ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

私の彼はプログラマ (2)

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 「そもそもなんですけど」マリは疑問を呈した。「Log4J の置き換えって、そんなに大変ですか? 数が多いのはともかく、一括変換でできそうな気がするんですけど」
 「うちの会社の対応分はそれで済んだんだけどね」イノウーはピザをかじりながら答えた。「これはそう単純じゃないんだよ」
 ソース内に残っていた改修履歴を見る限り、このシステムは20 年以上前から、エンドユーザの様々な担当者の手によって改修や機能追加が続けられている。その中の一人が、ロギングをメッセージ送信として使用する方針を良策だと考えたらしく、各種Appenderが細かく設定されていた。たとえば、プロセスの途中経過をメール送信するために、SMTPAppender を使ったり、別のサーバとの通信にSocketAppender を使う、といった具合だ。4 年ほど前に当時の担当者が転職したタイミングで、保守がサードアイに移管されている。
 「だからメール送信なり、Socket 通信なりの手段を別途用意し、置き換えてやる必要があるわけ」
 サードアイでの主担当は東海林だったが、転職する少し前、イノウーも改修の一部を手伝ったことがあった。ゼロよりも少しだけ多くの予備知識を持っている。イノウーに依頼が来たのはそれが理由だ。そして、なぜか関係者以外は知るはずがない情報を知っている少年と女が、その作業を手伝いに押しかけてきた。
 「それで」マリは頷いた。「世界の終わりっていうのは?」
 ぼくに訊くな、と言わんばかりに、イノウーは肩をすくめて、モニタに向かっているシュンに視線を投げた。シュンはピザを片手で掴んで食べながら、片手で器用にキーボードを叩いている。
 「何かの比喩だと思うけどね」
 「四人組のバンドが横浜に来るとか、そんなオチだったりして」
 「違うよ」シュンが振り向きもせずに言った。「おじちゃん、ちょっと教えて。このstream って何やってるのかわかる?」
 イノウーは立ち上がると、ソースを覗き込んだ。
 「ああ、確か、別のロジックでループしやすいように、こっちのdto に詰め直してるんじゃなかったかな......」
 マリは年齢差が20 以上ある二人が、対等に議論している光景を見ていたが、手持ち無沙汰になってきたので声をかけた。
 「どれぐらいかかりそうなんですか?」
 「うーん」イノウーが腕を組んだ。「思ったより複雑だから、やっぱり明日いっぱいはかかりそうだなあ。もともと、そのつもりで斉木さんには許可もらってあるし」
 「今年は事前抽選でよかったですね」
 「え? ああ、クリパの」イノウーは苦笑した。「そうだね。もう一年経つんだ。去年は木名瀬さんの元ご主人関係でバタバタしたんだな。木名瀬さん、どうしてるかな」
 マリは聞こえなかったふりをして、よく晴れた窓の外を見た。
 「じゃあ、あたしは、もう一度スーパー行ってきますね」マリは立ち上がった。
 イノウーは頷いたが、シュンは手を止めて訊いた。
 「何しに?」
 「何しにって、夕食の買い出しに決まってるでしょ」
 「もう遅いよ」シュンはダイエットコークでピザを流し込みながら言った。「もう出られないから」
 「は? なんで」
 シュンは答えようとしなかったが、イノウーが「出られないって、どういうことかな」と訊くと、仕方なさそうに手を止めた。
 「ある種の......なんて言えばわかるかな、結界......防壁......シールド、とにかく、そんなようなものが、おじちゃんとおばちゃんが出るのを妨げるからだよ」
 二人の大人は顔を見合わせた。
 「妨げるって」マリは訊いた。「どこから?」
 「たぶん、このマンションかな。もしかしたら階段までかも」
 「バカなことを......」
 「試してみれば」
 シュンは素っ気なく言うと、時間をムダにしたと言わんばかりにコーディングを再開した。ムッとしたマリは、自分のコートとバッグを掴むと、キッチンの横を通り抜けてドアを開けた。
