ソフトウェアテストシンポジウム「JaSST'14 Niigata」開催レポート(その2)――「人の集まり」が「チーム」になるには
こんにちは、第3バイオリンです。
ソフトウェアテストシンポジウム「JaSST’14 Niigata」レポート第2弾です。今回は、ワークショップの様子をお届けします。
■ワークショップ「現場力とチームビルディング ~チームを作って,磨いていくために~」
フェリカネットワークスの増田 礼子(あやこ)さんのセッションです。
増田さんは「Suica」や「おサイフケータイ」でおなじみのFelica ICチップのファームウェア開発にたずさわっています。2004年に会社設立とともに開発プロジェクトが立ち上がったとき、今回の「JaSST’14 Niigata」で基調講演をされた松尾谷さんと一緒にチームビルディングを実施しました。そのとき、チームビルディングの効果に一番驚いたのは他ならぬ増田さん自身でした。それ以来、「メンバーが気持ちよく働ける職場を目指して、そのための環境を整えるブルドーザーのような活動をしたい」をモットーにチームビルディングの活動を続けています。
さて、さっそくチーム作りを始めるところで、増田さんは会場の参加者に対して「みなさん、今日ここに来て、周りの方に挨拶しましたか?」とたずねました。それに対して手を挙げる人はほとんどいません。実は基調講演のとき、松尾谷さんにも「これだけエンジニアが集まっているのに全然会話がない。海外だとまずありえない」という指摘がありました。このような状況で、本当にチーム作りはうまくいくのでしょうか。
増田さんは「知らない人同士でチームを作るのは大変なことです。なので、まずは『仲間との関係性』を作るところからはじめましょう」と話しました。続けて「自己紹介も兼ねて、『偏愛マップ』を作ってみましょう」と語り、全員に白い紙を配りました。
「偏愛マップ」とは、明治大学文学部の教授で教育学者でもある齋藤 孝氏が考案したもので、白い紙の中心に自分の名前を書き、その周りに自分の好きなもの、興味があるものをマインドマップのように枝を伸ばしながら描くマップです。文字通り、自分の好きなもので埋め尽くされたマップです。
さっそく、実行委員も含めて会場の参加者を7チームに分けて、チームの中でそれぞれが作成した偏愛マップをもとに自己紹介をしました。わたしもはじめて偏愛マップを作ってみましたが、これがまた面白いこと! 自分の好きなものをどんどん書き足していけばいいので筆が止まらなくなります。また、偏愛マップを使った自己紹介では、初対面の人同士でもお互いの好きなものを語り合うと話が弾みます。ときには自分が好きなものを「それわたしも好きです」と言ってくださる方もいて、そうなるとますます話が盛り上がります。
ひととおり自己紹介タイムが終わったあと、増田さんは「今日、ここに来たばかりのときには皆さん緊張されていたのか、険しい顔をされていました。しかし、自己紹介ではじめて皆さんが笑顔になったのを見ることができました。好きなもののことは話しやすいし、話すと楽しくなります。また、他の人との共通点も見つけやすいですし、相手が自分の知らないことを話しているのも受け入れやすいのです。偏愛マップは紙1枚あればすぐできるのでおススメです。ぜひ皆さんの職場でもやってみてください」と語りました。
さて、ここで増田さんは「仕事とモチベーションの関係」について説明を始めました。松尾谷さんの講演でもありましたが、仕事の成果とモチベーションには深い関係があります。しかし、このモチベーションというのは長続きしないという問題があります。研修やセミナーに参加して「よし、自分も明日からがんばろう!」と思っても、数日後にはすっかり冷めてしまって何も変わらず、という経験をされた方は多いと思います。
そこでさっそく次のワークです。増田さんはまた新しい紙を配り、「これから『人生やる気曲線』を描いてみてください。まず紙に、縦軸と横軸を描いてください。縦軸はやる気のプラスとマイナス、横軸はあなたの人生です。横軸は単純に年齢で区切ってもいいですし、就職や結婚といったライフイベントで区切ってもかまいません。モチベーションが高かった時期をプラス、低かった時期をマイナスとして、これまでの人生のモチベーションの状態を曲線で表してみてください」と説明しました。
