【小説 エンジニアの事故記録】第六話 嘘つき
「僕は君のことを......」
「ガハハハハっ!!」
突然、隣の席で大笑いが聞えて来た。
「それでさ、俺がパワハラだろって言って、部長のやつをぶん殴ってやったんだよ! そしたら何て言ったと思う?」
「えー? なになに?」
「ごめんなさい、これから気を付けますだって」
「アハハハ! どっちがパワハラだよ!」
幸一郎と渚沙が座っている席の隣の席で、後から来たカップルが馬鹿話をしていた。
初めは店の雰囲気を考慮してか、声のトーンを低くして話していたが酒が入るなり、この有様だった。
男の方は黒いスーツに金のネックレスを付けた金髪短髪のホストっぽい輩だった。
女の方は茶髪が腰まであり、上はタンクトップで下はデニムのミニスカから長い脚がのぞく化粧の濃ゆい輩だった。
「そろそろ出ようか」
隣のカップルを見ながら渚沙はそう言った。
大騒ぎが止まらず、真面目な話が出来ないと悟ったのだろうか。
「はい......」
幸一郎は食後の珈琲を飲み干すと、会計をするため店員を呼んだ。
ここで告白したいと思っていた幸一郎は計画通りにならなかったことを嘆き、隣のカップルに一瞬だけ嫌味のこもった視線を投げかけた。
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「美味しかった。ご馳走様」
「いえ。時間を取ってくれてありがとうございます」
「もう。また、敬語」
「あ、はい」
「まあ、いいけど」
店を出た二人は夜の街を歩いていた。
勘定は幸一郎が全て持つと言ったが、渚沙がそれは「出来ない」と言い張った。
全部払うことでカッコいいところを見せたかったが、「そういう関係じゃないから」と言う彼女の一言が胸に刺さって、その刺抜けない。
あまり頑ななのも嫌われると思い、幸一郎が2/3、渚沙が1/3を払うことにした。
不利な事象が頻発している。
だが、幸一郎はそんな劣勢に立たされながらもまだ希望を持っていた。
(まだ「アレ」がある)
「小山君が来れなかったのは残念だったね」
「あ......ああ......」
幸一郎は両手に持っている百本の赤い薔薇を落としそうになった。
まだ渚沙が小山のことを気にしていることにショックを受けたのだ。
(居ない人間より、今ここに居る人間だろ!)
と、心の中で叫んだ。
「今日も吉田課長と小山君、言い合いになってたね」
「そ......そうですね」
「大竹君は、どっちのやり方いい?」
どっちとは、吉田課長と小山のことだろう。
「そうですね......小山君のやり方は事故を防ぐにはいいと思いますが、そこまでやる必要あるのって思う時はあります。吉田課長は、まあ立場上、工数も気にしないと行けないし事故も起こしちゃいけないから、ああいうやり方になってるのも仕方ないかなあと思ってます。今の時点ではどっちがいいとは言えないけど、ほどほどがいいなとは思ってます」
と、渚沙が小山のことを気にしてばかりいるので、彼をちょっと否定して見た。
「うん。だけど、私は来た時から小山君がいたから今みたいなやり方が慣れてるというか、やり易いかな。前に居たプロジェクトは、言っちゃ悪いけどやり方がなあなあで皆適当にやってたから事故が良く起きてたもん。まとめる人もちゃんとやって無かったし」
渚沙は小山派のようだ。
「あ、私、電車で帰るからここまでで。今日はありがとう」
駅の手前で渚沙は手を振り、そのまま別れようとした。
それを遮るように幸一郎は回り込んだ。
そのはずみで、薔薇の花びらがフワリと零れ落ちた。
「ちょっと、見せたいものがあるんで少し時間いいですか?」
「あ......はい。そう言えば、さっき言いたいことあるって言ってたね......」
渚沙は困惑したような顔色で、幸一郎を見つめた。
彼の余りの切迫した様子に気圧されているようだ。
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「なに!? この車!」
コインパーキングに停めてある幸一郎の車を目にした渚沙は、驚きの声を上げた。
この車こそ、幸一郎にとっての切り札だった。
給料を頑張って貯めて購入した軽のワゴンタイプの車である。
店を出て幸一郎に促されるまま付いて来た彼女は、酔い覚ましの散歩のつもりだったのだろう。
得意げに助手席のドアを開ける幸一郎を見て、こう言った。
「大丈夫だよ! 一人で帰れるよ!」
と、後ずさりしながら硬い声で断りを入れて来た。
「いや、夜も遅いんでお送りします!」
「まだ八時半だよ。大丈夫だって。あっ、さっきお酒飲まなかったのは車で来たからだね」
渚沙は苦笑いし、それでもやはり、断りを入れ続けて来る。
「......って言うか、大竹君って車運転するんだね」
渚沙は意外そうな顔をした。
