ソフトウェア・エンジニアの語る、虚々実々の物語

“脳の機能停止まで後5分を切りました”……節電対策混乱絵巻

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 どなたの会社でも、今年の夏は、かなり踏み込んだ節電対策を考えておられることでしょう。
私の会社でも、あの手この手で節電対策を検討中です。

 既に試行実験と称して、何種類かの節電シミュレーションを行っています。

 私たちがこれ程まで電気に依存した生活になっていたとは、こんな事態にならなかったら気にもとめなかったかもしれません。今回のお話は、節電対策によって出現した混乱絵巻です。

●民族大移動

 建物ごと、階ごとに、空調の設定温度を調整して、どれだけ節電できるかのシミュレーションを行った時のことです。

 私の会社は、会社の敷地内に複数棟の建物があります。その建物および階ごとに、空調を輪番制で「ほぼ停止」するという実験を行いました(ほぼ停止の状態とは言っても、もちろん換気程度は行います)。

 この施策によって、どれだけ節電できるかを検証しようというものです。

 ある建物の、とある階の住人たちの会話です。

Aさん:「今週は、月曜日と火曜日に節電シミュレーションがあるね」

Bさん:「月曜日の午前中の9時から12時までが、このフロアの空調停止時間帯だね。俺はその間“放浪”してくるよ」

Aさん:「え? どこに行くの?」

Bさん:「上の階は空調停止の時間帯が別だから。そっちに行って仕事してくるよ」

Aさん:「いいなぁ。俺は他の階に行く用事がないから、ここで仕事するよ」

Bさん:「なあに。用事はあるじゃないか。“正常に仕事が出来る空間を探す”っていう重要かつ緊急な用事が(笑)」

Aさん:「ううーん。それもそうだな。よし、俺もどこか別の階に“一時移住”するよ」

 と、こんな感じに、民族大移動が始まります(もちろん、ノートパソコン片手に、フラフラと移動できる人に限りますが)。

 で、困った時にはお互い様と言う訳で、意味もないのに会議室(会議室だけは空調が別制御)で会議を設定したり、他のフロアに押しかけて、そこで仕事を始めたりします。押しかけられた方だって、順番が回ってくれば、やっぱり“移動”を開始するのですから。持ちつ持たれつです。

●夏眠する人々

 先ほどは、移動可能な人のお話でしたが、今度は“移動不可能”な人のお話です。

 スタッフ系や、営業/販売系の方々は、ほぼ間違いなくノートパソコンを使用して仕事をしています。つまり彼らは“いつでも移動可能”な方々なのですね。

 でも、開発系の方々は、スペックの高いパソコンを使う必要があるので、主にデスクトップパソコンを使用して仕事をしています。そうなると簡単に移動ができません。同じフロアで仕事をしている他の移動可能な人たちが移動していく様を見て、彼らを苦々しく見つめています。

Cさん:「いいなぁ、あいつらは移動できて。俺たちはここにいないと仕事ができないからな」

Dさん:「仕方ないだろ。開発環境ごと移動するのも手間だから、いちいち移動なんてできない」

Cさん:「そうだよなぁ。ああ……このフロアもだんだん暑くなってきてぞ」

Dさん:「この建物は、窓が開かないからなぁ。せっかく高層階だっていうのに、風さえ取り入れられない」

Cさん:「執務時間中に空調を切るなんてことは、この建物を作った時には、想定外だったんだろ」

Dさん:「寒ければ衣服を着込めばなんとかなる。ホッカイロと言う文明の利器もある。でも、暑さだけはたまらない! いっそのこと全裸になってみようか?」

Cさん:「やれるもんなら、やってみな! 女子社員からは一生口を聞いてもらえなくなるぞ」

Dさん:「うううう、それは困る。だけど、狂いそうだ」

Cさん:「そうだよな。脳が停止しちゃいそうだ」

Dさん:「あ、そうだ! この前お前が買った“冷たい保水タオル”ってのがあったよな。あれを使わないのか?」

Cさん:「ああ、あれか……駄目だ。使い物にならない」

Dさん:「どうして? 効き目ないのか?」

Cさん:「使い始めは、タオルに染みこませた水分がとても心地良い。でも、時間が経つとその水分が熱湯みたいになるんだ」

Dさん:「そりゃ、湯タンポか……(絶句)」

 2人で苦笑い。ですが、その後は沈黙。笑っている場合ではなくなってきたようです。

Cさん:「“皆様にアナウンスです。私の脳が機能停止するまで、5分を切りました。お仕事のご依頼は機能回復後にお願いいたします”……って感じだ」

Dさん:「同意。おれも“夏眠”するよ」

Cさん:「冬眠の夏バージョンか? 了解。お休み~」

 と、こんな感じに、だんだんと従業員の脳みそがシャットダウンしていきます。パソコンはフル稼働しているっていうのに。

 一応、仕事をしているように見えますが、脊椎で仕事をしているに等しい状況ですから、この時点では効率なんてあってないが如し。空調停止時間帯に作り上げられた仕様書やプログラムには、膨大な量の不適合が含まれていることでしょう。

 その不適合をレビューや試験で取り除く手間暇を考えたら……いっそのこと本当に寝ていたほうがいいとも言えます。

●暗がりで“パタパタ”

