それでもわたしはアナタが好き
ネクタイを締めて、スーツを羽織る。カバンの中身はお仕事仕様。腕時計と携帯電話も忘れずに。このスーツはちょうど独立したときに新調したものです。思い出の一品というほど大げさでもありませんが、このスーツも2年目。少しくたびれてきました。というか、このパターンは前回のツカミと同じです。
机の前でカタカタやっているだけがシステムエンジニアの仕事ではありません。サーバを分解する。重い機材をエッチラオッチラ運ぶ。フリーアクセスフロアの床をめくる。ガテン系の仕事もわたしと共にこのスーツは経験してきました。
灰かぶりのわたしは思います。こんな作業でスーツなんて本当に必要ですか?
「なんでスーツ着なあかんねん」
というツッコミは現場では無視されます。正しいことをやりたければ偉くなりましょう。
スーツだってコスプレの一種。わたしだって脱いでしまえばただのコンピュータオタクにすぎません。きっとビジネスパーソンのモノマネをしているだけなのでしょう。消耗品と割り切り、そこそこのモノで済ませるようになっています。
この業界に入りたてのころは背伸びしてお高いスーツを揃えていたのですけれどもね。今回は、スーツ姿がまだ初々しかった時代。時計を少し巻き戻して昔のお話からはじまります。
■20代のころ~夢をかなえるゾウ
わたしはいわゆる転職組。以前は、額に汗を流すマジメな青年労働者でした。今でも体を動かす仕事が好きなことに変わりはありません。技術屋になるまでにはそれなりに紆余曲折がありました。しかし、それはまた別のお話。いずれ語るときもありましょう。
この業界の人間の中には、新しい技術をガンガン吸収する人がいます。その一方で、仕事と割り切って必要最小限のスキルしか身につけない人もいます。それぞれの生き方。それぞれのエンジニアライフ。どちらがよいとか悪いとかの話ではありません。
わたしはコンピュータが好きで入った前者のタイプ。
「好きなことを仕事にできるなんてうらやましい」
そんな声が聞こえます。
はじめて開発現場に立ったときは見るもの聞くものすべてがキラキラ世界。時間を忘れて仕事に没頭できた幸せな時代を過ごします。
プロジェクトが火を噴いても、やらなくてもよい作業を指示されても気になりません。何もかもが新鮮に映る当時。超過勤務を打ち破り、休日出勤もなんのその、完徹さえも乗り越えて、ダッシュ豪快に働ける若さがありました。 やがて時がたち、同じことを繰り返す日々が続きます。
太陽炉搭載型であれば無限に働き続けることもできたでしょう。しょせんは量産型。激務にカラダが耐え切れなりはじめると、ある問いが頭をよぎります。
わたしは本当に好きな仕事をしているのでしょうか? と。
そう、これは望んでいたものとは似て非なるもの。ズバリ正解は闇の中。
■30代なかば~悪夢の叫び
巷のウワサによると、三十路を超えると仕事を変えることが困難になるようです。
「オマエは、いいよな」
かつての同僚が言います。彼には今の会社以外の選択枝が無くなりました。時間が過ぎるにまかせてしまうと転職の自由すら与えられないという現実の厳しさ。若さの特権が失われたことを実感します。いくら気持ちが若くても通用しません。必要なのは若さではなく「特権」。
地獄への道は善意で舗装されているといいます。
お酒のお誘い。競馬のお誘い。ゴルフのお誘い。ドキドキ愉快なお誘い。
これらすべてが悪魔のワナなのじゃないかと思えてくるときがないでしょうか。巧妙なのは、相手を落としいれようとか、足をひっぱろうという意図がまったくないこと。さすがは悪魔の仕業です。ヤツらは人の時間を食べて生きています。注意されたし。
若いときの苦労は買ってでもしろといいます。これからの彼には、若くないときの苦労が待っているのかもしれません。がんばれ! アミーゴ! 一方で、わたしは独立するまで何度か会社を渡り歩きます。仮に今日、仕事を辞めても明日からほぼ同じ条件で仕事ができる。自惚れていたのでしょう。おかしな自信がありました。会社がイヤならやめてしまえという選択肢がわたしにはあると信じていました。
無理難題を言うところとは長いおつきあいはできません。ねぇ、社長。タダ働きさせないでください。
しかし、このまま年を重ねるといつか同僚と同じ運命が待っているのでしょう。プログラマ35歳定年説ではありませんが明日はわが身。いつまでも技術の上にあぐらをかいていてはイケナイ。
■無限ループ~胡蝶の夢
