145.【小説】ブラ転3
初回:2021/4/28
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.身元確認
「杉野君、二代目は会議室におられたよ。なんだねさっきの電話は」
開発3課の課長は、会議室から慌てて戻ってくると、杉野さくらにそう告げた。
「あの、だから電話を替わって欲しいと...」
「もういい、良かったのか悪かったのか...」
「あのぅ、病院から身元確認して欲しいと...」
「ん、どういうことだ?」
「亡くなられる前に、ご本人がヒイラギアキオって名乗ってるんですが、名刺入れには別の人の名前が...クスノキさんの名刺入れをお持ちだったんです」
「なんだと」
課長は時計を見た。まだ10時過ぎなので約束の時間にはなっていない。当然、いつもの席にクスノキ君の姿も見えない。
「何かの間違いじゃないのかね」
「それで、病院側としても確認して欲しいと。私病院まで行ってきていいですか?」
課長は少し考えた。
「有休にしておいて結構です」
さくらは課長の心情をおもんばかり、そう答えた。
会社の就業規約には、半日有給制度は明記されていなかった。例え1分の遅刻、早退でも、2回で一日の休業扱いになる。2時間以上の遅刻、早退は、即休業扱いになり、事前に連絡を入れていない場合は、無断欠勤として履歴に残る。
さくらは、急いで準備をするとタクシーと捕まえて病院に向かった。タクシー代は自前だった。それほど遠い距離ではなかったので比較的すぐに病院に到着した。
さくらが病院の受付で事情を説明すると、事務局らしき人物が現れた。
「すみません。救急搬送されたときに、救急隊員が聞いていた氏名と、持ち物が異なるので、こうして御足労頂いたわけで...どちらにしてもご遺体のお引き取りもしていただきたいので」
最後の言葉が本音か。さくらは早く確認がしたかった。自分の想像が間違っている事を一刻も早く確かめたかったのだ。
「こちらになります」
多分、霊安室と言う所だろう。サイドテーブルに名刺入れが置いてあった。事務員が顔にかぶせられた布を取り去った。
(ああ、マサシさん)
さくらは自分が想像していたより冷静なことに自分自身で驚いていた。電話を受けたときから、覚悟が出来ていたのかもしれないし、現実として受け止め切れていないだけなのかもしれなかった。
事務員が手提げ金庫をサイドテーブルに置いた。
「貴重品だけは、事務局でお預かりしていました」
手提げ金庫を開けると、財布とリングケースが入っていた。
さくらはリングケースを見て、冷静なまま涙を流している事にもう一度驚いた。
2.二代目
会議が終了すると、私は自分の席に戻った。
「あ、二代目、どうされたんですか?」
開発3課の課長は、いつもとは違う丁寧な言葉遣いをしていた。それに二代目って...
「おはようございます。なんかよく判らなくって。打合せでしたね。始めましょうか?」
課長は一瞬きょとんとした表情をした。
「あ、の、お打ち合わせのお約束...でした...ね。ちょっと、スケジュール帳を見返してきます」
私は周りを見た。何か様子が変だ。皆緊張している感じがする。それにさくらがいない。さくらはどこに行ったんだ。
そのとき電話が鳴った。
「課長、杉野さんからお電話です。2番でお願いします」
課長は受話器を取って、点滅している2番を押した。
「うん、うん、そうか、クスノキ君だったか。ご家族には...ああ、君から伝えてもらえるか、助かる、じゃ、よろしく頼むよ」
私の事のようだが、よく判らない。とりあえず席を立って給湯室で直接さくらに電話してみようと思った。
ん?携帯が...ない? ん? 財布がない? ん?
「二代目、お忘れ物です」
先ほどの工場長が革製の高給そうなメンズポーチを持ってきた。
また二代目だ。その称号は、ヒイラギアキオ専務の事のはずだ。彼は姉に対抗して、自らを二代目と呼ばせていた。社長も黙認していたので、ヒイラギハルコ常務も半分あきらめムードだったはずだ。
私はポーチを受け取ると中身を確かめた。携帯も機種が違う。財布もこんな高給そうな長財布は持っていない。
(まさか...ね)
私は給湯室の横にある洗面所に入り大きな鏡の前に立った。
(なんてこった)
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
兄:ヒイラギナツヒコ
社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降表舞台に出てこない。
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。
ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「普通もっと早く気づかない?」
早坂:「徹夜明けで冷静な判断が出来ていない...という設定だろ」
P子:「ちょっと無理筋じゃない?」
早坂:「ところで、火葬されたら元には戻らないけど、どうするんだろう」
P子:「だから入れ替わりじゃなく転生なんだってば」
早坂:「さくらさん、どうするんだろう」
P子:「当然、金持ちに鞍替えするんじゃない?」
早坂:「ああ、身もふたもない結末だね」