いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

紙でできた巨塔(1) プロジェクトはもう死んでいる

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 「なんだ、これは?」

 静かなオフィスに机を叩く音が響いた。

 北斗野 健(きとや けん)。先日、彼はここ、竹尾ゼネラルカンパニーのプロジェクト「G7」の追加要員として、派遣会社から仕事を請け負った。普段はサーバの構築、管理を行っているが、スクリプトの類を組むのが得意で、コードも読めた。そして、ドキュメントの作成には定評があった。

 京都の事務所から東京へ出向が決まり、単身、東京へやってきた。もともと1人暮らしだったので特に困ることはなかった。そして竹尾ゼネラルカンパニーには、以前、難局を共にした同じ派遣会社の先輩、開発者の南野 将(みなみの しょう)がいた。また彼と仕事ができることが楽しみであった。

 プロジェクト「G7」とは、防衛庁より受注したシステムの構築案件だ。サーバの構築からソフトウェアの保守までを受け持つ継続案件だ。まだプロジェクトは始動したばかりだ。今回、竹尾ゼネラルカンパニーから資材管理のセクションを提案する、というフェイズだ。

 提案に先駆けて、検証作業が行われていた。しかし、なにやら社内の様子がおかしい。オフィス内で、ほとんど会話をする者がいない。かすかな違和感を胸に、北斗野はPCにログインした。渡されたプリントに書かれた通り、アカウントを設定してメールの送受信を可能にする。

 グループウェアにログオンして違和感は決定的なものに変わった。まだ始まってひと月も経っていないプロジェクトなのに、やけに登録されている人数が多い。隣に座っている女子社員に声をかけたが、セクハラと言わんばかりに不機嫌そうな顔を向けた。何か悪いことをしたわけでないが、罪悪感を感じた。

 「あぁ、前任者よ」

 そう答えて、彼女は再び画面に視線を戻した。方眼紙にヒエログリフのような図形が書かれたExcelファイルをマウスでこねている。……Visioがインストールされているんだから、それ使えば早いんだが。そんな思いを胸に、向かい側に座る人の良さそうなフドウ課長に声をかけた。

 「前任者って、何かあったんですかね?」

 「あぁ、PMの亀田部長に切られたよ」

 「切られた? それにしても人数が多いと思うんですが」

「どうやら、マネイヂメントとやらで切られたそうだ。腕の立ちそうな奴だったけどねぇ……」

 グループウェアを閲覧する限り、1人、2人ではないようだ。すでに4人、名簿には載っていないアカウントが残っている。辞めた人のアカウントをそのままにするとは、どれだけ管理が行き届いていないんだろうか。

 とりあえず、案件の情報がどこに載っているか探すがなかなか見つからない。工程表ばかりが目につくが、ろくにドキュメントが書かれていない。

 「一子相伝なんだ(笑)」

 フドウ課長が苦笑いする。

 「ほら、\\192.168.1.231\shareってエクスプローラで入力して資料を確認して」

 名前解決すらサーバに設定されていないようだ。言われたパスを入力してファイルを見て愕然とした。まず、ExcelとPowerpointのファイルしかない。しかもExcelファイルはすべて方眼紙構成、何一つ文章が書かれていない。強引に組み合わせたオートシェイプに、投げやりな説明がテキストボックスに書かれて書かれているだけだ。Powerpointのファイルはタイトルが微妙に違うだけで、内容はほとんど同じようなものばかりだ。

 「これで仕事をするつもりなのか?」

 「あぁ、亀井部長の指示だからね。」

 「亀井部長はMS Officeを使えるのか?」 

 「いや、そんなことよりスキル重視だ。という持論を曲げない。最近では効率の悪いテンプレートや手法ばかり運用に取り込む上に、やたらとチェックが厳しい。スキル以前に作業に支障が出てるんだが……。この前、それに抗議した派遣の人が数人、契約解除されたみたいだけどね。」

 それを聞いて北斗野の何かが切れた。こんな人にプロジェクトを任せておけない。プロジェクトの初期段階だというのに、ろくなドキュメントも作成できない。高いスキルを謳いつつも、Officeすら、ろくに使えない。いったい何を考えているんだ。

 資料は熟読して概要は掴めたが、ドキュメントの質が悪すぎる。北斗野は印刷されたドキュメントを弾いて、机を叩いていた。そして、無駄に大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

--続く--

Comment(7)

コメント

sa

お~~
Anubisさんの小説だ!!
続きが楽しみです。
「ヒエログリフ」Wiki で調べました。

Anubis

>saさん

どうも。本人です(笑)

リーベルさんが毎週月曜の朝というう流れをせっかく作ったので、次回作まででもと繋ぎで書いてみました。今月分はもう書きあがってますが、期間的には二ヶ月くらいかな。

当方、小説は本業ではないのでいろいろな大御所からネタをパクリまくっています。まぁ、持てる力を振り絞ってリーベルさんの次回作までこの流れを繋げてみるか!?

※コメントに答えるかどうかは本人の気分と内容によります。

数字

しょっぱなから"竹尾ゼネラルカンパニーのプロジェクト「G7」"で笑わせてもらいました。
次回掲載楽しみにしています。

懐かしい

社長は小学生なのか…
リーベルさんの小説よりも悲惨な結果になりそうだ

Anubis

事業主自体、逆に普通の社員より考えが甘いことがある。そこをちょっと皮肉って"竹尾ゼネラルカンパニー"の名前を使ってたりします。
たまに小学生レベルのダダをこねる方もいますからね・・・。

読者

リーベルGさんの小説と同じく、リアルにまた怖い雰囲気ですね。
あと個人的な感想なので気に留めなくても大丈夫ですが、ただ悲惨さを追い求めるのでなく、ザ・ゴールやクリティカルチェーンみたいに、「問題を、良いプラクティスや手法・活動でもって解決・克服していく」内容に焦点をおいたAnubisさんの小説も、勉強になりそうで読みたいななんて思いました

Anubis

>読者さん

ありがとうございます!頑張って書きます。

・・・といいつつ、既に最後まで書いていたりする。

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