175.【小説】ブラ転20
初回:2021/8/25
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.サービスセンター
私(山本ユウコ)と二代目は、地方のサービスセンターに向かった。駅からレンタカーを手配して二代目の運転で現地に向かっていた。もちろん、在来線に乗りついで近くの駅まで行ってタクシーを捕まえる手もあったが、電車の本数も限られてるし、待ち時間を考慮すると相当時間がかかる計算になり、そもそも近くの駅からも結構距離があった。
「結構、市内からは離れてますね」
「なんでも取引先の営業所が近くにあったから、機器の納品時とかに同行することが多かったそうだけど、その営業所が撤退して、市内に集約してしまったので、ここもどうなる事やら...」
到着した場所は、それなりに人通りもある小さな町の雑居ビルの様な所だった。そのサービスセンターには、所長と社員が2名だけ所属していた。社員といっても再雇用の60歳を過ぎた人たちだった。
「ヒイラギ専務が直々に参られるというのは、どういうご用件でしょうか?」
所長は40代半ばといったところか、少し今回の訪問を何か悪い事の前触れのようにとらえているようだった。アポを取った時に、事前に専属エージェント契約について話を伺いたいと言ってはいたが、どうもサービスセンターの存続の話が本題だと思っているようだった。
「まあまあ、そんなに警戒しないでください。私としては、ここをサテライトオフィースとか地方の学生を採用する際の拠点にするとか、活用方法を模索している最中ですから」
サテライトオフィースという言葉を聞いて、ちらっと事務所の壁や天井を見た様子だった。私もつられて見たが、どこかしこにシミのようなものがあり、薄汚れた印象を受けた。
「まずは、専属エージェント契約されたのですが、その構想を教えて頂けますか?」
「御覧のように、小さな町なので仕事もそれほどありません。通常は納品先の顧客からの問合せとか、消耗品のお届けが主で、修理依頼も時たま来ますが、3名でも十分に回る仕事量です」
事務所には、所長1人しか居られなかった。あとの2人は、客先訪問中の様だった。
「このままでは、事務所の閉鎖も検討しないといけないと思いました。社員も再雇用の2人だけなので、このままフェードアウトさせるおつもりかと...、」
「まあ、あなたが専属エージェント契約の申請をされなかったら、近いうちにそうなっていたかもしれませんね」
「なので、専属エージェント契約して、自社以外の製品のサポートも受けようと考えました。逆にいれば、それ以外の構想はありません」
実際、アポを取る時に、ここまでの話も聞いており、二代目には説明してあった。だが、二代目のサテライトオフィース構想を検討するにあたり、どうしても現地の雰囲気を確かめておきたかったようだ。
「所で、この事務所のネット回線はどうなっていますか?」
「実はまだ、ADSL回線なんです」
「ADSL?」
私は少し驚いた。自宅はすでに光回線にしていたので、会社の事務所がADSLって、どうなの?と思ったからだ。
「この雑居ビルのオーナーに確認したのですが、通せるかどうか調査が必要なのと、ファミリータイプで個別で引き込む必要があるから工事までに時間がかかると、そもそも事務所にいる時間もそれほど多くなかったのと、他の2人はほとんどインターネットを使わないので、モバイルルーター契約して私だけがネットワーク接続しているような状況なんです」
要するに、最初に契約したときのまま、ほったらかしているという感じだった。ただ、ADSLも確か・・・
「ADSLって、2023年1月末で終了するんじゃなかったですか?」
二代目がそう答えた。
「はい、なのでなおさら事務所の廃止のリミットが近づいているような気がして...」
確かに見回してもこの雑居ビルはだいぶ古い様子だった。東京五輪の後に建てられたと思われるそのビルは、築50年は優に超えているようだった。
2.感想戦
話を聞いても、余り得られるものはないと思ったのか、小一時間程度で打合せは終了した。昼食にはまだ少し早い時間だったが、駅から事務所に向かう最中に見つけたファミレスに入ることにした。こういう場合に、レンタカーは便利だった。
「二代目、あまり成果がありませんでしたね」
「そうかな、僕は結構参考になったよ」
「あのお話がですか?」
「いや、サテライトオフィース構想のイメージだよ。単なる営業やサービスが携帯電話で用足りる世界じゃなくって、若い技術者を採用するなら、ネットワーク回線は重要だし、本社とのVPN接続も必要だろ。場合によっちゃ、3D-CADを使用することもあるかもしれないから、たとえ光回線にしてもベストエフォートじゃ、使い物にならない気がする」
「それに、今の建物、立地は良いし、人通りも多いけど、その分家賃もそこそこ高いのに、あの老朽化具合じゃ、若い人が働きたがらない気がするんだ」
確かに、そう思った。それにトイレも共有で、他のフロアの人が使ったり、それこそ全く知らない人が使っていても文句も言えない。フロア貸しのテナント契約なら良かったが、予算的にも敷地面積的にも必要なかったのだろう。
「もっと交通の不便な所で、安く借りるか、もう少し新しく建てられたビルに引っ越すか...」
「でも、あの所長さんは、自宅から通える距離にしてあげないと...」
「ただ、個別の交通事情を考慮してたら、事務所移転なんて出来ないからね...」
まあ、それもそうだが、あの所長さん、自転車通勤していると言っていたから、自宅はそれなりに近くにあるのだろう。多分、事務所移転といっても、今の話からすると、もっと離れたところにするのか、市内に近づくのか...いずれにしても今の場所から自転車通勤できなくなるだろう。
「どちらにしても、他のサービスセンターも似たような状況になってるだろうから、本社に戻り次第、情シス部門と話し合っておきたいね」
「判りました」
今日のお仕事は、午前中だけで終了した。後は次のアポの場所まで移動するだけだったが、ファミレスが混み始める前に出ることにした。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚で、OEM製品事業部に所属。 秘書部:山本ユウコ 二代目の秘書で、杉野さくらのプロジェクトに週2で参加している。 社史編纂室:早坂 妖精さん。昔は技術部に在籍していたシステムエンジニア。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
実はクスノキ将司(マサシ)の生まれ変わりの姿だった。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「絶対ケーキセット頼んでるわよ」
早坂:「二代目と同行してるから会社の経費持ちかな」
P子:「そういう規定はないから、二代目のポケットマネーよ」
早坂:「まあ、昼間っから焼鳥屋とかないもんね」
P子:「すし屋位連れてってくれてもよさそうなのに」
早坂:「昼間っから?回転ずしでいいの?」
P子:「私は構わないわよ。平日の回転ずし屋は結構色々なメニューが豊富だから」
早坂:「お目当ては、デザートかな?」
P子:「当然でしょ」