ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

レインメーカー (45) 理由とモチベーション

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◆アリマツ通信 2022.11.1
 QQS チャリティイベント無事完了
 QQS チャリティイベント番組、みなさんご覧になったでしょうか(さすがに72 時間リアタイしていた人はいないでしょうが)。寄付金総額(速報値)は12 億7 千万円で、最も反響が大きかったのは、アイドルグループ、お笑い芸人、俳優、アナウンサーが2 チームに分かれて対戦する「ゾンビマンションからの脱出ゲーム」だったそうです。
 アリマツの受電業務も、無事に完了しました。何度も予定外の業務が差し込まれたり、スケジュールが変更になったり、トラブルが発生したりと、予定通りにはいかなかった(予定通りの方が少なかった)業務でしたが、現場のSV さん、OP さんたちの知恵と勇気で乗り切ることができました。また急な仕様変更に素早く対応したDX 推進室、RM ユニットメンバーの活躍も銘記しておきたい事実です。あ、私、土井も微力ながらお手伝いをさせてもらいました。
 名古屋CC の根津副部長によれば、次年度の継続契約はほぼ確定で、それ以外にもQQS 関連でのCC 業務がいくつか受注できそうとのことです。特にシステム関連での即応能力を高く評価していただいた結果、ということでした。田代さん、朝比奈さん、おつかれさまでした。
 以上、QQS チャリティイベント業務のご報告でした。

