朝比奈イズミは静かなクリスマスを過ごしたい (1)
「料理の腕を上げたいんです」
笠掛(本名は井上だが、仕事上は旧姓を使っている)マリが、真剣な表情で真摯な心のうちを吐露した。
「それも可及的速やかに」
マリの腕に抱かれていた娘のナナミが、いつになく深刻な母親の口調に驚いたのか、きょとんと首を傾げたが、すぐにテーブルの上に展開された積み木に興味を戻した。
「重要かつ緊急の用件って何かと思ったら」マリの友人であり、イズミの同僚でもある近藤シオリが呆れたように答えた。「そんなことだったの? 親友の頼みだと思ったからこそ、デートの予定をキャンセルして駆けつけてやったのに」
「あたしにとっては重要かつ緊急なの」
「なんでまた急に」
「意外かもしれないんだけどさ」マリはうなだれた。「どうやらあたし、世間一般の基準に比べて、料理の腕がイマイチらしいんだよね」
「......」
シオリが何かを言いかけ、思い直したように口を閉ざした。とっさに顔を背けたものの、イズミにはシオリの唇が形作った「いまさら?」という言葉が明確に見えた。
「なんか言った?」
マリが友人を睨んだが、シオリはすまし顔で紅茶のカップを口に運んでいた。
「えーと」イズミはようやく発言した。「それで、なぜ、私に?」
「シオリから聞いたんですけど」マリの懇願する視線がイズミに向けられた。「朝比奈さんはアリマツさん随一のグルメなんだとか。ぜひ、料理を指南していただきたく......」
「いやいや、グルメって......」イズミは慌てて手を振った。「そんなたいそうなものじゃないですよ」
「たいそうなものは求めてないんです。とりあえず急場をしのげれば」
「急場というと?」
マリの説明によれば、次の土曜日に以前に同僚だった女性とその娘を招いて、ささやかなホームパーティを行うことになった。幼児の世話も大変な時期なので、夫はケータリングでも頼もうか、と言ってくれたのだが、マリはつい見栄を張って、自分も何か作る、と口にしてしまった。
「また身の程知らずな宣言を」シオリが首を横に振った。
「だってホームパーティで、妻の手料理の一つも出ないって世間的にアレじゃん」
コメントを避けながらマリの顔を見ていたイズミは、ふと違和感をおぼえた。マーズ・エージェンシーのフロントエンジニアであるマリには、アリマツで何度か研修をお願いしていて、それなりに性格や人となりも知れてきている。だから、今、マリが料理を学びたい理由の全てを話していないことがわかった。
「一つ訊きたいんですが」イズミは慎重に言葉を選んだ。「そのお客様に何か、その恨みとかあるわけじゃないですよね?」
「恨み? まさか。お世話になった人なんですよ」
その言葉がウソでないことはわかったので、イズミはそれ以上追及するのは止めた。悪意に基づく理由でなければ十分だ。
「それで、料理といっても幅広いですが、何か希望がありますか?」そう訊いた後、イズミは急いで付け加えた。「ヴィシソワーズとかブイヤベースとか清蒸桂魚とかスパナコピタとか言われても無理ですよ?」
「スパ......?」マリが困惑して手を振った。「いえ、そういう難しいのは最初から諦めてます」
「おー、自分の力量を正確に理解しているのは偉い」
シオリの茶々に内心で同意しながら、イズミは訊いた。
「なるほど。それなら何を?」
「実は、焼きたてパンを出したいんですけど......あたしにもできますか?」
「パンですか」
「エミリちゃん――-あ、その娘さんなんですけど、ご飯系よりパンが好きみたいで。いい匂いの焼きたてパンが出てきたら感動すると思いませんか?」
「確かに」シオリが頷いた。「小麦の焼ける匂いって、そそるよね」
しょっちゅうではないものの、イズミもたまにパンを焼くことはある。難易度もそれほど高くはない。
「土曜日、ということは、今日を入れて6 日ですね」イズミはカレンダーを見ながら言った。「お互い平日は仕事があるし、平日の夜に時間を取るのも無理がある。ましてや今は年末の繁忙期で年休も難しい。つまりやるとしたら日曜日の今日しかないということになります。時間がないから、褒めて伸ばすという手法は選択できません。必然的にスパルタにならざるを得ません。覚悟はできてますか?」
「もちろんです」マリの瞳に決意の光が宿った。「死ぬ気でがんばります」
「お子さんは......」
