【小説 しょっぱいマネージャー】第五話 高校デビュー
その日の午後3時。
常駐先であるサガス・インフォメーションの会議室。
そこで雄一はホワイトボードを背にし卓に向かっていた。
隣には顧客側の担当である三浦部長が座っている。
会議室の扉が開き、ぞろぞろと各チームのリーダーが会議室に入って来た。
どの面々も雄一の顔をチラッと見る。
雄一は今朝まで同じ立場だった各リーダー達にどう思われているか気にはなったが、それは顔に出さないようにした。
ここで不安そうな顔をすれば、軽く見られてしまう。
嘗められた挙げ句、野平部長みたくボロ雑巾にされて捨てられるのはゴメンだった。
雄一は唇をぐっと引き結び、気を引き締めた。
リーダー達の目を見る。
室内に緊張が走る。
「皆さんに報告があります。残念ですがPMの野平部長が正式にこのプロジェクトから離れることになりました」
三浦部長の一声に誰も表情一つ変えなかった。
「やっぱりか」そういう受け取り方をしているようなリーダーたちの態度が雄一をして困惑させた。
(今まで一緒に仕事して来た人間が抜けるというのに、悲しむとか驚くとか、もっとこう......リアクションは無いのかよ)
「ですが皆さん、安心してください。私の隣に座る有馬さんがPMを引き受けてくれました」
三浦部長に促され、雄一は挨拶の言葉を述べた。
「この度、PMに就任した有馬です。プロジェクト管理なんてやったことはありませんが、何とかやり遂げて見せます」
パチパチパチ......
谷中だけが小さく拍手してくれた。
「有馬さんは、皆さんが断ったPMという大役を快く引き受けてくれました。そんな彼を皆さんの力でサポートしてあげてください!」
(え!?)
雄一は思わず三浦部長を見た。
笑顔が張り付いた横顔は各リーダーの方に向けられていた。
(『有馬さんしかいない』とか何とかのたまってたくせに、ここにいるリーダー全員に声を掛けてたのかよ)
何だかモヤついた口惜しさを感じながら、腹の中で結論が出た。
(最後に声を掛けられた俺がPMになったってことは、他のリーダーはPMなんてやりたくねえってことじゃねえか)
向かって右から、リアルの池江、バッチの谷中、そしてインフラの田原。
AIチームのリーダーは打診を受けたかどうかも分からない。
ただ言えるのは、どんな事情か分からないが少なくともこの3人はPMなんてまっぴらゴメン、だということだ。
(もしかして俺はとんでもないことを引き受けたんじゃねぇか)
そう思うと背筋がゾッとした。
見たところ3人共、雄一より年上で仕事ぶりはそれぞれだが、見ていてベテランといった風情を感じる。
そんな奴らが断ったプロジェクトマネージャーという役割は、もしかしたら物凄く険しく悲惨な貧乏クジなのかもしれない。
ふと、公開処刑の末、ピクリとも動かなくなった野平部長を思い出し、口の中が緊張でカラカラになる。
「あの......三浦部長......」
「有馬さん、移行チームのリーダーとPMの二足のワラジ......大変だと思うが期待していますよ」
柔和な笑顔でもって肩をポンと叩かれた。
この場に及んで大役を断ろうとした雄一の機先は制された。
だが、雄一もこのまま黙ってはいられない。
「やっぱ大変だと思うんですよね。弊社の藤澤も抜けた訳だし、その辺を考えるとPMやりながらはやっぱり......」
「そこは安心してくれ。ちょっと年はいっているがサガス・インフォメーション経由でスペシャリストが見つかった」
「は、はあ......」
こうやって徐々に外堀から埋められていく形で雄一のプロジェクトマネージャー就任は既成事実として成り立っていった。
雄一は腹を決めることにした。
何より自分は桜子のために管理者の道を歩むのだと、コミットメントしたのだ。
彼女に技術を極めてもらうために。
自分はその後押しをするために。
「あの......有馬さんがPMになられたのは分かりました。では早速なんですが、スケジュールについて相談してもよろしいでしょうか?」
池江が新米プロジェクトマネージャーである雄一を見据えてそう言った。
「はい。何でしょうか」
「昨日の進捗会議でも話題になった開発環境の件です」
「はい」
(ほら、早速来たぞ)
雄一は身構えた。
