171.【小説】ブラ転18
初回:2021/8/11
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.申請者
私(山本ユウコ)は、二代目の指示通り、専属エージェントに申し込んだ人達にアポを取った。そして、翌日から、その人達と順番に会うことになった。
まずは、一番人数の多いカタログ販売事業部の第二営業課長から始めることにした。ここは、課長自ら応募し、部下10名がこぞって申請している、逆に珍しいケースだと思った。二代目も同じ思いだったのか、まずは営業課長とのアポを取った趣旨を伝えると、満足そうな顔をされて(ありがとう)と言われた。
カタログ販売といっても、昔のように雑誌のようなカタログをそのまま販売するというより、Webで申し込む形式が主流になっているので、カタログ販売業者だけではなく、自社利用者にマイルとか利用ポイントという形でポイントを付与して一定ポイントがたまると景品と交換できる...みたいなサービスも増えており、そういう会社にも営業活動しているため、人数の割に範囲が増えてきているという状況の様だった。
第二営業は、カタログ販売事業部といっても技術部のある建屋とは別の建屋にサービス部隊と同居する形で存在していた。本社のある敷地内だったので、訪問自体は苦にならない場所だった。
「本日は急なご訪問を受けていただき、ありがとうございました」
まずは、私から簡単に課長に挨拶を行った。参加者は課長と営業主任の2人だった。
「いえ、こちらこそ直接二代目がお見えになられるなんて、光栄です」
お世辞でも何でもなかった。というのは営業系を取りまとめているのは、ヒイラギハルコ常務取締役であって、技術部と製造部を統括している二代目は余り口出ししていない部門だったからだ。しかもハルコ常務も営業部長を自分の部屋に呼び寄せて数字の報告を受けているだけなので、現場の課長クラスだと直接話す機会などなかった。
「まあ、ざっくばらんにお願いします。私も専属エージェント契約とか部課長制度の廃止とか、これで終わりという事ではなく改善できる所があれば見直していきたいと思っているんです」
少し緊張気味だった営業主任が、何となくほっとした感じになったのを私は感じた。
「では、具体的に皆さんの思いをお聞かせください」
2.営業課長の想い
「きっかけはOEM製品事業部とカタログ販売事業部の統合です。営業部門も統合されるのですが、顧客が異なっているので多分今まで通りの訪問先になると思っています。それに扱える製品もOEM製品を勝手にカタログ販売事業者に持って行くことはできませんし、逆にカタログ販売している製品をOEMしたがる会社も多くないと思います」
「すると、我々営業部門としては、今までと変わらない事になります。さらに技術部門で専属エージェント契約した人たちが、新しい製品を開発した場合、カタログ販売できる製品になるかどうかも分かりません。下手をすると今まで製造してくれていた製品を廃番にする可能性も否定できません。このままではジリ貧です」
「そこで第二営業のメンバーと話し合いを行った結果、私とここの営業主任は専属エージェント契約にして、技術部に製品企画を持ち込んでカタログ販売商品を充実していくことにしたんです。他のメンバーは現状のままカタログ販売の営業職を続けてくれと言ったのですが、自分たちも企画商品を売っていきたいとのことで、全員が専属エージェント契約することになったんです」
「自分たちで企画するので、製品仕様だけじゃなく利益管理まで行いますので、より利益率の高い製品開発を技術部にしてもらい、安定的に売り上げと利益確保を行おうと思いました」
「そのことをカタログ技術部の何人かに声をかけたところ、3名の技術者に賛同してもらえました」
なるほど。カタログ販売事業部の技術部の方が3名、申し込みをしていたのは、この営業課長の考えに乗ったからなのか?
