いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

老後の楽しみとしてのパソコン --Part2 パンドラの箱は開かれた--

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■老後を他人事と思っていないだろうか

 現役でバリバリ働いている人に問う。君に老後のプランはあるだろうか。たぶん、お金のことに関してはある程度のプランはあると思う。しかしここで問いたい。

 己の生き様にプランはあるか!

 誰にでも必ず老後は来る。しかし、お金さえあれば何とかなると思ってないだろうか。確かにお金で何とかなることは多い。しかし、仕事で魂が燃え尽きているようでは、お金があっても抜け殻のような哀れな余生しか望めない。

■人は皆、心にパンドラの箱を抱えている

 現在働いている人は忙しい。今で精一杯なので、老後のことなんて考える精神的余裕がない。そんな人にとって、老後というのはパンドラの箱のようなものだ。中にはいろいろな悩みや不安が詰まっている。絶対に開けたくないので、まるでそんなものがないかのように振る舞う。

 ただ、そんなパンドラの箱を勇気を持って開いて欲しい。ただし、箱の底に希望が残っている保証はない。残っていたとしても、残り物の希望にすがるようでは頼りない。きちんと自分で希望は見つけ出せるようにしよう。

■人生への反撃準備はできているか?

 私は第二の人生という言い回しが嫌いだ。一度死んだのかよ? 第二と言う限りには、輪廻転生信じてるんだろうな? なんてツッコミを入れたくなる。仕事は確かに人生で大部分を占める。いや違う。人生が仕事に占拠されているんじゃないだろうか?

 そこで、老後の楽しみとしてのパソコンだ。

 楽しみといっても、ショボショボと弄り回すのではない。持てる限りの情熱と叡智を詰め込んで、新しい境地を切り開くのだ。情熱と労力を惜しまずに注ぎ込んで突っ走るのは楽しい。キーボードを叩くのに体力はいらない。パソコンこそ、老人が存在の意義を実現するための最高のツールではないだろうか。

■そこでプランだ

 団塊世代は大きな間違いを犯した。燃え尽きるような働き方をしたことと、自己実現を仕事に頼りすぎたことだ。その結果、定年退職してから持て余したり、一気に体を壊して病院にかかりきりになる。これからの時代は、一生現役で突っ走れる気力と体力、仕事以外での自分の居場所が重要になってくると思う。

 仕事以外の居場所を確保するために、仕事とは別分野の技術を磨いてみてはどうだろうか。自分の本当に好きな分野の技術だ。定年で自由に時間が使えるようになったら、その技術を活用して、オープンソースでソフトを作ったり、新しい仕組みを作っていくのだ。これはきっと楽しいと思う。

 爺さんになっても、情熱を持ち続けたい。それも、長年積み重ねた技術や経験に裏付けされた情熱だ。そんな姿を見て、自分の後を歩く世代が奮起できれば最高だ。これからは若者が減るので、老人の力が必要になってくる。しょぼくれた余生を送りたくない。死ぬまで誰かに感動を与えられるような老人になりたいものだ。

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