「野平さんのミスで開発サーバがまだ来ていない。本当なら5月終わりには搬入されていたはずなんだ。マスタスケジュールによると開発は6月中旬から。つまりもう1週間も無い」
「はい」
「聞いた話によるとサーバは発注から搬入まで、工場の都合で1週間は掛かるとのこと」
「はい」
「そして、インフラチームによると開発環境の構築はミドルのインストールやネットワーク設定やらで2週間は掛かると言っている。その後、我々のデプロイ作業がある。これがどういうことだか分かりますか?」
「はい」
雄一は神妙な表情で頷いた。
しばしの沈黙の後、池江は我慢出来ないといった様子で再び訴えるように喋り出した。
「つまり、我々の開発が最大で3週間以上遅れるという事なんですよ!」
予測通りの訴えだ。
そしてこう続くのも分かっていた。
「そうなると、スケジュール上1週間で物を完成させなきゃならない!」
「はい」
「それに、来週から参入する開発メンバーが遊ぶことになる。その無駄になる金はどうしてくれるんだ?」
池江の語気が次第に荒くなって行く。
彼の会社は一括請負でこのリアル系の仕事を請け負っている。
派遣と違い、働いた時間分金を貰える立場ではないのでスケジュールの遅れには敏感だ。
作業が後ろ倒しになればなる程、時間を掛けた割に報酬が低いという不当な目に合う。
最悪赤字だ。
反対に、如何に時間を短縮して成果物を出せるかが儲けに繋がる。
だから、メンバーが暇をもてあまし遊ぶことを忌み嫌うのだった
「おい!」
先程から「はい」としか応えない雄一に苛立っているようだ。
「あんたホントに分かってんのか?」
業を煮やした池江は大声を出した。
新米だろうが古米だろうが容赦しない。
池江のそんな決意表明ともとれる激しい言葉が雄一にぶつけられる。
リーダーである池江は雄一個人に恨みは無いのだろうが、こうして突っかかって行くことで自らの立場を守ろうとしている。
「分かってますとも! 何とかします!」
それに対して雄一は胸を張り自信たっぷりに返した。
この雄一の態度を池江は予測がつかなかったのか、彼にとっては良い回答なのにたじろいている。
「開発サーバについては用意します。......っていうか、もう用意出来てます」
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2時間前。
「そうですか。受けてくれますか」
「はい」
雄一と三浦部長は会議室で卓を挟んで向かい合っていた。
福島課長に説得された雄一は、三浦部長にプロジェクトマネージャーになることを告げた。
「いやぁ、これで一安心だ。誰も受けてくれなかったから、どうしようかと......」
「え?」
「いや、何でもない。さてと......では、早速だが各リーダーに有馬PMをお披露目しようかね」
「待ってください。条件があります」
スマホを耳に当てようとした三浦部長は、その手を下ろし雄一の方を向いた。
「何かね?」
「こういうのって最初が肝心だと思うんですよ。え~っと、例えば中学の時パッとしなかったヤツが高校入学のタイミングで長ラン、ボンタンに、リーゼントで決めてクラスメイトを威嚇する、みたいな」
「つまり?」
「だから、デビュー戦が重要なんです」
雄一は例え話を止め、率直にこう切り出した。
「すぐに開発サーバを用意してください。それこそが、俺がPMをやる条件です!」
来週から開発が始まるのに、開発サーバが来ていない。
このままではプロジェクトに大幅な遅れが出てしまう。
プロジェクトマネージャーになって最初にぶち当たる壁が、この問題だろう。
「野平から見積書と承認依頼が来ていない」
「そこを顧客担当として、そしてシステム部部長として上手いことやってくれませんか。でないと、俺はプロジェクトマネージャーになっても野平部長の二の舞になってしまう」
眉を下げ手を合わせ、哀願のポーズをとった。
兎に角、初っ端でメンバーやリーダーに頼りになるところを見せないといけない。
それはバンド活動でリーダーをして来た経験からも知っていたし、何より軽く見られては今後の活動に支障を来す。
「う~ん」
腕を組み考え込む三浦部長を見て雄一はこう思った。
(下手に出過ぎたか......? こっちはお願いされている立場なんだ。ここはガラリと態度を変えて上から目線で行くか?)
