165.【小説】ブラ転14
初回:2021/7/15
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.拡販
自部門のOEM製品事業部へのプレゼンが終わった私(杉野さくら)は、下のフロアのカタログ販売事業部に対してもプレゼンを行った。早坂さんは、こちらに関しても無償提供を約束した。さらに、もう一か所、秘書部にも導入が決定された。こちらは山本さんが秘書部のメンバーに簡単に使い方をレクチャーしただけで、導入に関するプレゼンは行われなかった。どうせ秘書が管理している部長や役員級の人たちはこのシステムを使わないだろう。利用者は山本さんをはじめとする秘書部の5名だけだった。
「技術部と秘書部に導入するのはいいけど、このままじゃ売り上げが立たないわよ」
私が早坂さんと山本さんがそろったときに、確認した。早坂さんはもともとの部署の給料が最低保証のベーシックインカムと同じなので、ずっと無償でも前年と変わらなかったが、山本さんは週1回分の給料は売り上げから出るのでこのまま無償というわけにはいかないだろう。
「あれ?。秘書部からは使用料を頂いていますよ」
「え?」
プロジェクトリーダーの私が把握してないって...仲間外れにされてたの?
「ねえ、伝えてなかったの?」
山本さんが早坂さんに問いかけた。私も山本さんも早坂さんの言葉を待った。
「だって、どうでもよくね?」
『よくない!』
二人同時に叫んだ。
「まあ、そんなことより、次どうするか検討しないか?」
「あ、逃げた!」
私が早坂さんに詰め寄ろうとしたのを、(まあ、まあ)と山本さんが止めた。
秘書部については、山本さんが早坂さんに要望を出していたそうだ。今回のシステムに実装も入っていた。他の秘書部のメンバーも、自分たちが欲しい機能が実装されていたのと、二代目が使用料について即OKを出したので、メンバーは採用を喜んだそうだ。
「次は、工場かな?」
早坂さんが言った。
「んー本社から回った方が楽じゃないですか?」
山本さんが提案した。私としては、どちらでもよいと思った。本社は回るのは楽だが規模が小さい。本社機構で残るのは、人事、総務、労務と販売本部くらいだろう。でも工場は本社より人が多くいる。ただし、予算の決定権は工場長が持っているが、財布のひもはきつく締められていると思われる。
「同時でいいんじゃない?」
私がそういうと、早坂さんも山本さんもこちらを見た。
「工場に入れるにしても、ヒアリングもいるし、今のシステムのままじゃ受け入れてもらえないような気がするし...もっと予算を掛けられるような...つまり設備投資的なシステムじゃないと無理な気がします。その点本社の残りの部署なら、とりあえず現状のまま、導入できそうだから、同時に進めたらって、思ったの」
「まあ、プロジェクトリーダーが言うんだから、その方向で行こうか」
早坂さんも山本さんも、一応自分の意見通りなので、納得した。
「じゃあ、僕は工場のヒアリングに行くから、二人で本社系の導入を進めてくれるかな」
「いや、工場のヒアリングは三人で行きましょう」
それぞれの意見を聞きたかったのと、早坂さん一人に工場のヒアリングに行かせて、万一もめ事でも起こされると、後が大変だと思った。もちろん、本人には言えないが。
早坂さんは、それじゃ同時進行にならないじゃん...とか愚痴っていたが、仕方がないなあと納得した様だった。
2.外販
私(山本ユウコ)は、さくらさんと連れ立って、本社の残りの部署を回ることにした。早坂さんは、今の仕組みの改善があるとか言って、同行するのを断ってきた。単に邪魔くさいと思ったのだろう。本社機構は、技術部とは別の建屋に入っており、社長室や秘書部のあるフロア、人事部、総務部のフロア、労務部、経理部などが入っているフロアと、大小の会議室だけのフロアと計4階建ての建屋だった。
早坂さんの作った『Web申請予約システム』では、マスタの分類と利用者権限の設定で、共通、ローカルの会議室や物品貸し出しなどに利用できた。なので、本社機構の大小会議室については、公共設定にしておき、誰でも予約して使えるようにした。特に人事部は人事研修とかD&I、ハラスメント研修など年間計画に基づいて会議室を予約できる機能が便利だと好評だった。また、プロジェクタや各種機器類の貸し出しも可能で、これらは総務部に好評だった。労務部と経理部は、技術部からの登録がこのシステム経由になるため、すでにある程度話し合いは済んでいた。当然、自分たちの仕事も楽になるため、喜んで引き受けてもらえた。
「交渉って言ってたけど、あっという間でしたね」
さくらさんは、意外に早く話がまとまったので、少し拍子抜けしたといった感じだった。実際のところ、二代目が各部署の部長に話を付けていたので、導入自体は決まっていたので、後は利用者の反応を確かめるだけだった。
「まあ、技術部に入れる前から、本社系は使えると思ってましたからね」
私はそう答えると、同じ建屋にある会議室の一つにさくらさんを誘導した。
「予約しとかなくてもいいの?」
「さっき確認したけど、今の時間帯は大丈夫だったから、まあいいでしょ」
「所で...なに?」
「実は、このシステムを他社にも売りに行きたいの」
「売れるかな?」
「大手は無理でしょ。中小なら需要はありそうだけど、値段設定がね...」
「そこで相談なんだけど、さくらさんなら、どうする?」
いきなり聞かれたから、さくらさんも戸惑ったみたいだった。そらそうか。急に外販話を持ってきてもね...
