集中力を高めるためのたったひとつの冴えたやりかた
ウェットスーツに身をつつみ。フィンを装着した脚は水中仕様。ゴーグルには曇り止めを忘れずに。タンクを繋いでバルブをひねると残圧計が残りの酸素量を示します。
レギュレータを咥えてひと呼吸、pingを打つ。エアが応答してタンクとコネクトされていることを確認すると初期化が終了。スイマークラスを継承したスクーバダイバークラスのインスタンスが生成されました。
潜る前は海猿プロトコルを使うのがお作法。右手人差し指を海に向けてゆっくりと横に動かします。
水面。ヨオォォォォシッ!!
海上を歩くかのごとく、一歩を踏み出す。重力には逆らえず自由落下が始まります。ジャイアントスライドエントリーで海中へダイブ。ジャイアントスウィングにすると目が回るので気をつけましょう。
ザブン!!
水中では10m沈むごとに気圧が1つインクリメントされます。安全のため耳抜きはこまめに。怠ると水圧に負けて自分の身体がレッドゾーンへ突入して大変危険です。物理現象を確認せずにはいられない理系な人々はご注意ください。
少しずつ深度を重ねると舞い踊るのは粉雪ではなくマリンスノー。浮力のバランスによる無重力の空間に身を委ねます。
この夏、仕事の合間をぬってスクーバダイビングの講習を受けてきました。
なぜ、ダイビング? ですか?
よくぞ聞いてくれました。それは、デスマーチで火だるまになった身体を水冷するためであります。納期短縮に対応するためオーバークロックで働きました。結果、冷却ファンでは追いつかず熱暴走しやすいハードウェア構成になりましたもので。
■重力から魂を解放されて
水の中では、全ての感覚が変化します。
マスクのおかげで視界は確保されるものの、水と空気の光の屈折によりすべてのオブジェクトは拡大表示されサイズが3割増しになります。ノイズリダクションフィルターが効いて画像もクリアになり情報量も3割増し。
音は空気中より4倍早く伝わといいますが、水中では音の発生源そのものがほとんどありません。聞こえてくるのは1つ、我の呼吸音のみ。ノイズキャンセラーなんて小道具も必要ありません。
そして、心地よい温度の海水たちは全方位からその存在を主張します。水の抵抗は身体の動きと時間の流れをゆるやかにさせてくれます。
身体を支える大地を必要とせず浮遊する感覚。水が面ではなく空間として全身に襲いかかるあの感覚。空間認識能力が全方位に広がるのを感じずにはいられません。ジオン・ズム・ダイクンによると宇宙(そら)にあがると人間の認識能力が拡大するのだそうです。もしかしたら、この感覚がそうなのかもしれませんね、アムロ。あやうくニュータイプに覚醒するところでした。
■海は広いな大きいな
「この大きな海を見てみろ、人間なんてちっぽけじゃないか」
うれし恥ずかし青春映画のようなヒトコマ。その昔、オンラインで言われた経験がありました。何でそんなシチュエーションになったのでしょう。きっと若気の至りに間違いありません。言った本人は大マジメ。松岡修造なみの熱苦しさがモノすごくウザい時もあります。ですが、根はイイ奴で純粋なのです。
こちらは根がひねくれもの。海が広いなんてこれっぽっちも思ったことがありません。広いか狭いかと言われれば間違いなく広いでしょう。しかし、わたしの器の大きさに比べればぜんぜん小さい。ダイバーをやるずっと以前から態度はハイパーです。
当時は世間知らずな若者ふたり。うわべだけの海を見て本当の深さを知りませんでした。ダイバーの世界を経験していれば、我が青春の1ページをいろどる彼はなんと言ったでしょうか?
■波紋の呼吸。パウッ!
タンク内の空気は限られています。効率よく使用するにはどうすればよいのでしょうか。リソースの有効活用はエンジニアの得意分野です。呼吸をリバースエンジニアリングしてみましょう。
本当の意味で、酸素と体内の二酸化炭素のガス交換は肺の中でしか行われません。肺に繋がっている気管、喉、口はデッドエアスペースといい、ガス交換プロトコルに参加していません。当然ですが、呼吸をしている以上、この空間には気体が満ちています。その主成分は、前回の呼吸で吐ききれなかった二酸化炭素。ここがポイント。
最初に、息を吸う。すると、デッドエアスペース内の二酸化炭素が肺の中に侵入します。次に、口から吸った外界の新鮮な空気が送り込まれます。
ここで、口の中に取り込んだ酸素が全て肺の中に入るわけではありません。肺にまで到達しない空気。デッドエアスペースに残るものも存在します。
最後に、息を吐く。ガス交換されていないデッドエアスペース内の空気はこのタイミングで一番最初に外に吐き出されます。
ジュースをストローで飲むシーンを想像すると分かりやすいのかもしれません。口で吸ってからジュースが届くまでタイムラグがありますよね。ヒトの身体構造は、肺呼吸でどうしても余分な二酸化炭素を取り込んでしまうようにできているようです。
■「そもさん!」「せっぱ!」
浅い呼吸では肺は少ししか膨らみません。内部ではデッドエアスペースから取り込んだ二酸化炭素が大半を占めます。身体は、少ない酸素量を補うために呼吸をより多く繰り返そうとする。当然、ガス交換に使用されず切り捨てられる酸素の総量が呼吸のたびに増えていきます。
酸素のムダは極力抑えたい。そのために必要なのは回数の少ない呼吸法。大きな呼吸。すなわち、深く長い呼吸。
座禅の呼吸も深く長く。
座禅のテクニックには、息を吐ききることや、吸う息よりも吐く息を長くというものがあります。もしかしたら、デッドエアスペースの気圧を下げることにより気体を減少させ、ひいては二酸化炭素を減らすための技なのかもしれません。
集中するために深呼吸を行う人もいるのではないでしょうか。
■海と陸の間に存在する世界
集中するときの感覚は海の中に潜るのと似てますね、と言ったのは羽生さんだったと記憶しています。もっとも彼のたとえは素潜りのお話ですが……。
スクーバダイビングを経てわたしの集中法は進化しました。スイッチはとても簡単。深呼吸にプラスして海の中の感覚を思い出すだけ。
呼吸は深くなり、静寂のなか。ただひとり。深く深く。海の底へ。
いつか聖戦士としてバイストンウェルに召還される日がくるのかもしれません。
■チーム+6%?
日常の生活に戻り、都会の喧騒にまみれていると海中が恋しくなります。こんな妄想に駆られました。もしも、今いるこの場所が海の底だったら。音のない世界で心と身体は自由になれるのに。
地球温暖化で海面上昇しないかな、本気でそんな気分になる今日この頃。ですが、ダイバーライフの基本はエコ。地球にやさしく今日も元気にチャリ通です。チリンチリン。
どこか遠くからレベルアップを告げるアラート音が聞こえてきました。
【本日のスキル】
- スクーバダイビングスキル:レベル3
- ニュータイプスキル:レベル1
- 呼吸法スキル:レベル8
- 集中法スキル:レベル10
- エコなスキル:レベル4
- 自己紹介スキル:レベル0