「あのぉ、どうっすかね? 俺の言ってること分かりますぅ?」
それまでの弱り切った顔とは正反対の詰め寄り顔で問い詰めた。
だが、雄一の打ってくる小賢しい駆け引きなど毛程も気にしていない風情の三浦部長は「あ」とすっとんきょうな声をあげた。
「いいのがあった。別のプロジェクトでもう使わなくなったサーバが何台かある。希望するスペックよりは劣るかもしれんがそれを融通しよう」
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「......あるんだったら、それを早く言ってくれよ」
池江の表情は複雑だった。
安堵ともとれる溜息をついたかと思うと、雄一を恨めしげに見たりする。
貸しでも作ろうかと思ったのだろうか。
あっさり躱されてしまったことで責めるためのエネルギーの行き場が無いのだろう。
雄一だって手ぶらでプロジェクトマネージャーになるつもりは無かったのだ。
こうやって次善の策を打っておくことで、初戦でのインパクトを手に入れるつもりだった。
「多少スペックは劣りますか、4台ほど調達出来ました」
「は?」
それまでずっと口を開かず、やり取りを静観していた田原の眉がピクリと動いた。
雄一はあえてそれを無視して続ける。
「早速、インフラチームにこのサーバへミドルのインストールやネットワークの設定をして頂きたい。出来れば来週から使えるように」
田原の方を見据えて指示を出す。
だが、彼は雄一と視線を合わそうともしない。
何も置かれていない卓の上を見つめたまま、言葉すら発しない。
重苦しい沈黙が流れる。
「田原さん。出来るか出来ないか、回答をお願いします」
しかし、沈黙が続く。
田原のメガネのレンズが蛍光灯に照らされてブルーに染まる。
瞳が見えないので表情は分からないが、まるで何も発言していないことで雄一に何かを訴えているかのようだ。
「それ、本来用意されるべきサーバ......つまり我々が見積もりを出したサーバじゃないってことですよね?」
雄一に視線を合わせることなく、けだるそうに口を開いた。
「はい。三浦部長にお願いして余ったサーバを融通して頂きました」
「スペックは?」
雄一はサーバの仕様書を手渡した。
一目見た田原はこう言った。
「これじゃ全然足りない......」
「え?」
「我々の出した見積書、ちゃんと見ましたか? 今回用意して頂いたサーバはCPU、メモリ、ディスク、どの指標においても我々が業務と擦り合わせ導き出した見積もりから程遠い」
田原は同意を求めるように、池江の方を向いた。
「例えば、メモリ。1つのサーバにORACLEのインスタンスを3つ作る予定です。開発用、結合テスト用、そして保守用。用意して頂いたサーバのメモリは9GByteだが、作成するインスタンスは1つあたり8GByteを予定しています。最低でも24GByte。否、アプリケーションサーバから接続される際に起動するサーバプロセス分を加味すると28Gbyteは必要」
全然足りないのは火を見るよりも明らかだった。
その後も田原は雄一の秘蔵っ子である代替サーバのスペックを批判した。
「あと、これは指摘する以前の話だが4台では足りない。開発環境のサーバ構成図を見ましたか? データベースサーバは2台構成のRACで、アプリケーションサーバも2台。社内用、社外用Webサーバがそれぞれ1台ずつ。バッチサーバが1台。そして、AI用のサーバが1台。合計で......」
「は......8台です」
責め苦に耐えられず、雄一は自ら答えを発した。
「私たちは見積もり通りの物が作れるように構築手順書もチェックリストも作成し、人もアサインした。だが、こんな小手先のサーバ群には手順書が対応していないので構築出来ません。小手先の対応で我々を動かそうとしないで頂きたい」
雄一は腹の底から何かが逆流してくるのを感じた。
プロジェクトのことを考えての行動をとっているのに、それを批判ばかりしてくる田原の態度が気に食わなかった。
何故、同じ目的のために集められたメンバー同士でいがみ合わなければならないのか。
確かに彼の言うことは正しい。
だが、今は正論を言っている場合じゃない。
こんな状況に至っては、妥協し合って先に進まなければその先は無い。
「あーだこーだ言ってないで、開発環境何だから取りあえず動けばいいんですよ」
雄一は田原をやり返す気持ちが出てしまい、つい投げやりな感じで言ってしまった。
周囲の冷たい視線を感じた。
つづく
おまけ
「雄一の考えた高校デビュー」
コメント
桜子さんが一番
僕は中学の頃、絵に描かれたような恰好でしたw(髪型以外)
高校から全部普通にしました。こうゆうタイプはなんて言われるんでしょうね?w
今週は桜子さん出てこないので絵の感想でしたw
VBA使い
うわー、顧客とチームメンバーの間での追い詰められ!!
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>こうゆうタイプはなんて言われるんでしょうね?
大喜利のお題みたいですが、高校引退ってところですかね。
私の中学の頃もこんな感じのメンバーがいましたね。
ワルは女にもてる。
年代的には80年代から90年代初頭のクラシックスタイルというか、今は絶滅危惧種でしょう。
以外にお金のかかるファッションですし。
湯二
VBA使いさん。
コメントありがとうございます。
実際の現場でもPMって責められるてるような気が。
私の周りだけでしょうか。。。
旗振りがちゃんとしてるかしてないかでプロジェクトが大きく左右されるから、周りも一言言っとかないと、ってなるんでしょうね。
管理職は大変だなあと見てて思います。
匿名
池江が雄一に作ろうとしたのは「貸し」では?
湯二
匿名さん、指摘ありがとうございます。
貸しですね。
雄一は借りを返すほうか。
これ、よく間違えてしまいます。