。「詳しいことまでは、うちじゃわからないですねえ」
 「誰ならわかるんですか」
 「そりゃあアイカワさんですよ。メンテやってるのは、アイカワさんなんでね」
 「業務が追加になったり、内容が変更になったら、そのアイカワに依頼するんですか?」
 「そりゃそうですよ」
 「それにしても何か資料ぐらいは......」
 「おっと、もうこんな時間ですか」宇都が時計を見ながら言った。「どうりで腹が減ったはずだ。続きは午後でいいですか」
 田代が抗議しかけたが、宇都は構わず、よっこいしょ、と言いながら立ち上がると、吉村に命じた。
 「午後もここ使うからな。予約入れとけよ」
 吉村の返事も待たず、宇都は地響きを立てながら会議室を出て行った。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。

Comment(9)

コメント

匿名

システム課の人々のいちいち不快な態度は、実務を外注業者に投げるだけの社内代理店ポジションを失いたくないっていう不満を表現しているのかしら?

侘助

むかし見た、AS/400からWEB系に移行したシステムがこんなUIだった気がする。
あれはターミナルソフトだから軽快なんであって、そのままブラウザで使うもんじゃないよね・・

匿名

テーブル構造に嫌な予感しかない

匿名

社内政治を駆使しないといけなさそうなので、やっぱ先の展開を思うと胃がいたい。

匿名

>シオリは礼を言って、プリントアウトを取ると、田代とシオリに一枚ずつ渡した。
田代とイズミに でしょうか。

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございました。
「イズミに」でした。

匿名

ださかろうがなんだろうが、ちゃんと動けばいいと思ってしまう…。
#見やすい、見誤りにくい、というのは満たしてるとして。

匿名D

宇都氏は、「高慢と偏見」の三浦マネージャーみたいなポジションなんでしょうか。
あるいは、ベンダーと太いつながりがあったり?


前回で「もっと時間をかけた方がいい」って言ってましたが、
それだけは全力で同意します。

匿名

CTIとの連携考えるとActiveXとか別に不思議じゃないのでIEが選択肢になる。
海外の流行りのCRMみると最初からソフトフォンと組だったりする。
これCRMとかの問題じゃなくて電話系プログラム…プロセス間通信の仕様にお金かけて来なかった結末だと思うけどね。

コメントを投稿する