「あ、大丈夫」シオリが手を挙げた。「ナナミちゃんは私が遊んでるから。心置きなく鍛えてやってください」
「わかりました」イズミは頷いた。「では、今から敬語を使うのをやめます。ですますだと、どうしてもお互いに甘えが出てくるので」
「はい、先生」
「では、早速始めましょ......始めるよ。エプロンは? ない? じゃ、私のを貸しま......貸すから、こっちにきて」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まずバター」イズミは言いながら、無塩バターの箱を持ち上げてみせた。「これは無塩バターね。30 グラムぐらい。まあ、そこまで厳密じゃなくてOK」
切り分けられたバターのピースをつまんで、ステンレスの計量カップに入れた。その動作をメモを取りながら注視していたマリが手を挙げた。
「無塩バターなのはどうしてですか?」
「塩分はイースト菌の発酵を邪魔しちゃうから。と言っても、塩を全く入れないわけじゃないんだけどね。塩はパン生地を引き締めてくれるし、塩なしだと発酵しすぎちゃうって問題もあるから」
「難しいですね」マリは感心したように頷き、ペンを走らせた。
「次にお湯」ティファールのケトルに水を注ぎ、スイッチを入れる。「溶かしバターを作る。バターを温めない、って書いてあるサイトもあるけどね」
バターの箱を冷蔵庫に戻した後、水が沸騰したのを確認して、スープ皿に注ぎ、バターを入れた計量カップを中央に置く。
「レンチンでもいいんですか?」
「いいよ。レンジだとバターが沸騰しちゃうことがあるから、私は湯煎にしてる。理由はそれだけじゃないけど。バターが溶けるのを待ってる間に、ドライイーストを準備する」
キッチンスケールを棚から出してシンクに置き、小皿を乗せてリセットスイッチを押す。冷凍庫からドライイーストの小箱を取り出し、ベージュ色の顆粒を小皿の上に慎重に落としていく。
「4 グラム。残りは冷蔵庫、できれば冷凍庫にしまっておく。本当は封を切ったら早めに使い切るのがいいんだけどね」
話しながらドライイーストの箱を冷凍庫に戻し、入れ替わりに紙パックのミルクを取り出した。プラスティックの計量カップにゆっくり注いでいく。
「牛乳130cc。電子レンジで20 秒加熱。バターをレンチンしなかったのは、こっちで使いたかったから」
「おー、なるほど」
イズミはタニタのスティック温度計を、温めたミルクに入れた。
「40℃ぐらいになるように温める」
「その温度にするのはどうしてですか」
「イースト菌が一番活発になるのは、36℃ぐらいだから。なんで40℃かというと、ここでいろいろやってるうちに下がってくのを計算に入れて。60℃以上だと死んじゃうから、高すぎるのは絶対NG」
ミルクに溶かしバター、ドライイーストを順に投入し、次に砂糖の容器を手に取った。
「砂糖は大さじ1 杯弱ぐらい。好みで加減してOK。砂糖はイースト菌の餌だから、全く入れないのはダメね。変な人口甘味料とかも、たぶんやめた方がいいと思う。試したことないけど。私は自分用に作るときは砂糖控えめにするけど、子供に食べさせるんだったら、多めの方がおいしいかな。入れたらかき混ぜる」
「さすが。手慣れてますね。パン屋さんみたい」
「そんな大それたものじゃないし、我流もいいとこだけど、手順はまあ身体がおぼえているというか。ブラインドタッチみたいなもんかな」
リビングでナナミと積み木遊びをしながら、二人の様子を眺めていたシオリが笑い声を上げた。
「なんか会話がシステム屋さんって感じで面白いね」
「料理、とくにパンとかお菓子は」イズミは応じた。「事前準備と手順と計量が全てと言ってもいいぐらいなんです。そういう意味だと、システム開発に似たところがありますね」
「へえー」
「もう一つ」ボウルの中身をブレンダーで攪拌しながらイズミは言った。「エンドユーザの立場になって作る、という心構えも重要です。料理で言うなら、食べる人ってことになりますか。それがないと、システムだって料理だって、どこか気の抜けた完成度にしかならないんですよ。これはフロントエンジニアの笠掛さんなら、よくわかってることだと思いますけどね」
「敬語になってますよ、先生」マリが笑った。「でも、わかるなあ。色とかフォントとかボタンの配置とか悩みますからね。選択項目もプルダウンにすると、マウスホイールでうっかり変わっちゃうことがあるから、スクロールの多いページだとラジオボタンにする、とか」
