P20.黒と白(3) [小説:CIA京都支店]
初回:2019/08/28
CIA京都支店に相談に来ていた黒井工業の新田技術部長は、自社の社長と白井産業の社長が裏取引してるという情報を持ってきた。それを受けてP子と城島丈太郎、そして浅倉南と山村紅葉(クレハ)がそれぞれの会社を探ることになった。どうやって潜入調査を行うか、議論の真っ最中であった。
6.お祭り
CIA京都支店の来客用会議室は、2人掛けソファーと1人掛けソファー2脚の簡易応接セットにテーブルがあり、その両端にホワイトボードと大型ディスプレイが置かれていた。あと入り口近くに置かれた電話台の上に、電話と電源の延長コードが置かれていた。
そして、2人掛けソファーには、京都支店長とP子が並んで座っており、その向かいに新田技術部長と城島丈太郎が1人掛けソファーにそれぞれ座っていた。P子と丈太郎が会議室に来た時に、すでに2人がそれぞれの配置に座っていたため、何となくそういう配置になってしまっただけだった。
そして、入り口近くに浅倉南が立っていた。ちょうど、電話台とP子の間に位置する場所だった。
P子と浅倉南は黒井工業様に派遣されることになった。受け入れの判断は新田技術部長が行うので何の問題もない。元々、浅倉南と新田部長は人材派遣の面接で何度も会っており、Mi7の技術者も何名か派遣されていた。その中で、新田部長はつい浅倉南に社長の相談をしてしまったが、Mi7の事が信用できなくなりCIA京都支店に相談に来たのだった。
それよりも、白井産業様に派遣予定の城島丈太郎と山村クレハの方が問題だった。浅倉南は白井産業様の担当ではなく、社長や人事部の担当者とも面識はなかった。
「南ちゃん。白井産業さんの派遣はどうするの?」
CIA京都支店長が事情を見透かしたかのように質問した。
(「いきなり初対面で"ちゃん"付け?」)
P子から見れば、いつも通りの京都支店長だったが、言われた本人は戸惑うだろうと思ったが、意に反して浅倉南は真面目な顔をして答えた。
「私は白井産業様の担当ではありませんので、弊社の矢沢を通して依頼しようと思っています」
矢沢というのはMi7滋賀営業所では営業所長に次ぐNo2で、浅倉南の上司にあたる人物だ。
「当面、それは止めておいた方が良いと思うよ」
京都支店長がいつになく真面目に答えた。
「本当に、黒井社長と白井社長が闇取引をしていたとして、それをお宅の矢沢部長が気づいてないという前提の話だろ。逆に気づいているのに手を打っていないとすれば...」
「仲間...の可能性があると...」
浅倉南は、少し戸惑いながら答えた。京都支店長の話はもっともだ。新田部長が浅倉南に相談したくなかった理由もその辺かも知れない。
「じゃあ、クレハさんの派遣はあきらめて、僕だけって事でしょうか?」
丈太郎が少し残念と言った感じで質問した。
「いや、逆にMi7の息のかかった会社にCIA社員だけが派遣される方が不自然だろ」
京都支店長が答えた。
浅倉南は少し考えていたが、口を開いた。
「やはり、矢沢に黙って派遣先を決めるというのは難しいので、まずは城島さんに入っていただき、クレハは少し時期をずらして潜入させたいと思います」
何となく浅倉南に思惑があることを察知したのか、京都支店長がまとめに入った。
「ま、そんな感じで、いいん...ジャマイカ」
京都支店長が言い終わるか終わらないかのタイミングで来客用会議室のドアが開いた。
「久しぶりだね、南ちゃん」
「あら、おじさま、お久しぶりです」
「おじ...さま?」
支店長の『天丼』(※1)を阻止したのは、デバイス開発室室長のミスターQだった。それより、P子と丈太郎は2人が知り合いだという事を全く知らなかった。
ミスターQは、P子と丈太郎が意外な顔をしているのに気づいて、フォローした。
「南ちゃんとは、スパイツールの講習会で教えたことがあるんだよ。CIAとMi7はライバルだが敵では無いからね」
「室長、失礼...ジャマイカ」
「でも、どうして室長がこちらに...」
P子が支店長を無視して、室長に尋ねた。
「さっき、佐倉課長が『浅倉南さんが来てるわよ』って、知らせてくれたんだよ」