 文 総務課 土井

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 「いやあ、よくやってくれた」上機嫌な根津が田代の肩をバンバン叩いた。「QQS の担当者も感謝しとったぞ。他のコールセンターだと断ったのを、うちが全部クリアしたからな。さすが田代くんだ」
 賞賛されても素直に喜ぶことができなかった。田代は控えめに答えた。
 「朝比奈さんの協力があってのことです」
 「それも含めて田代くんの力、ということだろう。もっと胸を張っていいんだ。君はそれだけの仕事をしたんだから」
 「はあ......」
 QQS 案件業務は終了し、現在、臨時センターの撤去作業中で周囲は慌ただしい。クライアントに提出するための、各種レポート作成などのため、SV 席だけは今日いっぱい残る予定だ。予定にないデータ抽出が発生した場合に備えて、田代だけは残っているが、相沢や吉村など、横浜から出張してきたメンバーは今朝の新幹線で帰っている。イズミは有給休暇の予定だったが、RM 側で対応が必要になるかもしれない、ということで、やはり残留していた。今は、とりあえず手持ち無沙汰なので、撤去作業を手伝っている。
 「実際のところ」根津は声を潜めた。「朝比奈くんはどうだったんだ」
 「どう、とは?」
 「君も聞いてるだろう、例のジンクスについては」
 「ああ」田代は苦笑した。「レインメーカーとかいう」
 「私は別に迷信をかついでるわけではないんだが、どんな仕事にもジンクスというものは多かれ少なかれあるからな。もし、今後も業務に差し支えるようなら、私から手を回して、次の異動でDX から外すようにするが」
 「そういうことはありませんでしたよ」田代はきっぱり答えた。「むしろ、朝比奈さんがいなかったら、どうなっていたことか。昨日は、私が個人的な理由で一時的にポンコツになってたので。朝比奈さんには助けてもらいましたよ」
 「そうは言ってもな」根津は探るような目を向けてきた。「現に、いろいろトラブルは起きたわけだからな。そもそも彼女がいなければ、何も発生しなかったのかもしれんじゃないか。今後はそのあたりも考慮して、こういう重要な業務からは外すべきかもしれんな」
 「おいおい、聞き捨てならんな」
 穏やかな声で割り込んできたのは、椋本副部長だった。総務の土井は先に戻ったが、椋本は今日いっぱい、こちらに残る予定だ。
 「そういう下らない迷信じみた伝聞を理由に、今回、活躍した朝比奈くんを外すというのは、問題発言じゃないかと思うがね。昨夜に限らず、この業務中、朝比奈くんが何度もピンチを救ったと聞いているよ」
 「そのピンチ自体、朝比奈くんがいたから起きたのかもしれんじゃないか」
 「ほう」椋本は短く笑った。「これほど問題が多い業務を取ってきた名古屋CC の責任を、朝比奈くんに押しつけているわけか」
 「それこそ聞き捨てならんな」根津は椋本を睨み付けた。
 勘弁してくれ、と田代は口に出さずに思った。この二人の副部長が、ことある毎に対立しているのは知っていたが、今、この場所でやらなくてもいいだろうに。
 「田代くんはどう思う?」椋本が訊いた。「今回の業務について」
 答える前に田代は根津の表情を確認した。俺に賛同した方が今後のためだぞ、と無言の圧を感じたものの、一技術者としては正直に答えるしかない。
 「正直なところ、昨年もそうでしたが、今回発生したトラブルについてはQQS とエースシステム側に問題があったとしか言いようがありません」
 根津が険悪な視線を向けてきたが、何か言う前に、椋本が先んじた。
 「そういうことだよ。まあ、想定外に発生したDX とRM の工数については、名古屋CC で負担してもらえると思っていいんだろうね、もちろん」
 「それは......」根津は仕方なさそうに頷いた。「当然だ」
 「それから」椋本は畳みかけた。「君は以前から、朝比奈くんがチームリーダーになることを反対して、あちこちに、女性が開発チームの激務に耐えられるはずがない、破綻したら誰が責任を取るんだ、みたいなことを吹き込んでいたようだが、そういうことも今後は控えてもらえると助かるね」
 「私は別に......」根津はさっと視線をそらせた。「田代くんが、そう言っていたから、その意見を汲んだまでのことで......」
 おいおい、俺に転嫁するなよ。田代は内心で呻いた。椋本はそんな田代の心情を察したように田代に笑いかけた。
 「君にもいろいろ信念があるんだろうが、それらを越えて、エンジニアとして公平な判断をしてもらえると信じていて構わんだろうね」
 「もちろんです」
 「まあ、公平に言うなら、朝比奈くんは深夜まで作業してくれたことがあった。今回はクリアできたものの、やはり女性は体力面においてハンデがあるのは事実だ。そのあたりは今後の課題、というところだろうな。性差という動かしようのない事実とどう向き合っていくか、というのは、うちのような女性の多い職場では避けて通れない問題だからね」
 ふん、と根津が鼻を鳴らした。
 「結婚や出産で、女性社員が仕事から離れることは避けられん。そういう人材を替えの効かないポジションに置くのは、なんと言われようと賛成できん。今回、仮に朝比奈くんが妊娠していて、トラブル対応中に、急に体調が悪くなって戦線離脱したらどうなっていたと思うんだ」
 それには賛成せざるを得ない、と田代は考えた。イズミの危機対応能力は大したものだが、なおのこと、それに頼ってしまうのはリスクが大きすぎる。
 「それは環境を整えられない管理者の責任だと思うがね」椋本は醒めた口調で言った。「本当に替えの効かないポジション、などというものは、会社ではごく少数だよ。体制さえ整備すれば、誰かが離脱しても、別のメンバーがすぐに交代できるはずだ。そこに男女の差などないんじゃないのかね」
 「理想論だな。そんなのを、今、話すことじゃないだろう。現実的に人的リソースを無限に用意することなどできるはずがない」
 「常に理想は持っているべきだ、と私は考える。理想がない仕事をしていて何が楽しいんだね。まあ、今がそういう議論をするのにふさわしい時と場所でないことには賛成するがね」
 椋本がやや性急に議論を収束させたのは、俎上に載せていた人物がセンターに入ってきたからだ、と田代は気付いた。
