今、話題の人工知能(AI)などで人気のPython。初心者に優しいとか言われていますが、全然優しくない! という事を、つらつら、愚痴っていきます

P02.Jの初任務 [小説:CIA京都支店]

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初回:2019/04/10

5.Jの初任務

 P子と通称"J"こと城島丈太郎は、13時少し前にヨソノシステムの入っている研究棟の1Fロビーに到着した。ヨソノシステムのオフィスは、ヨソノ工業の研究棟の3Fのフロアの一角が割り当てられていた。

「CIA京都の川伊ですけど、システム技術部のホカノ様は居られるでしょうか?」

 P子がロビーに備え付けられている電話で、今回のプロジェクトリーダーであるホカノ氏を呼び出した。川伊というのは P子が使っている偽名の一つで、CIA京都支店での業務は『川伊』で通している。もちろん丈太郎も社外では『川伊さん』と声をかけていた。

 一人の女性がロビーまで下りてきて、二人を第一応接室まで案内してくれた。

(鼻の下が伸びてるわよ)

 P子が小声で丈太郎にささやいた。

 しばらく待つと、システム部長兼常務の余園まことと、先ほど電話で話したホカノ氏が現れた。余園まことは、ヨソノシステムの社長である余園次郎の息子でまだ30代と若かった。同席しているホカノ氏も優秀そうな印象を受けた。

「いつもお世話になっております。この度のJavaの保守案件を担当させていただく担当者です」

 P子はそういうと、丈太郎を二人に紹介した。

「城島丈太郎です。よろしくお願いいたします」

(丈太郎にさわやかな好青年を演じさせればピカイチね)とP子は思った。

 名刺交換をしている間、先ほどの女性がそれぞれの席の前にお茶を置いていった。P子はそのお茶に手を付けずに『では、一旦席を外しますのでよろしくお願いします』と言って部屋を出た。

P子は営業でもあるがSEでもあった。そして現場責任者でもあるが客先常駐せずに複数の客先の現場担当者を管理・監督していた。

「お待たせしました。優秀な人材をご紹介いただき、ありがとうございました」

 余園常務はロビーで待機していたP子に声をかけた。その後ろにホカノ氏と丈太郎がにこやかに会話しているのが見えた。

「それではよろしくお願いいたします。本日分は無償扱いですのでご自由にお使いください」

 通常なら失礼な物言いだと反感を買いそうだが、P子が言うとなぜか許してしまう雰囲気にさせられる。初日は無償といっても先ほどの面談は13時に予約していたから半日程度だ。それでもパソコンの環境設定や開発ルールの説明、ドキュメントの書き方の説明などやるべきことは結構ある。

「余園常務。少しだけうちの城島と話がしたいので、この会議室を貸していただけませんか?」

「ええ、いいですよ。終わりましたらホカノまでご連絡ください」

 P子は、余園常務とホカノ氏に軽く会釈をして二人を階段の登り口まで見送った後、丈太郎を伴って先ほどの会議室まで戻った。

「丈太郎君。今後の進め方を言っとくわね」

 P子は会議室に入った時に座っていた場所に座りなおした。目の前に置かれた少し冷めかけのお茶には目もむけず、丈太郎に今後の任務の再確認を行った。

「しっかり頑張ってね。じゃね」

 P子はそういうと、歩きながら手のひらをひらひらさせて帰っていった。

 丈太郎の席は P子が言った通り社長室のすぐ横だった。ヨソノシステムの社長である余園次郎は、親会社であるヨソノ工業株式会社の社長である余園一郎の異母兄弟の弟にあたる。ヨソノシステムはヨソノ工業の情報システム部門であり、売り上げ規模で言うと親会社の100分の1にも満たない。余園次郎にとっては兄に対して相当不満を持っているようだった。

 とりあえず床下の状態を調べようと机の下に潜っていると、先ほどの女性が声をかけてきた。

「あの。何かお探しですか?」

「いや、ちょっとペンを落として...あ、ありました」

 そういうと丈太郎はミスター"Q"から『就職祝い』に頂いたペンを取り出して見せた。

「よかったですね」

「私は城島と言います。明日から常駐SEとして働かせていただきます。よろしくお願いします。」

「明日から? 私は浅倉南(※1)と申します。こちらこそよろしくお願いします。」

 丈太郎はどこかで聞いた名前だなと思いながら会話を広げようとしたが、後ろにホカノ氏が近づいてきたのが見えたので、そこまでだった。

「今回の案件は親会社のヨソノ工業の生産管理システムの機能追加なんですけど、この提案書を読んどいてください」

 概要では『中国の取引先や納品先の住所や社名などは、生産管理とは別にEXCELで宛先ラベルを作成しており、受注都度 2重登録している。また注文時や出荷時も生産管理の指示を見ながらEXCELのデータを使うため、いつ注文間違いや出荷間違いを起こすか判らない状態である。
 この生産管理システムは Java+TomcatのWebシステムで構築されており、ORACLEデータベースが JA16SJISTILDEで構築(※2)されているので中国語が登録できない。データベース本体を AL32UTF8で再構築するか、部分的に NVARCHAR2 を適用するなどの方針を立てる必要があるが、費用対効果を再検討する必要がある』

