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【小説 エンジニアの事故記録】第一話 一目惚れ

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 ブロンズ情報システムが請負っている「婦人服通販・売上管理システム」開発プロジェクトは、ここのところエンジニアによる事故が続いていた。

 操作ミスで設定ファイルの権限を変えてしまったとか、リリースしたプログラムの一部が過去のものになっていたとかは、まだ可愛い方で(実際は、ちっとも可愛くは無いが)酷いものになると、本番作業中のミスで顧客データの一部を消去してしまったといった取り返しのつかないものまであった。
 その度に、プロジェクトマネージャーである吉田課長は、客先であるファッション通販大手「ベルルーノ株式会社」に頭を下げに行っていた。
 幸い、優しいお客様であったため、怒られると言ってもネチネチと説教されることも無かったが、

「次はありませんよ」

 と真顔で釘を刺されるという、かえってキツイお叱りを頂いていた。
 そして何より、彼にとって厄介だったのは自社の上層部から浴びせられる叱責だった。
 事故を起こしているのは彼自身では無く、実作業をする自社の若手社員だったり外注社員だったりしたが、結局それらは全てプロジェクトを統括管理する彼の責任となって重くのしかかる。
 日々、再発防止策に頭を悩ませる日々だった。
 昨日の晩も会議室で小一時間、本部長殿から攻め立てられた。
 それが原因で家に帰ってからもろくに眠れなかったようで、今朝も眠そうな目をしながら朝会のとりまとめ役をしている。
 朝会とは、毎朝九時から開発室の隅にある会議卓にプロジェクトメンバー全員集まって行う、五分から十分程度の打ち合わせのことである。

「このプロジェクトは一年以上在籍している方が多いです。とにかく、みなさん慣れたと思っても油断せず、もっと気を引き締めて作業してください。取りあえず本番環境で作業を行う時は、私に一言声を掛けてください」

 吉田課長はプロジェクトメンバー全員に対してそう声を掛けた。

「あの......」

 おずおずと、外注社員の田淵が手を上げる。

「何ですか?」
「吉田課長ががいないときは、誰に声を掛けたらいいのでしょうか?」
「そうだな、小山君に声を掛けてください。」

 小山はブロンズ情報システムの若手社員だ。
 二十八歳、今年で五年目。吉田課長の直下で将来のリーダー候補としての教育を受けている。

「データをちょっと参照するだけでも、いちいち声を掛けないといけないんですか? それってちょっと効率悪いですよ」

 その小山が吉田課長に反論した。
 御年五十歳、吉田課長のこめかみの青筋がピクついた。

「それに声掛けたからって事故が減るわけじゃないし、事故が起きてるのは大抵、計画作業とかデータパッチとかの、つまりは環境変更の時だから、そこで防げるような仕組みを考えましょうよ」
「むむ......」

 吉田課長は、小山の意見を良とも否とも答えず、次の話題に映った。
 小山はそんな吉田課長を、呆れた顔で見ていた。

 こうした朝会のやりとりを大竹幸一郎は、真面目にメモを録りながら聴いていた。
 ふと、顔を上げると向かいの席に座っている水谷渚沙と目が合った。
 渚沙は幸一郎が何か発言すると思ったのだろうか、眉を上げ「ん?」と言うような顔をした。
 そのしぐさにドキリとした幸一郎は、思わず顔が赤くなり下を向いてしまった。

「では、今日も一日頑張りましょう」

 吉田課長の締めの挨拶で今日の朝会も終わり、メンバー全員、会議卓から自分の席へ向かって行った。


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 幸一郎は自分の席に着き、マウス左右に動かしてスクリーンセーバーを解除した。
 ロック画面が表示され、IDとパスワードを入力し再ログインする。
 デスクトップ画面が表示される。
 タスクバーの隅にメールマークが灯っていのに、幸一郎は気付いた。
 グループウエアのメーラーを確認すると、渚沙からメールが来ていた。

 「To:大竹さん

  お疲れ様です。水谷です。

  返事が遅くなって、ごめんなさい。
  今日の飲み会参加可能です。
  ちなみに、小山君は来るんだよね?
 」

 幸一郎は、嬉しさが腹の底からジーンと込み上げて来るのを感じた。
 その感情が、自分の口角を自然と押し上げている。
 周囲の目もあるので、ニヤリとした顔を真面目な顔に戻そうとしたが、なかなかそれも出来なかった。

