P23.黒と白(6) [小説:CIA京都支店]
初回:2019/10/09
黒井工業の社長と、白井産業の社長が裏取引してるという情報を元に、P子と城島丈太郎、そして浅倉南と山村紅葉(クレハ)が動き出した。白井産業への派遣業務が失敗したため、城島丈太郎が夜間に忍び込むことになった。
13.潜入作戦
P子にそそのかされた城島丈太郎は、その日のうちに白井産業に潜入することになった。
(「言っとくけど、窓ガラスを割ったり鍵を壊したりしないでちょうだいね。そんな侵入方法は2流以下よ」)
P子に言われるまでもなく、警察沙汰になると色々面倒なので丈太郎も理解していた。それに警備が厳重な施設ではなく普通の民間企業なら、そんなに苦労することもないだろうと考えていた。
丈太郎は一旦京都支店に戻り、ミスターQから色々と使えそうな道具を借りて、公共交通機関で白井産業の近くまで向かった。といっても、そこから結構の距離があったので、普通ならタクシーだがまさかドロボーするのにタクシーを使う訳にもいかないだろう。
駅前で放置自転車を盗んで、それで行くことに決めた。
(「それと、警察のお世話になりそうな事、例えば、チャリンコを盗んだりもしないでね」)
「おっと、そうだった」丈太郎は思い直して、自転車を『借りる』のは止めにした。とりあえず市バスで行けるところまで行って、そこから徒歩しかないと観念した。
バスを降りた頃には、すでに辺りは暗くなっていた。暗くなっていたと言っても、まだ 1900時(午後7時の呼び方)にもなっていなかったので、このまま白井産業に着いても侵入するにはまだ早かったので、どこかで時間つぶしする必要があった。
結局、喫茶店も適当なファミレスもなかったので、コンビニでサンドイッチとコーヒーを購入し、近くの公園で食べることにした。
丈太郎は、サンドイッチを食べながら、P子とのやり取りを思い返していた。
(「今夜侵入するってことは、残業手当と深夜手当は出るんですよね」)
(「そうね。規定ではお客様から就労証明のサインをもらって来れば、出せるわね」)
(「それって、潜入先の誰かに会って、もらってくるという事ですか?」)
二人の間に少しだけ沈黙が流れた。
(「まあ、夕食代くらいおごってあげるわ」)
そういってP子が、500円玉を手渡した。
(「領収書はもらってきてね」)
「あ、忘れてた!」
丈太郎は、コンビニで支払った時にレシートをもらわなかった事を思い出した。
サンドイッチとコーヒーを食べ終わって時計を見ると、まだ、1930時にもなっていなかった。
(「こんな所で、夜中の0200時頃までうろついていたら余計に怪しまれるな」)
丈太郎は、出てくる時間を間違えたと反省した。
......
なんとか時間を潰した。まだ、2330時だったが、もういいだろう。それまでコンビニを何件もはしごして雑誌を立ち読みしていた。出来るだけ同じ店には長居しないようにしたため、あっちこっちを歩き回って疲れた。
もう一度、白井産業まで戻ってきたが、一部の窓から明かりが見えた。まだ誰か働いている社員がいるようだった。
(「ここもブラックだな」)
丈太郎は待つのを止めた。人影がないのを確かめて、塀を乗り越えて敷地内に侵入した。白井産業の本社は、四方を塀で囲われており、事務棟と研究棟と厚生棟と3つの建屋が立っていた。明かりが見えたのは研究棟だけで、事務棟と厚生棟の電気は非常灯を除き全て消えていた。社長室は事務棟にあったので、まずは裏口から入ろうとした。すでに鍵がかかっていた。正面は守衛室から見える場所にあったので入れない。1階の窓はすべて施錠されているようだったが、一か所、トイレの窓だけは半分開いていた。ただし、全開出来ないようでその隙間から入るのは不可能だった。
ただし、窓を半開にしているロックは市販の安いタイプだったので、空いた窓からロボットアーム状の機械を使って解除できた。ミスター"Q"に持ってけと言われて渋々持ってきたが、まさか役に立つとは思ってもいなかった。
監視カメラに注意しつつ、3階の社長室まで向かった。この辺の情報はすべてP子からもらっていた。もちろん、P子も浅倉南から情報を入手していた。
社長室の扉は電子ロックと物理的なキーの二重ロックされていた。カギについては、ピッキング道具で比較的簡単に開けることが出来た。