 「PC 関係の撤去はだいたい終わりです」3 人の間に漂う微妙な空気に気付いたとしても、イズミはおくびにも出さなかった。「データの方もRAW データを全部CSV で出したんで、後は、SV さんだけで何とかなりそうってことです」
 「そうか」椋本が頷いた。「おつかれさん。じゃあ、二人も撤収してもらって大丈夫かな。今日は出社しないで直帰してもらっていいよ」
 「わかりました。じゃあ、横浜に戻ります」田代は答えると、イズミを見た。「朝比奈さんは、名古屋のグルメ巡りをしていく?」
 イズミは何秒か迷った挙げ句、首を横に振った。
 「いえ、また別の機会にします。さすがにちょっと疲れたんで」
 「じゃあ、一緒に帰るか」田代は時計を見た。「どこかでお昼を食べていくか、それとも駅弁にするかな」
 「駅弁にしましょう」イズミは即答した。「キヨスクでさんきら買って帰りたいんで」
 「あ、そう。じゃ、そうするか」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 田代はみそかつ弁当を選び、缶ビールとさきいかも追加した。イズミは田代の4 倍の時間をかけて吟味した挙げ句、鶏五目弁当を選択した。もちろん、さんきらという麩まんじゅうもしっかりゲットしている。
 平日なので、新幹線の指定席は簡単に予約できた。もう業務時間外なので、行動を共にする理由はなかったが、二人は並びの席に座り、名古屋駅を出発した。
 新幹線が走り出し、通路を行き来する人もいなくなると、イズミは早速弁当を開き、美味しそうに食べ始めた。田代はとりあえずビールを開け、冷えた麦芽の香りを十分に堪能することにした。
 「ところで」弁当を食べ終わると、イズミが訊いてきた。「さっき、副部長たちと何を話していたんですか? 何となく私が話題になっていたような気がするんですが」
 否定しようとして、イズミに対しては通用しないことを思い出した田代は、肩をすくめてさっきの会話を簡単に再現した。
 「そういうことだったんですか」イズミは頷いた。「そんなところじゃないかと思ってはいたんですが」
 「根津さんにも困ったもんだな」田代はビールを飲みながら言った。「変なジンクスを気にしたりして。今、21 世紀だってのに」
 「気持ちはわかりますよ。私だって根津さんの、というか、CC の管理責任を負う立場だったら、科学的ではないとわかっていても、とりあえず不安要素は排除しておくように動くかもしれません」
 「根津さんは採用のとき、お世話になったから、あまり悪いことは言いたくないんだけどな。どうも椋本さんへの対抗心が強すぎる気がするよ。QQS の件でも、根津さんがかなり強力にプッシュして、副部長権限で大幅なディスカウントまでやったって話だし。最近は大きな案件は、だいたい横浜でやってるから、実績を上げたいと思うのもわかるんだけどなあ」
 「出世は男の本懐だ、ですね」
 「映画?」
 「シン・ゴジラです」
 田代は笑った。
 「それに比べて、椋本さんはさすが、という感じだったな。派閥があるのかどうかしらんが、もしあるなら椋本派にするね、俺は。根津さんには悪いけど」
 イズミは顔をかすかにしかめて返事をしなかった。その表情が気になった田代は声を低めて訊いた。
 「どうかした?」
 イズミは答えなかった。ただ、何かに葛藤していることだけは確かだった。こんなとき強要してもいい結果が出ない、と判断できるぐらいには、田代もイズミのことをわかってきている。黙ってビールの残りを喉に流しこみながら、田代は辛抱強く待った。
 「本当は言うべきではないのかもしれません」ようやくイズミは口を開いた。「正直なところ、その方がいいんじゃないかと思うこともありました。でも、田代さんの女性への不信感はともかく、エンジニアとしての姿勢が真摯であることは間違いない、と思っています。この1 年とちょっとでいろいろなことを学ばせてもらったことも確かです。だから、黙っているのはフェアではない、と考えるようになっていたんです」
 「何の話?」
 「以前、私が」イズミは窓の外を流れる景色を見ながら、呟くように言った。「昔の話をしたのを憶えていますか」
 「もちろん」
 「あのとき、全てを話したわけではなかったんです。それは田代さんも同じだったんでしょうが」
 「それは何?」
 「私は横浜本社採用だったんですが、最終面接に残ったのは、もちろん私だけではなかったんです。後から聞いた話ですが、私なんかよりも、ずっと優秀でシステム開発経験も長い候補者もいたそうです。でも、なぜか、私が採用されました。その理由はずっと謎だったんです」
 それは田代も以前、疑問に感じたことのある謎だった。
 「例の特殊能力があったからじゃ?」
 「最初はそう思ったんですが。でも、そんなあやふやな、あるかないかもわからないような能力を基準に選考なんかします? DX 推進室の設立は社長直々の命令によるもので、失敗するわけにはいかなかったはずでしょう。あの慎重な椋本副部長が、そんな賭けすると思いますか?」
 「確かにそうだな」
 謎は謎のままだったが、とにかくイズミは自分の仕事をこなすことに集中した。少しずつ自信もついてきて、システム開発の仕事の面白さがわかってきた。自分が採用された理由について、深く考えることもしなくなっていた。
 再び、その謎がイズミの心に蘇ったのは、一年前のことだった。
 「一年前というと、QQS 案件?」
 「はい」イズミは頷いた。「あのとき、与信関係なんかでトラブルになりましたが、結果的には解決して、業務的には成功でしたよね。田代さんの功績が大きくクローズアップされて、NARICS も社内に広く認知されることになりました」
 「あれは、別に手柄を独り占めしようとしたわけではなくて......」
 「いえ」イズミはかぶりを振った。「そのことはどうでもいいんです。ただ、あの頃、私、何かの用事で椋本さんと打ち合わせをしていて、田代さんの話になったとき、一瞬でしたけど、不愉快そうな表情を浮かべたんですよ」
 椋本さんが? 田代は首を傾げた。
