コンサルタントは正義の味方ではない
コンサルタントは正義の味方ではありません。経営者の味方です。
そして、経営者が追求しているのは正義ではなく、利益です。まずは、ちょっと乱暴に言い切ってしまいます。
前回までの数回でコンサルティングを行うために必要なスキルの話をしてきました。特に前回は、その中でも特に基本となる、ロジックについて少々理論ぽい話をしました。引き続きでロジックの話を継続するつもりでしたが、いろいろ返信などを書いているうちに考えかが変わって、一旦、目先を変えて今回はコンサルタントの立ち位置についての話をしてみたいと思います。
本題に入る前に宣伝を少々。来月2月27日に、わたしが提唱している「ITエンジニアのためのロジカル・シンキング体系MALT」のセミナーを開催します。講師はわたしが行います。
ITエンジニアからコンサルタントを目指す方だけでなく、上司や顧客に対して納得してもらえる説明ができる力をつけたいという方、ぜひご検討ください。
では、本題に戻ります。
◆コンサルタントを志望する正義感
さて、冒頭でやや乱暴に、コンサルタントは経営者の味方であって、その追求するところが利益であると書きました。もちろん細かいことを言えば、コンサルティングの種類や顧客の事業は様々です。
ですからコンサルタントが経営層よりも下位の部門にサービスする場合もあれば、公共事業体や非営利団体が顧客になることもあります。たとえば、ウルシステムズの場合はITコンサルタントとして、ユーザー企業の情報システム部門を直接の顧客とするケースが結構あります。しかし、次のキャリアとしてコンサルタントを目指すITエンジニアの方には、特にこの利益追求という視点をしっかり持っておくことはとても大切なことだと思うのです。
わたしはウルシステムズでの採用面談をけっこうな回数行っています。昨年からの経済状況の悪化で最近少し減っていますが、ここ数年は年間100件を超す面談を行ってきました。わたしが面談をするのは、たいていの場合、開発会社で十分な経験を積んだITエンジニアがの方です。そして、そのうちのかなりの割合の方はコンサルタントを志望されています。
面談の中で必ず志望動機を聞いていますが、そのときに、エンジニアとコンサルタントの間の意識のずれを感じることがあるのです。例えば、次のような志望動機を聞いたときなどがそうです。
「自分はこれまで、プログラムの開発の工程しか行ってきませんでした。しかし、本当にお客様が望んでいるものを作っているという実感がまったくありません。自分は本当にお客様が便利になったと言って喜んで使ってくれるシステムを作りたいのです。そのために、お客様が本当に求めるものを直接聞いて、何を作るべきかを決められるコンサルタントになりたいのです」。
この気持ちはとてもよく分かります。
「できの悪い既存システムに苦しめられている業務現場を救ってあげたい」。そういう正義感を感じます。ひょっとすると、どのような経緯で決められたのかわからないおかしなシステムを作ることになっていることに対する、不透明感や徒労感の表れなのかもしれません。こうした想いや情熱は素晴らしいと思うものの、ただ、コンサルタントになったからといってそれがかなうかどうかは分かりません。
◆ユーザー、必ずしもお客様にあらず
上のような志望動機を考えるとき、「お客様」というのがいったい誰のことなのかというのが重要なポイントになります。どんな仕事でもそうであるように、お客様とはサービスの対価としてお金を払ってくれる人のことです。そして、業務システムの場合、サービスの対価を払ってくれるのは、実際にシステムを使うユーザーではありません。顧客企業です。つまりその費用を払う意思決定をした経営者です。
技術者として真摯であるほど、「よいシステムを作りたい」「システムを使うひとに喜んでもらいたい」という思いは強いのではないかと思います。しかし、経営者にとって、システムを使うユーザーが使いやすく満足できるものを作ってもらうことが、一番重要というわけではありません。現場のユーザーがこれまでより不便になったとしても、それによってコストが削減するなり売り上げが伸びるというのであれば、構わないという判断は、経営者としてはありです。
