「前から辞めたがっていたね。今は引き止める理由はないよ」
[第2回]
前回は、転職前の退職の危険性についてご説明をさせていただきました。今回は、もう少し現実的な内容として事例を紹介させていただきます。
■ある36歳エンジニアの退職失敗例
斉藤さん(仮名)は、今年36歳になるシステムエンジニアです。現在、在籍している会社は、300名程の従業員を有する中規模のシステム会社です。
斉藤さんは15年前、専門学校を卒業し、新卒でユーザー系列のシステム会社に入社した後、7年前に現職に転職しました。理由は、システムの運用が中心の前職よりも、開発を中心に行うことができる現職の方がエンジニアとして技術力を高められると考えたからです。現職では、常駐型のSEサービスが中心だったため、開発業務を中心に数々のプロジェクトに参画しました。
斉藤さんの実力は常駐先のベンダやユーザーからも高く評価され、他社でも充分、力を発揮できるレベルに達していました。
希望どおりの環境に転職した斉藤さんは、一見充実しているかのように見えましたが、実は、大きな悩みを抱えていました。数年前から自分の実力が伸び悩んでいると感じはじめるようになっていたのです。
現在、彼が関わるプロジェクトは、詳細設計~開発~単体テストまでの業務フェーズが中心で、ほとんどが途中からの参画となります。つまり、システム会社のSEとしてユーザー先に赴き、ベンダやシステムインテグレータからの指示のもと、各プロジェクトに助っ人としてアサインされる開発要員でした。
開発能力を磨くために転職したのですが、ここにきて、これからのキャリアパスに限界があるということに気づいたのです。
斉藤さんは、悩んだ末、ある結論に達します。それは、キャリアアップできる環境に転職するということでした。
しかし、現在は、プロジェクトの真っ只中です。
「このタイミング自分が抜けてしまっては、大変なことになってしまうのでは……」
責任感の強い斉藤さんは更に悩みました。
■「前から辞めたがっていたね」
なかなか、良い解決策が見つからないまま、数日が経過しました。そのような状況の中、目標管理について上司と個別に話しができる機会があり、意を決して上司に相談してみようと考えました。
面談の当日、彼は上司に軽い相談のつもりで話を切りだします。ところが、話は思いがけない方向に進んでいきました。
実は、現在プロジェクトにアサインされず待機しているメンバーが数名おり、今すぐ交代要員としてアサインできる状況だというのです。
そして、話は思わぬ方向に進んでいきました。引き止められるのかと思いきや、上司からはこんな言葉が……。
「退職を考えているのであれば、このタイミングはスムーズだと思うよ」
実は、斉藤さんは以前にも上司に同様の相談をしたことがあったのです。当時は、好景気の影響もあり多数のプロジェクトが進行していました。人さえいればプロジェクトを受注できる。会社にとっては、猫の手も借りたいほどの忙しい時期です。
当時は、長期のプロジェクトにアサインされていたため、上司も必死の思いで彼を引き止めましたが、今は当時とは状況が違っていたのです。
「前から辞めたがっていたね。今は会社も余剰な人員を抱えているので引き止める理由はない」
と、引きとめられるどころか、退職を勧められる始末。
斉藤さんが満足できるプロジェクトにアサインされなかった背景には、彼の過去の言動により、再度辞めると言い出した時のリスクを想定して上司が仕組んだものだったのです。
このような経緯があり、斉藤さんは考えていたよりも早い退職を余儀なくされました。
ここで、転職時の注意点としてワンポイントアドバイスです。
辞意を軽々しく口にしてしまうのは禁物です。必ず退職の意思が固まってからにしましょう。
上司との信頼関係が壊れるとそれ以降のキャリアにも影響するだけでなく、転職を考えるにしても不利に働きます。辞意を口にするのは、それなりの覚悟が必要なのです。転職先の企業が決定するまでは、何事もなかったようにポーカーフェースでじっと待つ姿勢が大切です。
プロジェクト途中の退職は、周りに迷惑をかけるのではと思っている方は多いようです。特に経験の浅い若手に多いのですが、そのことはそれほど心配する必要はありません。心配していのは意外と自分だけだったりもするのです。
次回は、斉藤さんが転職活動の開始についてお伝えします。果たして、斉藤さんは転職に成功するのでしょうか?
アデコ株式会社
人材紹介サービス部
シニアコンサルタント
藤田孝弘