 「気のせいか、とも思ったんですが、妙に気になったんで、ちょっと注意していたら、どうも椋本さんはNARICS 関係で田代さんが話題になるたびに、微妙に表情を歪めるんです。たぶん、他の人から見たら気付かないか、鼻でもかゆかったのかな、ぐらいにしか思わないぐらいですが。私は、ほら、ご存じの理由で、人の表情を観察するのが、息をするのと同じぐらいの習慣になってるんで」
 「つまり」田代は顔をしかめた。「椋本さんは、俺のことが嫌いってことか?」
 「ああ、いえ」イズミが慌てて手を振った。「人間的にどうとか、そういう話ではないんです。簡単に言うと、椋本さんは田代さんの失敗を期待しているんじゃないかと思うんです。それも、大きな失敗を。それこそ、業務が失敗して、クライアントから損害賠償請求されるぐらいの」
 「はあ?」
 田代の声が意図した以上に大きかったため、周囲の乗客の何人かが迷惑そうな視線を向けてきた。田代はボリュームを抑えたが、それには多大な努力が必要だった。
 「どうしてまた」
 「つまり、こういうことじゃないかと思うんです」
 横浜CC マネジメント部と、名古屋CC 管理部の間には、長年にわたる確執が横たわっている。横浜CC は大きな顧客をいくつも持ち、本社機能もあることから、自分たちこそが会社の稼ぎ頭だという自負があり、名古屋CC は創業の地であり、現在の礎を築いてきたのは自分たちだという強い想いがある。露骨な足の引っ張り合いこそないものの、相手が失敗すれば、見えないところで「ざまあ」と思うことまでは避けられない。
 田代は優秀で経験も豊富なシステム開発のプロだ。DX 推進ユニットのチームリーダーを任せるに遜色ない人材だと言える。田代は東海事業本部採用なので、田代が成果を出せば、それは採用を決定した根津の功績になる。
 ここからは私の想像ですが、と前置きして、イズミは続けた。採用時には、一定の調査が行われる。個人情報を取り扱うコールセンターを主業務とする企業なら当然だ。田代を採用する際、前職での退職理由もある程度まで調査されたはずだ。椋本は、そこから田代が女性プログラマに対して、根強い不信感を持つことを読み取ったのではないだろうか。だからイズミを採用した。
 「え、ちょっと待ってくれよ」田代は多数の情報で混乱した頭を整理しようと試みた。「じゃあ、朝比奈さんが採用されたのは、女性だからという理由だけ? 同じチームに女性がいれば、俺が何か問題を起こすことを期待して?」
 「それしか考えられないんですよね」イズミは力なく笑った。「どう考えても。自分が採用される納得できる理由がなくて」
 「なんじゃそりゃ......」
 呆れるとしか言いようがない。エースシステム東海の雨宮も、自分の信条のために、立場を利用してあれこれやっていたようだが、自分の会社にも同類がいたとは。
 「そう考えると、いろいろ合点がいく、というか」イズミは自嘲気味に言った。「たとえばRM の件です」
 田代は一年前のQQS 案件でNARICS の存在を広く知らしめることに成功した。それはDX 推進室の実績ではあったが、根津は「俺が見込んで採用した田代が成功に導いた」と鼻高々だったらしい。QQS 案件の主管が名古屋CC であることも、自慢の材料だったのだろう。スポット業務とはいえ、QQS は継続してアプローチする価値のある顧客であり、それに成功したことは根津の功績になる。反面、椋本は面白くなかったに違いない。
 「なるほど」田代もそろそろ驚かなくなっていた。「だからRM を作った。朝比奈さんをリーダーにして。俺が競争心や対抗心から、焦って、何かやらかすのを期待したってことか」
 事実、焦ったしな、と田代は心の中で付け加えた。
 「RM を作る提案をしたのは私ですけど」イズミは小さく頭を下げた。「今から思うと、椋本さんにいろいろ誘導されていたのかもしれません」
 「そういえば、山下さんと池松さんをRM に異動させたのも椋本さんだったか。もっともらしい理由は言っていたけど、女性を集中させるためだったんだな。女性ばかりのチームが成果を出せば、俺が焦ると思ったのか」
 「想像ですが」イズミは繰り返した。「でも、田代さんが椋本さんを信頼されているようだったので。信頼を裏切られるつらさは、私も知っています。だからお話しした方がいいんじゃないかと思って。話さない方がよかったですか?」
 「いや」田代は答えた。「ありがとう。ただなあ......」
 「なんですか」
 「これからどうすればいいんだか」思わずため息が漏れた。「自分の失敗を望んでいる上司の下で、どうやってモチベーションを維持すればいいのかわからんよ」
 「モチベーションですか」
 「仕事には必要不可欠なものだろう。少なくとも俺にとってはそうだ。俺たちシステム屋は基本的に裏方だ。でも、裏方だから何も考えないわけじゃない。自分が作ったシステムを誰かが必要としてくれて、誰かが喜んでくれる、という期待がなきゃやってられない。朝比奈さんの推測が正しいなら、俺たちはどっちも横浜CC と名古屋CC の代理戦争の駒として利用されているだけってことになる。何のために仕事してるんだか」
 いっそ公然と反抗でもしてやるか、と物騒な考えがよぎったとき、それを読んだようにイズミが呟いた。
 「不正義の平和だろうと、正義の戦争よりよほどマシだ、と後藤隊長も言ってます」
 「は?」
 「いいじゃないですか、別に駒だって何だって」イズミの口調は明るかった。「私たちが仕事をちゃんとすれば、少なくともどこかの部署は喜んでくれます。成果を積み上げていけば、私たちが主役になれるんですよ。上の人たちの下らない戦争なんか、勝手にやらせとけばいいんですよ」
 「楽観的だね」
 「私は美味しいものを美味しく食べたいだけです」イズミはカバンの中から麩まんじゅうの包みを出すと、ガサガサと開いた。「上の人の意図なんか気にしていたら、美味しいものも美味しくなくなると思いませんか。お一ついかがですか?」
 「まだ味覚障害が残ってて、あまり味がわからないんだがな」
 「これは食感を楽しめますよ」
 イズミが差し出したまんじゅうを、田代は受け取って口に中に入れた。味はしない。だが、麩の柔らかさは感じ取ることができた。
 それっきり二人は会話を交わすことなく、新横浜までの短い旅を終えた。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。