もちろん現場のユーザーの業務が快適になることは、決して悪いことではありません。しかし、それにかかるコストが上がってしまうとノーという判断になります。この構図は、業務システムの開発に一般に言えることであって、コンサルタントであるかどうかには関わりません。ただ、コンサルタントの立場ではより鮮明に見えてきます。そして鮮明にわかったところで、上の志望動機にあるユーザーが本当に望むシステムを作れないという根本原因を変えることができない可能性は高いのです。
なお、業務やシステムがわかっていないコンサルタントが経営層だけを見てシステムを企画したので、結局使えないシステムになってしまったというのはまた別の話です。この場合は業務とシステムがわかる、良いコンサルタントを選ぼうというのが解になります。今している議論は逆で、コンサルタントには顧客は選べないという話です。
◆お金の話は避けてとおれない
自分の関心の範囲は技術であって、利益やお金という側面には興味がないというエンジニアの方はけっこういらっしゃるのではないかと思います。正直わたしもそうでした。日本で育ったものとして、また技術者のひとりとして、わたしも金銭的な利益を追求する以上に、仕事のやりがいや自己実現を重視したいという気持ちは強く持っています。おそらく多くの志の高いITエンジニアの皆さんは、社会のためになる、ユーザーが使って幸せになる、そんなシステムを作りたいという想いを持って仕事に取り組まれているだろうと想像します。
しかし、一方でコンサルタントが支援の対象とする経営者は、利益を上げ、事業を拡大することがミッションです。それができなければ、どんなに高い志を持っていたとしても、経営者としては失格です。結局、社員を路頭に迷わせることになります。システムを使うユーザーにとってよりよいシステムであるということと、顧客企業の利益追求とが相反することがあるという現実は、コンサルタントを目指そうとする方は知っておいてほしいのです。
当たり前のように聞こえるかもしれませんが、こうした経営視点と現場志向の意識のずれから来る衝突はよく現場でも遭遇します。ユーザーのニーズをしっかり聞くことによって、仕様が膨らんでしまって、結局システムのコストと期間が超過してしまったというケース、また、ERPなどのパッケージ導入によって、業務が回らなくなるという議論などの中にこの意識のずれを見ることがあります。
◆目的の階層を上げられるか
そうなってくると、ではコンサルタントのやりがいとは何なのかということが気になるかもしれません。コンサルタントを目指す方は、積極的に目的の視点を上に持ち上げ、上位階層での貢献に意義を見いだす必要があります。
目的には階層構造があります。より上位の目的からみると、下位の目的は手段と位置づけられるという構造です。ある業務システムを開発する目的は、その業務を円滑に進めるということで構いません。ここに視点を置くのであれば、ユーザーが使いやすいシステムにするということを意識していれば良いことになります。例えば、顧客管理システムであれば、顧客管理の担当者にとって使いやすいと言うことが重要です。
しかし、その上位にはその業務を行っている部門の目的があり、システム開発はその手段のひとつとして位置づけられます。たとえば、顧客管理システムを導入するのが営業部門であれば、顧客管理システムの導入によって、営業成績をどのくらい上げることができるかが重要です。そのためにかけられすコストには上限があります。担当者の使いやすさを優先してコストが超過してしまうのでは本末転倒です。
続けて、さらにより上位の階層の目的を想定していくことができます。この調子で階層をずっと上がっていくと、結局のところ経営レベルの課題の解決というところに至ります。この階層まで視点を持ち上げてしまうと、複数の部門を見渡して全体を最適化することが考えられるようになります。全体規模のパッケージの導入であれば、たとえ営業部門の効率が悪化したとしても、全体で得られるコスト改善効果が上回るのであれば、その導入を意志決定するというのが正しい判断となります。
コンサルタントといっても、どの階層を支援するのかは案件によって異なりますので、必ずしも最上位の視点だけが重要になるとは限りません。しかし、「使いやすい良いシステムを作る」というよりも上位にある、「そのシステムでどんな業務革新をおこなうのか」、「どんな新規サービスを作り出すのか」、「どのくらい事業を拡大できるのか」、そういったところに意義が見い出せるように意識を転換できることが大切になります。ただ、正直、システムの直接の目的よりも抽象的でわかりにくいものになるのは否めません。
◆本当に追求したい価値はどこにありますか?