「悩ましいですね。さて」イズミは口調を教師モードに戻した。「これぐらいにまぜたら、まな板の上でこねる。ひたすらこねる。体重をかけて。こんな感じで。やってみて」
「はい」
こねた生地にラップをかけて、40℃に余熱しておいたオーブンの中で一次発酵させている間、3 人の成人女性と一人の幼児はリビングでくつろいだ。正確に言えば、ナナミは勝手知ったる自宅とは異なるアイテムであふれたリビング内を、興味津々で探検して回っていたが。
「あ、そういえば」クッキーを頬張りながら、マリが思い出したように言った。「アリマツさんのシステム課に、身体の大きい人いるじゃないですか。宇都さんでしたっけ」
「あれ、笠掛、面識あったっけ?」シオリが訊いた。
「うん。研修でPC が起動しなかったとき、宇都さんが持ってきてくれたからね。その後も何度か顔だけは」
「あそこもメンバー同士が結婚したせいで、ちょっとバタバタしてたときあったからか」
イズミも頷いた。システム課の吉村と野沢モエが結婚して一年以上になる。多くの企業の例にならい、アリマツでも同じ部署内で結婚した場合、どちらかが異動になるのが通例だった。抱えている業務が多い上に、突発的な作業の発生が日常茶飯事のシステム課は、慢性的な人手不足だ。ひょっとしたら例外になるのか、とイズミなどは思っていたのだが、その予想は外れ、モエが総務課に異動になった。総務課で広報も担当していた土井アキコが急に退職したため、その穴を埋める人材が求められていたためだ。当然、システム課にも人員が補充されてしかるべきだったのだが、ニーズに合う人材がなかなか見つからず、採用されたのは翌年度になってからだった。それまでの間は、多忙なシステム課の業務に、宇都も駆り出されることになったのだ。イズミも、額に大粒の汗を浮かべながら段ボール箱を運んでいる宇都の姿を目撃している。
「宇都さんがどうかしたの?」シオリが食べる手を止めて訊いた。「もしかして、何か言われた? ハラスメント的なこととか」
「いや、そういうんじゃないよ。子供のこと訊かれたぐらい」
子供のこと? イズミは内心、首を傾げた。宇都は独身で、子供とは縁がないはずだ。
「具体的には何を訊かれたんですか?」
「何っていうほどのことじゃないんですけどね」マリは天井を見つめた。「お子さん、いくつでしたっけ、みたいなことから、そのぐらいの子供って、何に興味あるんですかね、とか、男の子と女の子じゃ、やっぱり興味も違ってくるのか、とか、そんなこと」
「世間話的な?」
「最初はそうかな、と思ってたんですけど、途中からメモ取ってたので、あれ、って」
「ふーん」たいした興味もなさそうに、シオリが応じた。「親戚の子の誕プレでも探してんのかね」
「そーかもね」
「さて」イズミは紅茶を飲み干した。「そろそろ一次発酵終わるので、次に進みますよ」
「了解です、先生」
マリ自身がそれほど気にしているわけではなさそうだったので、イズミも心の中で「忘却可」のチェックをつけ、頭から追い出してしまった。次の日に、この話を想起することになるとは考えもしなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の月曜日、イズミは少し寝不足の頭を抱えて出社した。三人の訪問者は16 時過ぎには帰っていったのだが、どうやらマリは、帰宅してから不安になったらしく、何度もLINE で質問を投げてきたのだ。やり取りは深夜過ぎまで続き、ようやくマリが満足したときには、イズミは寝落ちしかけていた。
午前中にいくつかの打ち合わせをこなしていると、あっという間に12 時近くになっていた。イズミは総務課に足を向けた。今日は、同じチームのノリコと、総務に異動したモエの3 人で鉄火丼の店に行く約束をしている。
総務課のオフィスに入ると、すでにノリコが来ていて、モエと雑談していた。予想された光景だ。予想していなかったのは、そこに宇都の存在感のある巨体が加わっていたことだ。しかも、真剣な顔で何かを話している。
イズミは昨日、マリから聞いた話を想起せずにはいられなかった。会話が耳に届く距離まで近付くと、果たして宇都が話しているのは子供のことらしかった。
「......そのプリキュアだったか。何歳ぐらいから興味を持つものかな」