(なんのこっちゃ)

 丈太郎の知識では、まったく意味不明な単語が並んでいた。

(後はOJTでって(※3)言われてもなあ。これなら24時間の山岳行進の方が性に合ってるかな)

 そう思いながら、まずは社長の行動スケジュールを入手する所から始めることにしよう、と丈太郎は考えた。

6.社長室の調査

 社員30名程度のヨソノシステムでは、社長秘書など当然いなかった。社長のスケジュールは彼自身の手帳で管理されていた。ただし丈太郎が欲しい情報は、社長室が無人になる時間を知りたいだけだったので簡単に入手できた。ヨソノシステムでは、社員全員が『行先掲示板』というシステムに個人予定を書く決まりになっていた。出張先や会議室などの情報を共有することで、社外からの電話の転送や先々の会議の日程調整に使用されていた。

「常駐派遣なんてややこしいことをせずに、夜間に忍び込んで調査すれば一発でしょ」

 正確には、(準)委任契約だったが、今回の任務の説明を受けていた時、丈太郎がP子に聞いたことがある。

「夜の11時以降は警備会社の防犯センサーが作動するの。それにあそこはお得意様なんだから "急ぎ働き"(※4)はしたくないの」

(とは言うものの、就業時間内に社長室を出入りしている所を見られるのはマズい。夜間は無理。社員が出勤する前の早朝か昼食で出払っている昼休みか)

 丈太郎としてはこの任務を早く終わらせたい所だったが、長期戦を覚悟せざるを得ないと思った。

 最初の1週間は社員の動きを見守った。最も早く出勤する社員とその時間を把握し、昼休みの動向も監視した。9時始業だが 8時過ぎにはぽつりぽつりと出勤してきている。昼休みは15分程度で戻ってくる社員となかなか食事に出かけない社員がいることから、昼休み中の調査は無理と判断した。

(さて。どうしたものか?)

 丈太郎はため息をつきながら想像以上の難問だなと思った。唯一の救いは、床下の調査は結構順調だったことだ。

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「城島さん、お願いがあります」

 丈太郎が客先常駐を始めてから 2週目に入ったある日、ホカノ氏が作り笑顔で近寄ってきた。若干言いにくい内容の様だ。ホカノ氏はこのプロジェクトのリーダーだったがマネージャーも兼務しており、自身のプログラミングの作業と並行してスケジュールと予算管理も受け持っていた。

「すでに御社の川伊様からお聞きだと思いますが、毎週月曜は作業指示や社内調整日として戻ってきて欲しいと言われまして。 当初の契約では 1か月で 160~180時間での均一料金になっているのですが、川伊様いわく『週4日ペースで月180時間働かしますので』と...」

 川伊というのは、P子の偽名の一つだ。

 単純計算、元の契約は1か月=4週=20日=160時間で、1時間の残業は範囲内という事だ。これを 4週=16日=180時間という事は、平均1日3時間15分の残業。残業前に休憩時間が15分入るため、21時30分まで働くことになる。

残業していただくのは良いのですが、我々社員は本社の意向もあって残業規制が厳しい(※5)んです。残業で一人だけになるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」

(おお、神のお導きか?)

 丈太郎は『当然聞いております』と言いつつ、(聞いてないよ~)と思いながら了解したことを伝えた。ホカノ氏は安心したようで『ありがとうございます』と丁寧にお辞儀をして戻っていった。

 一人と言っても、ヨソノシステムが入っている研究棟の3Fのフロアには、ヨソノ工業の別の部署も間借りしているためフロア自体には誰かが残っていた。ただ、社長室への入り口は他の部署からは死角になっているので、ヨソノシステムの社員さえ帰宅してしまえば、問題はなかった。

(社員が帰った後で防犯センサーが作動するまでの間、ゆっくり調査ができる)

 丈太郎は全てうまく回っている、良い傾向だ。と思った次の瞬間

(ん?そういう事か)

 丈太郎は先ほどまでの若干高目のテンションが通常レベルに戻るのを感じた。きっと P子が社長室を調査する時間を作り出したのだ。偶然でも何でもなく意図的なものだと悟った。

(調査の進み具合が芳しくないのを見かねて先手を打ったってことか。まいったな)

 常駐していないとはいえ、P子は丈太郎の勤務状況を管理・監督しているので状況は十分把握していた。丈太郎は、自分が『お釈迦様の手の上の悟空』(※6)になった気分で、通常レベルのテンションからさらに下がるのを感じた。