 ドアの向こうには何の変哲もないコンクリートの廊下と壁があるだけだった。マリはブーツを履くと廊下に出た。そのまま階段まで歩き、足を降ろそうとして、不可視の壁に阻まれた。
 「え?」
 マリはそっと手を伸ばしてみた。その動きは廊下と階段の境界で止まった。何もない空間が続いているようにしか見えないのに、なぜか、そこから先には進めない。極度に透明度を高めたプレキシガラスのようなもので塞がれている、というわけでもなさそうだ。指が何かに触れている感触はない。何らかのエネルギー、たとえば電流などが遮っているようでもない。ただ、単に越えることができない、というだけだ。
 茫然としながら部屋に戻ると、イノウーが好奇の目を向けてきた。マリが事態を報告すると、イノウーは興味をおぼえた顔で廊下に出ていった。自分の目で確かめるらしい。
 「ねえ、あれは何なの?」マリはシュンに訊いた。
 「だから一種の結界みたいな......」
 「それはどうだっていいの」つい声が高くなってしまった。「何のためにあんなのがあるのかってこと」
 「仕事に集中してほしいからにきまってるじゃん」
 イノウーが戻ってきた。やっぱり行けなかった、とマリに告げた後、シュンに訊いた。
 「あれは、さっき言ってた世界の終わりに関係あることか?」
 「そうに決まってるでしょ」シュンはうるさそうに言った。「心配しなくても、この仕事が終わったらちゃんと解除しとくから」
 「きちんと説明してほしいな」
 「仕事が終わったらね」
 「いや、ちょっと待ってよ」マリは呻いた。「じゃ、明日、っていうか、その仕事が終わるまで、あたしたちは外に出られないってことになるの?」
 「そうだよ。ああ、大丈夫」シュンは初めて笑い顔を見せた。「こっちからは出られないけど、外からは入ってこられるから。デリバリーでも何でも頼めば? 後で金額教えてくれれば、精算する」
 「そういう問題じゃなくて、その」マリは口ごもった。「つまり、あたしは今日、ここに泊まるってことになるんだよね」
 「そうなるだろうね」
 「ちょっとだけ外に出るのも無理?」
 「無理」
 「巻き込んでごめん」イノウーが謝った。「申しわけないけど、付き合ってもらうしかないみたいだ。何かいるものある?」
 「......着替えとか」
 「パジャマなら、ぼくのを貸すよ」
 「ああ、それはそれで燃えるシチュで、いつか絶対やりたいんですけど」マリは力なく笑った。「その、下着的なものの替えがなくて」
 「おっと」イノウーは困った顔になった。「さすがにそれはぼくのってわけにはいかないよね」
 「そりゃそうですとも。それに明日はイブですよ。いろいろ必要じゃないですか」
 「いろいろって?」
 「ケーキとか、シャンパンとか、チキンとか、ツリーとか、プレゼントとか、チキンとか」
 「チキンが二回出てきたけど」
 「とにかくそういうものが必要なんです」マリはスマートフォンを取り出した。「わかりました。そっちはあたしが準備します。イノウーさんは、そっちの彼と仕事に集中しててください」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夜になるまでに、マリは複数のサイトを何度も横断し、購入ボタンを何度もクリックした。一通り終えると、今度は電話をかけた。
 「お願いよ」マリはシオリに訴えた。「他に頼める人がいなくて」
 『忙しいんだけどなあ』シオリは渋ったが、最後には折れた。『まあ、いいか。えーと下着を4 セット、バスタオル、フェイスタオル、シャンプー、リンス、美容液その他のお泊まりに必要なものを見繕っていけばいいんだね』
 「助かるわ」
 『まさか、一気にそこまで進展するとは思ってなかったわ』シオリは笑った。『あ、アレの用意はあるの?』
 「アレって?」
 『ヒニンするための......』
 「あーうー」マリは慌てて遮った。「それはいい」
 『あっそ。準備は大事だと思うけどなあ』
 「いいから頼むわ。じゃ、よろしく」
 夜になると、オーダーした商品が次々に届き始めた。
 「え、なにこれ」届いた段ボールを開いたイノウーは目を丸くした。「キャビアにフォアグラ? カマンベールチーズと生ハム、シュリンプカクテル、ターキーサンド......」
 「クリスマスですから」
 「寿司とか釜飯とかのデリバリーでよかったのに」
 「クリスマスですから」