「えーと」ノリコは困惑しながら答えていた。「人によると思いますけど、4、5 才だったらわかるような」
「4、5 才ね」
「でもですね。女の子だからプリンセス系、男の子だからメカ系みたいな決めつけはもう古いと思いますよ。あたしのいとこの子なんか、3 才の女の子ですけど、髪長くて目ぱっちりなのに、好きなのは何とかブンジャーだって言ってましたから」
「何とかブンジャーってなんだ」宇都はスマートフォンで検索しているようだ。「ゴレンジャーなら知ってるんだが......あ、これかブンブンジャー」
「それです。あと男子も女子も、もれなく好きなのは、今だとパウパトですかね」
「またわからん単語だ。パウパト、パウパト......」
「お待たせしました」宇都がスマートフォンに注意を向けたタイミングで、イズミは声をかけた。「行きましょうか」
ノリコとモエは頷いて席を立った。宇都も顔を上げて、イズミに「おつかれさま」と挨拶したものの、すぐにスマートフォンに注意を向け直した。
「あれ、なんなんですかね」エレベーターホールでノリコが囁いた。
モエは、さあねえ、と短く答えただけだった。結婚しても決して真似できない優雅さは変わらないな、と思いながら、イズミはモエの美しい横顔を見た。そこに浮かんでいるのは、男女を問わず惹きつけられずにはいられない淡い微笑だった。エレベーターホールに居合わせた社員、特に男性社員たちは、希少な芸術作品を鑑賞するような視線を向けている。慣れているのか、モエは気にする様子もない。
到着したエレベーターに乗り込むと、イズミは昨日のマリの話をまた思い返した。理由は全く不明だが、宇都が子供のことに関心を示しているのは確かなようだ。社外の人間にまで話を訊いているのだから、よほど切実な理由があるのだろう、とは想像できるのだが、ではどんな理由なのか、と考え出すと、そこで思考が停止してしまう。
イズミが入社した当時、宇都と、イズミが所属していたDX 推進室は敵対関係にあった。体型のせいで女性と縁が薄かった宇都は、管理していた<コールくん>の保守を通して、CC(コールセンター)の女性たちとやり取りするのを楽しんでいた、というより、生きがいにしていた、とは、モエの夫になった吉村の推測だ。そのため、DX 推進室が開発する予定の新システムを、自分に対する重大な脅威と受け止め、有形無形の妨害を行ったりしたこともある。
現在では状況が変わっている。すでに各CC のCRM システムは、<コールくん>からNARICS へ移行が進んでいて、宇都がCC の女性たちと話す機会は激減している。もしかすると、新たな口実として、子供に興味がある、という設定を思いついたのだろうか。
エレベーターから降り、エントランスから出ると、ノリコが思い出したように言った。
「そういえば、あの人、他の人にも似たようなこと訊いてたみたいですよ。田代さんとか、経理の田中さんとか。あ、あと、相沢もこの前、話してたような」
男性社員にも訊いているのだとすると、さきほどの仮説は成立しなくなる。
「もしかして」ノリコが目を輝かせた。「隠し子でもいるとか」
「さあ」モエが苦笑しながら答えた。「知らないけど。他人のことをあれこれ詮索するものじゃないわよ」
確かにそうですね、と頷いてモエの顔を見たイズミは、すぐに目をそらせた。モエが何かを隠していることに気付いたからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え、早退?」
「はい」答えたのはシステム課の伊藤という社員だ。「宇都さん、何か用事があるとかで」
「うーん、困ったな」イズミはタブレットで予定を再確認した。「16 時からクラウドPBX の会社と打ち合わせなんですが。もう、先方さん、会議室に通しちゃってます」
「あ、そうなんですか。それは聞いてなかったです」伊藤はIP 電話に手を伸ばした。「ちょっと携帯を呼び出してみます」
しかし1 分後、伊藤は空しく首を横に振った。
「出ませんね」
「私だけじゃわからないしな。吉村さんは?」
「名古屋とリモート会議中ですね。終わりは......ちょっとわからないです」
「リスケしてもらうしかないかな」
「すいません」
伊藤が自分の責任でもないのに謝ってくれたが、イズミの感情としては、スケジュールをないがしろにされた怒りよりも、困惑の度合いの方が大きかった。宇都には様々な欠点があるが、自分が携わる業務をすっぽかすようなことは、それに含まれない。ましてや、クラウドPBX の導入は、宇都自身が起案し、主導して進めている案件だ。