 「To:水谷さん

  お疲れ様です、大竹です。
  参加、ありがとうございます。
  小山君も来ますよ。
  同い年同士で楽しく話せたら幸いです。
 」

 渚沙にそう返信した幸一郎は、今日の仕事に取り掛かった。

 大竹幸一郎は、今年二十八になったばかりのエンジニアだ。
 ニッポーシステムズという社員三十名ほどの会社から、このプロジェクトに派遣されている。
 彼のここでの立場は、プログラマである。
 同い年のプロパー社員ある小山が作った設計書を元に、幸一郎はプログラムを作っている。
 そして、もう一人同い年でこれもまたプロパー社員である水谷渚沙は、今年四月にこのプロジェクトに配属されたばかりである。
 今年でこのプロジェクトに派遣されて三年目になる幸一郎は、協力会社として入っているとはいえ、渚沙よりは多少業務と開発に慣れ親しんではいた。
 そのため、プログラマとして来てまだ数カ月の渚沙に対して、色々と教える機会が多かった。
 幸一郎にとっては、自分の知識と技術力を出汁に、渚沙と接する機会が作れるのは願ったり叶ったりであった。
 つまり、彼は渚沙に惚れていたのである。
 それも一目惚れだった。
 だが、三カ月たった今になっても、渚沙の気持ちはまだどうなのか分からない。
 幸一郎の方も仕事の合間に冗談の一つでも言いつつその辺りを探ればいいものを、私的な会話を交わしたことは、ただの一度も無かった。
 高校の頃、一度だけ告白された女性と付き合ったことはある。
 そういった自分が優位な場合の恋愛には多少の経験値はあったが、自分から好きになった相手と付き合うまでの経験は皆無だったためどうしていいか分からないのである。
 このメールでの飲み会の誘いも、幸一郎と二人きりでは渚沙も参加しにくいと思い、小山も参加させる予定として設定したものである。
 いつか三人でランチをした時に、渚沙がこう言ったのを小山は覚えていたようだった。

「このプロジェクトの同い年だけで飲み会したいね」

 そして、彼は幸一郎の気持ちも察していたようだ。
 だから、小山は「渚沙と幸一郎のきっかけづくり」と気を利かせたようで、この飲み会を開くことを幸一郎に提案したのである。


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 職場の近くにある焼き魚が売りの定食屋「小戸屋」は、ランチタイムにもなるとサラリーマンとOLでごった返す。
 レジ横のカウンター席で幸一郎と小山は今日の飲み会について話し合っていた。
 
「俺は予定通り来ないから、一人でしっかり頑張れよ」
「ああ、分かってる。でも緊張するなあ......」

 幸一郎は緊張のあまり、せっかく頼んだ銀鱈みりん定食に箸をつけれずにいた。
 二人きりの飲み会にして、そこで告白を大成功させるのが今日の目標である。
 始まる前からおどおどしている幸一郎を見かねて、小山がこうアドバイスした。

「いいか、最初は雑談から入って気持ちをほぐしてやるんだ。そうやって打ち解けてから、はっきりと言ってやるんだ」
「何て言えばいいんだよ?」
「お前、ホントに女とまともに話したこと無いんだな。自分の気持ちを水谷に言えばいいんだよ」
「でも、振られたらどうするんだよ」
「それはやってみないと分からないだろ。だから、今日の会があるんじゃないのか?」

 幸一郎のなんだか煮え切らない態度に、小山は仕方ない奴だなと呆れたような感じで溜息をついた。

「世間話って何を話せばいいんだ?」

 幸一郎と小山は高校の同級生だった。
 会社が違っても親し気にため口で話したり、こういった世話をしたり、してもらったりしているのはそのせいでもある。
 あることがキッカケで親しくなった二人は、高校卒業を機に離れ離れになっていたが定期的に連絡を取り合い、たまに会うこともあった。
 そして月日は流れ、偶然にも幸一郎が派遣されてきたことで、会社は違えど同じ職場で二人は仕事をすることになった。

「俺と話すときみたいに自然に話せばいいんだよ。お前は高校の時の不器用がまだ治ってないなあ」

 そう言われると、高校の時に彼女がいたことを話して小山に反論したくなった。
 だがそれは長年、ある理由から小山に秘密にしておいたことなので言わずに我慢した。

「水谷さんって、彼氏いるのかな?」
「さあ......俺の見立ててでは今はいないと思う。同期で入社したての頃、大学の頃、彼氏がいたって話は聞いたことがあるが......」
「えっ!? まじで」

 幸一郎にとってこの事実は初耳だった。
 その事実に慌てふためき気分を落ち着かせようと、水をがぶ飲みする。
 その様を見た小山は、なだめるようにこう言った。

「まあ、その男とは別れたって話を聞いたことがあるから、そこは心配すんなって」
「ああ......」

 カウンター席の右端に置かれた14インチの液晶テレビには、夏の甲子園出場をかけた県予選の決勝戦が行われていた。

「わが母校も、遂にここまで来たか」

 野球部だった小山は、高校の頃は五厘坊主だったが、今では長めのオシャレ坊主になった髪型をいじりながら、しみじみと感慨深げに言った。
 二人が通っていた「大都会西高校」は公立でありながら、割とスポーツが強かった。
 何と言っても生徒全員、何らかの部活に入らないといけないという決まりがあり、特に運動部が推奨されていたというもの原因としてあったかもしれない。
 幸一郎は、空手部の激しい勧誘に負けて道着を着ることになったが、自分でも驚くほどハマってしまいインターハイにまで出れるようになっていた。


「ところで、次は誰がヒットを打つかな」

 小山は話を変えた。

「ヒットって......」

 幸一郎は、その表現が不謹慎と思いながらも笑いが出てしまった。

つづく

※この話は、週1、2回、更新予定です。お時間のある方は、おつきあいください。

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