環境が変わっても仕事そのものは変化しません。エンジニアが求められている内容は同じです。人が変わり、待遇が変わるだけ。理想的な職場を求めて二転三転します。
わたしは単なるいち兵隊。雇われの身に理想がないと知ったとき、独立する決心を固めます。そして、フリーランスになり割り当てられる戦場も変わりました。しかし、三等兵が傭兵に変わっただけ。戦いの荒野で見上げる空はもっと激しい紅蓮の炎が渦巻いています。
徒手空拳で戦わなければいけないときもある。超絶最終兵器の使用許可がおりている場合もある。戦いの条件はつど変わります。しかし、戦地はすでに他の誰かが決定済み。わたしの選択肢はつねに二択。やるか、やらないか。降り注ぐ銃声の雨の中。マッハ全開で駆け抜けるのみ。目標を駆逐する余裕なんてまったくありません。
ナポレオンや秀吉のやうに、いつか将軍になれる日はくるのでしょうか。
ブリキの兵隊は電脳羊の夢を見続けます。
■好きのなかのキライ~夏の夜の夢
プログラムが好きです。ブレイク限界の技術の世界にいることが好きです。
ですが、ひとりでシステム開発はできないもの。共同作業が基本の仕事。ときには意に沿わない仕事もすることもありましょう。
好きな異性にさえどうしても許せないところがあるものです。標準的なエンジニアの例にもれず、わたしもドキュメントが苦手です。読むのも書くのもあまり好きではありません。まして、物書きとしての訓練を受けたわけでない人間が書く文章です。日本語に不自由している文章のなんと多いことか。
文章だけではありません。今日も間違ったUMLを前に腕を組み、眉間にシワを寄せてフリーズしました。だから汎化は矢印が逆だって。そこ、勝手にアクターをアバターの画像と入れ替えない。
好きならばこそ、思いも強く、こだわりもあります。自分のルールから大きく外れたものを作らなければいけない。そんなときは憂鬱が顔に出ます。笑えないときこそ、笑顔を作るものなのでしょう。乾いた笑いで充分です。できれば笑い声も一緒に。
作り笑いに疲れたある日。ふと気づきます。好きなことだけができたらなんて、オマエは子供かと。
■恋愛の賞味期間~破れぬ夢の中で
ヒトは、ひとつの物事に夢中になるのは3年程度だという説があります。あるひとつの対象に快を促す脳内ホルモンが分泌され続ける期間の最大値というのがその理由なのだそうです。
脳内ホルモンがなくなればあれだけ熱くなっていた気持ちも冷めてしまうのが脳の構造。順調に発展していた恋愛もいつのまにか破局を迎えていたなんてよくある話です。わたしのパターンもこのリズムどおり。ちなみに本日は色恋沙汰のお話ではありませんのであしからず。
コンピュータに興味を抱き、憧れが仕事になり、そして、大嫌いになりました。それでも毎日、続けていられるのはなぜなのでしょう。
知らない技術があれば、暇を見つけて勉強します。文章術も覚えました。コミニケーションにも気をつけます。もちろんまだまだ完璧とは言い難いです。これからもずっと続けていくことでしょう。
いいところを見つけ。イヤなところがあれば受け入れるように心を開く。仕事に対して、やっとこの心境にたどり着くことができました。直線距離ににしておよそ三千里。長い長い道のりです。
ずっと続けていられるのは、好きになりつづける努力をしているから。好きになった相手は何も変わってはいません。自分自身を変化させているのです。
■好きであり続けるために~永遠の夢に向かって
以前のコラムで、朝のBIOS起動(自己暗示)の話をしました。
毎日唱えるフレーズがあります。
「プログラムが好き」「コンピュータが好き」「技術が好き」「システム開発が好き」「テストが好き」「仕様書が好き」「XXさんが大好き」
さりげなくリアルな愛の告白もいれておきました。変数の内容はfinalかつstaticかつconstで格納しています。おそらく不変なのでしょう。超重要機密なのでセキュリティインシデントに備えて公開鍵暗号方式で暗号化もされています。
今ですか? この仕事を好きかと問われれば、いろんな理屈をつけてグダグダ言いながらもこう答えるでしょう。もちろんスマイル満開で。
「好きです」
どこか遠くからレベルアップを告げるアラート音が聞こえてきました。
【本日のスキル】
- コスプレスキル:レベル3
- 転職スキル:レベル5
- 悪魔の誘惑に打ち勝つスキル:レベル6
- 好きな気持ちを持続させるスキル:レベル10
- 自己暗示スキル:レベル8
- 片思いスキル:レベル3
- 自己紹介スキル:レベル0