Comment(13)

コメント

h1r0yuki

みんなでしあわせになろうよ

匿名

昭和な人の上の人間が評価しないとやる気が出ないかなとか。
令和なZ世代は上の人間の評価は気にしないような印象ではあります。

匿名

どこまで本気なんだこの人・・

K

「問題があったとして言いようがありません」→「問題があったとしか言いようがありません」でしょうか?文脈的に。

リーベルG

Kさん、ご指摘ありがとうございます。
「しか」ですね。

匿名

助言はしてやれ。手助けはするな。

匿名

田代さん、根津・椋本どちらにつくか。
今のところはどちらかに肩入れしなくてもいいんじゃないかな。
時間が経過すれば人の評価なんて変わるもんだし、鈍感力も必要。

イズミさんの慧眼は凄いが絶対に正しい、という保証もないわけだし。

匿名

やったー更新されてる。ありがとうございます

冒頭のアリマツ通信、書き出しの末尾が「チャリティー番組が始まります。」ですが、
もう完全に終わったイベントだと"行われた"とか"放映された"とかって感じじゃないですかね?
他は過去形で書かれてますし。
あと、続く「QS チャリティイベント番組、みなさんご覧になったでしょうか」は"QQS 〜"かなー。

匿名

雨宮さんで散々な目にあってるのに社内政治なんてこれまた面倒くさいことに足を踏み入れたくないな。
上司が対立関係なら、今後もろくなことにならない案件や改修が来ることは考えられるけど。イズミさんとも本格対立しなきゃいけない日が来るのかもしれない。世知辛い。

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございました。
最初の1行、余分でした。前回のが残ってしまった。

匿名

本話と第19話で登場する三喜羅を食べたくてたまらんのですが、
「餡麩三喜羅等、消費期限の短い商品は、翌日配達可能地域への発送に限らせていただきます」(大口屋ECサイトより)…残念無念。

匿名D

雨宮女史は退場したが、根津氏も椋本氏も同じことしてんのね。
単なる退場じゃなくてバトンタッチってところか。


さて田代氏のナラティヴにも決着がついて、
次は、いよいよレインメーカーが発動するんですかね?o(^∀^)o

匿名

知恵と勇気で警戒モード(?)に入りました

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