今回は、ITエンジニアがコンサルタントを目指す場合に直面しがちな、特に利益という観点からの意識の違いについて説明しました。わたしは、別にITエンジニアの皆さんがコンサルタントを目指すことをお勧めしているわけではありません。コンサルタント以外にも、ITエンジニアを起点にして様々なキャリアパスがあると思います。技術を深く追求する研究職もあれば、高い設計力を持つアーキテクト、開発プロジェクトを進めるプロジェクトマネージャ、さらにはユーザー企業側のITスタッフといった選択もあります。
それぞれの人にとってどこに価値が見いだせるのかは違っていて当然だと思います。わたしは以下のいずれもありだと思っています。ただ、それに適した仕事は違います。自身が本当に追求したい価値と仕事が合致しないのは大きなストレスになります。
- 自身の技術知見の洗練
- システムの利用者の満足
- チームによる開発完遂の達成感
- 顧客企業の利益への貢献
わたしは利益追求以外の目的志向を尊ぶ文化は、日本という国の素晴らしい点のひとつでもあると思っています。しかし、もしコンサルタントを目指すのであれば、より経営層の目線に近づき、その企業の利益追求というお金の視点が求められることになります。「自分のやりたいコンサルタントはこんな仕事じゃなかった」そう言って去っていった人もいます。次のキャリアについて考えている方は、自分が本当に追求したい価値がどこに見いだせそうかを、問うてみてはいかがでしょうか。
コメント
インドリ
林さんこんにちは。フリーエンジニアのインドリです。
同感です。利益が何なのかを考える事は重要だと思います。
私も経営者とお話しする機会がありますので、同様の事を感じる場面が多々ありました。
その経験上感じた事なのですが、何が利益になるか見失っている経営者の方が多いといと私は考えております。
何と表現すればいいのか分かりませんが、会社の業務がブラックボックスとなってしまい、自社がどういう仕組みでお金を儲けているのかを知らない経営者の方が多いようです。
極端な話し帳簿しか見ていない。それで人件費削減などと言った短絡的なコスト削減に走っていると私は思えてなりません。
しかしそれではその会社は価値を提供できませんし、それではその会社の明日はありません。
私は多くの会社が生み出す価値やお客様の利益を見失っているという気がしてならないのです。
会社の中にも林さんが仰るように、様々な価値観が存在し、経営者としてどの様にそれをコントロールして会社の業績に持ってくるのかを経営者は考えて頂きたいものです。
といっても、株主が居て分かっていても出来ない事もあるのが現実ですが・・・
そういった事をコンサルタントの方々は伝えてほしいと私は願っております。
すなわち、傾斜が今持っている価値観を広げ、多くの人がより幸せに、かつ儲けられる会社になるようにしてほしいと言う事です。
それが大変だと言う事は承知しており間が、コンサルタントの方々には狭い価値の創出だけではなく、先も見据えたマクロ的な価値を創出して頂きたいです。
長文失礼致しました。
インドリ
済みません。
誤:傾斜が
正:経営者が
しっぱ
こんにちは。しっぱと申します。
ITコンサルの経験がないので、なんとも言えませんがややこしい話なんですね。
経営層に近い部分でのお話と言うのは今まで私は伺ったことがなかったので、非常に勉強になります。
今回のお話を伺って感じた点は
1.構築するシステムの目的のそもそもの「対象」と「目的」をはっきりさせる
2.システムの価値導入したことで何が変わるのか
この二つがしっかりしていれば、クライアントニーズに答え易いのかなと思いました。
つまり、「誰」のために「どのように」システムを構築したら、「こういう未来」になるでしょうというお話なんでしょうか?
誰・・・対象者(オペレータ?経営者?)
どのように・・・GUI、データ設計、出力可能レポート等
こういう未来・・・目論見書???
なんか分からなくなってきました。。。。
やっぱり難しいですね。。。。
ろくろう
こんにちは。SEをしているろくろうというものです。
コンサルという職種には、目標ともあこがれともつかない感情をもってます。
記事には概ね同感・賛成です。
ただ、コンサルは常に依頼主である経営者または会社の理念に沿ってご提案をしなければならないものなのでしょうか?
