いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

リモートワークから働く意味を考えてみる

»

たまには一人になって考えよう

 日本の企業には是非、リモートワークを導入して欲しい。普通に働いていると、一人で考える時間が無いからだ。働いていると考えるべき課題は多い。だが、本当に考えているか自分に問うてみよう。自分で考えているつもりで、人に流されていないだろうか。一人で考えると、人の影響を受けない。なので、自分の考え方と向き合うことができる。

 普通に会社に行って、普通に隣に人がいる。毎週何時から定例の会議があって、進捗を報告。対策をドキュメントにまとめて、何度も同じことを説明して回る・・・。と、仕事をする上で人との関わり合いに割いている労力が多いことに気づく。

 人を説得したり、説明したりというのも確かに仕事だ。しかし、純粋に自分のやるべきこととは何なのか。リモートワークになると、純粋に「何をやったか」という結果でしか判断できない。人間関係や声の大きさで誤魔化しがしにくい環境ではないかと思う。

 そもそも、人を過密状態で詰め込んだオフィスなんて、仕事するには適さない環境だ。酸素が少なくてどんよりした感じが嫌だ。狭苦しい机に周りの視線。集中するには条件が悪すぎる。自由に動き回れないので、運動不足にもなりやすい。そういう、悪条件に対しての対策として、リモートワークを考えて欲しいものだ。

リモートワークを実現するには

 仕事をしていて、しょっちゅう人に何かを確認しなくてはいけないような環境なら、リモートワークを導入するのは難しいと思う。仕事のやり方が属人化しすぎているからだ。リモートワークには、それぞれが自分で判断して動けるだけの仕組みが必要だ。

 これは日本の企業の弱い部分だろう。職人芸的なものが好きなので、仕組みを作れない。また、雰囲気で判断することが多いので、何をもって評価するかという基準が作れない。「〜をやった」ではなく、「なぜ〜をしたか」という理由付けが徹底的に弱いからだ。

 そんな状態でリモートワークを実現しようとしたら、大きな壁にぶち当たるだろう。それが大事だと思う。壁にぶち当たることで今までの問題点をはっきりと認識できるだろう。今までこれでやってたから、という言い訳のできない状況に、自分自身を追い込むのだ。

 これだけでも大きな価値があると思う。今までの延長を、永遠に続けようとする仕事のやり方は、これからの時代に通用しない。価値観を切り替えるきっかけとして、リモートワークの導入は良い手段だと思う。

仕事はパフォーマンスではない

 リモートワークになると困るのは、パフォーマンスで仕事をしている人たちだ。忙しい姿を見せることで仕事をしてますのアピールをしている人や、人と仲良くしたり、つるむことで仕事をこなしているような人たちだ。パフォーマンスといっても、この場合は効率という意味ではない。

 人との関係で仕事をするのは悪いとは思わない。ただ、狭いオフィスでごちゃごちゃやると息が詰まる。大して仲が良いわけでもないのに、いちいち一緒に昼食食べに行くとか苦痛以外なにものでもない。仕事でそういうものを求められても、無駄な気苦労が増えるだけだ。

 一番嫌なのは、台風の日にずぶ濡れになりながら出社して「俺、がんばってるんだぜ!」みたいな頑張りを見せられることだ。また、変な連帯感で残業を強いられて、やってる内容がExcel方眼紙のマス弄りだったりすると、モニターを叩き割りたくなるくらいに憤りを感じる。

 リモートワークではこういう手は使えなくなる。多くのパフォーマー達にとってはゆゆしき事態となるだろう。反面、無駄な気遣いをする労力を本来の業務に向けることができるので、現代人特有の人間関係に疲れによる消耗は軽減できると思う。

仕事はのびのびとやるのが本来のスタイル

 率直思うのだが、東京は人が密集しすぎだ。ITもそこそこ発達してきたので、人と人とが物理的に近くなくてもできる事は増えた。一極集中もやるだけやったからそろそろ満足しただろう。一極集中のメリットを享受しつくしたので、そろそろデメリットが上回ってくる頃合かと思う。

 実際、私は大阪に住んでいるのだが、東京に比べるとかなり快適だ。通勤時間は一時間以内、通勤ラッシュといっても、東京に比べると断然緩い。やろうと思えば、徒歩通勤圏内で家を借りることもできる。名古屋や九州、仙台などでも、東京に比べるとかなり緩やかに過ごすことができる。

 通勤に片道1.5時間、往復で3時間。しかも、キュウキュウの満員電車に揺られて仕事場についた時には既に疲れている。こんな状態で生産性なんて語られても、「アホか!」という一言しか出ない。しかも、鶏小屋のようなオフィスで座りっぱなしだ。これは何かの拷問かと、本気で思うこともある。

 元々仕事というのは、もっと広々したところでのんびりやるものだ。狭いオフィスに人を詰め込むようになったのは、この百年くらいになってからだ。リモートワークというのは、仕事の形の進化というより、本来のスタイルに戻るという方が正しいと思う。

 

Comment(1)

コメント

コメントを投稿する