恐らく、職場で不器用な彼が車を運転するという事実が意外だったのだろうか。
車の運転は、常に決断を迫られる。
あとどれ位で対向車がこっちに来るか判断して、右折するかどうか決めたり。
脇から侵入しようとしている車を、入れてあげるか周りの状況から判断したり。
命がかかわるので、的確な判断を素早く行う場面が多い。
仕事も同じだ。
要所、要所で決定していかなければならない。
時には、迅速な対応だって必要である。
幸一郎は、不器用がゆえの慎重過多で決断を先延ばしする傾向があった。
それは小山の分析でも十分自覚していたし、自分でもよく分かっていた。
彼女が同乗への誘いを断り続けるのは、幸一郎の仕事振りを振り返って、彼の運転は大丈夫なのだろうかと警戒しているのが原因だと考えられた。
幸一郎はそう思うと多少のショックを受けたが、ここで引き下がると言うことは、後悔を持ち帰るということが目に見えていたため、険しい顔をする渚沙に食い下がった。
「大丈夫です! 運転には細心の注意を払うし、それにさっき話したかったことも話せなかったし!」
元々はこの夜のドライブは、フレンチでの告白が成就した後の楽しみとして取っておいたものだ。
晴れて付き合うことになった二人が、夜のデートスポット「虹の端公園」で夜景を見るという計画だった。
だが、今となっては、この車内でしかチャンスは無い。
そんな四苦八苦した余裕のない幸一郎の様を見て取ったのか、未だ渚沙は戸惑っていた。
二人の間に数秒の沈黙が流れた。
ぽつりぽつりと雨が降り出した。
幸一郎の愛車のボンネットを水滴が流れて行く。
「雨」、と思った瞬間、バケツの水をひっくり返したかのような雨がザアッと降り出した。
その雨から逃げるように渚沙と幸一郎は車に乗り込んだ。
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「こんな激しい雨が突然降るなんて、まさに夏って感じ。異常気象だね」
助手席に乗った渚沙は窓の外を見やりながらこう言った。
「良かった。大竹君が車で来てて」
「役に立ててうれしいです」
「でも、車が出てきたときは驚いたよ」
「あはは......夜道は危ないですから何かあってからでは遅いです。送るつもりで用意させていただきました」
車の中はクーラーが効いてて涼しく快適なのもあっただろうし、何より大雨をしのげたという安心感もあるのだろう。
先程までの重苦しい雰囲気が少し和んできていた。
「あ、だいぶ雨も落ち着いて来たね。あそこの角を曲がったところで降ろしてくれていいよ」
「は...はい」
<武田ノボルの夜のニコニコワイド! さて、今夜のメッセージテーマは、カッコ悪い振られ方。みんなの面白い失恋エピソード待ってるよ! メールはnoboru@xxx.xx.xx、FAXはxxx-xxx-xxx。ノボル賞に選ばれたリスナーにはスペシャルウイークにちなんで、一万円をプレゼントしちゃうぞ! では、まずはこの曲から......>
陽気なラジオパーソナリティの声が邪魔だと判断した幸一郎は、カーラジオの音量を小さくした。
「ん? どうしたの?」
急にラジオの音を小さくした幸一郎を、怪訝そうな表情で渚沙は見つめた。
あの角を曲がれば、チャンスが終わってしまう。その前に、言わなければ。
ちょっといい雰囲気になって来たと思った幸一郎は、ここぞとばかりに切り出した。
「さっき、言おうとしたことなんですけど......」
「はい」
先程までの和んだ雰囲気が、一気に硬く緊張感を含んだものになったのが分かった。
「僕はあなたのことが初めて会った時から好きでした」
言っちまった。幸一郎はそう思った。
賽は投げられたのだ。
「付き合ってください!」
暗がりでハッキリとは分からないが、雰囲気から渚沙の表情が硬くなっているのが何となく分かる。
そんな幸一郎から彼女は視線をそらし、窓の外を見つめたままこう言った。
「私、嘘を付く人はちょっと苦手かな」
「え?」
幸一郎は目を丸くした。
(僕は一体何の嘘を付いたのだろうか?)
ハンドルを思わず強く握りしめ、混乱を押さえようとした。
「それに」
(それにってなんだ?)
「私、小山君と付き合ってるし」
つづく
コメント
匿名
渚沙の言っていることが事実だとしたら、小山最低だな。
atlan
え? 小山って付き合ってる彼女に男あてがおうとしてるの?
それとも彼女の妄想?
湯二
匿名さん。
コメントありがとうございます。
これが事実なら確かに酷い、、、
湯二
atlanさん。
コメントありがとうございます。
さて、どういう展開にしますか、、、
確かに妄想だったら面白いかもですね。
ぼんやり考えてはいます。
匿名
「車、マジで、運転するの?」
湯二
匿名さん。
コメントありがとうございます。
自分の前のコラムを使いまわしている、そんな小説です。
手抜きではありませんよ!