私は、技術部との打ち合わせは一番最後にしていたので、その時に確かめてみよう。
「まだ、商品企画を整理している最中ですので、設計も製造も未定です。なので従来通りの仕事を行って、次世代商品という事を考えています。」
一通り営業課長が話し終えた後、営業主任に向かって(何か追加することはあるかね)と問い合わせたが、十分ですという事で、打合せは終了することになった。
3.二代目の想い
私(山本ユウコ)と二代目は、営業部の建屋を後にした。今日はこの後、人事部の1人と打ち合わせすることになっていたが、それまでだいぶ時間が余っていた。
「二代目、まだ次のアポまでお時間がありますけど、一旦秘書部に戻られますか?」
「ん~そうだな。カフェにでも行くか?」
カフェというほどのものではなかったが、技術部の入っている建屋の最上階は会議室エリアになっており、その一部がカフェになっていた。といっても業務時間中は来客者を連れていくのが主な目的で、休憩時間や定時後には、社員が利用することもあるが、お酒は出ないので長居する社員はいなかった。
「何にする?」
二代目はメニューを見ながら問いかけてきた。といってもコーヒーと紅茶のそれぞれホットとコールドがあるだけだった。ケーキもメニューには載っていたが数量限定なので、あるかどうか判らない。
「あれ、誰も出てこないな」
このカフェは労務課の社員が店番をしていたが、会議等で飲み物の注文も受けていたので、デリバリしていると無人になる。
「アイスでいいよね」
そういうと、二代目がカウンターに入って冷蔵庫からボトルコーヒーを取り出した。
「あの、私がお作りしますから...」
「これくらいなら僕でもできるよ」
二代目は笑顔で紙コップにコーヒーを入れると、ガムシロップとミルクとマドラーを小さな受け皿に乗せて持ってきた。
紙コップのコーヒーが200円なので、私が払おうとしたところ、二代目が良いよというゼスチャーをして、500円玉をカウンター上にある『カルトン』(※1)に置いた。
「先ほどの営業課長の話が聞けて、ほんと良かったよ」
二代目がミルクとガムシロップを半分だけコーヒーに入れてかき混ぜながら言った。
「山本さんは『ゆでガエル理論』というのを聞いたことがありますか?」
「よく知らないです」
「概要だけ言うと『カエルは、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失い、最後には死んでしまう』という話で、ゆっくりと進む環境変化や危機に対応する難しさや大切さを説く逸話なんだ」
「あの課長さんは、環境の変化を危機と捉えて、迅速に手を打ったという事なんですね」
「実はこの環境の変化というのは皆気付いているんだが、行動に移せていないだけなんだ。だから、期待通りと言えば期待通りなんだけど...」
「だけど?」
「事業部を統合するとか、部課長制度を廃止するとかいうのは、実はいきなり熱湯にする意味合いがあったんだ。皆びっくりして何らかの行動を起こすんじゃないかと思ってたけど、やっぱり期待していたより参加人数が少なく感じるんだよ」
「それで、ヒアリングして何かヒントを掴もうと...」
「というか、彼らに陰からでもいいので協力して成功事例にしたいんだ。そうすれば、二の足を踏んでいる社員がもっと動き出すんじゃないかと思ってね」
そう言い終わると、コーヒーを一気に飲み干した。空になった紙コップを持って、カウンタに行くと、再び冷蔵庫からボトルコーヒーを取り出して紙コップに注いだ。そして今度は100円玉を先ほど置いた500円玉の上に乗せた。
ミルクとガムシロップは先ほど半分だけ残していたのを利用した。
お金持ちのお坊ちゃんだけど、最近は庶民的所もあるんだなと感心した。
「あ、ストローもあったけど...もういいよね」
======= <<つづく>>=======
※1 カルトン
お釣りもらうトレーの正式名称の事
登場人物
主人公:クスノキ将司(マサシ)
ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで
残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして...
婚約者:杉野さくら
クスノキ将司の婚約者兼同僚で、OEM製品事業部に所属。
秘書部:山本ユウコ
二代目の秘書で、杉野さくらのプロジェクトに週2で参加している。
社史編纂室:早坂
妖精さん。昔は技術部に在籍していたシステムエンジニア。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
実はクスノキ将司(マサシ)の生まれ変わりの姿だった。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「釣銭トレーのことを、あえて『カルトン』って書かなくてよくない?」
早坂:「単に『お金を置くお皿』って調べてたらしいよ」
P子:「コイントレーでいいよね」
早坂:「まあ、知らなかったから、自慢したくて書いたんじゃないかな」
P子:「所で、ゆでガエル理論って、実際は熱湯にカエルを放り込んだら即死しちゃうし、徐々に温めると途中で逃げ出すそうよ」
早坂:「寓話として語られてる話だからいいんじゃない?」
P子:「金の小野、銀の小野 とか、小太りじいさんとか?」
早坂:「そっちに行くと、話がややこしくなるから」