 チャイムが鳴り、マリは受け取りに出て言った。戻ってきたマリは、人間が一人入れそうなサイズの段ボールを引きずっていた。
 「それは一体何?」イノウーは訊いた。
 「ツリーですよ、もちろん」マリはカッターナイフで段ボールを切り裂きながら答えた。「クリスマスですから。あ、そこのコンセント借りますね」
 間もなく狭い部屋の一角で、天井まで届きそうなクリスマスツリーが、存在感をアピールするかのように派手な電飾をまとって鎮座した。
 またチャイムが鳴った。マリはドアに飛んでいき、シオリを迎えた。
 「ありがと。助かる」
 「結構、苦労したんだからね」シオリは引いてきたサムソナイトを引き渡すと、部屋の奥を覗いた。「で、その彼ってどこにいるの?」
 「今度紹介するから......」
 奥からシュンが歩いて来た。呆れたような顔で、マリとシオリを見ると、トイレに入っていく。目を丸くしたシオリが、ため息をついてマリの肩を叩いた。
 「笠掛」諭すような口調だった。「あんたいつからショタコンに......」
 「あれは違うの」マリはシオリを強引にドアの方に押しやった。「助かった。またね」
 「今度、じっくり事情を聞かせてもらうからね」シオリはニヤリと笑って手を振ったが、ふと真顔になって訊いた。「そういえば、このマンションの周辺に変な人たちがたむろしてた。気を付けた方がいいよ」
 「え、どんな人たち?」
 「なんていうのか、サバゲーでもやってるような格好してたなあ」
 シオリが帰っていった後、マリはトイレから出てきたシュンに訊いてみた。
 「ああ、それね」シュンは頷いた。「気にしなくていい。周辺警護に呼んであるだけだから」
 「何か危険があるの?」
 「この部屋にいる限りは大丈夫だよ」
 「私の友だちが......」
 「そっちには興味がないから問題ないってば」シュンは苛立ったように言った。「いろいろ届いたようだから、早く、夕食の準備してよ」
 納得できないまま、マリは夕食の準備を始めた。といっても、封を切って皿に並べるか、せいぜい電子レンジで加熱するぐらいだったが。一通り準備ができると、マリはイノウーとシュンを呼んだ。二人はバラエティ豊かな夕食に感心したり呆れたりしながら、食べ物を口に詰め込み始めた。
 「調子はどうですか?」マリは食べながら訊いた。
 「どうも奇妙なんだよね、それが」イノウーはクラッカーにキャビアを山盛りにして口に放り込んだ。「修正したはずの部分が、さっき見たら元に戻ってたんだ」
 「保存し忘れたんじゃないですか?」
 「いや、テストを通してあるから、そんなはずはないんだけど」
 「ああ、忘れてた」シュンが骨付きチキンにかぶりつきながら言った。「もしかしたら、ちょっとした妨害があるかも、って言うのを忘れてた」
 「さっきのも妨害?」
 「そ。修正を進めさせたくない奴らがいるんだよ」
 マリが詳しく訊こうと身を乗り出したとき、ノックもなしにドアが開いた。イノウーとマリは驚いて腰を浮かせかけたが、シュンは落ち着いた様子で立ち上がると、ドアの方に向かった。
 「あ」イノウーが声を上げた。
 ドアから顔を覗かせていたのは、マリがここに来るときにすれ違った女性だった。見たところ服装は変わっていない。夜だというのにサングラスも外していなかった。女性はイノウーとマリには目もくれず、シュンと小声で何事か話した後、再び外へ出て行った。
 戻ってきたシュンは、二人に告げた。
 「ちょっと事態が変わってきたみたい」
 「というと?」
 「敵が......」シュンは座り直すと、温かいココアを一口飲んだ。「つまり、妨害してる奴らが、かなりの強行手段に出るかもしれない、って知らせが入った」
 「強行手段って何なの?」
 「最悪の場合」シュンはマグカップを静かに置いた。「このマンションがきれいに消滅することになるかもしれない」

 (続)

Comment(5)

コメント

匿名

東海林さんに続き、イノマリもクリスマス展開なのか。ご愁傷様。

匿名

イノウーとマリ嬢、まだ致してなかったのか…

Y

遂にラブクラフトに巻き込まれたようで

匿名

接続される世界(わくわく

匿名

シュンて夜の翼にいたよなー
って思ったら主人公だった

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