町工場から大企業、そして派遣社員も経験した現役派遣社員の壮絶体験

就職編!

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1990年台初頭、日本がバブルに沸いていたとき、自分は高校三年。まあ、学生であったので日本中がバブルで大騒ぎしていても、直接実感するということはなかった。ただ、工業高校だったので、三年の就職活動で、バブルの凄さを身を持って感じた。それは自分の高校に来ていた求人数だ。7月になると、就職活動が始まり、企業の求人欄が解禁され、各教室に張り出されるのだが、当時、私の高校は1学年300人前後。それに対して求人数は約1200社。一人4社の割合であった。工業高校だったので、普通科の高校よりは求人は多いのは当然なのだが、まさかこれほど多くの企業から求人がくるとは思っても居なかった。そして、職種も凄かった。皇居護衛官、県警、大手電気メーカー、消防署、新聞社、有名な企業がズラリと並んでいた。当然、みんな大企業に注目する。そして大企業はあっという間に定員いっぱいになり締め切りになる。要するに会社選びは早い者勝ちなのだ。もちろん成績が優秀なのもそれなりに考慮される。それでも求人は腐るほどある。私はなんとか大企業に応募が間に合った。日本人ならだれでも知っている大企業。そこからの求人数は5人。私のクラスから4人、そして隣のクラスから1人で定員いっぱいになった。そして9月に就職試験、私は落ちた。5人枠でまず大丈夫だろうと担任に言われていたのに、しかも何十年もその大企業と私の高校は就職において付き合いがあり、今までほとんど落ちた者は居なかったと担任に聞かされていた。しかも「第二希望、第三希望も考えなくていいから」とまで言われていたのだ。結局、私以外でも同じ同級生の奴が一人、合計二人落ちた。今までほとんど落ちたことがなかったのに、それが突然二人も落とされた事態に学校騒然としていたのを覚えている。当然噂はたちまちクラスだけでなく、学年にも広まった

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