「そうね。中小ならクラウドね。でも、同様の製品はいっぱい出てるし、かといって価格勝負する必要性もないから、なにか付加価値を付けないとダメなんじゃないかしら」
(前から、ある程度は考えてたんだわ)
私は少しだけ感心した。最初は事務職とだけ聞いていたので、日々言われたことだけを黙々とこなしている人物かと思っていたが、技術部に導入するシステムの要件定義で、色々な改善案を出してきていたので、自分の仕事については考えてるという事は理解していた。ただ、このプロジェクトの将来設計は未だ出来ていないと思っていたから...
「付加価値って...」
「OEM事業部で他社向けに作っていた、監視カメラの製品と、RFIDのデバイス制御と、サーボモータの制御技術があったでしょ。あれで入退室管理...つまりタイムカードを無くす仕組みを作れないかと思って。そういうハードと今回のシステムの業務日報を連動すれば、価格競争から一歩抜けられるんじゃないかと思うんだけど...」
「なるほどね。ソフトだけ提供できる会社もハードだけ提供できる会社もあるけど、両方とも自社製品で提供できるって言うのはなかなかないかも...」
「問題は、OEM製品やカタログ製品向けのサービス部門はあるけど、営業部門がないから、どうやって営業活動するかね」
営業部門がないというのは、直接的な利用者に働きかけるような営業部門が存在しないという意味で、OEM先の企業や、カタログ販売会社への営業活動は当然行っている。ただし、一般企業に直接販売するとすれば、圧倒的に人数が不足していた。
「どうせ、サービス部門の人たちが色々な会社を訪問してるんだから、営業活動もしてもらったらいいと思うの。なにせ、社内副業制度で、サービス訪問のついでに販売するだけで、うまくいけば給料が増やせるんだから、頑張ってくれると思うの」
「じゃあ、早坂さんにこの件、技術的にどうすべきか、詰めてもらいましょう」
(二代目にお願いして、プロジェクトの参加を週2日に増やしてもらうようにお願いしてみるか)と考えながら、私はさくらさんと一緒に社史編纂室に戻っていった。
======= <<つづく>>=======
登場人物
主人公:クスノキ将司(マサシ)
ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで
残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして...
婚約者:杉野さくら
クスノキ将司の婚約者兼同僚。
秘書部:山本ユウコ
二代目の秘書で、杉野さくらのプロジェクトに週一で参加している。
社史編纂室:早坂
妖精さん。昔は技術部に在籍していたシステムエンジニア。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
実はクスノキ将司(マサシ)の生まれ変わりの姿だった。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「とりあえず第一部終了ね」
早坂:「まあ、そういう事です」
P子:「じゃ、第二部は入退室管理システムってことね」
早坂:「方向としてどうなるか、これからです」
P子:「そろそろ、反対勢力の出番ね」
早坂:「そんな奴ら、蹴散らしてやる!」
P子:「そういうやり方が、一番まずいってこと、まだ気づかないの?」
早坂:「中途半端にやるからダメで、徹底的にやればいいんだよ」
P子:「まるで信長ね」