「そうだったんですね」
(「お祭りだな」)
丈太郎は、この状況を見てそう思った。
定員が4人の来客用会議室に6人が集まっているのだ。
「じゃあ、私はこの辺で」
新田部長が立ちあがった。
「それでは、私も帰らせていただきます」
浅倉南はそもそも呼ばれていないので、いつ帰っても構わないだろう。
「南ちゃん。部屋寄ってく?」
ミスターQが声をかけた。
「室長。一応あそこは企業秘密がいっぱいあるから、あんまり他社の人に見せるとスパイされちゃうよ」
(「いやいや、元々浅倉さんはスパイだから...」)
P子は支店長の本気か冗談か判らないような話に、心の中でツッコミを入れていた。
「まあ、固いことは煮抜き(にぬき)にして(※2)。どうせ、どれも予算不足で完成品なんてないんだから」
「嫌みを言うねえ...」
支店長が笑いながら言った。ミスターQは(こっちだよ)と言いながら浅倉南を先導しながらデバイス開発室に向かった。P子と丈太郎も、ソファーから立ち上がって一礼して出て行った。
7.昇進試験
浅倉南はMi7滋賀営業所に戻ると、矢沢部長を捕まえた。
「矢沢部長。少しお話があります」
「今日はいつになく改まった聞き方だね」
矢沢部長は優しく答えたが、浅倉南は距離感を感じていた。彼は自分に厳しい分、部下にも厳しい。スパルタという感じでも、命令口調だとか威圧的だとかそういう事ではなく、きちんとしなければいけないという気持ちにさせられた。判りやすく言うと、隙を見せられないという感覚だった。
「実は山村さんの事なんですけど、彼女の働きを見ると連絡係としては十分ですが、スパイとしても十分独り立ち出来ると思うんです。そこで、昇進試験と言っては何ですが、スパイとして派遣してみては如何でしょうか?」
「なるほど。まあ、そろそろ良いかなとは思っていたんだけどな。所でその続きもあるんだろ」
なんだか見透かされている気もしたが、予定のプランを説明することにした。
「ある情報筋からの話なんですけど、白井産業様にCIAのスパイが潜入しようとしているらしいんですが、逆にそのスパイを潜入させて、その目的を山村さんに探らせ、さらに出し抜ければ昇進というのは如何でしょうか?」
「昇進試験にしては、少しハードルが高くないか?それより、君が白井産業様に行った方が良くないかね」
「残念ながら、私は黒井工業様に先に呼ばれてますので...でも安心してください。彼女なら大丈夫です」
「まあ、君がそう言うなら任せたよ」
浅倉南としては、白井産業様にクレハを派遣するなら、必ず矢沢部長の許可が必要だったので、上手く事を運べたと思った。さらに、CIAが派遣の注文活動を行ったとしても、事前の情報で判っていたという事にすれば、変な勘繰りもされなくて済む。
あえて言うなら、矢沢部長があっさり許可した点が気になった。矢沢部長は、基本的に命令してくることは無く、自分たちで考えさせるように持ってくる。なので、提案については、ほぼ「やってみては」となるので、いつもと変わりがないと言えばなかったが、あくまで感覚的にいつもと違うと感じただけだった。
(「支店長さんに指摘された「矢沢部長共犯説」に影響されちゃったかな)
浅倉南は、ちょっと神経質になりすぎたかと反省しつつ、矢沢部長の許可が下りたことをP子に伝えた。
≪つづく≫
======= <<注釈>>=======
※1 天丼
https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%A4%A9%E4%B8%BC
お笑い用語として天丼と言えば、同じギャグやボケを二度、三度と繰り返して笑いをとる手法のことを指す。余り間を置かずに畳み掛けるように使ったり、他者のボケに乗っかる形で重ねる場合は、かぶせ(る)と称することもある。
語源は、天丼には一般的に海老が二本載っていることから。
※2 煮抜き(にぬき)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%AE%E6%8A%9C%E3%81%8D
固ゆでのゆで卵のこと
つまり「固いこと」と「固ゆでのゆで卵」を「抜きにして」にかけたダジャレ