(「しまったな。先に守衛室から電子ロックのマスターキーを盗んでおくべきだったか」)
丈太郎は、元来た廊下を引き返して階段まで行こうとした。突然、廊下の電気が点いて前後に男が現れた。階段は2か所あり、そこから現れたのだろうが、誰かに見つかったとは思えなかった。
普通、泥棒を見つければそれなりに声をかけると思うが、この二人の男は何も言わずに近づいてきた。後ろから来た男が、丈太郎の手を掴もうとしたので、手首を取って投げ飛ばした。ほぼ、同時に前から来た男が殴り掛かってきたので、同じように腕を掴んで一本背負いの様に投げ飛ばした。
「そこまでだ!」
もう一人新たな男が出てきた。しかも、一人の女性の腕を後ろ手に固定して首にはナイフ状の物を突き立てようとしていた。
「ごめんなさぁ~ぃ」
その女性は、山村紅葉(クレハ)だった。先ほど投げ飛ばした男が起き上がってきた。
「誰です、その女性は?好きにしてもらって構いませんよ」
丈太郎はそういうと、近づいてきた二人の男を睨みつけた。
「では、今まで泥棒が入ったことのない建屋に、同じ日に別々の泥棒が入る偶然を信じろと?」
クレハを拘束している男が問いかけた。
丈太郎は、"shrug"のポーズ(※1)を軽くとって、おとなしく捕まることにした。
14.脱出
丈太郎とクレハの二人は、1階まで連れていかれて、さらに階段を下りた部屋まで連れてこられた。そして椅子に座らされた上に、結束バンドで手首と足首を拘束された。男たちは部屋のカギをかけると、そこから出て行った。
「初めまして。私は山村クレハと申します」
「こちらこそ、城島丈太郎です」
二人は、拘束されたまま、挨拶を行った。丈太郎は以前、山本君とデート中のクレハの監視をしたことがある。ただ、二人とも正式に会ったことは無かった。
部屋を見渡したところ、天井近くに窓があった。外から見るとその窓は地表すれすれにある明り取りの窓の役割をしている様だった。真夜中なので外の様子は判らないが、外灯の明かりで、外側に鉄格子のようなものが見えたので、ここからの脱出は不可能に思われた。
「所で、先ほどの『好きにしてもらって構いません』って、本気だったんですか」
クレハが少し寂しそうな目で話しかけてきた。
「いや、君を人質にする意味がなければ、解放してくれるかなと思ったもんで...」
「ふーん。そうなんだ」
何となく機嫌が悪そうに見えた。
窓の位置から察するに、半地下の部屋の様だった。この部屋は倉庫か何かだと思えた。
「この後、どうなるんだろうね。拷問されるのかな」
丈太郎としては半分冗談のつもりで言った。
「拷問部屋にしては防音設備も整ってないみたいなんで、大丈夫かな」
丈太郎は、クレハが反応してくれなかったので、逆に安心させようとフォローした。
「でも、最近なら薬で何とでもなるから、防音設備もいらないんじゃない」
クレハがそっけなく答えた。
「こういう場合、映画だとヒーローが助けに現れるか、捕まったのがヒーローなら自力で何とかするんだけど...」
「でも、ヒーローが助けに現れるパターンの場合、捕まった内の一人は殺されるんじゃないの」
クレハは(「普通は女性が助けられて、ヒーローと恋に落ちるのよ」)と付け加えた。
丈太郎は何とか結束バンドを外そうとしたが、なかなか外れなかった。昔なら手錠が定番だったが、民間企業に手錠が置いてあるのもおかしな話だと思った。
クレハは椅子から立ち上がると、天井近くにある明り取りの窓まで近づいて、手を伸ばし窓が開くか確認した。
「??? ちょ、ちょっとクレハさん?」 「...」
それから、扉まで歩いていき外の様子を伺って、誰もいないことを確かめると、そっとドアノブを回してみた。もちろん鍵がかかっていた。
「あの、クレハさん?、山村さん...」 「...」
「山村様」 「はい、何でしょうか?」
やっと、クレハが答えてくれた。
「あなたは初対面の女性に対して、いきなり下の名前で呼びかけるんですか?」
出入口はその一か所だけだったので、鍵を開けるしかない。と言ってもこの扉は通常なら中から鍵を開けられる構造になっているはずなのに、そうできないというのは、特別に監禁室として作られた為なのか?