「人生やる気曲線」を描いたあとは、チームで互いに見せあいながら説明をしました。皆さんそれぞれ人生のなかでモチベーションが上下しています。穏やかな変化をしている人もいれば、山あり谷ありの人もいます。特に入学、就職、結婚、転職といった人生の節目となるイベントがあったときにやる気の状態が大きく変わった人が多かったです。また、横軸の区切り方も人それぞれの特徴があって面白かったです。中には、好きなアニメの放送時期を区切りに入れている人もいました。
このワークの結果を見た増田さんは「皆さんそれぞれ、これまでの人生の中でモチベーションが上下していたと思います。スポーツ選手や作家など、何ヶ月、何年という長い時間をかけて成果を出す職業の人はモチベーションをうまくコントロールしています。それでは、モチベーションをコントロールするにはどうしたらいいか、それを説明したいと思います」と話しはじめました。
増田さんは、モチベーションを左右する要素として「ストローク」を挙げました。ストロークとは、身振りや言葉による「相手への働きかけ」です。ストロークには、プラスのストロークとマイナスのストロークがあります。プラスのストロークは褒める、微笑みかけるなど相手を肯定する働きかけ、マイナスのストロークは非難する、殴るなど相手を否定する働きかけです。基本的に、プラスのストロークはモチベーションを上げ、マイナスのストロークはモチベーションを下げる要因となります。とはいえ「それならプラスのストロークをどんどん受け取ればどんどんモチベーションが上がるのか」というとそう単純な話ではありません。元気なときはそれでもいいのですが、疲れたり落ち込んだりしているときにはプラスのストロークを受け取りにくくなります。自分が落ち込んでいるときになぐさめようとしてくれる人に対して「もうほっといてよ!」と突っぱねてしまった経験を持つ人は多いと思います。このとき、プラスのストロークを受け取れないだけでなく、相手にマイナスのストロークを与えてしまっているわけです。
このようなときには、まずマイナスのストロークからは距離を置いて、少しずつプラスのストロークを取り入れるようにします(一番いいのは家族や友人など近しい人からのプラスのストロークです)。また、おいしいものを食べる、好きな趣味に打ち込むなどして、自分自身の行動でプラスのストロークを作る、自分からマイナスのストロークを振りまかないようにするのも効果的です。
さて、個人のモチベーションなら本人の心がけでコントロールできることが多いのですが、これがチームとしてのモチベーションとなると個人ではどうにもならない部分も出てきます。チームとしてのモチベーションの状態を「チーム文化」と呼ぶならば、よいチーム文化はメンバーに対してプラスのストロークを与えます。その、よいチーム文化を作るために欠かせないものこそ「チームビルディング」なのです。
ここで増田さんは、ご自身が経験されたチームビルディングの事例を紹介しました。増田さんの所属するFelica ICチップのファームウェア開発プロジェクトが本格的に稼働しはじめたころ、メンバーの数が急増し、また他社のメンバーも大勢加わったことでコミュニケーション不和が目立ちはじめました。チームの雰囲気は日増しに悪化するばかりで、当時の開発チームの居室は足を踏み入れるのも恐ろしいくらいギスギスしていたそうです。
そんなとき、増田さんは松尾谷さんと出会う機会がありました。松尾谷さんの「技術だけではバグはなくならない、チームの手当が必要」という言葉をうけて、さっそく合宿型のチームビルディングを実施することにしました。合宿後、チームの雰囲気は劇的に変わりました。あれほどギスギスしていた居室から笑い声が聞こえるようになったのです。増田さんはチームビルディングの予想以上の効果に驚きました。チームのメンバーにコミュニケーションの重要性をわかってもらえたことで、質問やお願いもしやすくなり仕事の効率も上がりました。
ところが、合宿から数ヶ月たった頃から職場の雰囲気が前の状態に逆戻りをはじめました。合宿で盛り上がった意識が減少しはじめたためです。意識を保つにはコントロールが必要だと感じた増田さんは2度目のチームビルディング合宿を実施しました。2度目の合宿で再び意識が上昇してきたことで、以後は年2回、チームビルディング合宿を継続して実施しているそうです。活動を継続することでメンバーの意識が定着し、それがチーム文化になっていくのです。