記事にある「目的の階層」にもよりますが、より経営に近い上層のコンサル業務ほど、企業の理念や価値観を問い直すこともあるかと思います。
たとえば、近年の「所有から利用へ」や、「ものづくりから仕掛けづくり」などのトレンドは、ITか否かにかかわらず、利益といった観点からみればお客様企業の理念をくつがえしてでも提案できることもあるかと思います。
コンサルの立場は、こういった企業の考えを変えさせる最も有効な位置だと思っているのですが、実際のところはどんなものなんでしょうか?
Morimaz
林さん
ご無沙汰しております。Morimazでございます。
林さんのコラムを読むたびに
・初心に返れ
・基礎を怠るな
と教訓を頂いている気持ちになります。ありがとうございます。
twitterにてフォローもさせて下さい。
インドリさん、
いつも高い見識のコメントありがとうございます。
おっしゃっていることは理解できます。難しい議論なので簡単には書ききれませんが、現場への強い依存というのが、良くも悪くも日本的経営の特徴なのだと思います。
それゆえに経営者がスポイルされたり、システム開発が現場に振り回されたりするんだと思っています。一方、現場の社員はそれでやりがいを持てたりするんですよね。
私もコンサルタント一般論までは語れはしないのですが、過度の期待はしないのがよいと思います。コンサルタントとは「顧客の課題解決を支援する仕事」と考えています。支援である以上、主ではなく従であることが基本の立ち位置です。顧客である経営者に変革の意志がなければ、できることは限られます。
マクロの価値の形成をするのは強い使命感を持った現場であってほしい、とりわけシステムの知見を持つITエンジニア出身の人材であってほしい、そのために彼らにもっともっと力をつけてほしい。私の考えはそんな感じです。
しっぱさん、
林です。いつもコメントありがとうございます。
基本的には利害と目的の異なる関係者(ステークホルダー)が企業内には存在しているという認識が重要だと思います。大きな会社になればなるほどこの相互関係は複雑になります。経験を積まないとここが見えないんですよね。そして、それぞれの関係者がシステム開発とどのような関係があるのかということを押さえた上で調整をしないとプロジェクトが迷走することになります。目的の階層については別の機会に書きたいと思います。
しっぱ
林様
>2.システムの価値導入したことで何が変わるのか
こちら
2.システムを導入したことで何が変わるのか
ですね・・・失礼いたしました。
利害が異なるってところは良く分かります。
経営陣の目で作ったシステムは実務現場から「現場に則していない」と言われると聞きますし、現場主導で作ったシステムは「視野が狭い」と言われますね。
開発途中の段階においてもそれはもうちょっとマクロな世界でも起こりえることですね。
コンサルに限らず個人個人がしっかり周りを見て、自分の行動をしっかり保って行けるようになるのが一番良いのでしょうね。
正誤修正ついでの蛇足でした。
失礼いたしました。
ろくろうさん、
コンサルタントにもいろいろな活動、いろいろな人がいますが、普通のレベルのコンサルタントの動きは、クライアントからの依頼範囲で仕事を行って対価を得るというものが基本だと思います。依頼された範囲内にクライアントの理念の見直しが含まれる、あるいは、遂行上その見直しに必然性があれば提言するということにはなるでしょう。
そうではなくて、クライアントの持つ理念自体の変革を啓蒙するところから始めるとなると、レアなレベルのカリスマコンサルタントになるでしょうね。コンサル会社に入社すれば誰でもできるとかいう種類の話ではないと思います。
会社の文化や風土に関わる変革をするのはものすごくエネルギーのいる仕事です。新規のビジネスモデルへの対応した理念の浸透もそうですね。会社が大きければ大きいほど大変です。これをするには、かけ声だけではだめで、部門を新設しそこに力のあるリーダーを他の重要な仕事から引き抜いて配置して、数年かけて取り組むくらいしないといけません。コンサルタントを雇うのも含まれます。
これは数千万とか億円単位の投資になってきますから、経営者による意志と覚悟が必要です。こういう話も結局お金に換算されるのです。
Morimazさん、
お久しぶりです。
読んでいただけていてうれしいです。
続きはまた、twitterでお話ししましょう。
コメントに返信書くのに比べると、ずっとストレスが小さくまめに対応できるので。
ちなみに、twitterは始めたばかりですが、いろんな意味ですごいですね。ちょっと驚いてます。
では。