7.案件の進捗

 客先常駐から3週目に入った月曜日、丈太郎はCAI京都支店に戻ってきた。週に一度の帰社日だった。間仕切りも何もない打ち合わせスペースに、SES課の川島課長とP子、それに丈太郎の3名が揃った。スパイと言っても出来るだけ普通の人と同じ様な仕事の進め方をする必要がある。

「城島君。向こうさんはどうかね」と川島課長が切り出した。

(相変わらずざっくりしてるわね)と P子は思った。

「はい。下は順調で50%は完了です。上の1,2,3は完了で残り5つですが、全完まで3週間はかかりそうです。今の所何も出てません」

 丈太郎は的確に、しかも関係者以外には判らないような表現で伝えた。下とは床下の事で上の1,2,3とは先に調査対象リストを作成しておりその番号を指す。

「城島さん。とりあえず今までテストしたエビデンスデータを全て下さい」

 P子はそういうとUSBメモリを丈太郎に手渡した。

 ここでいうテストとは潜入調査の事で、エビデンス(証拠)とは通常ならテストデータやテストで確認した画面のハードコピーなどの事を指すが、ここでは調査時に撮影した画像や動画ファイルの事だった。

 もちろん日々の業務内容の報告書に進捗と個別の写真データなどは送付していた。それらは暗号化してあるので、P子と課長以外には閲覧することもできない。

(全てって信用されてないのか?)

「そういう意味じゃなくって、調査と解析を並行して行えば、時間短縮できるでしょ?」

(え?)

 丈太郎は思わず口に出してしまいそうになった。心で考えただけなのに、その答えをP子に先に言われた気がしたためだ。

「判りました。では解析の方をよろしくお願いします」

 丈太郎としては少し気落ちしたが、いつまでもP子に先手を打たれ続けるのも嫌なので、気合を入れて調査を続けようと自身に活を入れた。

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 P子はデータの入ったUSBメモリを持って、一人のSEの席まで近づいた。

(また話が長いかな~)

 P子にとってはそれほど苦手な相手ではなかったが、その部署では変わり者で通っているSEで周りのSEはあまり近づきたがらなかった。そもそも川島課長ですら彼と話したがらないのだから、上司からの仕事は来ていないはずだった。P子にとっては彼が普段は何の仕事をしているのかよく知らなかった。

「あの早坂さん。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

 P子はメモ帳とUSBメモリを見せながら笑顔で近づいた。以前メモ帳も持たずに質問に来たSEが追い返されている(※7)のを見たことがあった。よく『魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ』の"ことわざ"を引き合いに説明しているのを聞いていたが『釣り竿のロッドの作り方から説明してない?』と思うほど話が長かった。

 彼はスパイではなかった。いや、正確にはP子が教育担当として唯一接したことが無かったのでスパイかどうか知らなかった。ただ客先常駐をメイン業務としているCIA京都支店で、客先派遣されていないSEという事は基本的にスパイ活動を行っていないことを意味するため、一般社員なのではないか?というのがP子の読みだった。

「実は、このUSBに入っている画像と動画を解析して欲しいの。何をという事はないんだけど、何か変な所があれば教えて欲しいんです」

 実際スパイでもない一般社員にこんな重要な仕事を依頼してもいいのか?とP子も最初は思ったが、彼にはその目的や対象物に興味がないようだった。あくまで技術的に面白いかどうかだけが判断基準で、今回の様にゴールが無い依頼の方が一種の謎解きに見えて俄然やる気が出るようだった。

「いつまでに答えが出ればいい?」

「とりあえず1週間でいいので判った範囲で教えてください」

 P子は彼が何かを言おうとしているのを尻目に、次の用事があるようなそぶりでその場を離れた。


======= <<注釈>>=======

※1 浅倉南
 ウィキペディア(Wikipedia)より
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E5%80%89%E5%8D%97

※2 JA16SJISTILDEで構築
 マルチバイト・キャラクタセット
 https://www.shift-the-oracle.com/config/multibyte-characterset.html

 要するに Shift_JISです。波ダッシュの文字化けで悩まされた方は多いのでは無いのでしょうか

 Oracleデータベースで、波ダッシュの文字化けはなぜ起きるのか?
 https://www.unirita.co.jp/data-utilization/data-linkage/20141021.html

※3 後はOJTで
 026.私の嫌いなもの 「⑥OJTで教育しているつもりの上司」 参照
 http://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/01/026.html

※4 急ぎ働き
 ウィキペディア(Wikipedia)より 鬼平犯科帳#用語
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%B9%B3%E7%8A%AF%E7%A7%91%E5%B8%B3#%E7%94%A8%E8%AA%9E

※5 残業規制が厳しい
 ご存知、『働き方改革』の目玉です。

※6 『お釈迦様の手の上の悟空』
 孫悟空の「西遊記」 【第3話 釈迦の手のひら】
 http://www1.ttcn.ne.jp/kozzy/saiyuki/saiyuki03.htm

※7 メモ帳も持たずに質問
 026.私の嫌いなもの ②手ぶらで質問に来る技術者 参照
 http://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/01/026.html

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