146.【小説】ブラ転4
初回:2021/5/5
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.日常業務 二代目の場合
私が二代目の体に転生してから、1週間が経過した。その間、私...いや元の体であるクスノキ将司(マサシ)の葬儀が執り行われた。家族葬だったので、会社からの参列者は誰もいなかった。唯一さくらだけは参列してくれた。表向きは、会社からの香典を届ける役目だったが、今回の件で会社側の主張を遺族に伝えるのが役割だった。
私は申請してある通勤ルートから外れて宝石店で倒れた。つまり通勤途中での労災にはならなかった。過労死認定も微妙だそうだ。母は一人息子を失ったショックで、裁判どころではなかった。さくらは労災認定が無理な事と会社としては正直迷惑しているという話をすることなく、母に事情を伝えた。この事は、もう少し後になってから、さくらから聞いた話だ。
私は、この1週間の間おとなしく振舞っていた。実際、私と二代目ことヒイラギアキオとは接点がなかったので、本来の彼の性格、習慣、人間関係などは全く把握していなかったが、実際出勤して判ったことと言えば、彼は何も仕事をしていなかったという事だ。
二代目は社長室の横にある秘書部の部長も兼務しており、毎日その職場に出勤していたが、秘書がすべてのスケジュールを把握しており調整してくれていた。スケジュールと言っても、社長兼会長のヒイラギ冬彦の代理で会食したりゴルフに行ったり、営業会議に参加したりと本人の意思とは関係のない所で話が進むので、どちらにしても秘書にお任せだった。
それより、婚約者の杉野さくらの事が心配だった。あれから会っていない...のは当然として、様子も見ることが出来ていない。自分のスケジュールを把握できていないので、どの時間に余裕があって、どの予定をキャンセルできるのか、判らなかった。
「二代目、午後の予定ですが、平野様が日程変更をお願いされてきました。急用でどうしてもお伺いできないそうで...」
秘書部の山本さんが、伝言を伝えに来た。どうも私、いや二代目は平野様との会食を楽しみにしていたようだ。それを知っていた山本さんも、また、二代目に気を遣っていたようだ。
私は時間が出来たので開発部に顔を出すことにした。要するにさくらの様子を見に行くことにしたのだった。
2.日常業務 さくらの場合
マサシさんが亡くなって1週間、とりあえずバタバタしていただけで、何も手に付かなかった。マサシさんのお母様は、やはりショックが大きく、急に老け込んだ様子だった。会社としては通勤途上ではないことを盾に労災も認めていないし、過重労働も証拠不十分という事で認められなかった。直接は言えなかったが、お母様には、なんとなく感じてもらえたようで心苦しかった。
2週目に入って、日常生活が戻ってきた。マサシさんは開発3課の技術者で日々忙しくしていた。開発1課は電子系技術者の課で、電子回路基板の回路設計が主な業務だった。2課は機構系技術者の課で、筐体設計が主な業務だった。そして3課はソフト開発の課だった。製品を制御する組み込み向けのソフトやPCからブラウザ経由で設定を行うためのアプリだったり業務範囲が拡大しているにも関わらず、常に人手不足の課だった。そこにマサシさんの訃報で3課はパニック寸前だったが、3日間の猶予が与えられ、その間に立て直しを迫られた。実際はその立て直し期間は、バッファとして設けられていたのだが、すでに進捗遅れをその期間で埋める予定が入っており、深夜残業で埋めるしか道が残されていない状況になってしまった。
私は開発部全体の事務作業を一人で行っていた。社員の出張旅費精算や経費精算、休日休暇の申請や出勤、残業の管理などのチェックを行っていた。それらを毎月EXCELにまとめて経理部に提出していた。申請業務は基本Web申請だったので、本来はまとめる必要もないはずだったが、経費精算の領収書などを整理して、経理部門の負荷を軽減している...らしいのだった。
午後に突然、二代目が開発部に現れた。年に数回しか見たことがない。開発部に顔を出すことはまずなかった。なぜ?
私は二代目を、ほとんど見た事が無かったので、好きも嫌いも判断できないが噂話は聞いていた。社長をそのまま若くしただけのような性格で、気まぐれ、強引、無慈悲、意地悪、高飛車、横柄、高慢...思いつく限りの罵詈雑言を並べても並べ足りない...らしいが直接の被害を被ったわけでもないので、実際のところよく判らない。
二代目って、よく見ると背丈や体格、年齢などがマサシさんと同じくらいだ。性格は正反対かな?
3.技術部
「えっと、杉野さくらさんだったかな?」
私はさくらを見つけるとさりげなく声をかけた。少しひきつった笑顔でさくらは「いつもお世話になっております」と答えた。いや、自社の社員に向かって、その挨拶はないだろと吹き出してしまう所をぐっとこらえた。
「この度は、突然の事で、胸中お察しいたします」
さくらはきょとんとした顔をしたが、いや、ああ、どうも...みたいにしどろもどろの返事をした。
「えっと、部長は...と、ん?席に居られませんね、掲示板にも行き先書いてないし...」
さくらは私が誰かに会いに来たとすれば部長じゃないかと、部長を探している。仕事はできるが、そういう早とちりなところも健在だ。
「いや、部長にと言うのではなく、ちょっと技術部の様子を見に来ただけなんだがな」
私がそういうと、何人かの社員がこちらをチラ見した。誰かが飛ばされる...みたいな噂が、後で出るんだろうな。
「あ、これは二代目、どうかなされましたか?」
トイレから帰ってきたらしい技術部長が、愛想笑いをしながら近づいてきた。上にやさしく下に厳しい、昔からそうだったが、機械系出身者だったので、開発3課のソフト開発に関しては無理解に近かった。3課の課長は技術部出身者ではなく他部署で行き先がない管理職をとりあえず持ってきた感じだった。
「いや、君んとこの社員がこの前、ね。それで少し様子を見とこうと思って」
技術部長の愛想笑いが一瞬静止した。が、すぐに元のように戻った。過重労働の件で自分が何か処罰されるのではないかと考えたのだろう。すぐに3課の課長を目で追って、呼び止めた。
「ほれ、クスノキ君って、君んとこの課だったよね。二代目が聞きたいことがあるそうだよ」
私はそんなこと、一言も言っていなかったが、課長が来るのと同時に、部長は軽く会釈をして去っていった。人質になった3課課長は、明らかに困惑した表情をしていた。
「あの、何でしょうか?開発に関しては、ご配慮いただきました猶予期間で、オンスケジュールに戻すことが出来ました」
3課の課員の何人かが、突き刺さるような鋭い視線を課長に浴びせかけた。
私はこれ以上、課長にプレッシャーをかけて、課員を困らせるつもりはなかったので、ありきたりな弔問である趣旨を伝えると、その場を去ることにした。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック 兄:ヒイラギナツヒコ 社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の
社長からは弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。 二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。 性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。 ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業 大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。 社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「進展遅くない?」
早坂:「いきなり進むと、すぐに終わっちゃうからだろ」
P子:「でも間延びしても、終わっちゃうわよ」
早坂:「ところで、3課って、最近の傾向でいうとチームって言わないかな」
P子:「そうだよね、ブラックなら管理職は出来るだけ少なくしたいよね」
早坂:「そこ、触れてはいけない所じゃない?」
P子:「まずったかな?」