増田さんは「みんな『いいものを作りたい』という気持ちは一緒です。ただ、人によってアプローチや手段が異なるために衝突してしまうこともあります。チームビルディングをとおしてメンバー対メンバーのぶつかり合いから、チーム対課題の構図に変えることができました。それがチーム文化になれば、たとえメンバーが入れ替わってもゆらがないのです。また、合宿はあくまでもきっかけにすぎません。真のチームビルディングは日常のなかで現在進行形で行うもの、という共通認識を定着させたことがうまくいった要因だったと思います。チームビルディングによってお互いが話しやすい、『言ってもムダ』と思わせない仕組みを作ることが肝心なのです」と語りました。
最後に、増田さんはチームビルディングの重要な要素として「リーダーシップとモチベーション」の関係について説明しました。リーダーシップというと、人よりもすぐれた知能やカリスマ性など、先天的な素質によるものとイメージしている方が多いかもしれませんが、そうとは限りません。「リーダーの行動によって部下への影響力が決まる」という行動によるアプローチもあるのです。素質が乏しくても行動によってリーダーシップを発揮できるのであればリーダーはどう行動するべきか、そのようなリーダーシップ研究が進められています。
このような研究は日本でも行われています。そのうちのひとつが「PM理論」です。これは九州大学の三隅 二不二氏が提唱している理論で、リーダーシップ行動をP(Performance)機能とM(Maintenance)機能の2軸で測る、という手法です。P機能は仕事の業績をあげるための「課題達成機能」、M機能は職場の対人関係を良好にするための「集団維持機能」で、松尾谷さんの基調講演でもあがった「効率の理論」と「人間の理論」にそれぞれ当てはまります。
ここで増田さんは「自分にとって相性のいいリーダーはどのようなリーダーかチェックしましょう。みなさんが、これまでの経験で一番苦手だった上司のPとMそれぞれの要素を5段階で評価してみてください。それから、一番良かったと思う上司のPとMも同様に評価してみてください」と、PとMのパラメータが記入された用紙を参加者に配布しました。
それぞれが出した結果をチームで見せ合いました。やはり良かった上司と苦手だった上司のPMタイプは対照的になる人がほとんどでした。IT業界では、M機能が高いリーダーが好まれ、M機能が低いリーダーは敬遠される傾向があるそうです。ただし、若い人の中には「リーダーは自分より高い技術力を持っていてほしい」「あんまりなれなれしくされると暑苦しい」という人も多く、そういった方はP機能が低くてM機能が高いリーダーが苦手という傾向が強いようです。
この結果を受けて、増田さんは「良かったリーダーのPM値を分析することで、自分が理想とするリーダー像が明確になったと思います。誰でも『リーダーにはこうあってほしい』という理想があるかもしれませんが、リーダーがその理想から外れた行動を取ると失望し、それが『このリーダーは苦手だ』という意識に変わってしまいます。とはいえ相手を変えることはできません。また、苦手なリーダーを避けていては仕事になりません。リーダーに過剰な期待をすることをやめて、自分がリーダーをうまくフォローする『フォロワーシップ』を発揮することが苦手意識を克服する秘訣です。それから、リーダーになる人はPとMの使い分けが大事です。仕事を進めるため決断するべきところでは強いリーダーシップ、すなわちP行動が必要になりますが、仕事を持続させるためには人間関係を大事にする、すなわちM行動が必要です。いつでもPだけ、Mだけの直球勝負ではダメです。ちゃんと局面を読み取って、ときには変化球も投げてみましょう」と語りました。
おしまいに、このワークショップで考えたこと、明日から実践したいこと、これから実践したいと思うことをチームで発表しあって、ワークショップは終了しました。
ワークショップを進めていくうちに、最初は堅い雰囲気だった会場が、だんだん和やかになるのを感じました。休憩時間に、今日はじめて会った参加者の方が楽しそうに会話しているのを目の当たりにし、「これがチームビルディングの力か!」と驚きました。
「JaSST'14 Niigata」レポート第2弾はここまでです。次回は最終回、ミニセッション「現場改善よろず相談室」の様子をお届けします。