 フロア内に設置されていた扇風機の使用も禁止されました。電気を使うからです。

 まあ、もともとこの扇風機は、暑さに耐えかねた一部社員たちが、自分の家から持ち込んで使っていたものです。

 巡回していた“節電監視員”が、この違法設置の扇風機を見つけて、警告してきました。

Eさん:「なんで今年は扇風機を使っちゃいけないんだ?」

Fさん:「電気を使うからだろ?」

Eさん:「去年までは、見て見ぬふりして、警告なんて1つもなかったのに……」

Fさん:「仕方がないよ。今年はとにかく“電気の使用は控えろ”ってことだからな」

Eさん:「パソコンにつなげるUSB扇風機もNGなのか……。こりゃ本格的だな(笑)」

Fさん:「携帯の充電器の挿しっぱなしもNGだ。給湯器も止められた。フロアの蛍光灯は半分撤去された。トイレにいたっては蛍光灯が1個しかついていない!」

Eさん:「どうりでフロアが暗いわけだな。まあ、これでも仕事ができるってのが不思議だが」

Fさん:「暗いことについては、大した問題ではないってことがわかった。でも、この暑さは……めちゃくちゃ問題だ」

 Eさん:「駅前のパチンコ屋がうちわを配ってたから、ちゃっかりもらってきたよ」

 Fさん:「おお、ラッキーだね。俺は自宅から扇子を持ってきた。小さく畳んで持ち運びができるから重宝してる」

 と、こんな感じに、手動送風機の使用が拡大していきます。暗~いフロアで、パタパタ……という音だけが反響します。

 梅雨のこの季節、薄暗い屋外と大して変わらない室内で、パタパタ……パタパタ……。ちょっと異様な空間が出来上がりました。

 いやぁ、必要は発明の母と言いますが……。皆、うちわ、扇子のようなローテクを駆使して、この猛暑(閉じられた空間内の猛暑ですが)を乗り切ろうとしています。

 ただ1つの難点は、うちわor扇子を手放せないことです(扇ぐのを止めた途端に、暑さ倍増なんですから)。

 うちわ、扇子で扇いでいる間、片腕が必ず専有されてしまうのです。これほどはっきりと生産性が低下する様は、そうそう見当たらないでしょう。

●虫地獄

 私の会社に建っている最新の建物では、窓が開きません。開けられるような構造になっていないのです。

 都心を走っている最新の電車なんかで、窓が開かない電車を見かけることがあります。UVカットガラスを使用しているとのことで、日除けすら付いていないものさえあります。でも、赤外光はガラスを透過しますから、暑くてたまらないんですよね。

 夏に、窓が開かない&日除けがない電車に乗るときは、極力日の当たらない座席を選ぶようにしています。(皆、考えることは同じで、そういった座席から埋まっていきますが)。

 さて、古い建物の方は、当然のように窓が開きます。窓が開放できるってことに、今回ほど感謝したことはありません。

 でも、窓が開けられることが、すべてに置いて良いことばかりとは限らないのです。

Gさん:「暑くなってきたね。窓を開けようか」

Hさん:「この時間なら、まだ大丈夫かなぁ……」

Gさん:「え? 時間によって何か不都合でもあるの?」

Hさん:「そうだよ。遅い時間だと、たくさんの虫が飛び込んでくるんだ」

Gさん:「うわ……虫か。嫌だな」

Hさん:「だろ? 暗いと蛍光灯をつけたくなる。で、蛍光灯をつけると虫が群がってくるんだ」

Gさん:「“やつらはいつも大群でやってくる”ってわけか」

Hさん:「そんな映画があったな……。あの映画ほど深刻なことにはならないが、それでも嫌だよな」

 てな感じです。

 高層階なら虫の脅威はそれほどでもありませんが、低層階では、虫はやっかいな存在です。
それならさっさと帰宅しなさい、ってことになるのですが、仕事上どうしても遅くなってしまう方々がいらっしゃるので、そんなに簡単にこの問題を片付けてしまうことはできません。
捕虫網が必要になるかもしれません。

●開発系だって、為せば成る!

 暗い(?)話ばかりだと何ですから、少し明るめの話題を。

 前述で、移民できない開発系の人々を紹介しましたが、ある開発者は次のようにして乗り切っていました。

 移住先でのノートパソコンから、自分のフロアにあるデスクトップパソコンに、リモートデスクトップで接続するって手段です。

 リモートデスクトップってご存知ですか?

 遠隔地にあるデスクトップパソコンの画面を、自分の目の前のパソコンの画面に映しだす技術です。もともとUNIXとかLinux使いの方々には馴染みが深いと思いますが、最近のWindowsパソコンではこれが可能なのですね。

 遠隔地のデスクトップ画面だけを目の前のパソコンに持ってきているだけで、実態は遠隔地のデスクトップパソコンです。つまり能力はデスクトップパソコンそのままです。

 社内LANが十分に速ければ、デスクトップ画面を手元に投映するくらいは大した負荷ではないようです。

 さすが開発者、目の付け所がシャープです。

 というわけで、幾多の混乱が発生していますが、夏本番はこれから。さらなる試練が待ち受けていることでしょう。

 ……と言っている自分も何か策を講じなければ、と思案しているところです。

Comment(3)

コメント

Jitta

高層階で窓を開けると、えらいことになりますよ。

虚数(i)

Jittaさん、コメントありがとうございます。

> 高層階で窓を開けると、えらいことになりますよ。

なるほどー。肝に銘じておきます。
私の感覚でわかる高層階は14階までですから。それ以上の高さってのは想像出来ないです。(^^;

Jitta

10階建てのマンションで理事をしていた時、窓を開けていたら突風で扉が勢いよく閉まって…という話を、管理会社の方から聞きました。

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