駆け足で会議室に戻り、来客に平謝りして場を納め、エントランスまで見送って、イズミはようやく一息ついた。思いがけず空いてしまった時間をどのように有効活用するかと考えつつ、RM ユニットへ足を向けると、ノートPC を抱えた吉村が会議室から出てきた。
「あ、おつかれさまです」
しまった、来客にもう少し待っていてもらえばよかった。そう思ったものの、もう遅い。
「どうかしましたか?」
吉村の顔をまじまじと凝視してしまっていたことに気付いたイズミは、急いで笑顔を浮かべた。
「いや、なんでもないです」そう応じたが、思い切って気になっていたことを訊いてみることにした。「ちょっといいですか? 宇都さんのことなんですけど」
「宇都さん?」
イズミは宇都が打ち合わせの予定をすっぽかして早退したことを説明した。
「それに、社内の誰彼かまわず、子供のことについて、訊ね回っているらしいんですが」
「ああ」吉村は頷いた。「あれですか。話は聞いてます」
何か心当たりは、と訊きかけて、イズミは言葉を切った。昨日、モエの顔に見出したのと奇妙に類似した表情を、夫である吉村も浮かべていた。
何かを隠している。
よその部署のことではあるし、自分の業務に大きな支障が出ているというわけでもない。他人のプライバシーを詮索するのも、褒められた行為ではない。放置しておいた方が波風立たなくていい。と、理屈をいくつか列挙してみたものの、結局、イズミはそれらを追いやった。
「ちょっとだけいいですか?」
そう言うと、相手の返事も待たずに、会議室のドアを開けて入り込む。目顔で促すと、驚いた顔の吉村も後に続いた。
「お互い忙しいので単刀直入に訊きますけど、何を隠してるんですか?」
「隠すって」吉村は短く笑ったが、内心の動揺を隠すためなのは特殊能力を使うまでもなかった。「何のことですか?」
「宇都さんのことです。最近、様子がおかしいのはみんな知ってます。今日なんか大事な打ち合わせをすっぽかしたんですよ。子供のことにしても、本人がいない場所でこんなこと言うのは失礼かもしれませんけど、宇都さんのキャラクターとは真逆の行動です」
「それは、その......」
「吉村さん、理由を知ってますよね」イズミは遮って断言した。「それからモエさんも」
「え、なんで」
「それは重要じゃありません。話してください」
数秒間沈黙した後、吉村は考え込んだ。
「朝比奈さんの好奇心を満足させるためにですか?」
「まあ、それもあります」イズミは認めた。「好奇心はエンジニアの仕事上、重要なモチベーションであり、活動のエネルギー源でもありますから」
「なるほど」
「もう一つ理由を挙げるなら、目につく範囲の疑問をそのままにしておくと、精神衛生上よくない、とでも言っておきましょうか。喉の奥に魚の小骨が刺さっているようなものです。放置しておいても支障はないけど、取り除いておくにこしたことはない。プログラマとしての性分みたいなものです。さあ、話してください」
「わかりましたよ」吉村は降参して、椅子の一つを引き寄せて座った。「でも、どうしてぼくが隠しているってわかったんですか?」
「女はウソに気付く。いつだって。By ハン・ソロ船長」イズミは笑った。「吉村さんも、モエさんには隠し事なんかしない方がいいですよ」
(続)
一年ぶりとなりました。今年もクリスマス短編です。
全3章で、12/23~25の毎日投稿となります。
コメント
匿名
お待ちしてました。
今年は厳しいのかと思ってましたがルーチンで更新チェックしてよかったです。
イズミとマリ…
イズミ、逃げてーと思わなくもないですが、エミリちゃんの名前も懐かしい。
マリはそんなにヤバいのですか苦笑
ゆう
待ってました!
匿名
もしかしてと覗いてみたら新作が!
懐かしい面々のその後のストーリーということで
明後日までの更新楽しみにしています!
user-key.
私はピザやパン生地作りはしんどい&めんどくさいので、ホームベーカーリーに協力してもらっています。
宇都さん実はエミリちゃん狙いとか(違)。
匿名
マリちゃん、筋金入りのアレンジャーですからなあ…
こんな単発の特訓ごときでどうなるもんでもなく(エミリちゃんには気の毒ですが)
さかなでこ
しれっとシオリいるけどーw