クレハは丈太郎のところまで戻ると、ポケットを探って、ピックング道具を取り出した。
「ちょっと借りるね」
クレハが笑顔を見せながらそう言うと、再び扉に向かっていった。
「あの、山村様、先に私の拘束を取り除いて頂けないでしょうか?」
丈太郎は、先ほどから頑張って脱出を図っていたが、未だに実現出来ていなかった。
「だって、あなたってすぐに暴力で解決しようするでしょ」
カチッと音がして、扉を開けることが出来た。短い廊下のような通路があり、その奥に階段があった。人の気配はなかった。
クレハは丈太郎に借りたピックング道具を元のポケットに戻しながら、キュートな笑顔で「じゃね」といって出ていこうとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと、お願いしますよ」
「あなたにウロチョロされると仕事がやりにくいんだもん」
クレハが潤んだ瞳で訴えかけてきた。
一瞬納得しかけた丈太郎だったが、思い直した。
「お邪魔はしませんので、そこを何とか...」
「ダぁメ」
クレハが小さな子供をたしなめるように、優しくダメ出しした。
「あと10分もすると先ほどの人達が警察を連れて戻ってくるかもしれないから、頑張ってね」
クレハが小さく手を振りながらその部屋から出て行った。
15.目的達成
丈太郎としては、このまま先を越される訳にはいかなかった。椅子ごと移動して手首の結束バンドを金属製の金具にひっかけて、力いっぱい引っ張った。腕に食い込んだが、そのまま強引に引きちぎった。
足の結束バンドも取り外したうえで、クレハが出て行った扉から外の様子を伺って、誰もいないことを確かめた。廊下の電気は再び消されていたが、丈太郎は再び3階の社長室まで登っていった。問題は、社長室の電子ロックの解錠だ。丈太郎には少しだけ難題であった。
社長室の扉が少し開いていた。扉の下に丸められた紙が置かれていたため、扉が閉まらなかったのだった。
そろりと扉を開けて中に入ると、すでにクレハが来ており、金庫を開けようとしていた。
「あら、意外と早かったのね」
クレハが後ろを振り返らずにそういった。丈太郎が自力でここに来ると知っていたのだろう。扉が閉まらないように、紙を挟んでおいたのもクレハだった。
ミスター"Q"のデバイス開発室にも、金庫解錠マシーン※2があったが、モーター音がうるさいので今日は使えないと思い持ってきてなかった。クレハは昔ながらの聴診器を使った解錠方法で金庫に向かっていた。
「開いたわよ」
クレハがそういうと、丈太郎に近くに来るように目で合図を送った。丈太郎は入り口付近にいて、先ほどの男たちが来ないか見張っていたのだった。
「所でどうして金庫なんか開けるんですか」
丈太郎が問いかけた。丈太郎は、社長室に置いてあるパソコンからデータをUSBメモリにコピーしようと考えていた。
「白井産業の社長さんって、Mi7の関係者って知ってる? 最重要機密はパソコンで管理しないで紙の書類で管理するの。ハッキング出来ないようにね」
二人で分業して書類を写真に撮っていくことにした。現金や証券類は無視して、メモや手書きのノート、契約書を撮っていった。
「データ交換は戻ってからね」
「いや、それじゃお互いに重要なデータを隠すかもしれないから、今日中にお互いを監視しながら交換しましょう」
丈太郎がそう提案した。
「じゃ、ごはんご馳走してくれる?」
見たところ、丈太郎の方が幾分年上だと思っていたが、ここで割り勘を提案するほど無粋な事はしたくなかった。結束バンドを外してくれなかったのも、丈太郎を一人のスパイとみなしていたとも考えられる。それに、社長室の電子ロックの件、金庫の件も貸になるだろう。そう考えると、ごはんをご馳走することでチャラにしてもらえるなら、良い取引だと思った。
丈太郎が納得した様子を見て、クレハが言った。
「じゃ、交渉成立と言う事で。早く終わって食事に行きましょ。ラーメンが食べたいわ」
≪つづく≫
======= <<注釈>>=======
※1 "shrug"のポーズ
https://ejje.weblio.jp/content/shrug
(両方の手のひらを上に向けて)すくめる、肩をすくめる、肩をすくめること
※2 金庫解錠マシーン
https://news.infoseek.co.jp/article/gizmodo_isnews_196045/
ルパンも使いそう。タブレット端末と連動する金庫解錠マシーン
GIZMODO / 2019年8月13日 7時0分